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Ep.15 一通の手紙、あるいは謎増える出会い

 

「どうやら、一方的とはいえ上の立場の人間の依頼を跳ねのけない知性はあるようだな」

「はなッ……あ゛、がっ、じぬ、ぞ!」

「ああまあ、殺す勢いで握りつぶしているからな」


 俺が現在いるのは、初めてこのアルカレスに到着した時にいた、南の森のどこか。

 そして、俺は自分を呼び出した人物に首を絞められていた。


「お゛い、お゛んぎで、げお゛っ、ごろず……づもり゛、げぼっ、ごっ、がッ!」

「お前さんがまともじゃなかったら、このままへし折る」


 叫んでも叫んでもつぶれたヒキガエルのような声しか出ない。

 無理に叫ぶほど握る力が強くなり、暗い視界が酸素不足でだんだんと白くなってきた。


「お前が正気の人間かどうか、これから試させてもらう。さあ、理解できたか!」

「言い分ばッ、げぼっ! あがっだ、りがい゛、げほ、じだがらッ、がはっ、げうッ……でを、あ゛なえ゛ッ!!!!」


 自分が直前の言葉を肯定する叫びをあげたと共に、俺の首を全力で絞めていた手が開かれた。

 数十秒ぶりに喉を空気が抵抗なく通り抜けていく感覚に、俺はむせながらも安堵する。


「はぁ、はぁッ……初対面で人の首を絞めるとは、とんでもない男だ。逆らえないし、……そも逆らうつもりもないが」

「そりゃあ、お前は【事象】なんだから、本性を確認するまでは安心できないんだよ。まあ、第一条件はクリアだな」


 俺の首を絞めていた男はそう言って、俺の目をじっと見てニタリと笑った。


 ――――時は、数時間前に遡る。


 あの雇用契約をした時から、一か月の時が過ぎた。


 こちらで過ごすのには不自由はなく、重大な事実やシステムに関する手がかりが得られることはなかった。

 そうして、進展のない日々の中。

 セレスさんの家で……特に襲撃もなかったが……護衛として働いていた自分に、一通の手紙が届いた。


 送り主は『アイン』という人物。

 封は蝋ではなく、糊のようなものでの接着だった。


 この世界で俺の知り合いと言えば、セレスさんとおじいさん、ルークさんとセオさんの4人ぐらいだ。

 それ以外にも関わる人といえば、この屋敷にいる使用人ぐらい。しかし、アインという名前の使用人はいない。


 ならば、これを送ってきたのは誰なのか。俺には、人に尋ねることしかできなかった。


[そんないたずら、するわけないですよ]

 セプトのいたずらを疑って真っ先に彼女に聞いたが、そうではないらしかった。


 不安と嫌な予感を感じながらも、俺はセレスさんとおじいさんに尋ねた。

 そして、冒頭の状況を見てお分かりだろうが……その嫌な予感は、的中することになる。


「その名前、大きな声では言えないがの。例のクロックワークスの首領の名前じゃぞ」

「その名前、この近辺の自警団の団長さんのお名前ではありませんか?」


 セレスさんとおじいさんは、それぞれが別の組織の名を挙げた。

 おそらく、それはどちらも事実なのだろう。表ではいい顔をしている人物が悪の組織の幹部、なんてまるで陳腐な


 さらに二人は、揃って青い顔をして俺にある事実を言った。


 それは、組織の首領が、スカウト、依頼、あるいは決闘を申し込むときに使う封筒なのだ、と。

 そして、その便箋を見ることが許されるのは、封筒に名前を書かれた人物だけだということも。


「ただ事ではないのう……しかし、わしにはどうすることもできん……宛名に名前が綴られておらんからのう」

「とにかく、その手紙の内容を、絶対に他の人間には見せてはなりませぬ。一人で開けて一人で見るのです」


 そう言われた俺は、何が仕込まれているかもわからないこの封筒の封を開けた。


『クロックワークス、あるいは自警団のリーダーとして、汝に依頼を行う』

 その言葉から始まる内容の便箋には、とんでもなく怪しい依頼が綴られていた。


『お前がどれだけの狂気をもった【事象】か、ぜひ確かめさせてもらいたい』

『この手紙が届いてから三日以内に、南端の門を超えて南の森へ来い』

『もしもお前が相方がいなければダメな腰抜けなら、二人で来るといい』

『これは、南の森を訪れろ、という依頼である』


「クソッ、会う前から高圧的とか……」


 人気がある、ということは相当いい人なのだろう。普通は。

 そんな人に嫌われるなんて、果たして過去の【事象】持ちは何をしたんだ、本当。


 俺はそれに逆らうことも、セプトに相談することもできず、恐怖と警戒の中で南の森に向かい……


 そして、到着した瞬間森の奥に引きずり込まれ、初手で首を握られたというわけだ。

 青い目で、黒い短髪で、黒っぽいローブを着た男に、その太い腕とデカい手で、ギリギリと首を絞められた。


「うお゛ッ!!??」

「どうやら、一方的とはいえ――――」


 ――――そして、今に至る。


 首を絞められたとき、腕力が違いすぎて抵抗は一切できなかった。

 デバイスが起動し、俺の身体の芯が冷える感覚がしたが、そこからは無抵抗でいた。


 力を行使してあの男の機嫌を損ねれば、自分の首は一瞬で……木の枝のようにへし折られていただろうから、だ。


 武器は持ってきていない。

 持っていったら他者を殺す意思を持っていると判断されて、即死の可能性があったからだ。


 警戒心のない男だと思われる方がよっぽどマシだ。

 自分の復讐の過程で、邪魔をする存在以外を殺すのは、感情の発散にはいいだろうが非効率な……


 ……おい、待て。人間を殺す、と、俺は今、考えかけていなかったか?


「……で、試すって。どうやってですか?」

「ふむ……狂気を自ら抑えるだけの精神力はありそうだな、目が変色したのに感情の逸脱を自力で戻せるとは」


 自分を誤魔化すために口を開いたが、彼はそれを一言も聞いていなかったようだ。

【事象の呪詛】による目の変色が起きていたらしく、そればかりを気にしていたのだろう。


 だから、彼は俺をじっと見つめていたのか。


「お前、変化と感情の増幅に自覚は?」

「一切ないです。過去に一度だけあった時には、セレス様に指摘されて初めて気づいたので」


 確かその時、緑色になってたんだっけか。


「……セレス?」

「ああ、はい。俺が護衛として雇われている相手でして」

 セレスさんの名前を出した瞬間、アインさんの顔色がすっと変わった。


「………………すまんかった。彼女に信頼されてる人間とは思わなかった」

 アインさんの目線はそっぽを向き、苦虫を嚙み潰したような表情をしている。


「屋敷に手紙が届いたので、てっきり俺のことはご存じなのかと」

 その俺の言葉に、彼は首を横に振った。


「アキラ、と言う名前の男に手紙を届けてくれ、とセオさんにお願いしたんだ。

 先日、自警団の訓練で借りた道場に、【事象】持ちがいた、ってうちのが感知してな。」


 なるほど、道理でスキルなんて厄介なものがある中で、警察の役目を果たせるわけだ。

 そういう情報を掴める人がいるからこそ、組織としてまともに機能しているんだな。


「過去にその地点にいた人間の名前と顔とスキルのラベルを把握できるスキル、とかですか?」

「正確には、少し違うんだが……まあ、似たようなものだ。周囲の確認もせずに、早まりすぎたな。」


 ずいぶんと落ち着いたらしく、先刻のような強い敵意が感じられない。

 助かった……のか?


「……お仕えしてる身ではあるんですが、俺あんまりセレス様のこと知らないんですよ」

「ああ、知らない方がいいと思うぞ。怖い話ばかりだからな」


 まあ、人一人消せる、便利……ではない。恐ろしく強い力を持っているんだ。

 彼女にまつわる怖い話や噂話も、たくさんあるだろう。


「怖い話……ですか」

「まあ、半分は噂話が由来だし、事実だって正当な理由でやっていたことなのだがな。

 それに、俺が勝手にあの人に恩を感じているだけだ。ただ、あの人には失礼なことをしたくないってのも事実……」


 何か対価を考えているらしいので、俺は提案をした。

 噂を追いかけること、それが復讐の、システムの破壊の、その手掛かりになるというのなら。

 そして目の前に、その手掛かりとなる噂の当事者がいるというのなら。


 彼に頼みごとをするのなら、これしかないだろう。


「なら俺に、噂の"クロックワークス"について、教えてくれませんか?」

「理由は、何かあるのか?」


 疑いの目線、再び俺の目を見つめる冷たい瞳。

 だが、この事については、俺は絶対に引き下がることができない。


「……俺の、俺自身がここに立っている、唯一無二の目的に関係する。詳しいことまで言う必要があるなら全部吐く」

「いや、問題はずいぶん深そうだし、話させるつもりもない。いいさ、別に」

 俺に返答を待たせることもなく、彼は即答した。


「ああ、ええと。君、雇い名はなんだい? 持ってるんだろ?」

「俺の、いや。私の雇い名は、"黒猫"だ」


 この状況で雇い名を尋ねられる理由は今一つわからないが、答える。

 いくら態度が柔らかくなったとはいえ、逆らえば死あるのみであるのは変わりがないのだから。


「そうか。黒猫、その噂の真実は自分の目で確かめるがいい。セレスさんの護衛ならば問題あるまい。」

「……どういうことです?」


 真実を、この目で確かめる?


「3日後。あの屋敷に盗賊が3人入る。その情報を掴んだので、午後にセレスさんに会うつもりだったのだが。

 そいつらを1人で止められたら、お前をギルドに入れる。どんな手段を使ってもいいが、殺すな。」


 この人、最悪だ。

 あの道場破壊事件のこと、間違いなく把握している。

 でなければ、こんな無防備で穴だらけな男に、そんなことを提案などしない。


 これを断れば、間違いなくそのことを広める、ということを仄めかされているに違いない。


「正気ですか? 俺、まだ実戦経験皆無ですよ?」

「そんなもんわかってる、武器を持ってこないぐらい警戒心皆無、あるいは狡猾な人間だからな。

 そういう人間は前線に立って戦ったりはしない」


 くつくつと笑いながら、彼は続けた。


「だからこそ、俺はお前が実際の戦場で、どれだけ理性を保てるか見てみたい。

 盗賊相手に殺しを働けば正当な理由でこちらも逮捕や処刑を行えるし、生け捕りなら評価が上がって入れやすい」


 俺が負ければセレスさんを失い、勝っても殺せば自分が死ぬ。

 つまり、生け捕り以外に俺が生き延びる手段は存在しない、ということ。


 だが、俺が負けることを、この男は一切考慮していない。

 確かに、あのスキルをフル活用すれば敵味方共に無傷で勝てるだろう。


 俺がそれの使い方を知らない、という最大の問題があるが。


「つまり、あんたはどっちに転んでも得をすると」

「そうだ。お前は何かの目的に近づけて、俺は絶対に得をする。素敵な提案だと思わないか?」


 最悪だ。全て考慮したうえでやっている。


「絶対に裏切らない、って何かしら形に残るもので誓えますか?」

「信頼できる相手にだったらできるが、今のお前には無理だな」


 この男は俺がそれを強制することができないのを理解して、その上で俺を煽っているに違いない。


 俺は、ため息を一つこぼし、『もう帰っていい』の一言を待っていたが。


「まあ、【事象】である時点で、試すことそのものはやめないつもりだが……なッ!」


 自分が相手していたのは、そんな簡単にあの屋敷に帰らせてくれるような男ではなかった。


「が、あ゛ッ……ぐ、お、まえ……ッ!」

「油断し、心の余裕ができた時に刺されて。本性が剝き出しにならないやつはいないだろうさッ!」


 俺の腹には、その言葉の通りにぐっさりと剣と思しき刃物がぐっさりと刺さっていた。

 真っ白な上着に、真っ赤な血が染みていく。


 本来は死ぬほど痛いはずなのだが、痛みのキャパがオーバーしたのか一周回って痛くない。


「…………さあ、お前の狂気の一端を、俺に見せろ」


 アインさんが何かを言っているような気がしたが、その先はもう俺の耳には届いていなかった。


 意識が遠のいていく。視界が、遠くなっていく。

 自分が認識しているはずのもの全てが、まるで他人が認識しているもののように思えて。


 俺の身体は、ついに自分の意志では動かせなくなった。

 世界は、気づけば俯瞰になっていた。


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