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「いいか、よくみとけよ」
垂直跳び測定器の前でイキった男子が飛んでみせたが、高さは男子学生の平均を少し上回ったくらいだった。
「和栗くん、メモリー使えるって言ってたのにダメじゃん」
体操服に着替えたが、その派手さは消えていないギャル系な女子が笑う。
「いや、もう一回、まかせて!」
今度は念入りにゆっくりと腰を下ろしジャンプする瞬間に意識を集中する。エグゾスケルトンアーマーの関節部にメモリーが反応した時に生じる発光現象が起こる。
飛び出す動きは同じなのに結果は違っていた。高々と飛び上がり測定器の三メートル地点に手を叩きつけた。
その尋常ではない跳躍力にみな驚いたが、着地は失敗した。尻をさすりながらも飛んだ男子は得意げであった。
垂直跳び測定器は通常のものと違い固定式で、高さも六メートルまであり天井付近にまで伸びていた。メモリー使用者専用の測定板だ。
「危なっかし~~」
それを眺めていた尾地が言った。体育館全体でそういった行為が行われていた。
「全員が適性あるわけじゃないし、まったくの初心者ってのも多いですからね。安全確保だけで一大事ですよ」
隣に立つ体育教師タジマが答える。二人並んでいるとどう見ても体育教師と担任教師だ。
「で、先輩どうするんですか?」
「どうもこうも、半年間黙ってやり過ごすだけだよ。免許が手に入らない限りダンジョンに戻れないんだから。ちょっと長い自動車免許の講習みたいなもんだ」
そう言ってから尾地はタジマとの年齢差を考える。彼が青年だったころは沈没の何年後だったか、自動車教習所の話は通じるだろうか?
「半年はちょっと長いですが、先輩だったらここでヒーローになれますよ」
タジマは哀れな中年学生を励ますつもりで言ったのだが、尾地は嫌な顔をして答えた。
「お前さぁ、いい歳したプロが学生に紛れてイキってどうすんだよ。かっこ悪すぎだろ」
「そうですかね。じゃあどうするんですか」
「素人のフリしてやり過ごすよ。垂直跳びだって二mくらいしか飛ばないつもりだし」
「先輩なら六mくらい行けるでしょ」
「そりゃいけるけどさ」
タジマは純粋に垂直跳びで飛べるだろうと聞いたのだが、尾地は戦闘中でも六mくらいは飛べるなと、経験から答えていた。
「ハァ~先輩はいいですけど、オレが辛いわ。どういう顔して先輩の教師をやればいいのか…」
「だったら単位くれよ。そうしたら顔出さないから」
尾地がそう言うと、今度はタジマの方が嫌な顔をして答えた。
「それはできません。ここはオレの職場のでオレの聖域ですので、そういった行為は許されません」
「お硬いね。いいことだ」
そう褒めながらも、尾地は少し残念だった。
午後の授業枠をすべて使った体育の授業が終わり、生徒たちが冒険者への第一歩を踏んだ満足感を胸に体育館から去っていく。
最後に扉から出ようとしたギャル風な生徒は、体育館の中に響いた垂直跳びの板を叩く音に驚いて振りかえった。
音のした場所を正確に見たため、その視点は揺れる計測板の一番上に定まった。揺れる板には六mの文字が描かれている。計測板は床から二mの位置から上に固定されているため、実際には床から八mの高さ。ほとんど天井の高さだ。
そこから視線を垂直に落とすと、綺麗に着地した一人の男の姿が見えた。
それは同じクラスにいた、よく知らない中年男性だった。