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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十二話 渋谷駅 「渋谷駅崩壊 おじさんたち死闘する」
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 「ほんとに出来るんですか?」


 大型ポリタンクに詰め込まれた、合わせて一五〇リットルのメモリーを運びながら尾地は疑問を口にした。


 「安心しろ、根拠はないが自信はある」


 ホリーチェは無根拠なことを自慢した。


 「ダメじゃないですか。自信はなくてもいいから根拠は用意しといてくださいよ」


 尾地は運んできた三個のタンクを置いた。重量物を運ぶと尾地は自分の腰を気にしてしまう。


 「バカだなー。メモリーを使う者に必要なのは根拠じゃなくて自信だ。自分にはできるという根拠なき自信にこそメモリーは反応するんだよ。根拠では根拠の分しか力にならないが、自信は根拠の何倍も力を生む。


 中年よ、自信を抱けだ。尾地よ」


 尾地は根拠なき自信に溢れたホリーチェの隣に並び立った。




 今、二人が立っているのは渋谷駅東急東横線ホームの上、カマボコ型の屋根の端だ。


 二人の眼下、元バスロータリーだった広場に宿敵、スキュミラがいる。建物から外に出た奴は、ゆっくりと動き回っていた。


 トリヤ、ホシナ、ミツマの怒竜剣の生き残りとザンゾオ、メイビが屋根に登ってこちらにやってきた。


 「ほんとにやるんですか?」


 魔法使い二人の手を借りて登ってきたトリヤが同じような疑念を呈した。ホリーチェの「作戦」の根本が信用できないのだ。


 「あの、話には聞いたことあるんです、そういう能力があるってことは。でもそれって歴史上一人か二人しかいないって…」


 ホリーチェと同じ白魔道士のミツマが自分の知識で補足した。彼女はホリーチェにその資質があるのでは、とかすかに思っていた。


 「そうだな、歴史上一人いたな」


 ザンゾオがそう言うと尾地はわずかに苦い顔をした。


 「じゃあ私が二人目ってことだ。最初の一人だと存在の証明が難しいが、二人目ならそれは簡単だ。ヤッてみせればいい」


 「またそんな根拠のない自信を…」


 尾地がホリーチェにツッコむ。


 「尾地よ、まずは…」


 ホリーチェは屋根の端に立って後ろを振り向くと、


 「信じて飛んでみろ」


 背中から地面に向かって落ちた。


 彼女にザンゾオとメイビも続いて飛んだ。


 「信じたって、飛べるわけじゃなし」


 屋根に残った尾地はそう呟いた。




 一回半ひねりをして着地を決めるホリーチェ。


 彼女の両サイドにザンゾオとメイビも着地した。二人共に着地の衝撃を一切感じていないかのように、ほとんど立った姿勢のまま着地した。


 三人は平然と、スキュミラに向かって歩き出した。


 再び現れた人間たち、しつこいそいつらを認識したスキュミラがゆっくりと闘いの姿勢を取り始める。たったの三人だ、いかようにも料理できるという自信に溢れていた。


 奴の体の傷は殆ど消えていたが、切断された右手首だけは切れたままだった。


 「やっぱり、切断したら戻らないようです」


 尾地はトリヤに、彼の戦果を伝える。


 「それほど嬉しくないですね、首切らない限り倒せないってことですから。じゃ、これ、使ってください」


 彼は彼の持つエンチャンテッドソードを尾地に差し出した。


 「使わせてもらうよ」


 尾地はそれを受け取った。


 「頼みます」


 トリヤは剣と一緒に願いも尾地に託した。


 「おい、尾地。とっとと投げろよ。俺らを殺す気か」


 無線でザンゾオが文句を言った。


 それを聞いた尾地は、急いでメモリーが入ったタンクを持ち上げると、倍化の力で放り投げた。三個の重量物を軽々と投げた。


 そのタンクは遠く、スキュミラの上空に向かって飛んでいく。


 屋根の上に立つ黒魔道士のホシナが火炎魔法を放ち、その飛んでいるタンクを破壊した。


 飛んでいるものに魔法を当てるだけでも、その技量の高さが分かる。


 破壊されたタンクから、黄色い雨が降り注ぐ。きらめく雨がスキュミラとその周辺の地面が濡らした。


 「あ~~あ、一五〇〇万が…誰の払いになるのやら」


 「少なくとも、私ではないな」


 尾地の嘆きにホリーチェが無線で返した。


 彼女たち三人は、今もモンスターに向かって歩き続けていた。




 ホリーチェは大量のメモリーを発見した時、こう言っていたのだ。


 「私にこのメモリーをすべて使わせろ。そうすれば特大の魔法でアイツを倒せる。一五〇〇万の魔法だ。私にしても生涯最大の魔法になるぞ。フヒヒヒ」




 いきなりのメモリーのシャワーに驚いたスキュミラであったが、なんの害もないと知ると、三人の方に興味を戻した。スキュミラの尻尾が立ち上がり、三人を一払いで殺そうと横殴りにしてきた。


 ザンゾオの肘が、膝が、拳が、ほとんど同時に放たれ、その巨大な一撃を撃ち返した。


 何事もなかったかのようにザンゾオは歩き続ける。


 一瞬ためらった後、スキュミラは今度は逆側から尻尾の攻撃を仕掛けるが、


 メイビの肘と膝と拳が、その攻撃を同じように跳ね返した。


 三人は何事もなかったかの様に近寄ってくる。


 自分の攻撃が二度も無効にされた。その驚きから立ち直ったスキュミラは、連撃での粉砕を試みた。


 ザンゾオとメイビの拳と足と肘と膝、突きと蹴りの防空圏がスキュミラの攻撃を全て弾く。モンスターの連撃がホリーチェの位置に届くころには、そよ風に変わっていた。


 ついにホリーチェ達三人は黄色く濡れるスキュミラの近接エリアにまで到達した。


 ホリーチェがその黄色く濡れた地面に片手をつけると、ふわりと黄色い粒子が舞い上がりふるふると震えた。


 「さぁ~~って、出来るかな~?」


 信じてはいるが、信じるだけでは物事は動かない。その常識はホリーチェも分かっている。だが、それではメモリーの真髄には触れられない。


 巨大な敵の懐の中、暴風が巻き起こっている。その中心地で自分だけを信じなければいけない恐怖。彼女はその恐怖の気持を抑え込み、さらに過剰に自分を信じる。


 彼女の手が触れた周辺が動き出す。小さな棘が生え、沈み、粘菌が生え、枯れる。何かを生み出そうとうごめいている。


 真剣なホリーチェの表情に焦りの色はなく、それは徐々に歓喜の笑顔に変わっていった。


 「女の子を焦らせたくはないんだけどさ、なるべく早くしてね」


 ホリーチェを破壊の暴風から守っているザンゾオが言う。彼とメイビのスーツはすでにボロボロに破れ、下に着込んだハーネス型の強化装甲が露出している。この装甲は普段着として着けていられるが防御力は殆どない。彼らは強化された打撃力を防御力に変換して、魔法使いの少女を守り続けている。


 二人が無数に放っている打撃がホリーチェを守るバリヤーになっていた。




 かまぼこ型の屋根の上では、尾地は託されたエンチャンテッドソードを構え、その刀身に二人の魔法使いが魔力をこめていた。刃の振動が熱へと変換され刀身に力が宿っていく。


 「強化は十秒持ちませんから、一撃にしか使えません」


 本来の持ち主であるトリヤが尾地に説明する。負傷は治ったものの、彼のアーマーはボロボロ。戦力にならないから助言しかできなかった。尾地は刀を後ろに構えたままゆっくりと腰を落とす。前に出した右足に力をこめ始める。


 トリヤはその横顔を見て驚く。さきほどまでの頼りななさげな中年の顔は消え、獲物だけを見据えるその眼差し、落とした腰から足に伝わる力の迫力。人間が徐々に武具に変わるような、そんな気迫の圧にトリヤは気圧された。


 いいかげんにしろ、というようなスキュラの攻撃。真正面から三人を押しつぶそうとする。その攻撃に対し、ザンゾオとメイビは


 肘、膝、拳、肘


 肘、膝、拳、肘


 完全に同期した二人の動きが、その巨大な一振りをそのまま弾き返した。しかし、彼ら二人の打撃箇所も血を流し、無傷というわけにもいかなかった。 


「見えた!」


 ホリーチェの声と共に、地面いっぱいに広がったメモリーから、空に向かって黒色の水晶が伸び上がる。その色、その素材は特科小隊の兵器ゴリラに使われた素材そのものだった。


 その黒い水晶型の柱は高さ一〇メートルまで一瞬で伸びた。


 強固な柱が何本も同時に生え、スキュミラの行動の自由を奪った。


 捕ったと、みなが思った瞬間、その柱はスキュミラの力で根本からボロボロと砕かれた。


 「あ、地面から生やしてもダメだった。根無し草だ!」


 テヘっという顔をしたホリーチェは再び、メモリーに命じた。


 また柱が生えた。今度は地上と地下、両方に向かって伸びる柱だ。


 その強固さと根の深さは、今度こそスキュミラをがんじがらめにした、と思われたが、相手は蛇の化け物である。スルスルと抜けられる。


 「そうはいかない」


 ホリーチェはさらに形を変化させる。


 伸びた柱の幹から、真っ直ぐな黒い鋭い枝を伸ばした。その枝は次々と他の幹と枝に結びつき、堅牢な網の目の檻を作り出した。


 その目の細かさは蛇をして抜け出すことが困難なものであった。


 「グギッ」


 動けなくされたスキュミラが痛みに声を上げた。


 屋根の上、突然現れた硬質の檻に驚くトリヤたち。ホリーチェが有言実行したことに驚愕の表情。慌てて尾地の方を振り向くと、彼はすでに発射体勢だった。



挿絵(By みてみん)



 「離れて」


 尾地のその言葉を合図に最後まで魔力をこめていた二人の魔法使いが刀身から離れる。


 その二人に固定されていたかのように、尾地は溜め込んだ力を開放し、スキュミラに向かってまっすぐ飛び出した。


 足にこめられた力をメモリーで何倍にも増幅し、固定されているスキュミラの首を狙って飛び出す。


ほぼ水平に、屋根の高さから立ち上がったスキュミラの首の高さに向かって、一直線に飛んでいく尾地。空中で大きく腰を捻り、勢いを斬撃に乗せる準備をする。


 スキュミラは飛来してくる攻撃を避けようと最後の防御として残された左腕でガードするが、それは安々と切り裂かれ、刃の勢いを止めることはできなかった。


 尾地の熱のこもったままの刃がスキュミラの首に届いた。


 硬質なものがぶつかり合う音が響いた後、ザンゾオが上を見上げると


 「ああ~~」


と残念そうな声を上げた。


 刃は、最後の抵抗として動かしたスキュミラの顎部、頬から斜め下に入り、顎の骨を切断した後、背骨の寸前で止まっていた。


 首の両断は達成されなかった。刃はスキュミラの顔と首に刺さったまま、その刀を持つ尾地は空高くぶら下がっていた。


 足をバタバタと動かし、なんとか勢いをつけようとする尾地だが無駄だった。腕の骨と強固な頭蓋骨、上下の歯と顎の骨で刃の勢いをすべて殺したスキュミラの勝ちだった。切断された傷は治り始め、顎を半分失ったその顔に余裕が戻っていく。


 「あっちゃ~、アイツ死ぬな。ねぇお嬢ちゃん、なんか打つ手ない?」


 ザンゾオがホリーチェに目をやると、彼女は目を回して倒れていた。


 ホリーチェは思考が肉体の限界を超えてしまい卒倒していた。


 尾地のあがきは続いていた。刺さった剣で体を支え、空中を走るように足を動かし続けたが無駄だった。力を生み出すための足場が無ければ人間は力を生み出せない。いかなる達人も空中では無力だ。


 その足掻きを眼前で見ているスキュミラの口から、熱く臭い息が突風のように尾地にかかる。尾地も自分が今、片手で払われる蝿と同じであることは理解していた。


 


 「根拠じゃなくて自信だ」


 尾地の脳内でホリーチェの言葉がリフレインした。


 「信じて飛んでみろ」


 窮地にあって彼は、小さな少女の言葉を信じていた。


 「俺は飛べる、俺は飛ぶんだ」


 足を出して空を押す。幾ら足を押し出しても地面がないため、足は空をすべる。


 「俺は飛びたつ、俺は飛べる、飛べる」


 足を踏み出す、空を。


 足が駆ける、空を。


  無の地面を探して足を繰り返し押し出し、足を走らせる。


 スキュミラが鼻っ先でうごめく虫をつかもうと手を伸ばした。


 「…俺は飛ぶ」


 地面があった。彼は今、空を蹴ったのだが、意識の中では完全に地面を踏んでいた。


 おそらく誰もそれを信じないだろうが、彼だけはそれを信じてしまった。


 意識の中で起こった事に、メモリーは反応する。


 地面を蹴ったという完全な思い込み、自分自身の発したその錯覚を完全に信じた。


 メモリーが無の状態からエネルギーに変換された。


 その爆発的なエネルギーは、尾地の足の裏から腰、肩を伝わって、停止した刃に圧倒的な推進力を与えた。


 尾地は空中を蹴り加速をつけ、刃はためらいなくスキュミラの首を切断した。




 そのまま飛び続ける尾地。生み出した力が強すぎたのだ。バスロータリーの端を越え、向かいの道路に落下した。


 ホリーチェを抱えて走るザンゾオたちの後ろで首がなくなり絶命したスキュミラの死体が崩れ落ちる。山が崩れるような轟音が響く。


 カマボコ屋根の上のトリヤたちが、空中から空に飛んでいった尾地と倒れるスキュミラを見て呆然としていた。


 


 夜の渋谷駅は様々な騒音に包まれていた。



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