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巧血の乙女の人たち  作者: 功野 涼し
乙女の人たちの日常 ①
6/34

スーとしら子のアルバイトで流す汗は、課金の為! ~前編なのです~

 言語習得、それは学ばなくともあらゆる言語の読み書きが出来るとても便利なもの。

 その転生特典を受けていた思月にとって、履歴書を日本語で完成させることなど容易いことであった。


 美心の援助金により購入した履歴書に必要事項を記入し、写真を撮ると貼り付け出来上がった履歴書を手に持って仕事を求めて町へと繰り出す。



 * * *


『目標金額:10万円』



「え~と、す、すーゆえさんは、接客業の経験はあるのかな?」


「ないのです」


 スーパーのアルバイト募集の張り紙を見て、面接を申し込んだ思月は今、バックヤードの休憩室にて店長による面接を受けている。


 そして今、店長は思月の持ってきた履歴書を見て、渋い顔をしている。


 まず目に入るのは証明写真に思月とウサギのぬいぐるみが並んでアップで写っていることだ。

 学歴はまあいい、住所が読めない。漢字だが読めない。

 名前からしても中国の人であると推測出来るから、これは中国の住所だと結論付ける。


 チラッと正面を見る。


 綺麗な顔立ちの幼い女の子と、大きなウサギのぬいぐるみ、着ぐるみ? が座っている。もはや、どこをどう突っ込めばいいか分からない。突っ込みどころが多すぎて突っ込めない。

 それでも、着ぐるみには突っ込むしかない。


「えっと……その隣の方もアルバイト希望なのかな?」


 白雪は店長の質問に頷きながら、手に持ったホワイトボードに【はい、そうです】の文字を書いて見せる。


「あ、あのぅ、なぜその格好なんですかね? 差し支えなければ……」


 店長の質問に思月が答える。


「この子、恥ずかしがり屋さんなのです。ぬいぐるみから出れないのです」


 こくこくと頷く白雪。


 アルバイトを始めるにあたって美心から、1人より2人の方が稼げるし、白雪は恥ずかしがり屋ということにすれば、いけるんじゃない? というアドバイスを受けている。


 少し前の思月なら、白雪を人前で歩かせることなどしなかったかも知れない。

 だが、最近の白雪は自由奔放で、お世話になっている詩の祖父、哲夫の近所を散歩していて、ご近所さんに普通に挨拶したりしているので、感覚が麻痺し始めていた。


 しかし、一般人である店長にそんな感覚があるはずもなく、この目の前のウサギに絶賛困惑中である。

 恥ずかしがってウサギのぬいぐるみから出れない人間が、なぜ接客業を? そんな疑問を持ちつつ、履歴書に目を落とす。


「え、えーとじゃあ、この志望動機の『課金の為』ってのは……その、なにかな?」


「はい、課金なのです! 己を強くするため、お金でぐるぐる回すのです!」


 この質問を待ってましたと、ハキハキと答える思月に隣で拍手する白雪。


「あ、うん。お金の使い道は自由だからね。いいと思うよ、うん、うん」



 * * *



 思月と白雪は街から少し離れた川沿いの歩道を歩きながら思案する。


「さっきのスーパーは不採用だったのです。でも次にいくのです」


【みこみこが言ってたけどさ、長期よりも短期、短期よりも日雇いの方がいけるかもって】


「確かに言っていたのです。どこか日雇い募集しているところはないのですかね?」


 ぶらぶらと歩いていると、異質な雰囲気を放つ建物と出会い、思月と白雪はその姿に釘付けになる。

 建物の壁にかかっている猪や鹿などの頭部の剥製(間違いなくレプリカ)が、通行人にガンを飛ばし威圧している、なにかごちゃごちゃした店。


 『ジビエ料理専門店☆ベスティエッセン』


 看板に書いてある文字を見つめる2人は、扉に貼ってある紙を見つけ近寄る。


「お肉をさばける人急募! と書いてあるのです! 日当払いも可なのです! これならいけるのです!」


【そうね、そうね! スー、お肉さばけるものね☆ さっそくいってみましょ!】


 ドアをノックしても返事がないので、鍵の掛かっていなかったドアを開け、萌えイラストが描いてある、のれんをくぐって中に入る。


 挨拶をしたが反応がないのでそのまま、薄暗い店内の中に並べてあるテーブルと椅子の間を歩いて、ボンヤリ光を放つキッチンへと向かう。

 近づくにつれ何やら声が聞こえる。


 キッチンを覗くと右腕にギブスを巻き、三角巾で吊っているガタイのいいおじさんが、線の細い青年にハスキーボイスで怒鳴っている。


「ちげぇよ、骨に沿って肉を切り離すんだよ。それじゃ骨に肉が残っちまうだろ」


「無理だよ、オヤジ。俺、魚ぐらいしかさばいたことねえよ」


 怪我した腕の男に、オヤジと呼ぶ青年、何やら込み入った事情があるようだが、今の思月には関係ない。


「忙しいとこ、ごめんなさいなのです。アルバイトの募集見て来たのです」


 突然の来訪者に驚くオヤジと、青年が一斉に振り返る。


「アルバイト、ああ、ああん?」


 返事をしたものの、オヤジが目の前にいる小さな少女とウサギの着ぐるみ? の存在に言葉を失う。


「いや、バイトって肉をさばくんだけどよ。出来るのかよ……」


「はい、だから来たのです。出来るって実演した方が早いのです」


 思月と白雪は手を洗うと、白雪がくいくいっと手招きし、青年から包丁を受け取り思月に渡す。


 思月が静かに包丁を構える。オヤジたちには見えていないが包丁に魔力を這わせ、刃をコーティングする。

 前世と比べ、武器へのコーティングは、得意ではなくなった思月だが、それでもその力は包丁の切れ味を2倍以上に引き上げる。


(な、なんだこの子は。包丁を逆手で持ってやがる。とんだ素人じゃねえか! 

 だが、だがなんだこのプレッシャーは!? 文句を言えねえ、圧倒的プレッシャーを感じるぜ!)


 オヤジが思月から謎のプレッシャーを感じる中、思月が静かに包丁を振ると、調理台の上にあった獣肉に、光の筋が走る。

 骨から剥がされた肉が、宙を優雅に舞い、静かにトレーへと降り立つ。


「な、なんだとぉ!? 骨に肉が残ってねえ!! それだけじゃねえ、骨の方も傷一つ入ってないだと!? こ、こいつただ者じゃねえ」


「どうなのですか? 採用してもらえるのですか?」


「お、おういいぞ。採用だ!」


 オヤジの指示の元、思月が肉をさばき、白雪が手際よく、部位ごとに分け保管していく。


「こ、こいつら、何者だ。あれだけあった肉が30分もたたずに……」


「終わりでいいのですか? ではお金が欲しいのです」


「お、おう、今日の仕込み分はもう全部終わったぞ。よし、バイト代払うから待ってな」


 オヤジが思月に催促され、店のレジへと向かい、お金を取ってくると封筒に入れ手渡す。


「ありがとうなのです」


 封筒を渡され、ニコッと笑う思月。


「いや、礼を言うのはこっちだ。助かったよ。また来てくれると助かる。期待も込めてお金多めに入れといたからな」


 思月は封筒を覗いて、2枚の万札を見て驚きつつ、オヤジに笑顔を見せる。

 その屈託のない、本当に嬉しそうな笑顔に、オヤジも心がほっこりする。


「こんなに沢山ありがとうなのです! これで課金して、ガチャがブン回せるのです!」


 そうお礼を述べつつ、思月と白雪がペコリとお辞儀をして、手を振って店を出ていくのをオヤジたちは見守り、姿がなくなってもしばらく入り口を見たまま呟く。


「いや、別に良いんだけどな。嘘でもいいからもっとほら、美味しいもの食べれますーとかあんだろ……な?」


「2万あったらそこそこ課金出来るだろうしね。ガチャをブン回すって、いい笑顔だったし、よっぽど課金したかったんだろうね……」


 親子は、突然現れ、すぐ去って行った少女とウサギのことを語りながら、お客さんが来てくれることを祈るのだった。



『目標金額:8万円』


 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で6回目っすよ!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 この物語における転生特典、いわゆる『スキル』みたいなものなのですが、ゲームのようなものではなく、ちょっと生活に便利な程度のものです。大したスキルもないので、言語習得が一番役に立つのではないでしょうか。


 転生の際、選んだらそれっきりで、生涯増えることはありません。

 因みに選ばなかった詩とエーヴァは何も持っていません。


『ジビエ料理専門店☆ベスティエッセン』は本編、第8話『ぼたん鍋が食べたいのよパパ』で出てきたお店です。


 潰れそうな外見なお店ですが、その奇抜さとジビエ料理が好きな人たちがいて、彼らがお金を落としてくれ、なんとか経営が成り立っています。


 店長のオヤジは、立川(たちかわ) 姫美(ひめよし)と見た目のゴツさに反し、可愛らしい名前です。息子は(あつし)といって普通の会社員として働いています。

 このお話の中では右腕を折っていますが、店の外側にあるレプリカの剥製を拭こうとして落ちたときの怪我です。


 次回


『スーとしら子のアルバイトで流す汗は、課金の為! ~後編なのです~』


 お金を稼ぎ続ける思月と白雪は、やがて正義とは何か? そんな問いかけを幼き子供たちにすることになるのだった。


 目標金額を達成して新たな力を手に入れる為の戦う2人の戦いの記録っす!

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