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Ep.14 雨のち虹、あるいは屋敷の黒猫

 

 そうして帰ってから、俺は今朝寝ていた部屋で休息をとることを命じられた。

 セレスさん曰く、「あんだけ暴れて疲れていないはずがない。そして君は放っておいたら何をするかまだわからない。そう、今日は強制休息日じゃッ! やすめーッ!」とのことである。


 その日の晩御飯は執事さんが持ってきてくれ、その後には風呂やトイレ、それから翌朝に朝食を食べるための場所……食堂の場所を教えてもらった。


 ちなみに、セレスさんはあの道場破壊事件については。


「あれは、一か月前に道場が半壊した時に金かけて修繕しなかったアホが5割、戦闘初心者にめちゃくちゃな戦闘を仕掛けたバカが4.5割、そして最後まで諦めなかった君が0.5割、という比率で悪い。諦めないことは悪いことではないが、勇気と無謀は違うからな。ゆめゆめ忘れるなよ……そこを履き違えたら、いつか死んでしまうぞ」

 と、コメントしていた。


 あれは実際の戦場でやってたら、まず間違いなく死んでいたのは俺だ。

 このまま成長できなかったらいつまで経ってもあいつを斃せない。


 いつかは必ず、アレを倒して殺して壊してやらんとな?


 そうして、寝て起きて、翌朝。

 俺は、昨日の"おじい"さんの案内を思い出しつつ、食堂に入った。


 そこには、たくさんの使用人さんたちがいて、皆仲良く食卓を囲んでいた。

 見た目はまさしく大きな食堂、といった感じで、たくさんの木製の長机が、大きな部屋に並べられていた。


 俺は執事さんに指示されていたとおり、奥にある扉を開ける。

 そこにあったのはテラス席だった。


 丸テーブルが一つだけにイスが四つ、木製の屋根。

 そのテーブルに載せられた朝食を、セレスさんとセプトが囲んでいた。


「ん、やっと来たかのう。ささ、どうぞ食べちゃって」

「ありがとうございます。」


 他の人とゆっくり囲む朝食は、美味しい。身に染みる。

 テーブルロールに近いパンと、何かのハム。味はかなり豚肉に近い。

 それから、ジャガイモに似た味のするポタージュのようなもの。


 ……先日のセレスさんの服は、顔文字の書いてあるものだったからな。地球の事もある程度知られているようだし。

 もしかしたら、「ジャガイモ」そのものが「ジャガイモ」として存在しているのかもしれない。

 地球とアルカレスの関係も、しっかりと調べておきたいな……


 ……しかし、そんな思考を思わずやめる光景が目の前に広がっていた。

 あのセレスさんが、貴族のお嬢様らしい服装をしている。


 俺の目から見ればどうしようもなく「ゴスロリ」って言葉しか出てこない服なのだが。

 ……しかも露出が激しいし。目のやりどころに――――


 違う、散れ、俺の煩悩!

 恩人をみてそういうことを考えるな!

 今は、これからの生活の事だけを考えよう!


[そういえば、あの後対応をしてくれたセオさんにお礼をするために、お金を稼ぐ必要があるんでしたっけ?]

「そうそう、そうなのじゃッ! 今、わしが用意できた仕事は一つしかないんじゃよ。その名も、領主の専属護衛!」


 ……ああ、うん。大体想像がついた。


「……それってつまり、セレスさんの護衛ってことですかね?」

「お雇いの、な。」

[つまり、傭兵のような形で雇われろ、ってことですね?]


 セプト、例えるにしても傭兵じゃあダメだ。それじゃあ裏切ったり賊みたいなことをしちゃうだろ。

 と、俺は心の中でツッコミを入れる。


 フィクションやファンタジーなどの登場人物じゃない、地球の傭兵ってのはその実、戦争で安く雇われて。

 どさくさに紛れて物資を頂戴したり、村を襲ったりして必死に生きる連中なんだからな。


 こんなの、向こうじゃ高校生でも知っていていいレベルの知識だ。

 高校生程度の知識を完全にインプットされていてもいいのに。彼女の知識には、どこか偏りがあるように感じる。

 しかし彼女の謎も、ブレイヴ・デバイスの謎へと収束する。今の段階ではどうしようもない。


「ま、大体はそゆことじゃな。ここで経験させて、お雇いで働くきっかけを作って、という感じじゃのう。なにせ、歴史がある程度ある貴族に雇われた経験さえあれば、他のところの使用人や護衛にもなりやすいからの」

[なるほど、実力の証明になる、と]

「そうじゃ、失敗さえしなければの話じゃがな」


 それから、とびっきりの厄ネタさえバレなけりゃあの話だろうけどな。

 何せ、異常な呪いに変身能力、おそらく嫌われているスキルラベル【事象】。

 俺の抱えた問題は、今の時点でたんまりあるからな。


 しかも、これから増えないという保証もない。このままでは有事の際に非常にお荷物だろうな。


「それに、万が一、私が死んじゃって。後ろ盾を作れないんじゃあ、困るじゃろ?」

「……そりゃ、ありがたいですけど。死ぬ前提で話すのをやめてくれませんか?」


 笑顔で言うセレスさん。多分、本気だ。


「ん、だが。貴族ってのは恨まれるもんじゃ。私は幸いにもうまく皆の生活環境を守り切れてるからいいが、失敗して民に殺された領主は少なくないもんじゃよ。」


 そうだろうな、地球でも何人の王や貴族が民に殺されてるか。

 そんなもん、きっと数えてたらキリがないもんな。


「最悪の事態ってのは、起きてからじゃあ遅い。だから、先に対策しておかなくっちゃあ、ね?」

[……感情の面からも言ってるんですけどね。被保護者とはいえ、私たちはお友達なんですから。死んでほしくないですよ]


 セプト……。全く、卑怯なことを言うな、彼女は。

 理屈をぐだぐだこねるより、感情面で訴えるのは、冷めた人間関係の中にいたであろう彼女には、間違いなく効く。


「じゃ、か、ら。そこなひょろ長が護衛してくれるんじゃろう。道具を使っているにしても、あのお化けを数秒いなせた時点で超優秀じゃからの。有事の際は頼らせてもらうぞ。」

[そういえば、あのものっそい魔法は、使えないんですか?]


 そこは、むしろ乱発してることの方に違和感を覚えてたんだが。


「魔法適性の代償。そこに理由が?」

 今なら。そう思い、軽いノリを装ってちょっとぐらい揺さぶりをかけた。


「その辺はまだつつかんどいてくれ。深い事情があるんじゃよ、私にも。それに、魔法なんてあんまり使いすぎたら、おとぎ話の魔女みたいになってしまう」


 この口ぶり。先日の予想通り、やはりそこは地雷原だったか。


[それは、どういう……?]

「セプト! ……やめておけ。」


 こうして気になったことを追求しまくってしまうのは、俺たちの悪い癖だ。

 今回彼女を制止したのは俺だったが、これから先、逆の立場になることもきっと多いだろう。


 いつかは余計なことに首をつっこんで、酷い目に遭ってしまう。

 そんな未来を想像し……俺は首を横に振った。


「……あ、あ! 魔女の護衛、つまり使い魔ってことで、君を黒猫って呼ぶのはどうじゃ!?」

 気まずくなった空気を誤魔化すように、セレスさんはそう言った。


「なら私は、鴉といったところでしょうかね。」

 いつの間にかこちらに来ていた"おじい"さんは、俺たちの食べ終わった後の食器を取りに来てくれたらしい。


「お口に合いましたかね? 地球出身の方となると、こういう味が合うと聞いたのですが。」

「聞いた、とは?」

「……地球人は貴方だけではない、ということです。これらの食材や調味料をくれたのもその方でして。

 確かに珍しい存在であるのは間違いないのですが。どういうわけか、地球人は数年に一度は必ず現れるのですよ」


 なるほど、何もわかっていないということがよくわかった。

 こちらに来ている食料によっては、こちらで味噌汁を飲むこともできるかもしれないのは嬉しい。


 ……復讐を果たして日常に戻らない限りは、二度味わえないと思っていた味。

 こうして今も口にできるというのは、かなり驚きだ。


「まあ、とにかく。しばらくの間はここで働いてもらうからの。護衛以外はさせるつもりないがの」

[……頑張りましょうか、アキラ]


 セプトとセレスが笑いかけてくる。

 ……まるで、妹ができたみたいだな。家族――――


『ニーチャン』

「……ああ、そうだな。」


 ――――いや。何かあった時に早急に対処するためにきっと手元に置いておきたいだけだろう。

 と、いうのは想像がつくのだ。そうやって色々期待するな……俺。


「じゃあ、正式に雇うための書類を用意するからの。それから、雇い名……ああ、黒猫でいいか。」

「雇い名?」

 偽名みたいなものか?


「ああ、説明してなかったかの。お雇いは恨まれやすいし、殺されやすいからのじゃ。

 なにせ、後ろ盾は雇い主だけ。一度でも失敗すれば、守ってくれる人はおらん。

 だから、彼らは雇い名と呼ばれる偽名を使って、失敗したらそれを変えて、別人として生きて雇われる」


 想定以上にここは殺伐としているな。現代日本で暮らしていた身では、とても慣れないし慣れたくない。


「でも、正体なんて簡単にバレるのでは?」

「まあその通りなんじゃよ。今じゃ、完全に『伝統だから』って理由で行われていることじゃからの。

 それも、最近復活したものじゃし」


 最近復活した面倒な伝統を、続ける理由などあるのか?


「じゃがな。最近、あのキリモが上位に入ってからなんじゃよ。その伝統が復活したのは」

 セレスさんは、拳をぎゅっと握りしめて、なにかを堪えているようだ。


「わしは、それに何かの意味があるんじゃないか、と考えておる。

 そうして自分の名を使わせないことで、隠し事をしなければならない人物の秘密を暴いたり、とかな。」


 隠し事をしなければならない人物。それは、俺にも当てはまる。

 ブレイヴ・デバイス。これをもし使うなら、絶対に正体を隠してやらねばならない。


 こんな異常な力。使えば間違いなく、悪魔や死神扱いされるに決まっているから。

 だが、これの秘密を知る手段がこちらにないか、というとそれは考えにくい。それを知らなければ復讐はできない。


 ならばキリモは……いや、飛躍しすぎだ、忘れよう。


「あの、わしはな。あいつに復讐をする理由があるんじゃ。詳しくは話せないが、の。

 先日の門番の時のも、下位貴族と言われて、あいつのことを思い出したから。個人的な怨みで、あんなことを。」


 うつむいた彼女の顔に、影がかかる。

 それはまるで、彼女の本心に、ヴェールがかかっていくことを表しているようだった。


「いえいえ、本当にあの時は怖かったですけど、スカッとしましたし。

 まあ、俺が貴方の護衛になったとして、あそこまですごいことはできませんけどね!」


 そんな彼女を見て、俺には、誤魔化して笑うことしかできなかった。

 だって、俺は人を怨む心を、憎しみを……痛いほどに知り理解しているから。


「……ああ、話を脱線させてすまんかったの。改めてよろしくな、お雇い護衛の"黒猫"くん」


「はい。以後、貴方を持てるすべての力を持ってお守りします」

 俺は、昔読んだおとぎ話にならって、跪いてそう述べた。自分の言葉で言えやしないから。


 だって俺は、あんたのためにここで働くんじゃない。

 力をつけて、いつか自分の復讐を果たすために、貴方の善意を、ある種利用しようとしているのだから。


 ……ふっ、とセプトの笑うような声が聞こえた。


「おい、セプト」

[ああ、馬鹿にしてるんじゃないんですよ。……なんかちょっと寂しくなっちゃっただけですよ]


 今の貴方はどこか儚くて、なんだか消えてしまいそうな気がしたから、と。

 そう続けられた彼女の言葉を、俺は何一つとして否定することができなくて。


 俺は、目を閉じた。


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