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一途で不器用な若者が頑張る物語

空飛ぶ殿下

作者: 悠木 源基

 前作が登場人物が多すぎて名前が覚えられない、というご指摘があったので、もっと簡単なわかりやすい短編を書こうとしました。しかし、やはり、目標の五千文字をかなりオーバーしてしまいました。

 ただ、珍しくかわいらしい話になったと思います。

 少々はた迷惑なカップルですが、大目に見てやって下さい! まだまだ成長過程なので……

 

 

「ねぇ、お兄様、私どうしたらいいの? お願い、助けて!」

 

 この国一愛らしいと称されている美少女の、今日五度目のお願いにも、兄のアーサーは腕を組み、知らんふりを決めこんでいる。

 

 子供の頃からずっとこの妹のお願い事を叶える為に、毎度毎度苦労させられてきた。しかしそれは、アーサーが妹をかわいくてたまらないから、妹の為に頑張ってきた!というわけではない。

 

 妹の願い事を叶えてやらないと両親に叱られるから、仕方がなくやっていただけである。

 

 アーサーはこの妹を嫌っているわけではないが、両親や親戚、使用人、友人、顔見知り達が溺愛している…ほどではない。

 そう。正常に、まともに、普通に妹として愛しているだけだ。

 

 アーサーの友人達は彼を羨ましがるが、妹がいくらかわいらしくとも、妹は所詮妹。彼にとっては妹よりも婚約者のナタリーの方が、よっぽど大切である。

 それなのに、このナタリーまでも彼の妹を実の妹のようにかわいがっている為に、結局彼女経由で、いつもアーサーは妹のお願いを聞く羽目になった。

 

 しかし、今回ばかりはどんなにお願いされようと、アーサーにはどうする事もできない。妹の自業自得なのだ。自分でなんとかしてもらうしかない。

 あの妹溺愛の馬鹿親も今度ばかりは、困り果てて息子の顔を上目使いに見ている。

 

「ねぇ、アーサー。なんとかならないかしら?」

 

「なんとかしてもいいですけど、僕が廃嫡されるかもしれませんがそれでもいいなら…」

 

「いや、このコプトン公爵家の跡継ぎはお前しかいない。それは駄目だ」

 

「ベティに婿をとって跡を継がせればいいじゃないですか」

 

「そんなわけにはいかない。ベティの求婚者達の中にお前の代わりになる輩がいるわけないだろう!」

 

「そうよ! それに貴方を廃嫡したらナタリーの事はどうするの? いやよ。あの子が娘になるのを楽しみにしているのに」

 

 コプトン公爵夫人はかわいい子、愛らしい子が大好きだ。そう、眉目秀麗だが整い過ぎて冷たく感じる息子に興味はないが、息子の婚約者は手放したくないのだ。

 

「こうなったのも貴方達のせいでしょう。ベティをあまやかして、好き放題にさせてきたから。さすがに今回ばかりは僕もどうしようもないですね」

 

 そう。事の始まりはベティの考え無しの一言から始まった。

 

 

「私の好きな人は空を飛べる人なの・・・」

 

 

 ✲ ✲ ✲ ✲ ✲ ✲ ✲

 

 

 名門コプトン公爵家には二人の子供がいる。

 

 嫡男のアーサーは、濃いブルネットヘアーに濃いブルーの瞳を持つ母親譲りの氷の美貌の持ち主だ。そして中身の方は父親に似て頭脳明晰。

 そして妹は兄とは正反対で、みかけは父親似で性格は母親似の天然だった。

 

 綿毛のようなふわふわ金髪に明るく澄んだライトブルーの瞳。雪のように白い肌に、健康そうな淡いピンク色の頬には小さな愛らしいエクボがある。

 思わず抱き締めて頬擦りしたくなる愛らしさだ。その上、優しくて可愛らしい声で囁かれれば、どんなに強面の、無愛想な男であろうと、性悪で人を苛めているような女性でも、彼女の願いを叶えてやりたくなった。(兄を除く…)

 

 しかし誤解をされると困るのだが、ベティは決して甘やかされた我儘、傲慢、自由奔放な娘!というわけではない。むしろその真逆だ。

 

 優し過ぎ、欲なさ過ぎ、物欲無し…

 

 そりゃそうだろう。

 裕福な公爵家に生まれ、本人が望まなくても何でも手に入る。そして愛らしい容姿にも恵まれて、ニコッと笑えむだけで誰からも愛されるのだから、性格が悪くなりようがない。

 

 しかも貴族のザ・見本、といった兄を毎日見ていてそれを真似していれば、自然と素直で真面目で努力家にもなるというものだろう。

 

 ではそんなベティが何を兄にお願いしていたかというと…

 

 

 ベティは酷い内弁慶なのだ。家族の前では好き放題何でも言えるのだが、家族以外には、たとえ長年一緒にいる使用人であろうと、はっきり物が言えない。

 

 夕飯にはあれが食べたい、デザートにはあれがいい、髪型はこういう風にして…と、要求する事も、命じる事も、お願いする事も出来ない。

 

 大概は人に流されるままなのだが、どうしても我慢出来なくなると、兄にお願いして自分の要求を通してもらうのだ。

 

「自分で言え。お前の口は何の為にある? 食事をするためだけか?」

 

「ピェ〜ン、お母様〜!」

 

「こら、アーサー、かわいいベティを泣かすなんて、貴方はなんて冷酷無情な兄なんでしょう!」

 

「自分で考えて、自分で決めろ!」

 

「ピエ〜ン、お父様〜!」

 

「女の子は自己主張しない方がかわいいんだ。お前みたいになったら即離縁されてしまうだろう!」

 

 ベティが、自分の言えない事を全部兄に言わせる為に、兄のアーサーはいつも悪者になっていた。おかげで今では冷徹無慈悲な氷の貴公子と揶揄されているのだ。全く割に合わない。

 

 しかも、ベティは男性に交際を申し込まれる度にアーサーに断らせるので、アーサーはシスコンだと噂されるようになってしまった。しかし、さすがにそれには我慢が出来なくなったアーサーは、ベティに言い寄る男達にはこう言う事にした。

 

「妹と付き合いたいならば、きちんと父に申し込んでくれ。僕は妹が誰と付き合おうと結婚しようと構わないのだからね」

 

 と。

 

 それからというもの、コプトン公爵家には山のような釣書が届いて、父親は大忙しになった。それで文句を言ってきたのでアーサーは言ってやった。

 

「父上がさっさとベティに婚約者を決めないからこんな事になるんでしょう。ベティが婚約すれば、もう見合い話は来なくなりますよ」

 

「ベティに婚約者なんてまだ早い!」

 

「いや、むしろ遅いくらいですよ。もう十五なんですよ。これ以上年がいったら良い物件がなくなりますよ。それでもいいんですか?

 ベティを結婚させないでずっと側に置きたいなら、それはそれで構いませんが、世間体が悪いので田舎に一緒に引っ越んでくださいね」

 

「ううっ…」

 

 父親は呻いた。本当に信じられない馬鹿親だ。娘を愛玩動物とでも思っているのか! 他所様のように子供の事を政争の具にしろと言っているわけじゃないが、現実を見ろ!

 今、社交界じゃ独身男達によるベティ争奪戦が起こっていて、大騒ぎだぞ。

 

 婚約者のいない誰もが、まだ自分にもまだ可能性があると思い込んで、親が持ってくる見合いを受けようとしないから、その親達が頭を悩ませている。

 いや、相手がいる男までその彼女と別れようとしているのだから、それはもっと問題だ。相手の女性からも恨まれる。アーサーは止めの一言を言ってやった。

 

「我が家はいつ屋敷に火を着けられるか、いつ馬車が襲われるか、いつパーティー会場で刺されるかわかりませんよ。それくらい貴族社会から恨まれているんです。このままにして置いていいんですか?

 母上がどうなってもいいんですか?

 ベティがどんな目に合っても構わないのですか?

 僕の事はどうでもいいのでしょうが……まあ、それは置いといて。

 この家の家長は父上で、僕じゃありません。ご自分で責任をとって下さいね!!」

 

 コプトン公爵の顔が真っ青になった。ようやく事の重大さが理解できたようだ。

 彼は息子にどうすればよいかを尋ねようとしたが、アーサーは勝手にしろとばかりに背を向けて、それ以上一切何も言わなかった。

 

 

 そして結局コプトン公爵は、独身男性を招いて見合いパーティーを催す事にした。それなら、いちいち見合いをしたり、お断りをしなくても済むと判断したらしい。数が多すぎて、個別に対応するのは到底無理だと悟ったのだろう。

 

 パーティーの参加条件はベティとの婚約を真剣に望む、伯爵以上の貴族の家の跡取り息子。

 ベティと同い年かそれより上の者。

 王都に居住する者で、将来も王都から出る予定のない者。

そして、婚約者及び交際相手がいないと周りから認知されている者、離婚経験のない者とした。

 

 パーティーの参加者を見た時、コプトン公爵は息子アーサーからの苦言が正しかった事を知った。

 条件を色々出して随分と参加者を絞ったつもりだった。しかし、それでも三十人も集まったのだ。

 しかも下は十五から上は三十をとうに過ぎた男まで。

 

 まさか自分とたいして変わらないような男からも娘がそんな目で見られていたとは…。公爵はブルッと身震いをした。危険者リストを作成して今後警備体制を強化しないとなるまい。それと護衛ももっと付けなければ、と思った。

 

 そしてその集団見合いパーティーの席で、どんな男性が好みかと尋ねられて、ベティがこう答えたのだ。

 

 

「私の好きな人は空を飛べる人なの・・・」

 

「「「それは我々に鳥のように空を飛べという事ですかぁ〜?」」」

 

 男性陣は絶望的な気分になって尋ねた。いっそ、その通りだと言えば良かったのだとアーサーは思った。ところがベティは、例のふわふわした笑顔でこう言ったのだ。

 

「まさかそんなむちゃな事は言いませんわ。鳥のように自由に飛び回れなくてもいいんです。少しでもいいんです。自分の限界を突破しようと努力するような方が好きという意味ですわ」

 

 そう。実はベティの言っている意味をちゃんと理解していればわかる事だったのだ、本当は。ベティは何も空を実際に飛べといったわけではない。現状に甘んじる事なく、挑戦するような人、努力するような人間が好きだと言ったのだ。

 

 それなのに、思ったより言語リテラシーが低い男達が多かったようで、ベティの言葉を表面だけで捉えた者達で王都は混乱した。

 

 至る所で紙飛行機、ペーパーグライダー、竹とんぼ、風船、バルーン、指鉄砲の輪ゴムが飛び交った。

 

 公園や広場の鳩や雀を捕まえる奴らが横行した。

 

 低い屋根から傘を持ったり、箒に跨がって飛び降りる輩が続出した。まあ、こんな事をする奴らはさすがに多少魔法を使えるか、体力強化が出来る連中だったので、命に関わるほどの大怪我をした者はいなかったのだが…

 

 王城には街中の人々から苦情が寄せらた。最初のうち、つまらない事だと無視を決め込んでいた宰相だったが、そのうちに貴族から悲鳴にも似た相談が殺到し始めて困惑した。

 ようやく事態の重大さに気が付いた宰相は、彼付きのまだ若い官僚にこの事を相談した。

 

 そして宰相閣下は、ついにコプトン公爵にこうお願いしたのだった。

 

「この度、王城の中庭において、空飛びコンテストを催す事にしました。つきましてはベティ嬢にその審査委員長になって頂きたいのです」

 

 つまり、ベティにコンテストの中から婚約者を選べという事なのだ。

 

 

 ✲ ✲ ✲ ✲ ✲ ✲ ✲

 

 

「ねぇ、お兄様、お願い、助けて!」

 

 この国一愛らしいと称されている美少女の、今日六度目のお願いに、兄のアーサーは腕を組んだまま、今度は慈愛に満ちた目をしてこう言った。

 

「ベティ、お前もようやくこれでわかっただろう? いくら家族だってお前を守ってやれない事もあるって事を。結局最終的に自分を守れるのは自分だけなんだよ。

 お前の思いを守れるのも。

 お前が好きな相手は空を飛べる者なんだよな。だけど、お前自身も飛べなければ、一緒に飛べないんだよ。わかるよな?」

 

「お兄様、私……」

 

 ベティは大きな瞳を潤わせながら兄の顔を見上げた。そしてコクリと頷いたのだった。

 

 

 空飛びコンテストは天高く青空が広がるある秋の日に開かれた。参加者は五十人ほど。コプトン公爵家のお見合いパーティーの参加者より増えていた。

 建前は空飛びコンテストなので、ベティ目的ではない参加者も当然いるのだろう。半数以上が真剣に空飛びに挑戦し、大会は大いに盛り上がった。

 

 ある魔術師が胸の前で組んでいた両手を、空に向かって持ち上げると、掌から色鮮やかな蝶々が飛び出して、王城の中庭の空に舞い上がった。その美しさに、見物人達からため息が漏れた。

 

 また別の魔術師は、数機のペーパーグライダーを飛ばして陣形を組んだり、それにダンスを踊らせた。


 ある魔導師は木製飛行機を飛ばし、スモークを出して、色々な図形や絵を描いた。

 

 ある体力強化の魔力持ちの騎士は、ピョーンピョーンと建物の三階ほどの高さまでジャンプしながら、王城の広い中庭の周りを回った。

 

 ある魔力のない参加者は、輪ゴムを使った的当で満点を連発したり、多種多様の色や折り方をした紙飛行機を飛ばして、様々な軌道を披露したり……

 

 そして、最後に登場した参加者にみんなは驚きの声を上げた。

 なんと第二王子のマックスが現れたからである。

 

 輝く銀髪に新緑色の瞳をしたマックスは十七歳。頭脳明晰で温厚で優しい性格のため、誰からも好意を持たれる人物である。

 

 しかし、何故殿下がこのコンテストに参加したのだろうと、見物人達は疑問符を浮かべた。マックス殿下には魔力がない。空飛びや飛行物が好きだという話も聞かない。それなのに参加をしたという事は、ベティ嬢狙いなのか? 

 それこそ無謀だろう。殿下とベティ嬢では全く釣り合わない! そう誰もが思った。それに、一体今から何をしようというのか。

 観客は皆マックス殿下の動向に注視した。

 

 マックス殿下は、王族達の座る貴賓席の隣の来賓席に座るベティの方を見て、ニッコリと微笑んだ。ベティは驚愕の表情で殿下を見た。

 やがて殿下はスターターの合図とともに走り出した。そしてその後も、マックス殿下は中庭の周りをただ走った。何周も何周も。しかも、超低速で。

 

 実はマックス殿下は太っていた。背もそこそこ伸びていたので、子供の頃のような子豚体型ではなかったが。

 

 殿下は幼い頃に大病をして、その薬の副作用で太ってしまったのだ。成長と共に体も徐々に丈夫になり、今では薬を服用しなくてもよくなって、少しずつ体重は減ってきてはいたのだが、それでもまだまだ肥満気味だ。

 それでも、王族男子の義務である騎士団の訓練には、影で騎士達に笑われながらも参加して、一生懸命に頑張っている。

 

 そして年に一度の騎士達の持久走大会にも必ず参加している。マックスがゴールする頃には、いつも側道の観客はほとんどいなくなっていたが、それでも彼はいつだって最後まで休む事なく走り抜いた。ゴールには彼を待ってくれている人がいる事を、マックスは知っていたから。

 

 子供の頃、あまりにも苦しげに走るマックスに、幼馴染みのベティはこう言った。

 

「殿下、無理に走らないで歩けばいいのではないですか? このままでは倒れてしまいますわ」

 

 ベティはマックスの体が心配でならなかった。それに、マックスの走りはあまりにも遅くて、歩いた方がよっぽど速いのではないかと思ったのだ。

 

 ところが、マックスは苦しそうに息をしながらも、切れ切れにこう言った。

 

「これは持久走大会なのだから走らなきゃ意味がないんだ。走るのと歩くのでは違うんだから」

  

 マックスの側を伴走しながらベティは小首を傾げた。走る事と歩く事の違いが彼女にはわからなかった。

 すると、マックスは汗だくの顔をベティに向けた。

 

「歩いている時は片足が必ず地に着いてる。でも、走っている時は、両足とも地面から離れているんだよ。つまり、走るという事は空を飛んでいる事と同じなんだよ。たとえ、それがどんなに低くても。僕は今、空を飛んでいるんだ……」

 

 ベティはマックスのその言葉を聞いた時、彼に恋をした。幼い頃からずっと好きだったが、異性として彼を好きになったのはその時だった。

 自分の限界を突破しようと絶えず努力し続ける、そんな真摯な態度のマックス殿下を好きになった。そして彼に尊敬の念を抱いたのだ。

 

 しかし内弁慶で臆病なベティは、恥ずかしくて、勇気がなくて、マックスに自分の気持ちを伝える事が出来なかった。もし拒絶されたらと思うと怖かったし、気まずくなるくらいなら、ただの幼馴染みのままの方がいいと思ってしまったのだ。

 

 兄のアーサーには、好きでもない相手と結婚したくないのなら、勇気を出せとずっと言われ続けてきたのに、ずるずると誤魔化し続けてしまった。その結果、大勢の人から交際を申し込まれるようになって、今回とうとう、マックス殿下以外の誰かを選ばなくてはならなくなったのだ。

 この状態になって、ようやくベティは心の底から後悔した。

 

……マックス殿下が好き。マックス殿下じゃなきゃ嫌だ!……

 

 このコンテストが終わったら、参加者の皆様に心から謝ろう。そして、マックス殿下に会いに行って、今度こそ自分の気持ちを伝えよう。

 ベティはそう決心して今日の日を迎えたのだった。だからこそ、マックスの登場にベティは驚愕したのだ。何故ここに?と……

   

 

 観客席はザワザワし始めた。

 王子殿下に対してあからさまな事を口には出来なかったが。

 

「これ、空飛びコンテストだよな? 何故それなのに走っているんだ?」

 

「このまま、ただ走るのかな? 一体何の為に?」

 

「そもそも、何故殿下がこの大会に参加しているんだ? ベティ嬢狙い?」

 

「まさか! いくらなんでも、王族としてそんな恥になるような真似はしないだろう。相手にされるわけがないじゃないか。不敬かもしれないなが、殿下とベティ嬢では月とスッポンだよな」

 

「それにしても、いつまで走るつもりだろう? かなり苦しそうだけど」

 

 五周、七周、十周……、

 十二、十三、十四……、

 

 マックスが十五周目を走り始めた時、ベティは椅子から立ち上がり、来賓席の階段を下りて行った。そして目の前にマックスが現れると、ベティは走って駆け寄って、マックスに思い切り飛び付いた。 

 

 マックスは毎日王城のこの中庭を走っているのだが、七歳の頃から一周ずつ増やしていった。それはベティの誕生日に、彼女の年と同じ数になるように…

 だから、マックスが今日何周走るのか、ベティは知っていたのだ。

 

「ベティ、僕、空を飛んだよ。まだまだ低空飛行だけど、これからもっと高く、速く飛べるように頑張るよ。だからこれからも僕の側で応援して欲しい。ベティ、好きだ。愛してる!」

 

 マックスが激しい息をしながら、ベティの耳元でこう囁いた。するとベティは嬉し涙を溢しながら大きく何度も頷いたのだった。

 

 王城の広場はシーンと静まり返り、人々は呆気に取られて抱き合う二人を見ていた。そこへ、将来の宰相として期待されているコプトン公爵家の嫡男であるアーサーが登場した。そして妹の代わりに、今回のコンテストの優勝者は全員ですと発表した。それから、参加者の皆様の素晴らしいパフォーマンスに感謝しますと、にこやかに微笑んだのだった。

 

 なんだ、これは出来レースだったのかと多少不満に思いながらも、素晴らしい芸は見られたし、第二王子に恋人が出来た事もまあ目出度い事だし、氷の貴公子の滅多に見られない美しい笑顔も拝めたし、まぁいいか!と観客も、参加者も思ったのだった。

 

 大会終了後、お見合いパーティーと空飛びコンテストの参加者には、王家とコプトン公爵家の連名で詫び状が届けられた。

 

 その一ヶ月後、第二王子マックス殿下とコプトン公爵家のベティ嬢の婚約が公報によって発表された。そしてその文章の最後には何故か、『持久走とは空を飛ぶ事です』と、走る事と歩く事の違いが記述されていたのだった。

 

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[良い点] しっかりと家族のことを考えられるお兄様 色々お花畑だけど最終的な判断は間違えない両親 素直で真っ直ぐに育った妹殿に 病気というどうしようもない不遇から身体的コンプレックスを抱えても高潔な精…
[一言] ロボットに走らせるのがすごく難しいのは、両足を地面から離して空を飛ぶその一瞬のバランスがとれないからだ。人間の幼児が歩いたらすぐ走れるのはすごいことなのだ、ということを思い浮かべました。 努…
[良い点] 第二王子が公爵令嬢と結婚するというのに (第二王子側が)釣り合わねーよ、月とすっぽんで お前はすっぽんだと遠慮なく言い放つ貴族や庶民の 皆様の口の悪さや正直さが許される国が面白かったです。…
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