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Ep.2 日常の【崩壊】、あるいは争いの序曲

 

「……え、なんだ、これ。」


 現在、8月31日、午前11時30分。今日の天気は、丸一日快晴。

 目の前に広がっているのは。青空のはずだった。


 確かに、電車の中で俺たちが見ていたのは、青い空だった。


 なのに、なのに、どうして。

 どうして、今俺たちの目の前にある空は。


 こんなにも、真っ黒なんだろうか――。


「ニーチャン、なんだ、これ。」


 弟の震えた声が聞こえる。

 直感的に感じた。


 逃げなければ、と。


「……逃げるぞ、地下のある建物に。」


 後ろを振り返ると、同じように考えたのか、駅の地下通路に殺到する人の姿が見えた。

 もう、引き返すことはできない。


 ただ、前に走るしか―。


「逃げるって、どこに……」

「いいから、走るんだよ! どこでもいい、早く、早く……!!」


 ネットの噂話だ、中二病患者か何かの、ただの痛々しい書き込みだと、思っていた。

 近頃、ネットの掲示板で話題になっていた書き込み。


【夏の終わり、長い、長い、長い、長い、

 長い長い長い長い長い長い長い長い長い永い永い永い永い永い永い永い永い……

 とてつもなく長い夜の始まり、いつかやってくる朝の序曲、あるものの終わり、あるものの始まり。

 世界に夜がやってきて、全てを兵が壊しつくす。】


 世界中のありとあらゆる掲示板、ありとあらゆる言語で書かれていた不気味な書き込み。

 全ての言語の文章で意味が全く同じという正確な翻訳と、全ての投稿が完全に秒数まで一致していたということで、気味悪がられていた書き込み。


「おい……噂が現実になるのは、フィクションの中だけにしやがれよ……。」


 それが、現実になってしまった。


 巨大な、金色に輝く巨大なロボット。機械兵、とか名付けたくなるような、ゲームで見ればテンションの上がるそれが、さっきまでいた駅を踏みつぶし、粉みじんに吹き飛ばした。


 瓦礫と、何かが空を舞う。

 瓦礫以外の何が空を舞っているかなど、考えたくない。


「グオオオオォオォォォォォォオオォオァァァアアァァァァァァアァアアアア!!!!!!!!!!」


 空に向かって雄叫びをあげたソレと、目が合った気がして。

 冷や汗と絶望感が、止まらなかった。


「なんだよ……なんなんだよ、これは!!」

「リオ!! 今はただ、逃げることだけを考えろ!!!!」


 走る足を止めない。

 弟の腕を握る手を緩めない。


 諦めて、たまるか。

 ここで死んでたまるかよ!!


「クッソオオオオァァァァァァ!!!!」


 今にも人の手で閉められそうな一番近くの大きな扉めがけて、弟を放り込み、自分も駆け込む。


 ……つもりだった。


「ニーチャン……ウゥォォ!」


 入り口に投げ込んだ弟の体は、建物の少し手前でワンバウンドして滑り込んでいった。

 許せ弟よ。兄者も、これでも鍛えてるんだ。命が助かるなら、なんでもいい。

 俺は、一緒にお前と生還するんだ!!


 だが、駆け込んだ俺の体は、無慈悲にもギリギリ閉められた扉に弾き飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「ウグゥッ……っタァ……!!」


 背中を強打して、じんわりと痛みが広がっていく。

 こうなったら、どこか近くの建物に。なんでもいい、駆け込めたら。


 必死に走る。走る。走る。

 探しても、探しても、探しても。

 見つかるのは、閉まった扉だけ。


「(クソッ、俺は助からないのか……? そもそも、あの建物に地下は存在していたか? 弟も助かるのか? そもそもあの兵はなんなんだ? 何をしたところで、無駄なんじゃないのか……?)」


 一部の建物は既に崩壊していた。


 疑問を感じ、不安と怒りにかられ。俺は、近くの建物の壁を殴った。

 ……たたきつけた手の甲から、血が出てくる。


[そう怒りばかり募らせていては、上手くいきませんよ。]

「さ、さっきの……! おい、さっき言ってたのはなんなんだ!? お前は、今何が起きているのか知っているのか!?」


 思わず、肩を掴んで揺さぶろうとした。

 しかし、その肩を掴もうとした手は、すり抜けてしまった。


「は……?」

[……おかしいですね、先刻は接触できた気がしたのに。どうやら、貴方は私に干渉できるほどの権限をお持ちでないようです。全く、期待外れです。失礼します、まだ候補はたくさんいますので。]

「おい待て、怒鳴ったことについては謝るが、期待外れって勝手に期待なんて……!」


[権限なき者に用はない 然らば去れ、凡骨が]


 冷たい声で告げられる。


 なんなんだよ、これは。

 世界がめちゃくちゃになって。弟が助かったかもわからなくて。勝手に期待されて失望されて。


「なんで、こんな事に。ぅぅ……ああああああああああああああぁぁぁぁあぁ!!」


 叫んだと同時に、後方から爆発音と砂ぼこりと煙と爆風が襲ってきた。


「ああああああああああああああぁぁぁぁあぁ!!!!」


 あのロボットが何かの攻撃をしているのであろう。

 あまりの衝撃と熱に俺の体は前方に吹っ飛ばされた。


[……驚きました。これだけの粒子を浴びて、生存可能とは。やはりただの凡骨ではないようです]

「黙ってろ!!」


 ぶつくさ言っていて、うっとうしい。

 こんなやつより、弟は無事だろうか……。


 そう思って後ろを振り向くと、そこには最悪の事態が広がっていた。


「……は? ……はは、あり得ねえ、よ……」


 俺がいた場所より後ろ。

 そのエリアにある建物すべてが、吹き飛ばされていた。


 うそ、だ。

 あいつは、あいつだけは無事かもしれない!


 慌ててきた道を引き返し、瓦礫の迷路を道順を無視して駆け抜ける。


 走っている最中、足に、ぐにゃ、という嫌な感覚がした。

 辺り一帯がうるさくて、何の音も聞こえない。


 足元を見ると、自分が踏んだ瓦礫から誰かの右手がはみ出ていた。

 顔を近づけて見れば。その手が握っていたのは。


 他でもない。弟のスマホ。

 そして、弟が何よりも大切にしてくれていた、俺があげた、あのシャープペンシルだった。


「あ……あ、あぁぁ……」


 汗が止まらない。悲しみよりも、深い絶望ばかりが募って。


「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁ」


 叫んで、しゃがみ込み、握られていたものをとり。

 おそらく弟のものであったであろう手を握りしめる。

 スマホだけなら、否定できたかもしれない。


 でも、でも……

 この、シャーペンは。これだけは、否定できない。


 これを否定するということはすなわち、家族の存在を否定すること。

 だが、肯定するということはすなわち、家族の不在を肯定すること。


 ぁあ、希望なんて、どこにもなかった。


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