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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十五話 立川アドヴェンチャーズスクール
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 一週間、尾地はつつがなく学生生活を過ごした。


 教室にいるのだがいない、そういう空気を作り出すことに成功したのだ。こちらからはちょっかいを出さず、むこうにも出させないという雰囲気を生み出し。授業中も教室で「一人だけ図書館で教科書を読んでいる男性」という空気を出して教師からもスルーされている。


 冒険者免許がなく、ダンジョンに潜れない中年男性がやむなく学校に登校している状況にしては、上々な雰囲気を作り出していた。


 しかし、無為な時間であることには変わりなかった。


 午後の体育実技の時間。尾地のかつての冒険者仲間であったタジマと雑談する時間ぐらいが、唯一無為ではない時間であった。


 「さすがに退屈してきた」


 「そりゃ、先輩が今さら冒険者向けの授業を受けてるんですから。暇でしょ」


 無為と思いつつ、授業はちゃんと受けている尾地。今の所、無欠席無遅刻だ。体育実技の時間も課題を最初にクリアーして見せて、残りの時間は体育館の隅で座っているか、教師とだべっている。教師のタジマもエグゾスケイルアーマーの使い方を先輩冒険者にレクチャーする気もないので、そのダベリに多少は付き合ってくれる。


 彼らの目の前では、生徒たちが模擬刀をブンブン振り回している。メモリーの倍加能力のコントロールは繊細さを必要とするもので、ほとんどの生徒は自分が生み出したメモリーの力に引っ張られて、あらぬ方向に回転したり転がったりしている。


 「はい、ちゃんと距離とって、前後に気をつけてー!」


 タジマは実技教師としての指示を時々出していた。


 そんな酔っ払いのフラダンス大会のような中にも、筋のいい子というのは何人かいる。


 眼鏡の委員長タイプの少女や、和栗という名の初日に尾地を睨みつけた少年。そして意外なことにギャル風の少女も天性の筋の良さを見せて、模擬刀をイメージ通りに振れている。


 「筋のいい子っているもんだね」


 尾地は見たままのことを言った。


 「ええ、毎年何人かは、使い物になるなって子がいますね。実際、このあたりのセンスって教え込めるもんじゃないから、生徒たちの努力任せになっちゃうんですよね」


 タジマは教師としてやってきた実感を述べた。


 「でも筋が悪かろうが冒険者にしてあげなくちゃいけないんだから、教師も大変だよな」


 「まあ、全員ってわけにはいかないっすけどね…」


 教師のタジマは言いづらそうに答えた。




 「ねぇねぇ!オジクンってナニジンなの?」


 翌日の昼食の時間。ギャル風少女がいきなり話しかけてきた。質問は要を得ず、何を聞き出したいのかわからないものだった。


 「ニホン…ジン?」


 いきなり近づいた少女の顔を避けつつ、尾地は不確かなクイズに答えた。


 「いや、そうじゃなくてー。なんか先生と仲良しじゃん?それに実技はなんでもできるし、中年だし。なにやってる人なのか謎すぎるのよね~」


 彼女はそう言うと断りもなく尾地の机に腰掛けた。なんの躊躇もなく。 


 「みなさんと同じ生徒ですよ。歳は離れていますが。冒険者免許を取得するためには半年の授業を受けなければいけないので、こうして毎日登校してます」


 「あ、そうそう、私、久間キリカ」


 少女は突然名乗った。


 「尾地です」


 尾地は手元の太ももから目をそらすとキリカの胸が目の前にくるので、しかたなく顔を見上げながら名のり返した。


 「オジクンってさー、なんか毎日寂しそうじゃん。いつか話しかけてあげないといけないなーって思ってたのよ」


 「寂しそう…」


 当人にそのつもりはなく、寂しさなどとは無縁のつもりで振る舞っていたのだが。寂しいかどうかという判断をするのは自分だけではなく、他者からもそのジャッジをするが可能であった。そして本人の感情だからといって、他人からの寂しさジャッジを否認する事が難しいということに尾地は気づいた。


 「寂しくないです」と否定すると違う面倒を引き起こしそうだったので、諦めた。


 「あの、誰かに頼まれたんですか?話せって」


 尾地は思わず聞いてしまった。クラスで浮いている子に対するフォローを、教師から頼まれのではないのか、そう思ったのだ。


 「え~?なんで?誰もそんなの言ってないよ。みんなほっとけって言ってるし」


 じつにナチュラルに悪気もなく、クラスに隠されていた共通見解を喋った。


 そういう空気を作り出すように努力していたのは尾地自身なのでショックはない。


 「え?じゃあなんで私に話しかけてきて…」


 「言ったじゃん、寂しそうだったからって」


 久間キリカはこともなげに言った。彼女の目は曇りなく、尾地の目を覗き込んでくる。まったくてらいがなかった。


 「まじか…」


 言葉に出さず尾地はそう思った。


 クラスで寂しそうにしている子に話しかける。その行為の難易度の高さは尾地も知っている。彼にも青春時代はあったし、なんなら中年になった今でもそれは難しい行為だ。


 それをこの少女は、当たり前にやったのだ。青春の園で浮き上がってる中年に、友達のように話しかけてきた。


 「色々気を使っちゃって、話すの遅れてごめんね」


 とまで言い放った。


 「すげぇな、この子」


 尾地は再び心のなかで感嘆した。自分にできない事ができる、それだけで、どれだけ年下であろうと尊敬の対象になる。


 「ちょっとキリカ。オジ君が迷惑してない?」


 メガネを掛けた少女が二人の話に入り込んできた。


 「迷惑じゃないよねー。仲良くなろうとしてるとちゅうだよ。邪魔しないでよイインチョウ~」


 イインチョウと呼ばれた女子は、その見た目の委員長ぶりから、早々とそのあだ名が付けられたが実際になにかの役職についているわけではない。


 「オジ君、迷惑だったら言ってね。キリカ、私が先になんとかしようと思ってたのに」


 尾地はクラスで「なんとか」しなければいけない存在扱いだったようだ。孤高を気取っていたつもりだったが、それが通じる年頃のクラスではなかったようだ。 


 「早いもの勝ち~。話せばいい人だよ、オジクンも」


 まだ大して話してもいないのにいい人認定されていたようだ。中年だが害はないと判断されたのか。


 いつの間にか賑やかになっていた尾地の周辺では、尾地そっちのけでキリカとイインチョウが話を続けていた。


 半年の間、石のように過ごそうと思っていた尾地の計画はすでに崩壊し始めていた。


 鈍感を装っていた尾地も、少女二人にもてはやされていることによって、周囲の男子の視線が厳しくなっているのは感じていた。



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