Ep.13 残念な悲劇、あるいは当然の天誅
俺は、勝負の末、下に落ちた。
辺り一面に砂埃がまう。何が起きたか一瞬理解できなかった俺は、もろに目に入った上に吸い込んでしまった。
……俺は目を覆い、むせた。
そして、一瞬考えこみ、理解する。
力推しで体勢を変えようと俺が床を踏んだ時、一点に負荷をかけすぎたのだろう。
何の罪もない道場の床が、犠牲になってしまったようだ。
床に手をかけ、床下から地上に上がり一番最初に目に入った光景は、オッサンが木刀ごと地面に突き刺さっている姿だった。
経緯はおそらく、俺という目標を失った木刀が地面を破壊、足場が崩れたオッサンは耐えられず地面に突撃……といったところか。
それにしたって、どうやったら生身で床に穴をあけられるんだよ。頑丈そうだったぞ、ここの床。
「お気の毒に。すーっかり忘れておったが、ここの床って確か一か月前に崩れて、その時テキトーに修繕されてたはずじゃったのう。ま、道場主が悪い部分も大きいから、この話は後回しにすべきじゃな」
[うふふ、アキラ。自覚がなさそうなのですけど、ちょっと自分の手足を確認したら謎は解けると思いますよ。]
セプト、お前俺の心を読んでいるだろう。絶対そうだ。
怒りが声色ににじみ出ていて、俺の背中を流れる変な汗が止まらない。
何故こんな盛大に床を破壊してしまったか。その謎は、指示に従うと確かに一瞬で解けた。
意識すれば理解できるはずだった。手足の芯、そして指先が冷たいことにあっさり気づけた。
手袋をめくって見てみれば、指先から手首まで、機械のそれに変化してしまっていた。
足の方も感覚からして間違いなく同じ状態になっているだろう。
武器を振り回すあの速度も、ハッキリ言って俺に出せる速度じゃあなかった。武術などやっていない素人の俺にできることは、せいぜい……走ることぐらいだし。
それでも、「できるからいいか」と流していたが……この手足の内側の妙に冷えた感じ。表面では見えないが、内部で機械化しているに違いない。
[浸食率、現在3%。全く、これは対人用の武装ではないですからねえ。決闘では美しい反則行為ですねえ?]
「やめてくれ、俺だって使うつもりもなかったんだ」
彼女が耳打ちしてきた言葉に、今度は暗いため息をつく。
自分が意識していなくてもデバイスが起動してしまう、という事態が起こり得るのは危ない。
万が一、手加減したつもりが相手を殺す、などという事態になっては俺は悔やんでも悔やみきれない。
他者を傷つける行為だけは、絶対したくない。
あんな未知の力に頼っていては、いつか本当に助けたい人を助けにくくなるかもしれないから。
[そうですか……なら、命の危険を貴方が本気で感じたから、防衛機能が働いて自動で低浸食率での変身が発生していたということですかね……。良かった、貴方が自らの意志で頼ったりしていなくて。]
「気にかけてくれてありがとうな。俺はあれを積極的に使おうとは思っていないから、そこだけは約束できるぞ」
[その言葉を聞けて安心しましたよ。力に頼ってばかりでは"闇堕ち"とやらをしてしまいますからね]
「しないしない、闇堕ちなんて絶対しないさ。少なくともそうなる要因を生まないよう、努力するつもりだし?」
この言葉が嘘にならないことを俺は祈っておくことにする。
「……うぅ、ん……」
「ハッ、手ひどくやられたなクソ親父め、あースッキリしたわい……。ねえねえ、今戦いの素人のはずで格下のはずの彼と決着つかなくてどんな気持ち?」
オッサンは、自らが地面に空けた穴からなんとか脱出する。
それと同時にセレスさんは煽った。
「やめてください、俺のせいで今はそんなこと言ってられる状況じゃなくなってしまいましたし……。それに、途中のアレは決して俺の実力なんかじゃないんですから。」
「いんや、何を使ってもいいと言ったのは俺だ。ただ――」
オッサンは立ち上がると、怖い顔をして俺の肩に手をポンと置いた。
「武器を投げたり不意打ちしたりせず、普通に戦えば。戦士じゃない俺にさえ5秒持たないんだ。これから先に戦場に立つことを望むのであれば、誰かにボコボコにされて鍛え上げられることだな」
えっ?
「え、戦士じゃない……?」
「ああ、軍人系とかアウトローの連中とか戦闘者系のギルドに所属したことはねえな。趣味でずっと鍛錬を続けているし軍人ギルドに何度かスカウトもされてるが、俺は20の時からずっと鍛冶師よ。戦うのも好きだが、武器の方が好きだし、な」
えっ、この鍛冶師のオッサン、元戦士やら元兵士とかじゃないにしては戦闘力高すぎないか?
俺、さっきの戦闘で命の危険を本気で感じたぞ?
デバイスが起動しなかったら、途中の一撃でたぶん身体の半分をもってかれて、死んでたぞ?
「この世界の人って皆――」
「違う。違うから、みなまで言わなくていい。」
慌てて言う貴方も異常筆頭ですよね、セレスさん。
頼むから、こんなサービス終了直前のスマホゲームみたいな戦力のインフレを起こさないでくれ。
「結果にもやっとするなら一か月後にまた勝負しようぜ、青年。勝負の時だけは人間扱いしてやらあ」
「あ、ありがとうございますッ!」
もやっとするし、修行したら再戦したいとは思うし嬉しい。
……いや待て、ありがとうございますではない。
平常時には人間扱いすらしないって宣言されてるぞ。
ただ、このオッサン、数秒に一度ほど殺気というかオーラを放つので、下手なことを言ったら死ぬ気がしてならないのだ。文句の一つも言えやしない。いや、そんなことしたらもう武器を用意してもらえないだろうが。
本当、不意打ちというかズルはしたが、どうしてこの人に負けなかったんだ?
「手加減、あれでも一応してくれてたんじゃぞ。程度の差こそあれ、あやつは終始手を抜いておったからな。まあ手を抜きすぎて決着がつかないのもどうかと思うがのう」
[やろうと思えばあなたを一瞬で打ち負かせそうな瞬間、何度もあったんですよ?]
やっぱりか。セプトとセレスさんの言葉に、俺は納得し、恐怖し、同時に安心した。
こんな強い人と勝負をして、早めに格上の人に対する対処法を把握できたのは良かった。
でも、あの猛攻の時に本気で出されたら、俺の身体のどこかが砕け散って、治療しても戦士としては再起不能になっていた恐れもある。回避できて良かった、といえば良かったのだが、強くならないといつかの復讐の時に負けてしまうかもしれない。
ダメだ、アレにだけは絶対に負けるわけにはいかないからな。
「手加減は確かにしたが、あの瞬間に度肝を抜かれたのはマジだ。まさかあそこまで押された状態から決めに来るとは思わなかったし、あれだけ正確に投擲してくるとは思わなかったからな」
「必死だっただけです。正直、貴方が強すぎて本来の目的を何度も忘れかけてたので」
オッサンは、この一言を聞いて一瞬キョトンとした。そして、慌て始めた。
「目的……ああ、そうだった、お前さんに武器を見繕うって話だったか、完全に忘れていた!」
「おいおい、言い出しっぺが忘れてどうするんじゃ」
「まあ身のこなしは確認できたし問題ないだろうな、このガキの武器ぐらいいくらでも作れるさ」
おかしい。何で武器の話をし始めたら突然扱いが雑になるんだ。
この人、やっぱり二重人格か何かなのでは?
こうなったら、武器関連の話をするときは店主さん、戦闘関連の話をするときはオッサン、と呼ぼう。
「しっかし、ここまで壊しちまって……そんなこと言ってる場合でもなくなっちまったな。
とりあえずこの床はそこの戦士に免じて俺が直しておく、武器は俺が勝手に用意するから2週間後にまた店に来い。厄介なことになる前に、お前らはとっとと家に帰れ」
オッサンはニコニコしながら懐から金槌と釘を取り出し、新しい木材で床を修繕し始めた。
……もう疲れたし、木材をどこから出したのか、などとツッコむのはやめよう。
「まあ、確かにここの道場の主は、【事象】ラベル持ちに恨みを抱いている。だから、少なくともアキラは早くここを出るべきじゃろうしな、お言葉に甘えて一度帰るぞい」
「すみません……ありがとうございます、お礼はいずれ」
[絶対にお礼は、させていただきますので]
あちこちで恨まれ、睨まれ、嫌われている可能性の高い、【事象】。
このラベルのスキルを持った人間が、過去に一体何をしたのだろうか。
「ありがとうね、セオさん」
「店主さん、色々ありがとうございました。」
[改めて感謝します]
セレスさんはオッサンに感謝し、俺とセプトも頭を下げて礼をする。
「おうよ」
全く、この人は良い人なのか何なのか分からないな。
ただ、面倒くさいが優しいところのある男だ、ということは確かだろう。
「おうちに帰るのじゃ。」
セレスさんの言葉と共に、俺たちはあの屋敷へと転移した。