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Ep.14.5 幕間のひととき、あるいはお茶会

 

「……失礼します」

「ああ、急に呼び出したりしてすみませんね」


 あれから一週間。

 俺は、おじいさんに、「二人だけでお茶会でもしてみませんか」と誘われて、テラス席に来ていた。


 ティーポットと二つのカップ、その下の二つのソーサー。おやつがないのは、材料を切らしていたのだろう。

 おじいさんは、俺と目が合った瞬間に座るように促してきた。遠慮なく座らせていただくことにする。


「昨日はお出かけになっていたようですが、どうでしたか?」

「想像の遥か上を行くほどに、治安のいい町だな……という印象ですね。」


 おじいさんは、俺が席につくとカップに紅茶をそそぎながらも話をする。


 あの雇用契約をした日の夜に、武器屋で俺が考え事をしている間に、セプトが確認した町の様子を把握して。

 それを踏まえて、昨日自分が町を見回ったことによって分かったことは、いくつかあった。


「まあ、この町は相当恵まれていますからね。自警団の方がしっかりと役目を果たしてくれていますし」

「ええ、驚きましたよ……」


 俺の前に置かれたソーサーの上に、なみなみと紅茶がそそがれたカップが置かれた。

 ふんわりと、甘い花のような香りが漂ってくる。


「ありがとうございます」

 お礼を言いながら、俺は思考を続ける。


 この町には、現代の警察レベルの権力を持った評判のいい自警団が存在している。

 しかも、自警団とは名ばかりのチンピラやヤクザのような存在などではない。立派に役目を果たしている。


「そういえば、例の武器屋の前でひったくりが出たんですが、あっという間に確保されてましたよ」

「まあ、この町で捕まらない盗人など、噂の"クロックワークス"ぐらいですからねえ」


 俺はそれを聞きながらカップの持ち手をつまんで、いい香りのする紅茶を口にふくむ。


 ……うまい。紅茶を自分で淹れたことなど、一度しかないような俺でもわかる。

 渋みが一切ない。蒸らす時間が完璧だったのだろう。味も濃すぎず薄すぎず。茶葉の量も完璧なのだろう。


 そんな美味しい紅茶を楽しみながら、俺は昨日の外出の時の事を思い出す。


「あのひったくり、5人ぐらいに囲まれてあっという間に簀巻きにされてたなあ」


 おかしなことを働こうとしたものは、全員自警団にしっかり確保されているらしい。

 そして、その自警団の団長さんは、人気者のようだ。……名前は知らないが。


 自警団がひったくりを確保した時に、周囲にいたおばさんたちの会話を聞いている時に、それは把握できた。


 ……しかし、今おじいさんは聞き捨てならないことを言っていたな。


「この町でも、"クロックワークス"って出たことあるんですか?」

「出たことがある、どころかこの屋敷が襲われてますよ。セレス様が自ら追い返しておりましたが」


 やっぱり、あの人怖い。

 話を聞いている限りだと、めちゃくちゃ強そうなのに。


 気分を誤魔化すために、紅茶を一口また一口と飲んでいると、あっという間にカップは空になってしまった。


 ……冷静になって考えて見れば、武力による制圧である必要はないな。そもそもあの人はそんな悪徳ではないし。

 "クロックワークス"に標的にされるのは、悪徳貴族だと聞いた。つまり、勘違いか?


「襲撃を受けたのは、何かの勘違いが原因ですか?」

「ええ……この町の外れの貧民街で、農民の青年の色恋沙汰絡みの騒動がありまして。その時に騒ぎの原因である少女の顔にセレス様が平手打ちをしていたもので、誤解されてしまったようです」


 その騒動で何があったのか、ぜひ詳しく聞きたい。


 ……そういえば、以前、『情報屋』として"クロックワークス"絡みの何かをしている、という話をしていたよな、あの人。

 その時に、"クロックワークス"の正体を知っている、と言っていたよな。


 その襲撃を受けた時に所属員の顔を見ていたのだろうか。

 勘違いで襲われたんだ、きっと交渉で決着がついただろうし。


「そんな話、初耳でしたよ」

「まあ、セレス様はそのお話をしたがりませんからねえ……あと他には何か、気になるところはなかったですかね?」


 おじいさんはそう言いながら、紅茶をこくんと口にしてカップをソーサーに置いた。

 そのカップはもう空だった。


「……正直言って、ここまで町中が綺麗なのには驚きましたね。

 トイレや焼却炉が町のあちこちにあって、どれも整備されているのには度肝を抜かれましたよ」


 こんなお茶会の席で話すのは躊躇われるが、これについては本気で驚いたので話しておこう。

 ちょうど二人とも飲み終わっていることだし、話題にするなら今しかないだろう。


 ……ここの技術レベルは中世のそれが近いものの、衛生面においては妙にしっかりしているといえること。

 これは本気で驚いた。

 町中にゴミが転がっていることもなく、貧しくて家のない人であってもトイレが使える環境である。

 これは本当に、とんでもないことであると思う。


 中世のどこかの街で、ゴミや汚物の類が道にぶちまけられているせいで、病気が蔓延したり悪臭がすごいところがあった……と、習ったような気がするからな。それを未然に防ぐ設備を整えているのは本当に恐ろしい。


 それが大切なことだと理解して、実行できているのはとんでもないことだと思う。


「まあ……ギルドに定期整備や収集を頼んでおけば、こちらがそれを受け取って、肥料として売れますからね」

「農具とか肥料を売ってるギルドを相手するのが貴族側だから、向こうが法外な額をふっかけることもないと」


 この世界のギルド。その中でも商業が絡むものは、会社などに近い部分があった。


 ――――確か、中世ヨーロッパに『商人ギルド』や『同職ギルド』というのがあったはずだ。


 偉い人同士が商売を上手にするために作った連盟であったり、師弟関係を整えて同じ職業の人間の中でも優劣をはっきりさせるシステム、のようなものだったはずだ。


 高校時代に世界史で習った時のあやふやな知識だから、かなり不安だが。

 ただ、この世界のギルドというのは、それらにかなり近いと思う――――


「農民相手ですと、彼らの大半は付け上がるのでね。それで貧しくなられて作物がマズくなっては、こちらの不利益だ。

 こちらもそれで出た利益で整備を行えて得もするのでね、そうさせていただいております。」

「え、ああ…………なるほど。」


 完全に意識が思考に沈んでいた。

 おいおい、"おじい"さんと会話している時に思考に没頭しすぎるなよ、俺。


 そして、やはり弱者を足蹴にし、強いものに媚を売る人がいるのは、どこの世界だろうが同じってことか。

 それらの悪徳から自分の領地の農民を守る、ということも考えているのか。


 ……おかしいな。セレスさん、下位貴族って言ってたよな?

 よくそれでもこのシステムを維持できるな。


「恐ろしく考えられた仕組みだ……セレスさんは得をし、農民も貧困に苦しまなくて済む、と」

「最初に考案したのは、先代の当主であったセレス様の御父上なのですが。それを実現させたのはセレス様でした」


 あの人の行動力はおかしい。


「ちなみに、女性の当主は珍しいんですか?」

「いえ、全く。先代の国王は女王でしたし、現在の上位貴族の当主の性別は半分半分ですよ」


 なるほど、地球とは違って性別による固定はここではない、と。


「地球では、本来は男でなければなれない位についた女性が、女だとバレて殺される話もあるぐらいなんですがね。」

「恐ろしいですね……」


 まあ、俺が想像しているのは伝説上の人物だったと聞くし、実在していたかは怪しいらしいのだが。


「まあ、ここは世代交代の時に当主が一番優秀だと判断した人物を当主にする、というのが伝統ですからねえ」

「なるほど。」


 実力主義、って感じなんだな。この国は。


「そういえば、ルークさんみたいな、人じゃない種族の人たちって、どのぐらいいるんです?」

「ああ、たくさんいますよ。とは言え、食事や生活習慣は人と変わらないのですがね」


「それなら」

「まあ共存できているのは、体力にあふれた獣種、空を飛べる鳥種、あらゆるものに頑丈な竜種……ですかね。」


 なるほど、動物と鳥とドラゴン、って感じか。

 そしてその口ぶりからして、共存できていないのもいる、と。


「へえ……共存できていない存在もいる、と。天使とか悪魔とか?」

「後者はあいにく未確認ですが、天使は存在していますよ。それが、現状で存在する唯一の共存不能種。」


 意外だ。天使が唯一共存できない存在、というのは。

 しかし、それもそのはずだった。


「全身が鉄に覆われ、背中に翼を持ち。不意に現れてはあちこちを破壊して回る不気味な種族。

 通称、【メカニトアンジェ】です」


 ぞわ、とした。全身の毛が逆立つような感覚がした。

 背中を伝って全身に広がっていく不快感に抵抗したくて、俺は歯を食いしばった。


 ああ、その特徴。

 思い出されるのは"機械兵"。まさか、あいつに繋がるのか?


「メカニトアンジェ、か。他のと比較しても、異質な名前をしていますね」

「……ええ、誰が呼び始めたのかは知りませんがね。」


 俺がその名を口にしたとき、おじいさんは一瞬考えこんだが、何も言わずに首を振った。

 何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「そろそろ口が寂しくなってまいりましたし、紅茶を追加で淹れてきますね」

「ああ、ありがとうございます。」


 おじいさんは、ティーポットを持って離席していった。

 俺はすることもなく、ぼんやりとしながらおじいさんを待つ。


『ニーチャン』

 ……理央。お前は、あの日どんな気持ちで。


「クソッ」

 どうしようもなく苛立って、俺はテーブルに頭を打ち付けた。


 ガタン、カチャンという陶器の音が、卓上にあるカップとソーサーの存在を訴えた。

 強く打ちつけ過ぎたのだろうか。額が割れ、つつ、と生暖かいものが滑っていく。


 そのまま俺は、座っている気力も失って椅子から滑り落ち、地面に仰向けで倒れた。


「あの状態で目を離せばこうなる気はしていたのですが……まさかここまでとは」

「あ、ああ。ええと、すみません……」


 ハッ、と気がついた時には、おじいさんが俺の額を湿ったハンカチで拭いていた。

 いつの間にか出血は止まっていたようだ。時間の経過によって、俺の顔の横にあった血は乾いていた。


 あまりの脱力感で、動くこともままならない。

 立ち上がろうとしたが、上半身を上手く起こせずに手を滑らせて、そのままひどく頭を打ち付けた。


「いだっ」

「動けないのなら、無理はなさらないでください」

 おじいさんはそう言いながら、俺の身体を持ち上げて、そっと椅子に座らせてくれた。


「さ、どうぞ。腕ぐらいは動くようですので、一口ぐらいいかがです?」

「ありがとうございます……」


 震える手では上手く取っ手をつまめない。

 諦めて、俺は取っ手に指を通して、上手く動かない唇をつけてなんとか一口。音をたててしまいつつ、口にする。


 漂う柑橘系の香り。心まで温めてくれるような、やんわりとした温かさ。

 熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいい温度。口の中に、ふんわりとした甘みが広がる。


 痙攣する顔の筋肉に力を必死で入れ、口に含んだ紅茶を嚥下するたびに、少しずつ体の震えが収まっていく。

 その温かみは、俺の沸騰してしまった脳をゆったりと平熱まで引き下げてくれた。


 一杯飲み終える頃には、すっかり俺の頭は冷えていた。


「音をたてて啜ってしまったり……行儀が悪くて、すみません」

「いえいえ、私にも経験がございますので。そういう時には温かい紅茶が一番ですよ」


 どこか影のある微笑み。おじいさんにも、ただならぬ事情があるのだろうか。


「さ、今度はセプトさんと君がどんな関係なのか、聞いておきたいですねえ」

「いや、その。ただの相方ですけど……」

 暗い話はもうやめましょう、というように、おじいさんは俺に問い詰め始めた。


 ……確かに名前をつけたりしたし、一緒にいて楽しいけどさ。

 まだ出会ってそんなに経ってないんだから、恋バナなどあるはずもない。


「その割には夫婦みたいな雰囲気があったり、仲睦まじい様子を何度もお見掛けしましたがね」

 そう言って、おじいさんは俺のことをからかった。


 それからは、当たり障りのない話、冗談、笑い話など。

 まるで、大学で友人と話していた時のような気分で、俺は彼との会話を楽しんだ。


 ああ、こんな素敵な会話ばかりの日々を、こんな日常だけを、ずっと素直に受け取れたらいいのに。


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