表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十四話 お付き合いのはじまり
90/103


 スイホウとニイの新パーティーメンバー募集(当方、戦士と黒魔法使い)の面接会は、社会人としてのマナーを失い、ただの先輩後輩冒険者の懇親会と化していた。




 「ねーねーシンウちゃん、今まであった一番ひどいことってなに?」


 だらけた姿勢で注文したバニラアイスをスプーンでいじりながらスイホウが聞いてきた。


 「一番…ひどいことですか?」


 「そそ、一番良かった事とか聞いてもしょうがないじゃん。なにが一番ひどかったかって聞くと、その人のことわからない?」


 自分が面接官らしいことを聞いたと気づいたのか、言葉の最後のほうは急に大声になった。


 「いちばん…ひどかった…」


 突然の大声に驚きつつ、シンウは記憶を探る。場はグズグズになったとはいえ、彼女はまだ面接を受ける身分であることに変わりない。まだそれなりに返答には気をつけようとしていた。


 「一年前、新大久保ダンジョンで崩落倒壊事故ってあったじゃないですか?」


 「あったねー」


 「あったあった」


 「それ、くらいました」


 シンウの回答にスイホウの目が輝く。人のダンジョン苦労話が好きなのだ。


 「くらったね~~」


 握手を求めるスイホウ、自分の出した話題の食いつきの良さを見て、機嫌よく握手に応えるシンウ。


 「あれ、けっきょく死人出たっけ?」


 「全体で五人くらいですね。死者二人に未帰還三。あ、でもうちのパーティーからは出てません」


 ニイの質問にシンウは答えた。


 「じゃあ、気兼ねなく話せるな」


 さすがのスイホウもパーティーメンバーが死んだとなれば笑い話にはできない。身内に死者がゼロということなので、ただの苦労話として聞く体勢になった。


 危険を日常として過ごす冒険者にとって最大の名誉とは、どんな強大なモンスターを倒すことでもない。ただ生きて帰ることだ。その苦労話こそ、彼らの語るべき英雄譚なのだ。


 「あの頃の私達は、この仕事にようやく慣れて、冒険者をやっていく自信が付き始めたころでした…」




 ニイ「こっからさらに過去の話ってこと?」


 シンウ「そうですね」




 新大久保のダンジョンは初心者マークがようやく取れた冒険者達が向かうダンジョンだ。


 深いところまで人の手が入り、大きな危険の芽が摘まれた原宿ダンジョンなどとは違い、抜き身の危険、自然な驚異がそのまま転がっている。冒険者たちはこの環境下で自らの技量の限界を少しづつ押し広げていく。


 冒険者人生のチュートリアルが終わったシンウとジンクの姉弟は専門学校の同級生だった仲間たちと組んだパーティーで、この中級者の門をくぐった。




 スイホウ「同級生パーティーってどんなPT構成?」


 シンウ「普通ですよ、前衛三に後衛二。前は私とジンクと、リーダーだった男の子。後ろは女白、男黒の魔法使い」


 ニイ「で、どっちの男が好みだったの?当然、弟は除いて」


 シンウ「え?いやーその時はどっちも…っていうかパーティーに弟を入れてもらってるから、私が二人分頑張らないとって、そればっかり思ってて」


 ニイ「またまた~、その時一七歳でしょ?考えてないって~ナイない」


 シンウ「う~~~ん、そりゃたしかにリーダーの男の子が優しくしてくれた時とかは、そういうこと感じなかったわけでも無いですけど…」


 ニイ「ハイ、リーダーの子にチェックと…」


 シンウ「だから、好意とかじゃなくて…」




 高田馬場ダンジョン口に集合したパーティーは、初心者の殻を破ったばかりの雛鳥らしく羽を激しく振り、自分はもう飛べる鳥だと周囲にアピールする。若さと謙虚さのバランスは崩れ、若さが大きな顔をして駅前に溢れていた。だがそれも無理からぬ事、冒険者の仕事は制御された危機下でルーティンをこなすこと。最小化されたリスクを繰り返す日常が若さの中からとりわけ、傲慢の芽を育ててしまう事になる。


 その最適化された「冒険」を作り出すこと、適切な狩場の設定がマッパーという仕事であり、シンウの仕事であった。


 早朝から集まってた騒がしい集団たちは、次々とダンジョンの中に入っていく。彼らの騒ぎ声もそのままダンジョンの内部にフェードインしていった。




 スイホウ「若さってさ~、やばいよね」


 ニイ「は?」


 スイホウ「基本バカじゃん。よくあのバカさで今まで生きてこれたなって、自分でも不思議に思うことあるわ」


 ニイ「今だって大して変わってないでしょ」


 スイホウ「いや、バカさは薄まった自信あるよ、マジで」


 シンウ「私もそう思います。ジンクだってほんとにバカだったし、今でもだいたいバカですし」


 ニイ「姉、ひどいな…」




 ダンジョンに入ったシンウたちは、先行したパーティーたちの食い散らかした通路を進む。ダンジョン入口付近にたむろしていた不幸なモンスターたちは、血気盛んな若者たちの刃に倒れ、その体も飛び散った血も、黄色い粒子に変化し空気中を漂っている。早朝の一仕事を終えた一団が騒ぎながら、その仕事の糧「メモリー」を回収している。その様を横目で見ながらシンウたち一行は道行きを急ぐ。うかうかしていると入口付近の「稼ぎやすい」エリアを他のパーティーに荒らされて、今日の稼ぎに影響する。


 ダンジョンの壁には様々なグラフティが描かれ、ここが人間の、若者たちの領域であることを示す。しかしそのグラフティも、わずかワンブロック進んだだけで、ただのシンプルな落書きへと変わる。それはここから先はまだ、人間とモンスター、どちらの領域でもないエリアであり、拮抗した領域である証明だ。おっかなびっくりで描かれたアートは、その精神の心模様を表した、ただのか細い落書きにしかならなかったのだ。


 そしてその落書きも消えた先に、深淵なる本当のダンジョン、人類外の危険な領域が深く広く広がっている。


 シンウの設定したルートは彼女の性格を反映した慎重で確実なものだった。仲間と弟が重傷を負うレベルの敵を避けた教科書どおりのもの、冒険要素を避けた冒険の旅だ。


 それゆえにその道行きは慎重さを基本としたものでありつつも、気楽でもあった。


 同い年同士、同じ学校出の気安さと信頼感。日常の延長のような楽しさがあった。




 ニイ「おんなじガッコウ出っていいね~。気安い感じで」


 シンウ「そうですか?」


 スイホウ「わたしら、野良パーティーばっかの人生だったからね。あっちいっちゃ喧嘩し、こっち行ったら痴情のもつれで解散」


 シンウ「痴情…ですか」


 ニイ「私達はそういうの関係なくって…」


 スイホウ「言い寄ってきた男はだいたい蹴っ飛ばして、追い出されたね」


 シンウ「はぁ…」




 ダンジョンの浅い階層を進むシンウたち。不必要に深く潜らない。自分たちと「丁度いい」モンスターの姿を探して進む。入り口付近にあった冒険者たちの騒ぎ声は遠くに消えて、今は前に進む自分たちの足音しか聞こえない。


 そういう意味では今の冒険者の姿は漁業や鉱業と変わらない。許容可能なリスクを背負って自然界からメモリーを取得する。剣と魔法の第一次産業だ。


 この冒険は許容されるリスク、明日につつがなく生活が続く程度の冒険なのだ。


 しかしそれは、ダンジョンが盤石であるという前提に則ったものであって、今日の彼女たちはその眠っていたリスク、どこにでも転がっている普通の悪運と遭遇してしまった。


 進む先の暗闇からかすかな音が聞こえた。


 その音は徐々に徐々に大きくなり、闇の中を進んでくる。


 若手冒険者たちはその音が、なんらかの驚異、大掛かりな「不運」であるということを理解するよりも早く、神経が感じ取った。肌は泡立ち、視線が前方に釘付けになり。耳は不運の姿を探ろうと音に集中した。しかし耳のライブラリーを探してもその音の正体はわからない、人生で一度も聞いたことのない破壊音だ。


 遠くで鳴り響いていた教会の鐘のような破壊音が音よりも遅い速さでこちらに近づいてくる。闇の中を破壊が突き進んでいる。


 シンウはとっさに隣りにいた弟にしがみついた。彼をどんな事態からでも守ろうとした。


 仲間たちも防御の姿勢、反射的防衛姿勢を取ろうとした瞬間。


 ダンジョンの床と壁と天井が、同時に崩壊した。


 シンウたちはダンジョンの底に向かって落ちていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ