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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十三話 同じ昼、同じ夜、違う人生
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 同日、別場所


 午後三時


 国立市の外れに教会がある。


 その敷地は広く、身寄りのない子を保護し育てる養護施設が併設されている。


 その敷地の中央に立つ教会は、キリスト教の教会のように見えるが、その形はアバウトだった。作りが適当というわけではないが、それぞれのパーツの境界がアバウト。屋根と壁、柱と地面、全てが有機的に繋がっていて、手作業で作ったのならば恐ろしく手間がかかったであろう建物。夢の中の教会という感じの不思議な建物だった。


 その入口付近に、尾地が立っていた。


 普段は着ないジャケット姿。髪も珍しくとかしている。その結果、やつれた中年から、身だしなみの整っているやつれた中年くらいになっていた。


 先日の戦闘の影響がのこっているため、その体の動きは鈍く、引きずるように体を動かして、教会の正面入口を無視して、脇の小路へと入っていった。




 生け垣に沿って中庭に進む。


 生け垣にはバラの花が咲いていたが、その花の花弁の色は不思議だった。半透明で光を反射し、虹色に光っている。どこでも見たことがないバラ。花の言葉を想像するなら「この世ならざるもの」とでも付いているのだろうか。


 生け垣の向こうに小さな広間があり、教会の影はその寸前で終わり、小さな空間には陽の光が暖かく注いがれていた。


 広間の中心に少し大きめなティーテーブルと四脚の椅子があった。女性が一人だけ座っていた。テーブルの上にはティーセット。彼女は一人でお茶を楽しんでいるようだ。瞳を閉じその香りを楽しむ姿が見えた。


 陽の光に溶けるような白い豊かな髪。中年女性ではあるが、その頬に緩みはなく、シスターのような白いスカート姿。お茶を前にして優しい微笑みが顔に浮かんでいた。


 「やあ」


 尾地は離れた位置から声をかけた。


 ただ一言を発して、しばらく待った。この一声だけで、自分を分かってほしいという願望があったのだ。


 そしてそれは叶えられた。


 「あら…あら、あら」


 突然声をかけてきた男の声に聞き覚えがあり、その一言の後の沈黙の長さに男の正体を確認した女性が、喜びを含んだ声を上げた。


 「随分と、ほんとに随分と久しぶりね、尾地」


 正体を分かってもらえた尾地は、テーブルに近づくと空いている向かいの椅子を引いた。わざと音を立てながら。


 「座っていいか?」


 「どうぞ、立っていられても困るわ」


 女性が呼ぶと、女の子がもう一つのテーィーカップを持ってきて尾地の前に起き、紅茶を注いでくれた。金髪に黒い肌の少女は女性を「おばさま」と呼んでいた。駄賃なのか、女性はその子にテーブルにあったお菓子の包みを一つ渡すと、少女はそれを持って喜んで駆けていた。


 尾地はアフタヌーンティーに慣れない様子で


 「ずいぶん優雅だな。こんなところでお茶とは」


 「子どもたちをいっぱい養ってるから、こき使えて楽させてもらってるわ」


 「そういう言い方は…」


 「あら、盲目だって悪い冗談を言うのよ。目で冗談を言うわけじゃないでしょ」


 彼女の両目は閉じられたままだった。


 閉じたままで話し、閉じたままでお茶を飲む。


 顔の両目と鼻根を真横に通る一本の長い傷が、彼女の視力のなさの証明になっていた。


 「それにしても、あなたが私に会いに来るなんて、ほんとに何年ぶりかしらね、尾地」


 「覚えてないくらい前だよ、リンジュ」


 リンジュと呼ばれた女性は、尾地の方向に顔を向けながら残念そうな笑顔をしていた。




 全身の筋肉を痛めた尾地の動きはぎこちなかった。苦労して紅茶を飲む。その動きの気配を察してかリンジュが


 「まだ冒険者なんてやってるの? いい歳して」


 「これしか芸がないんだ」


 「他の道を探すことね。ザンゾオやサクラを見習ったら」


 「いい歳だからな。他に道は少ない。それに…性に合ってる。楽しいと…思う時もある」


 尾地は、強がりを言っていた。


 「あいつらは、来るのか?」


 「たまにはね。たまーに。年に一回をたまにと言っていいならね。サクラに至っては二年に一回よ」


 女同士ならもっと仲良くしててもいいんじゃないのか? 尾地はそう思ったが、女同士だからこそ、そうなるのか、と想像するしかなかった。


 「あなたほど薄情じゃないということは証明されてるわ」


 「俺は…わかってるだろ、会わす顔がない。キミには…」


 「会わす顔なんてなくてもいいから、手ぶらでもいいから、会いに来て欲しかったわ」


 実際、尾地は手ぶらだった。手土産の一つも持参してこなかったことを後悔した。


 先程から距離を詰めようとしてこない尾地に愛想が尽きたのか、リンジュは


 「で、その会わす顔がない人が、今日は何をしに来たのかしら?」


 用件を聞きに来た。




 「ホリーチェ・世来という子を知っているだろ?」


 「…ええ、知っているけど、あなたからその名前を聞くとは驚きだわ」


 「縁があってな。彼女も冒険者になっていて、何度か…そう、少なくない回数、一緒に仕事をした」


 「忘れがたい子、というのはそう多くはないわ。何百人と身寄りのない子を預かってきたから。でもその中でも、そうね、あの子は特別だったわ」


 「天才的?」


 「そうね。そう言っていい。あの子はいつも本を読んでいたそうよ。いっつも。図書館の本を全て読んだといって…何百冊あるのかしら? 私も知らないわ。そしたら今度は施設の事務書類を読みだしたって聞いたわ」


 「面白いのか、それ?」


 「面白いわけないでしょ。でも彼女は読み終わってこう言ったそうよ。”この施設の形が分かった”って。運営の数字で、施設の真の姿を見つけたってことかしら」


 「おそらくそうだろうな」


 「でも彼女は、一四歳になると施設を出ていってしまった。こちらとしても、彼女の才能に見合った職をいくつも用意したのだけれど、彼女は全て拒否して出ていった。…そう、冒険者になっていたの…」


 リンジュは自分の手元を去っていった少女の安否を知れて喜んでいたのだが、


 「なぜそこで…彼女を普通の仕事につけなかった!」


 尾地の声に含まれる意外な怒気に、リンジュは驚いた。


 「どうしたの?彼女になにかあったの?」


 「彼女は、ホリーチェは…錬金術師だ。君と同じように」


 彼女の目は、その傷がなければ大きく見開いていただろう。それが敵わないため、顔面の筋肉は額に大きくシワを描いた。




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