Ep.19 反則後の調整、あるいは乙女との再会
朝ごはん食べて。
武器をもらおうとしたらアインさんに「お前はまず、今持っている鎌を使えるようにしろ」と言われて。
「どうしてこうなった」
俺は今、クロックワークス……と思っていると、うっかり外で喋りそうだから、意識的に自警団と呼ぼう……自警団の拠点内にある道場のような場所に来ていた。
まあ、外見や内装は学校の体育館が近いのだが、用途からして間違いなく道場だ。
目の前で、アインさんが自警団のメンバーであろうたくさんの人々を木刀でバッタバッタとなぎ倒している。
で、俺はそれを体育座りで眺めている。横にナヴェも座っている。
「無関係って顔してみてるけど、多分お前は今のアレが終わった後に訓練に参加させられるよ。頑張りな?」
ボーっとしていると、ナヴェにそう告げられた。
あの人、まさかこのために武器を先回りして受け取ったりしてたのか?
だとしたら策士すぎる。
「ナヴェ、ちょっといいか?」
とか思ってたら策士が来た。アインさんはナヴェの耳元で何かを話している。
一目のないところで話している時と違って、俺と一対一で話していた時のように真剣な顔をしている。
……この人は多分、基本的にナヴェ以外にあんな姿を見せないのだろう。
だとすると、俺にあんな姿を見せた理由が謎だが。
アインさんと話し終えると、ナヴェは俺に笑いかけた。
「すまんなアキラ、俺ちょっと用事があるから行ってくる!」
「おう、いってらっしゃい!」
俺は立ち去ろうとするナヴェに手を振った。
こちらの様子に気づいた近くの人もナヴェに手を振る。
「行ってらっしゃい、ハゲの兄貴!」
「ハゲとか言うなッ!! お、俺だって、昔は褐色黒髪碧眼のイケメンだったんだからなッ!!!!」
うっそだー。あんなに色白、どころではないほどに白いのに。目の色も違うし、髪は……ないから何とも言えない。
「「「「うっそだ~!!!!」」」」
自警団メンバーの意見も同じらしい。いやまあ、そりゃそうだ。
あまりにも、ナヴェの言っている人物像は彼の容姿とは程遠い。
彼はコートをなびかせながら、かなりの速さで走り去っていった。
……純粋な身体能力はかなり高いのだろう。だというのに武器を扱えないのは少し不思議だ。
「さて。アキラ、お前の力量を試したいから、ここはひとつ俺と勝負してみないか?」
ナヴェを見送る俺の背中に、アインさんは衝撃的な言葉と一本の竹製の薙刀をぶつけてきた。
俺はいきなりこの人と戦うの???
「え、え!? 何でですか!?」
「この自警団、全力を出すのが上手なやつはいても手加減が上手なのはいなくてな。俺ぐらいしか、お前がどんなに弱くても怪我をさせずに相手できるのがいないんだよ」
ディスられてない???
俺、ディスられてなーいー?????
というか、例の武器屋のセオさんは俺について伝えてくれなかったのか?
「まあ、やってみなきゃどこまでやれるかはわからないので。よろしくお願いいたします!」
「よろしく頼む。みんなー、場所を開けてくれッ!!」
ぞろぞろとたくさんの人が引いていき、道場の真ん中に俺とアインさんだけが残される。
2本の白線、いつもの。
「ここでの試合の方法はわかってるな?」
「ええ、わかっています」
握った薙刀を構えてみると、まるで何度もこれを持って戦ったことがあるかのような感覚を覚えた。
[ソルジャー粒子、制御起動モードを開始……戦闘技能の完全インストールを開始します]
セプトの声でアナウンスが聞こえる。辺りを見回しても、彼女はいない。
この声は俺以外には聞こえていないのか、この場にいる人は誰も表情を変えていない。
これ、たぶん戦い方を俺の身体に染みこませているというか、戦闘経験の記憶みたいなもの? を圧縮してぶち込んでるのだろうが……これじゃ反則だ。できればデバイスを使いたくないが、止め方がわからないからどうしようもない。
「そうか、なら……今日の担当、いつでも大丈夫だから合図を頼むぞ!」
アインさんの言葉に、一人の人物が立ち上がる。
その人が、今日の担当だという人なのだろう。
その人が、手をあげる。
「では、両者見合って……いざ、尋常に」
[インストールが完了しました。現在浸食率、コンマ1%未満。技能、執行可能]
試合の幕開きを告げる言葉に、アナウンスが重なる。
半ばズルだが、どうしようもない。せめて使えるものは使わせてもらおう。
セプトがいない状態で使っても大丈夫なのか、という心配がないわけではないが。
「勝負ッ!!!!」
そうして思考を巡らせているうちに、勝負が始まった。
その言葉と同時に、アインさんが一瞬で俺の目の前に詰め寄った。
数メートルの距離を、一瞬で。
既に木刀は構えられており、俺のがら空きの胴をめがけてそれは打ち込まれようとしていた。
「ッ!!??」
「……遅いッ!!!!」
身体を捻るか? ……間に合わない、向こうの方が早い。
一歩引くか? ……いや、これもダメだ!
と、すると。
アレしかない。
「えーーーいッ!!!!」
「な、おまッ!!??」
俺は地面に転がって、避けた。
ただ転がるだけじゃダメだ。後転すれば足に貰うので、まだ間合いを取ることはできない。
だから、そのまま横に寝転がった。
「この一撃を避けても、この間合いでは後が続かないぞッ!!!!」
「それはどうですかねッ!!」
そう。まだ、続きがある。
アインさんは蹴りを警戒してか、左の方に移動する。なるほど、蹴りたかったが仕方ない。
「近いからいいんですよッ!!!!」
アインさんが次の一撃のために木刀を瞬時に握りなおす。
地面に突き刺そうという態勢で。
……戦いの素人だと思われているから通じる手段であって、絶対に二度と通じることはないだろうけどな!
「えーーーーい!!!!」
「うおッ、あああああーーーーーッ!!??」
俺は、左腕をアインさんの足の間に差し込んだ。
そしてそのまま全力で、左に腕を動かす。
こうすれば、おかしな人間でない限りは転ぶはずだからだ。
そして、それは通じた。
アインさんが態勢を崩した隙に、一気に体を起こして薙刀を相手の方に向ける。
そして自分がしたことをやり返されないように、急いで間合いをとった。
「……はは、さっきまで明らかに素人ヅラだったのに。なかなかどうして、やるじゃないか」
アインさんは笑いながら、刀を構えた。
「いや、でも正直二度とアレを躱せる自信はないですよ」
「おいおい。初見なのに反射的にあの一撃を受けたりせず、躱す選択を取れた時点でかなりいいんだよ」
俺も、薙刀を構える。
どう動いていいのか今一つ分からない、というか自分が殴りかかっても確実に隙をつかれる。
なんとかしてカウンターアタックを仕掛けるしか、勝ち筋がない……!
「エエエエエエエェェェェーーーーッ!!!!」
冷汗をかきながら思考していると、突然アインさんが叫んだ。
その圧力に、一瞬背筋が凍り足が固まった。
その瞬間に、再び間合いを詰められる。
しくじった……猿叫じゃねーか、コレッ!!!!
棒立ちしていれば一撃をもらう。
だが、まだこの間合い、ひきつけてから……いや、それでは間に合わな……
……いや、ここは。
近づいて、ギリギリのところでアインさんに薙刀をひっかける方向性で!!
勢いよく突っ込んでくるアインさんに、すれ違いざまに薙刀をひっかける。
これが俺が持つ武器の、鎌の戦い方のはずだ。ひっかけて、引く。
しかし、相手の脚力に勝るほどの一撃を繰り出せることもなく、軌道を一ミリも逸らせないまま。
俺は思いっきり腹のど真ん中にもらってはならない速度の一撃をもらった。
「ッ、……いい速度だった!」
「ありがと、ございま……す……」
アインさんの服の腰の部分が破けている。俺が引っ張ったのに抵抗した結果、ちぎれてしまったらしい。
俺はというと、感謝の言葉を述べつつ、意識を失いかけていた。
「ゴ、ぼッ……」
意識を失う直前、咳と共に血が噴き出した気がした。
○ ○ ○
[アキラ、アキラ! しっかりしてください!]
再び目を覚ました時、そこにはセプトがいた。
なんだ、夢か。
[……あの、夢じゃないので寝ないでもらえます? わざわざ彼女のいない時を見計らって抜け出してきたので、感謝してくれてもいいぐらいだと思うんですよ。アインさんには素直に全ての事情を説明しろ、と言われてしまったので言いました。すぐに通してくれましたよ]
笑顔を浮かべている。怖い。
こいつ、見ないうちにセレスさんに似たんじゃないか?
そしてアインさんには俺の事情が全て伝わってしまった、と。不安だな。
しかし、現実とするとここはどこだろうか……ああ、ナヴェの部屋か。
彼はいない。今は外出中なのかもしれない。
「ああ、それはありがたいんだけど……それで、どうして普通になってるの?」
[貴方がさっき、無意識とはいえ勝手に私がいないところでデバイスを使ってくれやがったからです。 抜け出す必要があったのも、さっさと接触して調整かけないといけなかったからです]
迷惑をガッツリかけてしまったが。
でも、彼女がいると心強い。この世界で唯一、絶対に自分の味方で居てくれる人らしいから。
怒るべきところでしっかり説教してくれるし、本当にその辺りは頼りになる。
それはそうとして、気になることは聞いておかねば。
「調整って何?」
[まあ使用した後に絶対にやらなきゃいけないメンテみたいなものですね。やらないと貴方は溶けて黒い泥になりますよ]
……は? どういうことかはわからないが、それをしないと死ぬということはわかった。
「待って???」
[だから、貴方には私がいないといけないんですよ!]
ヤバい。俺、想像以上に危険な綱渡りしてたんじゃん……
さーっと血の気が引き、頬を冷汗が伝う。
[まあ間に合ったからいいですけど。でも、少し変わったことがひとつ]
「ん、何?」
セプトは、神妙な顔をして窓の外を指さした。
[あっちから、さっき話題に上がった黒い泥の雰囲気を感じます]
「え」
何の事か、と思って慌ててベッドから飛び出す。
「な、なんだ……あれ……」
そこには、黒い奇妙な怪物が機械の天使を屠っている姿があった。