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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十五話 立川アドヴェンチャーズスクール
95/103

1 【第15話 開始】

挿絵(By みてみん)


 春。始まったばかりの新学期、新生活。十代の若者たちで賑わうここは『立川アドヴェンチャーズスクール』


 山の手ダンジョンに挑む若者たちに冒険者としての知識と技能を授けるための専門学校だ。首都沈没以前から残っている校舎を改築して作られた。それゆえ時代は変われど、そこに若者が集まると、自然と古き良き時代の青春の姿が蘇ってくる。


 授業が始まる前の一時、収まることのない若さが教室中に花咲き、席を離れてのおしゃべりが止まらない。


 しかしその教室の一角に、暗い物があった。


 そこだけ重力が違った。ドヨーンとしているのだ。


 なぜならそこには、その華やかな青春の舞台にふさわしくない人物が座っていたからだ。


 ただ一人、中年男性が座っていた。


 「いやー、これは…思ってたよりキツイな」


 そう後悔しているのは、尾地であった。


 二年前の、尾地であった。




 華やかな青春の教室。明るく話す子供たち。年齢的にはばらつきがあるが、まだどの子も十代半ばから十代後半だ。


 彼ら彼女らは楽しげに自分の素性を話し、相手の素性を聞いていたが、その会話をしながらも、心に引っかかっているものがあった。


 「あのオジサン誰?」


 「まさか、クラスメートじゃないよな?」


 彼らはそういう考えを口に出すことなく、無視することで、なかったコトにしていた。


 「残念ながら、クラスメートなんだけどね」


 尾地は心のなかで彼らの疑問に答えていた。


 尾地は教室の隅に座り、窓からグラウンドを眺めていた。その光景だけは首都沈没以前の光景となにも変わらなかった。


 変わったのは、冒険者として氷河期を乗り越え、成長し、中年になった尾地の方だった。




 「五十から百万人以上の人口が密集した大都市で起こった沈没現象は世界中で起き、人類文明は危機的状況に陥いりました。そのさい通信ネットワークも壊滅的な状態になり、現在に至るも被害の全容というのは把握されておりません。おおよそ人類の三割が沈没で亡くなり、その後に続いた動乱で半分以下になった推測されています…」


 午前中は座学が続いた。尾地にしても一般教養レベルの常識を再度、授業で学ぶ気もなく。窓の外と教科書と教師の顔を七対三対一の割合で眺めて時間を潰していた。


 冒険者になる、と意気込んでやってきた若者たちも教師の催眠効果の高い喋りと、春のうららかな気温で、半数が撃墜されていた。


 尾地はこれから半年以上一緒に過ごすこととなるクラスメート達の寝姿を眺めていた。


 そんな教室の中にもまじめに授業を受けている子達がいた。一人は黒髪でメガネの女子。いかにも委員長と呼ばれそうな子。彼女は真面目に授業を受けている。もう一人の少女は正反対に髪を染め上げたギャル風な少女。彼女は一生懸命書き込んでいるが、どう見てもノートではなく教科書に書き込んでいるので、おそらく落書きしているのだろう。


 男子でも起きている子はいた。尾地から見ても見た目のいい男子で、おそらくモテるだろうと予測できた。「いい青春が送れそうだな、羨ましい」と思っていたら、彼と目があった。彼が思いっきり睨みつけてきたので、静かに目線をそらした。


 そんな風に時間を潰しているのに、授業はいつまでたっても終わらなかった。




 一人で昼食を取る尾地。さすがに中年ともなると一人飯で傷つくようなプライドも精神も持ち合わせてはいない。周囲がどう思おうとナニも感じることはない。彼は目的があってここにいる。青春をやり直すためでもなく、友だちを作りに来たわけでもないのだ。


 「学生時代だったらキツかっただろうな」


 そんなことを思いながら買ってきたパンを一人で食べていた。




 昼食が終わると、午後は丸々体育だ。


 冒険者になるための本格的な訓練はここか始まる。若者たちは皆そう思って、午前の怠惰な姿勢とはうって変わってはしゃぎまわっていた。


 「強化鎧の取り扱いについて」


 それが今日の体育の授業の内容だ。


 冒険者の基本装備「エクゾスケルトンアーマー」の使用法、注意点を学ぶ。冒険者の初歩の初歩の第一歩目だ。


 体操服に着替えた若者たちが学校の装備室から借り受けた共用アーマーを装着して、体育館を走り回っている。本来ならエネルギー源であるメモリーを装着することで、装着者の力を何倍にもする鎧であるのだが、彼らの鎧にはまだメモリーは装着されていないので、単なる重いハーネスでしかない。それなのに彼らは装着しただけなのに、若いエネルギーが爆発して上へ下へとはしゃいでいる。


 「元気だな~」


 尾地は若い人体にあふれる元気の不可思議さに感嘆としていた。かつて自分にもその力があったとはとても思えなかった。そんな彼も体操服に着替え、多くの人が装着して臭い立つ鎧を装備して、体育館の隅に立っていた。


 何をどうやっても暴れる若者の事を思ってか、メモリーの管理は担任の体育教師が行っている。教師が来るまでメモリーはお預け状態だ。


 遅れてきた教師は生徒たちを集めて、鎧の基本注意事項を教える。学校外でメモリーの扱いに慣れている者もいれば、まったくの初心者もいる。それを同時に教えていくのはなかなか困難な作業だなと尾地は思った。


 タジマと名乗った教師は三十代後半の男性。この若者だらけの広い体育館の中では、尾地と最も近い人間といえるだろう。


 授業を進めていたその男性教師が後ろで座って聞いてた尾地の顔を見て、吹いた。


 なぜかいきなり吹き出した教師を不思議そうに見る生徒たち。その中で尾地だけは厳しい顔をして教師を睨みつけていた。


 教師もその場を取り繕い、授業を進めた。




 教師は全員にメモリーを配布し、基礎運動を開始させた。単なる垂直跳び、上半身の回転、腕をふる。そういった基本運動をメモリーの力で倍加させる。基礎中の基礎を試させた。


 全員がメモリーの効果に夢中になっているのを見計らって、教師は尾地を体育館の隅に引っ張り込んで問いただした。


 「尾地先輩!なんでこんな所にいるんですか?」


 「見てわかるだろ、学びに来たんだよ。生徒だよ、生徒。教師なら生徒を平等に扱えよ」


 「あなた…いい歳してなにしてるんですか。生徒なわけ無いでしょ!ダンジョンで、何回あなたに助けられたか…僕の大先輩ですよ」


 「そういやタジマ、冒険者やめて教師になってたのか。知らなかったよおめでとう」


 「あ、こりゃどうも」


 タジマは握手を求めた尾地に丁寧に返した。体育館の隅で行われていたその大人なやり取りに関心を払う生徒は、ほんの数人だけだった。


 「じゃ、なくて!なんで冒険者学校に、プロ中のプロの先輩がいるんですか!」


 「それが、プロじゃないから学校いけって言われたんだよ、臨時政府に」


 尾地は渋々と説明を始めた。その説明の口調からも、彼がそれに納得していないのは明らかだった。


 その小さな変化は、ダンジョンへの入場パス「ユコカ」の規約改定だった。規定に「臨時政府発行の冒険者免許所有者のみ購入可能」という一文追加されたのは五年前だった。


 尾地はそのことを政府からの広報等で知っていたが、冒険者ギルドに所属し、すでに二十年選手である自分には関係のないことだと思って見過ごしていた。


 その規約の猶予期間が四年あったため、ユコカの窓口で自分のユコカの失効を知らされたのが去年の暮れのことだった。


 「え?免許もってなかったんですか?」


 タジマは先輩のありえない失態の原因を尋ねた。


 「お前、私がいつから冒険者やってるか知ってるだろ。氷河期の泥沼の時代からやってんだぞ。冒険者が商売化した最近につくられた免許制なんて無視してきたんだよ。実際、それで今まで問題なかったのに、ユコカの野郎が余計な規約改定したせいで、ダンジョンに潜れなくなったんだよ」


 タジマはそれを聞いてため息を付いた。


 「あー、先輩、それですよ。ユコカの規約改定はそういう年配冒険者を切るための施策の一つですよ」


 「え?そうなの?」


 尾地は考えもしなかったことなので驚いた。


 「無免許で年配の冒険者を切るっていうと反発起こるから、無免許だとユコカが買えないってことにしたんですよ。臨時政府としても冒険者は若者の活発な職場にしてたい、歳を取ると遭難リスク上がりますからね。管理コストだけを考えると若者だけが望ましい職場です。だから、ユコカの取得のためには、まずは免許。その免許を取得するためには冒険者学校で学ぶのが必須条件。学校には若者しかいないから、中年はためらって冒険者を廃業するしかない…」


 目の前に学生と同じく体育着をきた中年が立っていた。


 「…というのが臨時政府の筋書きだったんですが…」


 そういった上の思惑を無視し、若者に溶け込めぬことをいとわずに学生として入ってくる中年もいたのだ。


 「こういう人物もいるということですね…」


 教師タジマは、そういった制度の歪みが自分の受け持ち範囲に現れた事に気づき落ち込んだ。


 

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