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Ep.17 嵐のような出会い、あるいは情報集め

 

「端的に言えば、全てはこの一言に集約される」


 セレスさんは語る。


「かつて存在した【事象】が、あまりにも多くを殺し過ぎたんじゃよ」


 淡々と、語る。


「ある男は突然周囲にいた人間をズタズタに引き裂き、内臓をもぎ取り、高笑いしながらその場にいた人間全員を殺したのだそうじゃ。どんなスキルを使っていたのか。何人を殺したのか。それは、誰にもわからない話じゃが……そいつが男で、【事象】であることだけは皆の知ることじゃよ」


 ため息をついて閉口。

 沈黙が、流れる。


[……理解。多数の人間を殺害しうる力を持つ人物は警戒されるものだと推測。]


 それを破ったのはセプトの一言だった。俺は、それをチャンスととらえてセレスさんに質問をする。


「ですが、しかし……大量殺人をした人間、というだけどスキルのラベルそのものが恨まれるというのはどういうことですか。それほどまでに異常なことをしたんですか?」

「ああ。多くを殺したその男は、未だに生きていると言われておるし、何より、……被害者に、前国王がいたということ。そして、彼女が国民に愛されていたということに問題があったんじゃよ」


 この時まで、怯え交じりではあったが落ち着いた表情だったセレスさんは、


「これ以上は、話すつもりはない。そして、お前さん……これ以上の詮索、あるいは暴挙に出るなら」


 顔色を変えて、懐からナイフを取り出して、


「実力行使を、私は躊躇いはせぬぞ?」


 ……そう言って、俺を脅した。


 3日後。

 俺は部屋を出ようとしたが、扉が何故か開かず出ることは叶わなかった。


 俺はあの時に聞かされていた約束すら、守れなかったのだ。

 部屋の外から耳をつんざくような悲鳴が聞こえていたので、おそらくセレスさんが盗賊を殺してしまったのだろう。


 俺に面と向かってそれについての説明をしてくれる人は、誰もいなかった。



 時は流れ、7日後。



 俺は今日、4日前の話も含めてアインさんとの面会を行うことになっていた。

 場所は、アインさんが団長を務めている自警団の活動拠点、あるいは義賊ギルドである"クロックワークス"のギルドハウス……その団長室、あるいはギルドマスター室。必要な荷物だけでなく、武器やブレイヴ・デバイスなども持ってくるように言われていた。これではまるで、家出のようだ。


 結局この一週間、俺は誰とも会話していないし会話してもらえていない。


 今もセプトは、俺がネジを巻かないからエネルギー不足、などと言ってずっと寝ているらしい。

 セレスさんが面倒を見てくれているらしいが、俺は近づくことも許されていない状態だ。


 今でも最低限の食事こそ出るが、共に食事をとってくれる人などいない。

 当然だ。まだ出会ったばかりの人に、しかも自分の立場を弁えもせずあんなことをすれば。


 全てが終わってかもしれない。生きているだけ奇跡だ。


 だがしかし、何故俺は彼女に食い下がったんだ?

 自分でもおかしいと薄々感じている。なんだろうか、この違和感は。



 その答えは、存外早く分かった。



「……それが、【事象の呪詛】による感情の暴走だ。自分の状態を理解したか?」


 俺の真正面にいい姿勢で座っているアインさんは、4日前の話をさっと流してそう言った。

 あの日の俺がどんな状況におかれていたかをセレスさんから聞いていたらしいので、仕方ないの一言で終わった。


 どうやら、ここからが本題らしい。


「あまり、それが何かを理解できていないので……ああ、それは別として。先日は色々と申し訳ありませんでした」

「いや……初対面で首を絞めたのは本当に申し訳なかった。殺しかけたのは、本当に、本当に済まない」


 先日とは違い、本当に申し訳なさそうな顔でそう言う彼はまるで別人だ。


「……ん? ちょ、っと待て。お前、呪詛のこと何も知らねえのか?」

 そして、謝罪から一拍置いて「意味が分からない」というような表情を浮かべ、そう言った。


「ええ。誰も、何も説明してくれないですし、あれだけ嫌われてるらしい【事象】について気軽に聞くことはできませんよ」

「チッ……セレスのアホ野郎。【事象】がどれだけ危険なのかを知り、憎んでいるお前が……」


 聞き捨てならないことを彼が言ったのを、俺は聞き逃さなかった。


「……憎んでいる?」

「ああ、何でもない。忘れてくれ」


 だがしかし、アインさんのやわらかい表情の奥にある暗い何かを悟り、俺は答えを追求するのをやめた。


「とりあえず、最低限……俺が知る限りの【事象の呪詛】について教えてやる。

 呪詛をかけられて不自由、ってなってる人間は……お前だけじゃねえからな。手は尽くしてやりてえんだよ。

 お前さんを殺しかけた俺の言葉なんて信じることも難しいと思うが、聞くだけ聞いてみてはくれねえか?」


「ありがとうございます」

 殺しかけたのは自分もだ。セプトが今寝ているのはそんな自分のせいだ。


 でもそんな自分を変えられるなら、縋ろうと思った。


「……ハッキリ言って、呪詛ってもんはおとぎ話みてえな呪い、なんて言葉で片付けていい生易しいもんじゃねえ」


 アインさんは、悩ましげな表情を浮かべてそう言う。

 何か、思うところがあるのだろうか。


「それは、人間の心を雁字搦めにする鎖で、枷だ。思考の方向を制限し、固定し。

 正の感情を歪め、負の感情を増幅させる……つまり、負のエネルギーの塊ってわけだ」


「その中でも【事象の呪詛】は最悪だ。

 【事象】ラベルのスキルを持っている人間の感情や思考を、悪い方向に当たり前のように持っていく」


「【事象】が恐れられる理由の一つが、そこにある。本人がどれだけ望もうが、連中は皆、感情を制御できない。

 それどころか、どれだけ気を付けていても、どれだけ暴走を拒んでも、その呪詛は容赦なく心を奪う」


「本人だけでどうにかしようったって、どうしようもないんだ。普通は、呪詛なんて制御できやしないからな。普通なら、な」


 ……おかしい。


 初対面であれだけ敵意を向けられていたのに、どうして今はこんなに。

 挙句、殺しかけたんだぞ。記憶が消えていても、何か感じるものはあるはずだ。


「まあ何よりも先にお前さんがすべきことは、脅しちまった恩人に、ごめんなさいを言うことなんじゃないのか?」

「そうですね。ちゃんと謝って、何かしらの行動を起こして、示したいと思います」


 それでも、この状況で唯一話の通じる人間を失うわけにはいかない。

 俺は結局、本当のことを告げることはできなさそうだ。


「まあ、お前さんがあの時何をしていたとしても、俺は別に咎めない。俺も暴走してお前の首を絞めたからな、人を怒れる立場にない」


 そう思った矢先、そうして心を見透かすようなことを言うのだから心臓に悪い。

 この人は底知れない。うさん臭くて、不気味だ。信用はできそうだが、信頼はできない気がする。


 自警団、あるいは"クロックワークス"のリーダー。

 俺はこの人とどう接していけばいいのだろうか。


「ふむ、そろそろ普通ならできないことをできちゃうヤツが来る頃だから、俺は退席することに……」


 そんな俺が抱いていた、目の前に座っている男に対するイメージはこの一瞬にして崩れ去ることになる。

 彼が冷汗をかきながら席を立とうとした時、俺が据わっている座席の右側にあるドアが勢いよく開いた。


 そして、大きな声が団長室に響いた。


「アイン!! てめー、事務仕事全ッッッ部俺に押し付けただろ、ふざけんな数が多くて面倒くさかったわ!!!!」

「え、あの量全部こなしたの!?」


 そこにいたのはとても特徴的な姿をしている男だった。


 顔かたちは整っているのに。肌が塗料で塗りつぶしてあるかのように白く、身長は高め。目は赤い。

 俺から見て左側半分しかないメガネをかけている。右半分はリムが折れていて鼻パッドしか残っていない。


 しかし何よりも特徴的だったのは、その頭だった。


「こなさなきゃいけないものをわざわざ狂った分量用意したのは! 渡したのは! 貴様じゃろがァーーー!!!!」

「ごめんな、俺が迷惑かけてストレスのあまりに毛根が死んじゃったんだよな」

「ちげーよ! 客がいるのにそういう冗談はやめろ!!!!」


 ……ええと。ゆで卵みたいな頭してる。


 頭が、朝日を浴びた雪原のように白く輝いている。

 要するにハゲだ。髪の毛一本もない、本当に全ての毛根が死んでしまっている感じのハゲ。


 つるんつるんでピカピカ。


「あれ、もしかして彼が噂の【事象】くん?」


 ぴかぴかしてるひとは、どうやら俺の事を少しは知っているらしい。

 ……最初は隠し通そうと思っていたのに、結局ラベルはバレまくってるな。


「そうなんだよ、しかも呪詛が激重だから対応はお前に押し付けるわ、じゃあな!!!!」


 と、俺を不思議そうに見た隙に、まともそうな彼にアインさんは全てを押し付けて去っていった。

 ここまでふざけた態度で接することができるとは、よほど仲がいいらしい。


「呪詛だから何でもかんでもどうにかできると思うなよ、クソアイン。仕事のおかわりとかいらねーんだよマジで」


 ピカピカした頭の人は、ギリ、と歯を軋ませた。

 相当イライラしているようだが、どれだけの量の仕事を押し付けられたのだろうか。


「ッと、お前さんはなーんにも悪くねえのにすまんな。ええと、名前は?」

「あー……っと、初めまして。俺の名前はアキラです。それと、雇い名は黒猫です」


 突然自分に話しかけられて驚く。

 この人、驚くほどに馴れ馴れしい。


「ほう、この辺じゃ珍しいけどいい響きの名前だな! お前の親は多分センスいいぞ!」


 名前の話でここまで満面の笑みをたたえながら人の名前を褒められる人間初めて見たわ。

 やっぱり過重労働で疲れているんだろうか。


「じゃあとりあえずお前このギルドハウスに泊まっていっていいから、ちょっと寝かせてくれ。死にそうなんだ。自己紹介は……後で、するから……ゆるし、て……」


 予想通りというか、なんというか。

 そのまま彼は導かれるように団長室にあるソファーにダイブし。


 すーすーと寝息をたてて、爆睡し始めた。


「……はあ、やっぱここで寝てるか。申し訳ない事しちまったな」

「うわあああああッ!!??」


 いつの間にか隣に立っていたアインさんが、ぶつくさと呟いた。

 そうして、告げられる。


「どうせこいつ一晩ここで寝るつもりだろうし、こいつの部屋に泊まっていきな。やらかしちまって、セレスの屋敷に居場所ないんだろ? まだ呪詛について何も解決していないのは事実だから言い訳もきくし、武器屋のセオさんから俺が武器を預かってるし、飯も一人分増やすぐらいどうってことはない。まあ安心してくれよ」


 確かに帰らなくていいなら帰りたくないのは事実だ。必要な荷物は持っているのだから。

 ……セプトが心配ではあるのだが。彼女がいないと、俺も困るし。

 とはいえ、武器の受け取りその他までやっている時点で俺に「帰るな」と暗に伝えたいのは間違いないだろう。


 俺はおとなしく、胡散臭いこの男に従うことにした。


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