再演
「さーて。他の人達と違う運命を辿る君は、どんな選択をするのかなー?」
意識が覚醒した瞬間、猫なで声が頭に響く。
覚醒とは言ってみても、さっきまでも起きていたのか気を失っていたのか。その辺もあやふやな程に頭が働かない。頭を動かすことだけが取り柄の僕に、こうなっては何が残るんだと、生前繰り返していた自虐ネタが思い出される。
ああ。そうか。思い出してきた。
僕は死んだ。そう、死んだのだ。
食事もあまり取らない上に運動不足が祟って、赤信号を静止出来なかった。
ただ歩いて
「あれっ。足が止まらない...?」
なんて思ったが最後。僕は強烈な痛みとともに気を失った。
間抜けな最期だと笑うがいい。僕も、他人の間抜けな最期を笑ってあげた人間だ。器量は大きい人間さ。
「...」
「...ね。聞いてるかい?」
目の前には、優しげな顔に微笑みを称えた美青年が、真っ白な椅子に座っている。そんな彼は、僕の顔を覗き込むように首を傾げている。
僕は真っ白な空間の中、ポツリと立っている。腕を目の前に上げてみると、いつも通りの処女雪のような二対の棒が見れた。いや、問題はそこじゃなく──。
ああ。裸だ。僕は誰か分からない男の前で破廉恥な格好をしているのだ。
「そんなモジモジされても...」
「あっ、えっごめ」
「おお。喋った」
思わず言い訳しようと口が開けば、男は少し驚いたように体を起こす。
「こ、こは...?」
「うん。教えてあげよう。ここは、『採択』の間」
「『採択』の間...」
もしかすると...。何となくわかってきたぞ...。これはあれだ。「異世界転生」ってやつだ。
「人とは違う君には、ちょっとして欲しいことがあるんだ」
「どうせなら可愛い女の子が良かったよ」
「は...?ああ。その通りだね。ふふ」
これがラノベやマンガお決まりの「異世界転生」ってやつなのか...!?現実に体験出来るなんて、僕は運がいい。こいつが神様で、僕を異世界に送る役割を担ってるのだろう。
「あ。何をして欲しいって?」
「ん、世界をね。ちょっと救って欲しいんだ」
今度は「考える人」のように、顎を手のひらで支える。どこか楽観的なその表情は、正しく神のものなのだろう。何か達観したような呆れ顔も、世界に飽き飽きした的なやつか。
「へ、へえ。俺にそれが務まると思って、声をかけたのか」
「あー。そうね」
すると、男は仰々しく立ち上がり、体を広げて反る。思ったよりも背が高い。
「きみは!多くの神々に生前のその並外れた精神を認められ、ほかの世界を救う権利を得られた!!」
「おお!救う!!でもさ、やっぱほかの世界に行くとなるとさ、チートじゃなくてもいいけどハンデが欲しいよね」
本当に、アニメでも見るようなおなじみの展開。男は、「それな」とでも言うように何度も頷く。
「ああ。そうだろう、そうだろう」
ゆっくりと後ろを向いた男は、腰で手を組んでぶらぶらと歩く。
「何がいい?生涯の伴侶となる世界一の美女かい?世界一すごい魔法の知識と力かい?それとも、聖剣エクスカリバーとかそんなのかい?」
さて、困った。主人公の悩みが実際に体験出来る面白い場面だが、こいつに優柔不断だと知れるのは将来的に良くないことはわかる。生まれた時からの癖で爪を噛んでしまっているが、この際仕方ない。
「全部。とかできる?」
「はあ?」
あっけに取られたような顔をする。こんなんじゃイケメンも形無しだな。ざまあみろ。いや、そんなことはともかく。
「やさ。君の期待とかさ。あ、俺あんたがすごい神様なんだってのはわかるんだ。だからさ、その権力とかで何とかならない?」
腰をかがめて両手を合わせる。主人公は、こんなんであっさり許されちゃって、それならばと次の世界でして欲しい試練を言い渡されたりするもんだ。「全部なんて言うやつは初めてだ!」みたいに。
「...時間」
「えん...?」
「ああ、いやこちらの話だ。全部だっけ?」
「ああ」
「いいだろう。君のその凛々しい顔に期待して、僕が何とかして見せよう」
凛々しい...?生前の不細工から変わったのか?
思わず顔に手を伸ばすと、男はパチリと指を鳴らす。瞬間、体の感覚が薄弱になり、色も次第に薄れていく。
「どうやらね、向こうの世界は丁度ピンチなんらしい。そこですぐ君が、その窮地を救って永遠の伴侶を手に入れるんだ」
男の微笑みが深くなる。
「転移後きみの目の前には、君の望むものがひとつ落ちていて、君の体にも望む能力がひとつ入っている」
ああ。転生じゃなくて「異世界転移」の方か。もうすぐその場所に転移できるのか、僕の意識も薄れていく。
「最後に、君の次の人生の、スローガンみたいなの聞かせてよ」
宣言か。めっちゃくちゃ急な展開になったが、向こうに俺の世界があるのだ。ツイーターなんかのちっぽけな世界の王じゃない。『異世界』という大きな世界の王になるのだ。
いつの間にか遠くへ離れていく男の後ろ姿に、思い切り叫ぶ。
「今度こそ!力も知識も女も全て手に入れて、リアルの王になってやる!!」
心地よい感覚で意識が途切れた。
「お気に召しましたか?」
威厳に溢れた御姿をくつくつ震わせた「御方」は鷹揚に、満足気に頷いた。それを見て、私の目が少しは有能であれたと確信する。
ああ。至極満足だ。
再び三途の川の前の、「地獄の門」に腰を下ろすと、先程マヌケがいた場所に後輩が楽しそうに転がっていた。
「最後に名言来たね。ブフッ」
「人間は本当に都合のいい考えをできるものだな」
あの、不細工を思い出す。人間の心の中がそのまま表情に現れるこの場で、鼻水が垂れるほどのアヘ顔をしていたのだ。
「『御方』は頷いてくださった。それが全てだ」
川から上がってきた次の人間に、いつもの笑顔で微笑みを向けて、いつものように呟いた。
「『番人』は、誰一人ここから逃がさない」
この世に、二度目など存在しようがなかった。