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Ep.16 狂気の沙汰、あるいは正気の証明

 

 指一本動かせない。言葉一つ発せない。

 まるで体を、何かに奪われてしまったかのように。


[執行者の暴走兆候を確認、非汚染領域の分離プロセスは正常に終了。異常解析プロセスを開始します]


 まるでシステムメッセージのような、そんなアナウンスがガンガンと脳内で響く。


「ようやく出てきたか、【事象】らしい狂気が」

 アインさんはそう言う。


「お前は奪う側か……いや、お前も奪う側か?」

 口が勝手に動き、尋ねる。


「ああ、お前と同じ」

 アインさんがそう言いかけた時、右手が一瞬で彼の腹に一撃を加える。

 そしてそのまま、左手は男の首を絞めた。


「げ、ぶば、あ゛がァッ……!」

「違う。お前らとは違う。俺は、お前らとは違うんだ」

 ぶつぶつと俺の口は呟き続ける。


[どうなっているんだ、俺は、俺の身体はどうして勝手に動いている?]

 思考がまとまらない。何が起きているのか、さっぱりわからない。


 気づけば、左手は振り払われており、アインさんは咳き込んでいた。


「どけ、そこをどいてくれ」

「ぐ、げほッ……はぁ、嫌だね。お前が何秒で戻れるかで、さっきの話も変わってくる」

 自分が介入できない、自分と彼の会話。


[解析完了。リスク要素を、執行者の汚染領域範囲内の意識に確認。強制終了まで、残り3秒]

 響くアナウンス。


「ならば、力づくでどかす!」

 自分の声。


[なんだ、何が起きている!? 汚染領域とはなんだ!? 強制終了とは、一体!?]

 この俯瞰になってしまった視点、アナウンス、アインさんの狙い、自分の身体。


 どれを取ってみても、自分には何一つわからない。ただ認識できるだけ。


[残り2秒]


「おう、やってみればいいさ。」

 目の前の男は笑う。


 もはや、今の俺にできることは現状を認識すること、そして……忘れないことだけだろう。


[残り1秒]


「闇に閉ざせよその悪夢、汝を閉ざすは記憶の門番」

 自分の声。『記憶の門番』という言葉からして、おそらくスキルを使おうとしているのであろう声。

 視界の真ん中には、アインさんの姿。


 その言葉が終わるのと共に、アインさんの目がぐりんと裏返り。

 そして彼は、そのままばたりと倒れた。


 ……もしかしたら、この言葉がスキルの発動条件なのかもしれない。

 よくわからないが、いや、よくわからないからこそ、わかることもある。


 アナウンスがないことから、ブレイヴ・デバイス以外の力。

 ブレイヴ・デバイス以外のよくわからない力、ということはつまり、それがスキルだと、予測の域を超えて確定できる。


 だが、どうして俺はスキルの使い方を認識していたんだ?

 ()は、認識していなかったぞ?


[処理完了。執行者の汚染領域意識を強制終了、および非汚染領域と肉体の再接続を行う]


 しかし、そのアナウンスと共に自分の身体は地面に崩れ落ち、視界は黒く染まり、俺は何も認識できなくなった。


 この空間は、一体何だろう。あらゆる感覚が全て停止してしまったようだ。


 何も聞こえない、何も見えない、何も匂わない、何の味もしない、何も感じない。

 時間が経っているのか止まっているのか、それすらわからない。


 ただ、真っ暗で何も聞こえない。このままで放置されたら、あっという間に気が狂いそうだ。


 こわい、こわい、まずここはどこなんだ


 なにもわからない


 じぶんがなにをされているかもわからない


 こわい、だれかたすけて


 おねがいです、かんかくをください


 だれかたすけてください


 おれをここからだしてください


 あいつのせいなのか


 どうすれば


 たすけて


 こわい


 もういっそ


 なにもわからなくなれたら……


[……まさか、早くも遮断する(インターセプト)ことになるとは。問題が多いですね、執行者]

 ふと、最初に会った時のように、セプトの冷たい声が聞こえた気がした。


 幻聴?

 否。そうではない、頭の中にねじ込まれた言葉を、直接認識させられているような……


 ……脳みそに手を突っ込まれて、まるで子供に泥遊びの泥のように扱われているかのような、不気味な感覚。


「うわあっあああっあっ、あああああああああッ!!!!」

 それを認識したとたんに怖くなって、俺は目を見開いて大声をあげた。


 目を見開いて、声をあげられたのだ。


「あ、目を覚ましたようですぞ!」

「あれ。俺、生きてるのか……?」


 そこは、この異世界で得た自分の部屋だった。

 おじいさんの声が聞こえる。俺は、あの場所から戻ってこれたのか?


 ……さっきのことは、忘れよう。思い出しただけで、気が狂ってしまいそうな記憶。

 そうだ。自分で、それに蓋をしてしまおう。それがいい。


 目線を下ろすと、腹には包帯が巻かれている。

 血はにじんでいない。あの傷は、もう完治したのだろうか。


[……お帰りなさいませ。ご無事ですか、執行者]

「セプト……?」

 聞こえた声の方を向けば、そこにはセプトがいた。


 横になっている俺の手を握り、外されたペンホルダーを手にした彼女の表情は、虚無だった。

 俺が起き上がろうと、手を握り返そうと、その口角はぴくりともしなかった。

 呼び方も、「アキラ」ではなく「執行者」というものになっている。


「無事に、目を覚ましてよかった……」

 セレスさんは泣きじゃくっていた。


「あ、今、今は何日ですか!?」

「貴方がここを飛び出して、南の森に行ってから2日経っていますぞ」


 つまり明日が、盗賊がここに入る日。

 だが、今はおそらくそれどころではない。


「とにかく、アインの手紙に関係があることはわかる。何があったんじゃ」

 セレスさんは俺を問い詰めたが、俺はそれを話すべきかどうか分からなくて、下を向いて黙り込んだ。


[執行者が呼び出した相手に逆らえず、【事象の呪詛】に起因する激情によって暴走が発生したと推測。]

「セプト、どうしちゃったんだ?」

 本当に様子がおかしい。あの時、俺に何があったんだ?


「お前さんが自警団の人に回収されて、ここに運ばれて。お前さんの顔色が良くなったあたりからずっとこの調子じゃ」


 自警団の人に回収された、その上でここに五体満足でいるということは。

 それはつまり、アインに見逃されたか、あの時にスキルが発動して俺の事を忘却させたかの、どちらだろう。


[執行者の処置を行ったことにより、エネルギーの不足が発生したと推測。可及的速やかにネジを巻くことを推奨。]

「ネジ? なんのネジだ? 今すぐできるか?」

 俺が焦って尋ねると、急にセプトの口調が強くなる。


[執行者が抑制装置と共にデバイスを使用しない限り、その行動をとることはできない。]

 そう言われて思い当たったのは、あの日腕についていた時計。


「……つまり、なんとかしてブレイヴ・デバイスを使え、と?」

 あまりにも勝手がわからず、謎が多く、使うのにリスクが大きすぎるそれを、俺は絶対に使わないつもりだったのに。


「それよりも、何があったかを大人しく言うんじゃ。」

 俺が事情を一切話さないつもりであることを察したのか、セレスさんはそう言った。


「……アインさんがどうなっているかで、話が変わってきます」


「あいつの外傷は、自警団の本部に運び込まれた時に、腹部に大きな痣があったぐらいだった。

 記憶の方は、お前さんが『自分に止めを刺さなかった【事象】持ち』としか認識しておらんかった。

 何かの約束をしたことと私の護衛であることは把握しておったが、お前さんがその時何をしたかは一切知らんかった」


ということは、アインさんは最後の戦闘で、俺が暴走したことについてはあまり知らなさそうだ。


「なら、それ以上言うことはありません。ただの対談があるだけでした。」

 俺は、それしか言えなかった。


「つまり、向こうが先に危害を加えてきた結果、例の呪詛が原因で我を失って向こうに危害を加え、反撃をもらったと」

[その順番では執行者は死ぬ可能性が高い。よって、向こうの攻撃が先に2度、最後に彼の反撃であると推測。]


どうして、黙っていてくれないんだ。

……いや、今の彼女は機械的に、挨拶し、聞かれたことに返答し、間違いを訂正するだけの状態だ。


何を言っても、しょうがない。


「アインの、大馬鹿野郎ッ!! なんで、なんでッ!!」

「セレス様。それは、貴方が誰よりも理解を示してあげたことであったはずですが」


二人が話すのは過去の事。俺が知らないこと。

そのせいで命を狙われたり、目の敵にされたり。


「なあセレス様。いいかげん、教えてやくれないか。過去に、【事象】持ちが何をしたのか」

「嫌じゃよ……なんで、言わないといけないんじゃ……」


セレスさんの動揺。

それは、彼女がその出来事の関係者であり、詳細を知っている可能性を示している。


「初対面で目の敵にされるどころか、危害を加えられたんだ。

 頼む。このままでは納得いかないし、次に狙われた時の対処のしようがない」


そう、俺は、システム……【ギルドシステム】をぶっ壊して、それから。

あの気に入らないガラクタを、殴って、壊して、その巨体ペシャンコにして。


あの日の終わりを、平和な夕暮れを……弟への手向けにするんだ。


「……そう、じゃあ出ていけ、と言ったら?」

「ええ、出て行って真実を探しに行きますよ。その果てに死ぬのであれば、別に弟のもとに行けるだけですし」


俺は、心からの笑顔を浮かべた。


「だってあの日、セプトに会わなかったら、力がなかったら。俺は死んでいたと思いますし。

 俺が死体になったところで、それはあるべき姿になってるだけ。それは悲しいことでもなんでもない」


セレスさんは青ざめている。おじいさんは顔を伏せている。

セプトは、何も言わない。


「だから俺は、弟の仇討ちに直結することの中で死ぬならいいんですよ」

「わ、わかった。わかったから……そんな、自分の命を軽く扱わないでくれ」


それは無理な話だ。


だって俺は、あの日の終わりに直結する出来事の中で死ねたなら、必ず納得して逝けるだろうから。

あの日の真実に直結する出来事なら、どれだけ危険でも追求したいから。


「話が大きく脱線しましたが、俺は単純に事実が知りたいだけです。

 積極的に死ぬつもりはないですけど、事実を得るためだったら危険に突っ込むつもりもあることにはあるんです」

「その危険に、飛び込まないという選択肢はないんじゃな……」


当たり前だ。

だって、俺はそのためにここに立っているんだから。


理央を喪った先で平穏無事に暮らすことを望んでいたなら、俺はあの日、あの場所から逃げていた。

それをせずに……怒りに身を任せてセプトの胸倉を掴んだり、嬉々としてあの兵を殴ったのは。


他でもない、俺自身の選択したことだ。もう自分は、後には引けない所に立っているのだ。


「ええ。だからその時に、俺が突っ込む先を減らして、()()()()()()()()ように、ね。

 ぜひ情報を教えてくださいよ、あるいは……情報屋らしく情報を売ってくださいよ、セレス様(我が主)?」


……ああ、俺はどうして恩人のことを脅して、情報を吐かせようとしているんだ?


俺の言葉に、セレスさんは真っ青になって、うつむいて。

ぽつりぽつりと、話をし始めた。


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