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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十四話 お付き合いのはじまり
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 ニュース映像が挟み込まれる。


 高所から見下ろした高田馬場駅とその周辺。


 冒険者ギルドのレスキューチームが展開している。


 画面が変わりダンジョン内。崩れた瓦礫の山が通路を塞ぎ、それをかき分けている作業員の姿。


 画面はCG映像に。ダンジョンの立体見取り図が映し出される。画面のすみには「冒険者ギルド提供画像」の文字がある。


 第三階層から第六階層にかけて大きく崩れた部分が赤く塗りつぶされている。地図情報のロストを示す「アンノウン」の文字が重なる。その崩れた部分もグラデーションで表示されている。どこからどこまでが崩れたのか、正確な情報はまだ上がっていない。


 倒壊から六時間が経過していた。




 ニイ「コレ見てたよね、私達も」


 スイホウ「うん、まさか身内がこの地崩れに巻き込まれてたとはねー。でも、生きててよかった!」


 ニイ「それ、この話のオチだよ…」




 目覚めたシンウが最初に見たのは、自分の手首の端末が発するアラートの赤い光だった。起き上がろうとした彼女を覆いかぶさった土砂が押さえつける。自分の状況が危機的であると察知し心が冷える。もう一度力を込めると土砂は崩れて起き上がることに成功した。


 暗闇の中、アーマーに装着されたライトをつける。巨大な土塁が目に飛び込んでくる。崩れた土砂がその勢いを失って堆積し壁を作っていた。彼女はその土砂の先端に倒れていたのだ。もう少し奥にいたら、彼女の体はこの壁の下に埋まって目覚めることはなかっただろう。


 シンウは彼女の仲間を、弟の姿を探した。土砂が流れ込んでいるのはどこかの広い空間のようだ。彼女の装備した弱いライトでは遠くあるはずの壁にまで光が届かない。


 見渡す範囲に人の姿、倒れた人間の形は見つからない。焦りが喉のあたりに固まり呼吸を苦しくし、目に涙がたまり始めた。


 彼女は端末を操作する。行動不能になった仲間の位置を知らせる、相手の端末からサイレンを鳴らす機能を探す。通常ならモンスターに位置を知らせるだけの危険な機能だが、心配性の姉はそんな普通の冒険者ならインスールしないような安全対策ソフトを弟の端末に強引に入れさせていた。


 祈りのこもった震える指が画面をタッチしてソフトを起動させた。


 壁沿いの遠くからシグナル音が聞こえ、姉はその方向に顔を向けた。その音は遠くから響いた。目を発生源に固定した姉はすぐに音を切らせた。広い空間特有の反響音がしばらく残った。


 彼女は弟の位置を知り、この空間にいるかも知れない驚異もその位置を知ったであろう。


 シンウはショートソードを抜き、ライトを弱めて、その音の発生源に近づいていった。


 暗闇の中、弱い光を頼りに進む。耳は常にモンスターの音を探ったが、駆けこんでくる足音も、背後に忍び寄る呼吸音も聞こえない。土砂の流れは大きく扇状になっているのがわかった。シンウがいた地点付近が土砂の勢いがもっとも激しい地点で、そこから広がって勢いが弱まっている。その広がった先に弟の姿を発見した。


 駆け寄り、吐き出しそうになる弟の名を口の中で噛み殺した。声は涙と鼻水になり流れ出た。呼吸も脈拍もある。外傷は…ないはずはなかった。右足が折れ、膝下が間違った角度でつながっている。それでも、生きている。


 治療を、白魔法を、シンウはジンクの頭を膝の上に置き周囲の闇を見渡す。


 仲間の姿を探すが、光の筋の中にその影は浮かんでこない。


 取り残されたという恐怖が、冷たい床から這い登ってきた。


 目覚めたジンクが喉奥に溜まった砂埃に咳き込み始める。シンウはそれを抑えようとするが、苦しむジンクは止められない。咳き込む音が暗闇になんども響いた。ようやく落ち着いた弟の頭を抱きかかえながら、シンウはなにかが近づく足音を聞いた。床に置いていたショートソードにゆっくりと手を伸ばす。弟を地面に置きながらゆっくりと腰を浮かす。


 近寄る足音、位置と距離を感じ取り、シンウは振り向きざまに斬りかかろうとした。




 シンウ「それがリーダーの男の子だったんです。あやうく殺すところでした」


 ニイ「サラリと言うね…」




 リーダーは無事だった。どうやら彼らパーティーのいた通路は床ごと地滑りに乗ってこの階層まで滑り込んだようだ。彼も仲間の姿を探して、ようやく姉弟を見つけたのだ。


 シンウは現在位置の測定を開始したが、位置がつかめない。地滑りで何階層落ちたのか、ココがどこなのか。今いる部屋も地滑りで変形したためか、マップ情報に該当がない。


 とりあえず通路に出て、しばらく歩けば、ここがどこかわかるはずだとリーダーに告げた。彼はその間、周辺を見て回っていたが、他の二人の仲間の姿は見つからなかった。




 スイホウ「魔法使いが両方いないってのは痛いね。魔力ならメモリーの大量消費で火力をあげられて格上相手でも持たせられるけど、前衛職はレベルなりの力しか出せない」


 シンウ「ハイ、それが問題でした」


 


 窮地において意見が別れた。


 シンウは他の二人の仲間を探しすべきと。


 リーダーは生き残った三人で地上を目指し救助されることに賭けるべきと。


 お互い、主張は譲らなかった。どちらも命が懸かった選択だからだ。


 


 ニイ「この場の無責任な立場からの発言になっちゃうけど、シンウの主張も危ういよね。高レベル帯に落ちて、救援装備なしの遭難者が他の遭難者を探そうってのも」


 シンウ「そうですね。でもその場で探さない限り確実に他二名は死んでしまう。それを見殺しにしたくはなかったです」


 スイホウ「難しーなー。でもオトウトくんもいるし…」




 リーダーは歩けない弟のためにも、まずは我々だけでも地上に行くべきだと宣言し、シンウもそれを言われては抵抗できなかった。


 シンウも仲間の救助を諦めるという決断をしたリーダーの心情を察した。彼の立場では、助けられる命を厳密に見定めなければならない。たとえ同窓生の命でも諦めなければならない、今はそういう事態なのだと。




 残った装備の確認をする。装備はほぼ残っていた。一日分の食料と水、一日分のメモリー。メモリーをすべて使えば水を三日分にまで増やして救助を待てるが、それは最後の手段だった。広大なダンジョン、入り口から遠くなればなるほど捜索範囲は広がり、救助が来る可能性は低くなる。


 三人でできるだけ上層階に戻って、おそらく降りて来るであろう救助隊に拾ってもらう、それが基本行動となった。


 リーダーが足の骨折を固定したジンクを抱え、マッパーのシンウが先行する。下にだいぶ落ちたことは確実で、モンスターの強さはすでにシンウ達が及ぶところではない。絶対に見つかることなく、上層階への道を探らなければいけない。




 シンウ「あれは本当に、思い出したくないくらい大変でしたね。暗闇全てがガラスの針みたいに見えて、肌全てがその針に刺さる恐怖に震えていました。その針の中を、一番安全な道を手探りで探して進んだんです」


 スイホウ「わたしらだって、普段はギリギリ安全という道を行くからね。絶望的な道は決して選ばないし近づかない」


 ニイ「同業者として、想像しただけでキツいわ」


 


 暫く進むとマップアプリが反応する。シンウのアーマーに装備されたスキャナーが取得し続けた周辺の3Dデータが、内蔵していた地図情報と合致したので、現在位置の特定ができたのだ。


 新大久保ダンジョン地下六層。三層も下に落ちていた。このエリアにいるモンスターの推定驚異レベルとシンウたちの冒険者レベルの間には、致死レベルともいえる大きな差があった。その事は想定していたためショックは小さかったが、絶望は深くなった。


 現在位置をリーダーに伝えるが、方針は変わらない。上へ上へと進むのみだ。


 前を行くシンウの心持ちは重く暗い。背後には仲間がいるが弟は戦闘不能で言葉を吐くのもつらそうだ。彼女自身の戦力とリーダーの戦力をあわせても、元いた階層でさえ戦力不足で敗北するだろう。せめてどちらかの魔法使いがいれば…。そういう思いが、さきほどの仲間の救出の提案という形になって出た。純粋に仲間を案じての提案ではなく、自分の生命を守るための打算が含まれていることに彼女自身も気づいていた。


 それが情けなく悔しかった。だができることはなかった。今は一刻も早く地上に戻り、滑落地点を知らせて救助隊を送り込む。それがもっともいい考えだと信じて進むしかなかった。


 僅かな物音でも足を止め、センサーと自身の神経と感覚を最大にし、闇の中に姿を探す。


 道を変え、物陰で息を殺し、何度もモンスターをやり過ごしながら前へと進む。向かうべきはもっとも近い位置にある乗降装置だ。




 スイホウ「結局の所、ダンジョン内での問題はそれぞれのパーティーが独力で解決しなくちゃいけない。そういうリスクを背負わなければ冒険者としてはやっていけない」


 ニイ「こないだのホリーチェを置き去りにした私らもそうだしね」


 シンウ「今回は大きな崩落事故ってことで救助隊まで出ましたけど、普通はセーフティーネットなんてほとんどないですからね。頼るべきはパーティーのメンバーか、自分自身だけですね」




 長く厳しい静かな道行きは最後の道に入った。この道を真っすぐ行けば上に昇るための昇降機がある。助かるための一本の糸がもうすぐそこにあるのだ。


 先行したシンウが索敵を行い、ジンクを抱えて動きが遅いリーダーが少し離れてそれに続く。


 暗く続く一本道の先にかすかな赤い光が見えた。昇降機は生きている。その灯火が道の先に輝いていた。


 シンウは後ろの二人に振り返り、道の先を指差した。弟を抱えているリーダーの男の子が喜びの笑顔をシンウに返した。


 だが、シンウの硬直した顔はその笑顔を見ていなかった。彼女は、彼らの背後に現れていた大きな人形のシルエットを見ていた。


 天井に頭が付きそうな巨人。その顔は人ならぬ豚の顔。ギガントオークだ。その豚の顔に埋め込まれた人間の目が、リーダーと弟の後ろ姿を、物欲しげに眺めていた。


 「走って!」シンウは二人に叫んだ。オークとの距離は20メートルほど。巨体だが短足なので走れば昇降機に飛び込めるチャンスはあるはずだ。そう思って、後ろを振り返って固まってしまっているリーダーに向かって叫んだ、走れと。


 リーダーは駆け出した。すごい速さだ。


 あっという間に先行していたシンウに追いつき追い越していった。


 シンウはなぜか不思議だった。横を通り過ぎる時の彼の表情が変だったからだ。変というよりも読み取ることが出来ない。彼が何を考えているのか表情からわからなかった。


 シンウは立ち止まったままモンスターの方に振りむく。巨人がノシノシと迫ってくる。巨人の進む先に誰か倒れている。


 彼女の弟が道に捨てられていた。


 弟は倒れた時の痛みで丸くなっている。


 シンウがもう一度振り返ると、リーダーの走る背中だけが見えた。一直線に昇降機に向かっている。振り返りもしない。


  


 シンウ「今だから言えるけど…当時は頭が回らないくらいショックだったから。あの時の私は、納得していたんです。走る彼の姿を見て。


 あの子は、リーダーだったあの男の子は、”助けられる命だけは助ける”という理念で動いていたんだって。だからまず仲間二人を探さなかった。これには私も同意しました。


 続いてオークが現れた。あの時に助けられる命は”二人”か”一人”かの二択でした。私と彼だけで逃げるという選択と、自分だけが逃げるという選択。ジンクは連れてはいけないって、一瞬で判断したんだと思います。


 ダンジョン内という非情な空間で、人間が取れる選択肢は極端に限られています。それまでの付き合いで彼も分かっていたんだと思います、私が弟を見捨てるわけがないと。


 だから、彼は彼の最善の選択をしたんだって…


 今だったらもう少し、彼に優しく出来たんじゃないかって思うんですけどね…」




 選択肢は前後に続いている。彼とともに逃げて命を拾う道と、もう一つの捨てる道。


 それはシンウを起点に前と後ろで一本の道を作っている。


 彼女は、迷わず命を捨てる道を選んだ。倒れた弟に駆け寄り、その体を立たせようと懸命に動いた。


 ギガントオークが退屈なダンジョンの中に現れた、とっておきのお楽しみを前にした、キラキラとした瞳をして姉弟に近づいてくる。逃げることが無理と悟った姉は、剣を抜き動けぬ弟を背後に回し、絶望的な状況の中、姉としてできる最後の務めを果たそうとした。



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