Ep.20 奇妙な怪物、あるいは泥
「なんだ、あれ」
機械の天使。町の方面に進もうとするたびに泥に掴まれて動きを阻まれて、そして暴れている。
全身が鉄に覆われ、背中に翼を持ち。不意に現れてはあちこちを破壊して回る不気味な種族。
まさか、アレが"メカニトアンジェ"ってやつなのか?
だが、それを屠っているあの黒い泥は一体何なんだ!?
「……なあセプト、見に行ってもいいか?」
勝手な行動だということはわかっている。だが、俺はあの天使が気になる。
機械というものが、俺が追いかけているものに関係あるのは間違いのないことなのだ。
放っておくわけにはいかない。
それに、あの争いに巻き込まれている人がいるかも、という心配もある。
[私の監視下であれば、とアインさんから外出許可が出てますよ。死なないように気をつけましょうね、アキラ]
セプトは笑顔でこちらを向いた。
「マジで!?」
[本人が頼んでくるまでは言わないように、と言われていましたがね。こうなるってわかってたんでしょうか]
怖い。アインさんマジ怖い。が、ありがたい。
俺は机に置いてあった自分の鎌を手に取り、部屋を飛び出した。
○ ○ ○
天使と黒い怪物が戦っているのは、どうやら俺たちが転移した時に到着した森の先にある荒野らしい。
「それにしても、近づけば近づくほどヤバさが増してるんだけど!?」
[そうですねぇ……あの付近、地面が抉れていたり木が倒れてたり、上から見ててもかなり酷かったですし]
普通に徒歩で近づいたら死ぬ気がする。
「……やるか?」
[指定密度を大幅に超える呪詛泥、およびソルジャー粒子飽和個体【メカニトアンジェ】を執行者の現在地付近のアルカレス座標上に確認。ブレイヴ・デバイスの起動、および【メカニトアンジェ】の破壊を強く推奨]
質問に対して、機械的なアナウンスで返答された。
「え、マジ? そんなヤバいの!?」
[システムアナウンス入るレベル!? え、ヤバいじゃないですか。急ぎましょう、ってか殴りこみましょう!!]
そうかそうか、これってシステムアナウンスって言うんだね。そして鳴るってことはヤバいんだね。
オーケィ、わかったわかった。
「そこの水たまり飛び越えたらやるぞ! 文言はちゃんと覚えてるッ!!」
[了解ですッ!!]
数m先、水たまりがあった。
俺たちは全速力で走る。そして、そこにたどり着き、跳躍する。
まるでその刹那が、無限に広がるような錯覚を覚えながら。
「ルベウス――」
俺は、唱えた。
「サファイラスッッ!!」
その言葉を。
[音声入力を認識。権限を確認。デバイス、ユーザー登録。執行者名、アキラ。
機械化因子を刺激。ソルジャー粒子を刺激。活性化。]
彼女は、俺の手首を握って頷いた。「勝てよ」とでもいうように。
しかしここまでこの装置がメカニトアンジェを敵視するってことは、あの泥は少なくとも、今は味方ってことか?
[――ブレイヴ・デバイス。起動!]
僅かに思考を巡らせている間に、全身に痛みが走った。そして、視界を狭める仮面。
手足の冷たさが、前の時とは比にならない。腹も冷たい気がする。
[ブレイヴ・デバイス。現在、浸食率21.5%。動作可能。跳躍支援ブースター使用可能。
ブースター使用を申請。……承認。跳躍可能距離、推定950m。推奨、【メカニトアンジェ】の完全破壊]
俺は走り抜ける。森の中を。
[一気に飛んで、移動ッ!!]
「アイ、」
セプトの声が聞こえた。
一歩踏み込む。
「アイ」
もう一歩。
なんかテンション上がってきた。
「マムッ!!」
そして、跳ぶ。
「……は? え、デカくないかアレ!?」
空中から見ると、黒い怪物の大きさがよくわかった。おかしい、5階建てビル並みのサイズだ。
いやまあ、メカニトアンジェもよくある一軒家並みの大きさだが。
[頑張って、壊してくださいね!]
「いや、あんなの相手にどうすんのさ!!」
俺が困惑していると、すぐにサポートが入る。
そうだった。前回も彼女のサポートがあったんだった。
[ブースターによる軌道修正開始。攻撃目標、【メカニトアンジェ】]
その場で飛び上がった状態だった俺の身体が、交戦している怪物たちの方へ向かっていく。
「え、こないだのパンチ!? あの味方っぽい泥も巻き込んでしまいそうだけど、大丈夫か!?」
[いや、それはマズそうですし……とすると]
腕時計がキュリキュリと奇怪な機械音をたて、彼女は告げた。
[攻撃・特殊アクション。粒子吸収式・対象弱体化特化タイプ『アブゾプション・タッチ』、使用可能です。
発動条件は接触して技名を叫ぶこと。どうぞ、存分にかっこよく決めてくださいな!!]
すごい勢いで怪物たちの方に向かっていく俺たちに、泥は触手っぽいものを伸ばしてきた。
「ちょッ、男にそういうことしても需要ないぞ!?」
[え、アキラのいる時代では結構そういう需要多いのでは?]
ははは、こやつめ。こっちの身にもなってみろ。
というか、な、ナニかされる。ヤバい。焦りが、俺の心を満たす。
俺はある種の死を覚悟した。それは俺の腕に巻き付いたかと思うと、さらに手を伸ばしてきて頬に触れた。
「え、何!? 何なの!?」
が、それはすぐに離れていった。むしろ、メカニトアンジェの位置を俺の進行方向に動かしてくれる。
こっちに敵対する意思がないことを調べたのだろうか。それとも、もっと別の何かを調べていたのだろうか?
[じいしき、かじょー]
「うるさいなあ、もう!! でも普通に色々と覚悟するだろ、こんなのに敵視されたら怖いわ!!」
セプトはこんな状況でも元気だ。いや、こういう状況の方が元気な気がする。
クソガキって感じだけど、それでもかわいい。妹ができたみたいで、ちょっと楽しい。
……ああ、そうだぞ佐原彰。ダメだ。弟の事は、今は考えるな。
「んで、言ってた技の効果は!?」
[メカニトアンジェ、めっちゃ弱くなる。小さくなる。雑魚になる。あとは肉弾戦で壊せる!]
残り距離、あとわずか。
「教えてくれてどうも!!」
感謝を述べる。
残り、数メートル。
3,2,1……掴んだッ!!
その、足をッ!!
「吸われて消えろ、ガラクタ天使ッ!! 『アブゾプション・タッチ』ィィィーーーーーッッ!!!!」
指先から、紫色の電撃が走る。何かを、吸い込んでいく。体が冷たい。
そして時間差で、セプトがプスーッと笑った。
[いや、弱くなりますけど。消えませんよ?]
「うるさいッ! 男の子は技名を叫ぶとなると、心が躍るのッ!!」
しかし返事はなく、セプトは機械的なアナウンスを再び行った。アナウンスに逃げたのか、本当に会話が中断されたのかはわからない。ちょっと腹が立つ。
[現在浸食率、25.7%。粒子吸収による浸食率の上昇を確認、端末のネジ巻きに一部を使用し、安定化プロセスを開始します。予定低下浸食率、4%]
そのアナウンスがされている間に、俺の冷えた身体が少しずつ温まっていく。
同時に、メカニトアンジェは一気に小さくなっていく。
「俺、大丈夫なの!?」
[むしろ私が元気になるので助かります、さあ早く殴っちゃえ!!]
セプトがそう言っているうちに、メカニトアンジェはすごい勢いで泥に呑み込まれていった。
なんというか、有無を言わせぬ感じ。殴りに行ったら俺も呑み込まれてしまいそうだ。
こっちも命とかアレだのソレだのは惜しいので、そっとしておこう。
「……俺たちが手出しする余地はなさそうだな」
フッ、と笑った。数秒後に経った今、突然冷静になってしまったので死ぬほどつらい。
大学2年生にもなって、何してるんだろう俺は。中二病はとっくの昔に卒業したはずなんだけど。
[それより、イチゴジャム!]
イチゴジャム。
前回デバイスを使った時、「空中から落ちて潰れる」ことの例えに……
……イチゴジャム、一生食べられなくなりそうだから考えるのやめよう。
「ってか、ヤバいじゃん!? 俺、今空中にいるじゃん!?」
[だからジャム案件なんですよ、早く地面に降りて!! 技使っちゃったから、変身状態保てないんですよ!!]
俺はため息をついて、そして叫んだ。
「それもっと早く言ってくれないかなああああああ!!??」
慌てて俺は地面に降り立つ。ブースターで減速しながら。
そして前回同様、直ぐに体が元に戻る。
無事に地面に立てていることにホッと安堵のため息をつきながら、目線を泥の方に戻す。
……泥は、メカニトアンジェだったのであろう残骸をペッと吐き出していた。
「うへぇ」
[ぐちゃぐちゃになってますね……]
少し近づいてみると、メカニトアンジェの残骸の中に、小さな綺麗な石が輝いていた。
既にひびが入っているが。
「……あのさ、考えすぎかもしれないんだけど。もしかしてこれ、ペンホルダーについてるやつと同じ?」
[かもしれませんね。でも、メカニトアンジェとブレイヴ・デバイスの使用者の姿は全然違いますし、同系列の技術か何かが使われているだけかもしれません。アキラがこうなったりはしないと思いますので、そこは大丈夫です]
セプトは俺が考えかけたことを否定してくれた。少しホッとする。
「セプトもデバイスについてはあんまりわからないの?」
[ええ、戦闘中に戦い方が浮かぶ以上には、何も……]
俺が問いかけると、彼女はうつむいた。
気まずくて、俺はまた泥の方を見やる。
「お前は、俺たちの味方なのか?」
[……どうなんですか?]
その問いに、返事が返ってくる。
「アキラ、それからお嬢さん。俺はいつだって、お前さん達の味方だって約束する。細かいことはまた、後で話そうな!」
……それは、ナヴェの声だった気がする。
人とは程遠い、この泥からあの人の声がする。
「だから、今は帰んな。後は俺が片付けといてやるから、さ!」
足に、先ほどの触手が巻き付く。あ、俺この後の展開わかったよ。
帰るんでしょ。で、向こうの森とはだいぶ距離があるね。でもね、森の手前に見えてるんだよね。泥が。
投げられる。絶対投げられるわ。
予想通り、触手はそのまま俺の足を持ち上げて、宙づりにする。
「大丈夫! 向こうにも一部待機してるから、それでキャッチする! 大丈夫、いけるいける!!」
うん、知ってた。
「生身! 今、俺、生身!! 死ぬ、死ぬって!!」
「でもこれが一番手っ取り早いんだよ。お前さん、こうでもしないと色々無理に調べようとするでしょ?」
ぐうの音も出ない。ぐう。
実際、あのメカニトアンジェをしっかり調べたくもあるし、この泥も気になる。調べたい。
あー、これは探求心が強すぎて顔に出ているのかも。
「んんーーー……」
「はい、わかったら大人しく帰ってね」
そう告げられて、俺はそのまま、森の方にぶん投げられた。
「やっぱりこれはきついってばああぁぁァァァーーーーーーーー!!??」
すごい勢いで吹き飛ばされて、なんかどうでもよくなってきたあたりで、結構な衝撃と共にキャッチされ。
そのショックで、意識が落ちた。