13【第12話 完】
渋谷駅ハチ公前に臨時に立てられた医療テントの中の簡易ベッドで、死んだ虫のように横たわっている男がいる。尾地である。
仰向けに寝ながら両手両足を上にのばして、死んだ虫のようだ。
彼は先程の「脳内のイメージだけで運動エネルギーを作り出す」という離れ技をやった結果、自分で自分の体を投げ飛ばすような状態になり、すべての筋肉で筋違えを起こして動けなくなっていた。
彼を診た白魔道士のミツマは、筋違え、筋肉痛、こむら返り等は白魔法では治療できないということを彼に告げたのち、もう一人の患者の方に行ってしまった。
同じテントにいるもう一人、頭脳の限界まで使って倒れたホリーチェは、今や元気に携帯で電話している。大声で話す彼女を、尾地は首も動かないので目だけで見ていた。
「でさー、私がちょー活躍したわけよ。そりゃもー、チョーすごかったわけ」
ミツマにジュースを飲ませてもらいながら、元気に会話している。昏倒から目覚めてテンション高く元気だが、彼女もまだ歩き回れる状態じゃない。そんな彼女をミツマが甲斐甲斐しく世話をしている。どうやら、どこに行っても女性にモテるタイプのようだ。
それを横目で見ているだけの尾地は、死んだ虫みたいに動けなかった。
「え?尾地。うーーん、なんかしたと思うよ。何してたか知らないけど。多少は役に立ったみたいよ」
ホリーチェは仲間たちに尾地のことを伝えているようだが、ちょうど尾地が活躍していた時には彼女は昏倒状態で、尾地の活躍は全く見ていなかった。
「ああ、倒したのは尾地って噂話は私も聞いたけどぉ~」
ホリーチェは隣りにいる大型の死んだ虫をちらりと見た後で、
「まあ、噂ってのは信用できないものだからねー、ガハハ」
とわざと大声で笑った。
ホリーチェは携帯をミツマに渡すと、ミツマはそれを尾地の耳元にあてがった。その時、指が尾地の頬に当たらないように慎重な動きだったのを感じて尾地は、「顔の脂が嫌なのかな」と思った。
電話に出るとスイホウだった。
「ホリーチェ無事みたいだな。ありがとな」
素直にお礼を言われた。
「いえ、彼女に助けられました。依頼して大正解でした。魔法疲れで倒れちゃいましたから、完全に無事ってわけじゃないですけど、今はバカみたいに元気ですからご心配なく」
尾地の腹にホリーチェの枕が飛んできた。
「あ、スミマセン。この戦いで私やホリーチェさんの名前は表に出さないようになってます。…ええ、色々ありまして。細かいことは後ほど説明しますが、ホリーチェさんのことを考えるとそうした方がいいと思いまして。ハイ…では…え?シンウさん」
尾地は目でホリーチェに助けを求めるが、ホリーチェは尾地の方をまったく見ずにジュースを飲んでいた。
「あ、ハイ。尾地です…スミマセン、体のほうが、一週間くらい安静みたいです…ですので飲み会の方は…ハイ、わかって…」
いきなり携帯をホリーチェに取り上げられた。
「オイ、シンウ。こいつなんかホッとしてるぞ」
それだけ告げると携帯を尾地に投げ返した。
尾地は胸元に落ちた携帯に向かって慌てて
「いえ、そんな事はありません。あー残念だなー、残念すぎて胸が張り裂ける!ザ・ン・ネ・ン・だなーー!」
とホリーチェの方を睨みつつ叫んでいた。
ホリーチェは指を指して笑っていた。
携帯を取り戻したホリーチェはスイホウと会話を続けた。
「まあ、女ってのは国家機密くらいにならないとね。そういう秘密っていうアクセサリーも美しさの秘訣ていうの? そういうことだから、全然大丈夫だし、みんなも内緒にしといてね。じゃ、そのうち帰るから」
そう告げると携帯を切った。電話を切った瞬間からエネルギーが切れたように大人しくなった。
「みんな新宿で待っててくれたんだけど…さすがにすぐには帰れそうもないな」
寂しそうにホリーチェが言った。
「今日一日は安静にしてくださいね」
今現在の臨時の担当医のようなミツマが言う。
「尾地さんも新宿に運ばれたら、病院に入ってもらいますから」
尾地にも入院宣言が出された。
「ホリーチェさんの事は、くれぐれも内緒でお願いしますね」
尾地はミツマに言った。
「ハイ。その…あまりに特殊な人というのは周囲が放っておかないものです。他人に人生を弄くられるのは、よくないことですからね…」
彼女も事情をよく分かっているようなので、信頼できるだろうと尾地は思った。
「そんな変か、私は」
ホリーチェが不満げに言う。
「変じゃないんです。凄い、すごすぎるんですよ」
子供を褒める様にミツマが言う。ホリーチェの頭をなでながら。そして
「錬金術師は特別なんです」
と言った。
「アルケミスト。メモリーを使って万物を創造できる。ただ一つのジョブ」
寝たきりの尾地が言うと、心配そうなミツマが続ける。
「その能力はあまりにも特殊で特別過ぎる。その事が知れ渡ると、あなたはもう今のあなたではいられなくなる。
その能力は冒険者という範疇を越えて、巨大な社会的役割を背負うことになります。ホリーチェちゃんにはまだ、選択の時間が与えられるべきだと思います」
ホリーチェの身を案じるミツマ。ホリーチェは寝っ転がりながら
「私だって知ってるよ。やる前に言っただろ、一人目は大変だが、二人目はその存在を知っているから、ヤッてみればいいだけだ、って。知ってたから出来た。錬金術師という存在を知っている、ということが私の根拠だったんだよ、尾地よ」
「知ってたって普通出来ませんけどね。とにかく、その事は後日考えましょう」
痛む首をひねってホリーチェの顔を見ながら、尾地がそう言ったと同時に、トリヤがテントの中に入ってきた。
「ゴイが見つかった。瓦礫に埋もれていたがまだ生きてる」
スキュミラ討伐の報が入ってすぐに、原宿駅に待機していた部隊が臨時列車に乗り込んで渋谷にやってきた。医療部隊、捜索部隊、調査部隊…
医療部隊は尾地たちを回収し、捜索部隊は瓦礫の下の遺体を回収し原宿や新宿に搬送し、復活させる。
調査部隊は渋谷駅再開のための調査に来たのだが、半壊した渋谷駅を見て青ざめていた。
遺体がピストン輸送で原宿や新宿に運ばれている中、冒険者パーティー怒竜剣の行方不明になっていた仲間三名と、サポートメンバー三名が、重傷の状態で発見され、彼らもすでに原宿に送られていた。
今まで見つからなかったゴイ軍曹も、ようやく発見されたのだ。
その彼がテントの中に運ばれ、尾地のベッドに並んだ。
白魔道士による治療は終わっており、傷は全て塞がれているが、気力は回復できない。ダメージが大きく、共に戦った仲間を前にしても弱い笑顔しか作れなかった。
そんなゴイが震える手を尾地の方に伸ばしてきた。
尾地もその手を握ろうと腕を動かすが、筋肉が悲鳴を上げて動かせない。
そんな二人を見かねたトリヤが二人の手を引っ張り、握らせた。
尾地は筋肉痛で涙目で、ゴイは感情が涙を流させていた。
トリヤはそんな二人の握りあった手を両手でがっしりと掴み。
「お疲れ」
二人にそう言った。彼の目も涙で潤んでいた。