Ep.10 鎌と呪い、あるいは命綱
「よぉ、セレス。隣の喫茶の姉さんは今日はいねーぞ」
あれからさらに数分歩き、やっとたどり着いた武器屋に入ると、如何にも頑固そうな顔をしたおじさんがカウンターに座っていた。
だが確かに、武器屋という割に、右半分はまるで喫茶店のようになっていて、本棚まである。
なんてアンバランスな見た目した店なんだ。大体なぜ武器屋と喫茶店をくっつけようと思ったんだ。
おじさんの口ぶりからして、どうやらセレスさんは右の喫茶店の方に知人がいるようだ。
「今日はマスターに相談じゃなくて、セオに武器を頼みにここに来たんじゃよ。というわけで……いくらでも金をだすから、とびっきりの呪いを、ツレに頼むぞい!」
「武器を嫌い、他人との接触を忌避するお前さんが。ツレに武器を。しかも金を惜しまない、とはな。それで、しかも呪いと。……で、お前は何を連れてきた。その後ろのガキ二人はなんだ。スキルのラベルはなんだ」
喫茶店のマスターはセレスさんの相談相手らしき人、そしてセレスさんは基本一人を好んでいる、そしてこの武器屋の店主の名前はセオさん、か。とりあえず覚えておこう。
それにしても、この人は怖い。ルークさんと違って、マジで怖い。しかも、俺たちの扱いが人間に対するそれではない。「何者だ」ではなく「なんだ」という言葉を使われる時点で、全く歓迎されていないということが伝わってくる。
状況は最悪以外の何物でもなさそうだ。
「うすい女子は【魔力】、そしてそっちの男は【事象】じゃ。単刀直入に言うが、この青年の【事象の呪詛】、それもおぬしの弟子にかかってるのと同じでありつつ強力で厄介なんじゃ。武器の呪詛で打ち消して、どうにかして緩和したいと思っているぞよ」
「よりにもよってソレを持ってくるか……チッ、めんどくせぇ。【事象】持ちなんて帰らせろよ、ろくな望みを持ってないに決まっている」
ああ……【事象】は嫌われているのか。あんな呪い付きで周りに迷惑が掛からないほうが不思議だし、過去にこのラベルのスキルを持つ人物に会ったことがあれば仕方ないと言えば仕方ないだろうが。
しかし、弟子?
それって初対面の俺たちが一緒にいる中で話していい話題ではないんじゃないのか?
口ぶりからして、おそらくセオさんのお弟子さんのラベルも【事象】なのだろう。それが当たっているとするなら、このおじさんの【事象】嫌いも、おそらくそれが原因の一端を担っているのだろうな。
「おい、セレス。あのバカ弟子の話は関係ないだろうが。ガキがいっちょ前に年長者に吠えるな、この小娘……」
小娘、と言われた瞬間に、セレスさんは店の壁をバンッと叩き、あの門番を消した時のような、別人のような、悪魔と例えるのが最も適切と言っても過言ではないような表情をうかべ、叫ぶ。
「ああ、そうかい。私に散々迷惑をかけたくせに借りを返す気もない、と。オイ、クソ爺。別に私の知り合いに優秀な鍛冶師は他にいる。端くれとはいえ貴族の身なんだ、厄介事の原因になりうるこの店など、潰すこともできるんだぞ。そこんとこどうなんだ、えぇ?」
ああ、なるほど貸し借りの問題か。それを利用すれば、武器を他よりも安く出してもらえると考えていたのか。
セレスさんもそこそこ嫌われ者やっているようだし、昔馴染みや貸し借りのある人間以外とはあまり話したくないのかもしれない。
ただ、下手に人の弱みをどつきまわしたら、恨みをかうってレベルじゃない。
しかし、俺もセプトも口を開くタイミングがない。セレスさんを止めることはできない。
ただ、見ているしかできない。これは割って入っていい問題ではないから。
「チッ、クソガキが」
「クソガキで結構じゃ、頑固クソ親父殿?」
びりびりとした空気。あの二人の視界に俺たちは間違いなく、いない。しかし、今のセレスさんの言葉で妥協したなら、よほどの借りがあるのだろう。追々調べていきたいとは思うが、不用意に手を出したら火傷しそうだな。
しかし、喧嘩しに来たわけじゃないのに……俺のせいで話がこじれているのは、間違いない!
「……存在していて、すみません」
[ネガティヴすぎです、前向きはどうしたんですか]
俺がいるからこうなった、お前のせいだ……などと思っているうちに心の声が漏れてしまった。
確かに数分前には前向きになろうとしていたのに、俺もどうしようもなくネガティヴなんだな。
「ずいぶんと悲観的なガキだな。お前は己の異常性を、己の力が他者に与えうる影響を、自覚し、理解しているか?」
漏れたとしても小さな声だったはずなのに、セオさん……店主は聞いていたらしい。
彼は俺の目を見つめながら尋ねてくる。彼の目は鋭く、しかし真っ直ぐな視線を投げてくる。
「はい。自分の力を乱用すれば、多くの人間に迷惑がかかると分かっています。そして、今のままでは、使わないでいても周囲に多大なる被害をもたらす、災害みたいな存在になっていることも。」
災害。そう、災害。
もし俺が発狂してブレイヴ・デバイス使って暴れ回ったら、それこそ俺は災害そのものになってしまうんだろう。俺は、そうはなりたくない。
俺は、復讐を望む人間だ。決して、復讐相手と同じ災害などではない。そうなりたくはない。
そうなってしまっては、俺はあのガラクタ機械兵と一緒になってしまう。そうなってはならない。
「ふむ、ガキで【事象】にしちゃしっかり自分の意志で喋れるな。まあ最低限の自覚はあるか。口にしたその言葉、しっかりと守ってもらうからな。約束破るなよ、ガキ」
「当たり前です。俺は、これ以上誰かに迷惑をかけるわけにはいかないですから。そう考えることができない時があるなら、俺が人間ではなくなってしまった時でしょうね」
……冗談じゃない。俺は、人間だ。災害なんかにはならない。悪魔には、ならない。
そうだ、俺は絶対にあいつみたいにならない。
「その言葉が冗談で終わればいいがな。さあ、良いのを見繕ってやるからこっちに来い。そっちのお嬢も、セレスもだ」
セオさんは、俺たちみんなを店の奥の扉の前へ連れて行ってくれた。
彼が扉を開き、指をぱちんと鳴らすと、真っ暗だった扉の奥の部屋が一瞬で明るくなった。
壁には蠟燭が、卓上にはランプがあり、おそらく彼の指先一つで全てに火がともったのだろう。
だが、俺はもう驚かない。セレスさんがびっくり人間すぎて、もうこの程度では何とも思えない。
ただ、これは店主さんのスキルなのか、それともこういう品が普通に売っているのかは気になるところだ。魔法の価値がどんなものなのかというのが分かりやすいし、な。
「まあ、【事象の呪詛】なんて強力な呪いに対抗できそうなのは、現状ひとつしかないけどな。アレは使い勝手が悪いんで、触媒と素材さえあれば、呪いの武器ぐらいなら俺が追加でお前に合わせて打ってやるがな。とはいえ、その用意も必要ないか……セレス、お前払うんだよな?」
「ああ、そりゃもちろん」
オーダーメイド的なものもあるんだな。高そうだ。素材の費用も、技術費も。
いや、触媒があれば呪いの武器が作れるのが怖い。
そのためのお金も出してくれるとは……セレスさん、俺達に一体何を期待しているんだ?
俺達に利用するだけの価値、あるかどうかまだ分かりもしないだろうに。
「ちなみに、今あるっていうのはどんなどんな武器なんですか?」
「鎌だ。正直、使い勝手は最悪だな。技なんて存在してるか怪しいし、使い手がいないから誰かに使い方を教わることも難しいだろう。だからこそ、強力なわりに買い手がつかないんだがな」
鎌。ロマン武器。死神が持ってそうな。
そういえば、今の俺の格好、白黒だよな。服は白いが、マントは黒だよな。
……やめよう、続けても最後には自虐にしかならない。
「もうひとつの方は?」
「それはお前さんに鎌の呪いを繋いで、それから、木の棒で模擬戦して決めてやる」
模擬戦用のひのきのぼう。まるでRPGのようだ。
いや、スキルとかがある時点で大分RPGだし、今更か。
「ああ、代価は後払いで構わんよね?」
「時間に見合った良質なインゴットか良質な塊、もしくは高い道具を持ってこれるなら構わん」
「ええ、たっぷり魔力粒子を含んだのを見繕っておくわよ」
ふむ、インゴット、魔力粒子……この世界の武器の"強さ"というのは、製作者の技量や鉄そのものの良質さに加えて、RPGでよくある魔力による祝福や強化具合にもよるのだろう。
「世界一の魔力による強化」をされた「粗悪な素材」を「下手くそな製作者」が、仕上げた武器は。
「魔力のない」「世界一の素材」を、「世界一の武器職人」が仕上げた武器に、勝る可能性もある。
何もかも推測の領域を出ることはないが、強さ以外の推測は、おそらく間違いない。
武器そのものについてはこれ以上は考えても、無駄だ。
……ただ、粒子という言葉がどうしても引っ掛かる。
ブレイヴ・デバイスを起動した時、セプトが告げた言葉。
[機械化因子を刺激。ソルジャー粒子を刺激。活性化。]
あの時言っていた"ソルジャー粒子"と、関係があったり……しないよな、考えすぎだ。
だが、少なくともこの世界で行動すればあの機械兵を倒す事につながるのであれば。
ブレイヴ・デバイスは、おそらく何かの鍵になるのだろうな。
「おい、おい! ガキ、鎌を持ってきたから呪いを繋ぐぞ!」
考え込んでいて周りの様子に気づいていなかった俺は、セオさんに尻を蹴飛ばされて怒鳴られて、やっと現実に戻ってきた。痛い。
言葉の通り、セオさんの手には鎌が握られていた。
その手には黒革の手袋がはめられており、そこから漂う雰囲気は呪いの恐ろしさを予感させる。
そして、鎌は、俺が想像していた形をしていなかった。
その柄は長く、その外見は薙刀に近い。しかし、長さがあるからそれなりに重いだろうな。
確か武器としての鎌の一種に薙鎌、というものがあったのでおそらくそれに類するものだろう。
まあ、農具の鎌や、死神が持っていそうな大鎌よりははるかに使い勝手が良さそうだ。
「ああ、すみませんでした。見たことのない武器もあったので、どう使うのだろうなどと考え込んでしまっていましたね」
漂う嫌な空気やヒリヒリと痛む尻、予想外の外見をした武器に驚いて、つい誤魔化してしまった。
ダメだな、反射で言い訳していたら、いつか言い訳や誤魔化しを嫌う人間に刺されてしまいそうだ。
「お前が何を考えていたかはどうでもいい、こっちの作業はさっさと済ませてお前の戦い方を見たい。鍛冶師になってからの一番の楽しみはそれだからな、せいぜい料金代わりに絞ってやらあ」
しかし、セオさんにはそんなことはどうでもよかったらしい。
相手の性格を考慮することの大切さを、代償なしにしっかりと認識出来たことは幸いか。
俺の事などどうでもよさげなセオさんは、ある程度手加減しながら様子を見て、十分だと思ったら叩きのめす……と、そんなことを思っているらしく、目がギラギラと鋭く光っている。
間違いない。これは獲物を本気で狩る狩人の目だ。
この後の模擬戦を思うと、背筋が凍る。
「じゃあ、これを持て。」
セオさんに鎌を差し出されて、俺はそれを手にする。
想像通りに重みのあるそれは、手に不思議と馴染んだ。
この武器が、これからしばらくお世話になる大切な生命線、あるいは命綱。
「しばらくの間よろしく頼むぞ」
握りしめた鎌に小声で言えば、「ああ、ヨロシク!」とどこからか返事が返ってきた気がした。