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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十二話 渋谷駅 「渋谷駅崩壊 おじさんたち死闘する」
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 怒竜剣の戦闘行動は事前に決定していた。


 前衛四人でスキュミラの前後左右を囲み、敵の注意を引き合い、隙を作っては攻撃する。この単純な繰り返しだ。


 彼らはこのコンビネーションで今まで何体ものボス敵を打ち倒し、名を上げてきたのだ。


 波打つ地面のようなスキュミラの尻尾を飛んで避けながら、その尻尾に傷をつけては敵の注意をこちらに向ける、そしてその背後の仲間が本体を、斬る。


 スキュミラが背中を斬られ雄叫びを上げる。尻尾のうねりが盛り上がり攻撃を仕掛けるが、斬った戦士はもう後ろに飛び下がっている。




 順調だ。開始から五分近く経過したがこのコンビネーションは通用し続けている。


 しかし、トリヤは恐怖を感じていた。飛び回っている彼の足元でうねっている蛇の尻尾の渦は、嵐の海面のように荒れている。わずかな着地点を見つけて着地して、すぐさまジャンプしなければ、あの巨大な尻尾の波に押しつぶされて一瞬で終わるだろう。


 だがトリヤたちは冒険者の熟練たちだ、恐怖に飲み込まれることなく闘志をさらに引き出している。お互いに掛け声をかけ、この危険な状況を乗り切るために鼓舞しあう。


 「なんとかなりそうだな。さすがトップランカー」


 することがないザンゾオは観戦モードだ。後ろでは、さらに暇そうなメイビが携帯で戦闘を撮影していた。


 「手を貸すべきかな」


 尾地がそう言うと、ザンゾオは


 「やめとけ、あのコンビネーションに中年が加わるのは酷だ。邪魔にしかならん」


 と冷淡だ。


 「そうかもな、あんなにピョンピョン飛び回るのは腰に悪そうだ」


 尾地も、若者に任すべきか、と中年心を発揮していた。


 「あれ、トリヤくんがいないな…」


 尾地が気づいた。飛び回っているのが三人に減り、リーダーの姿は空中に見えない。踏み潰されたか、と不安を感じたが、彼はスキュミラから離れた場所で、黒魔法と白魔法の女性二人と共に地上に立っていた。


 魔法使い二人は、トリヤが構えた大剣に力を注ぎ込むポーズをしている。


 「あれエンチャンテッドソードだったのか。持ってるやつ初めて見たぞ」


 ホリーチェが羨ましそうに言った。


 トリヤの持つ大剣の刃はセラミックのように白かった。魔力を短時間蓄積し攻撃力を高められる特殊な素材で作られ、ごく一部の冒険者だけが試験的持つことを許可されている、特殊な武装だ。


 トリヤの持つエンチャンテッドソードの白い刃の内側に赤い光が宿り始める。二人の魔法使いの魔力が溜め込まれているのだ。


 トリヤは魔力を注ぎ込まれながら、体をゆっくりと降ろし、足に力を込める。ジャンプする力を何度もイメージし溜め込んでいるのだ。


 「角度は、良しだな…」


 尾地がトリヤの姿勢を見ながらそう評すると、それを合図にしたかのように、魔法使い二人は刀身から離れた。その瞬間、引き絞られた力を開放し、刀と人は床を砕いて飛び出した。


 タイミングは完璧だった。囮の三人が同時に攻撃し敵の正面への警戒を消し去った瞬間だった。


 その正面の隙に吸い込まれるように斬撃が滑り込む。


 切っ先がスキュミラの太さ一メートルもある首に届こうとした時、瞬間的に防御した右腕に当たり、手首まるごと切断した。


 熱に触れたバターのような、スルリとした切断。手首を犠牲にすることで首を取られることは避けたスキュミラは後ずさり大きく後退した。


 「惜しい!」


 全員が叫んだ。


 「惜しい!」


 トリヤもだ。


 飛び出した勢いのまま、壁に水平に着地した彼は、そのまま床に降りた。


 これを繰り返せば勝てる。全員の意見が一致した。このまま続行すべき!と。


 手首を失って叫んだスキュミラの唸り声には怯えの声が含まれていた。敵は広げていた尻尾を引き寄せ、自らを守る城壁を作り出した。そして背中を壁につけ、四方の内、背面の隙を消した。完全に守りに徹し始めた。


 「ふざけんな、守ってんじゃねーよ!」


 若者たちは手前勝手な言い分を叫びながら攻撃を続けるが、守りに入ったスキュミラは想像以上に難攻不落だった。


 戦士たちは飛び回るのを止め、立ったまま壁を切りつけ始めた。


 すでにスキュミラはその尻尾の城壁を寄り集めて、壁に寄りかかった巨大な繭の様になっていた。


 蛇のしっぽで作られた巨大な繭。充分に気味の悪いものだが、そんな事はお構いなしに攻撃が繰り返され、その城壁は徐々に切り崩されようとしていた。


 空気が、その繭に集まっていくような感覚を尾地とザンゾオは感じた。なにか危険な兆候があると。その鼻が嗅ぎつけたのだ。


 「全員、防御に徹しろ」


 無線でそう指示した尾地は隣りにいたホリーチェの腰を担ぎ上げた。


 「え?なんて?」


 攻撃に専念していたトリヤは、その指示に従うのに時間がかかった。


 蛇の繭がギュッと絞まった。


 空気が吸い込まれた。


 神経が危険信号を感じたトリヤが飛び上がろうとした瞬間、繭は爆ぜた。


 締め付けられていた長大な尻尾が解き放たれ、一瞬で伸ばされたのだ。


 その勢いは繭を中心に四方八方に伸び、高さ三メートルの螺旋の壁が暴風のように空間中を駆け回った。


 その空間内にあった物は全て、壁も床も柱も、冒険者も、全てが尻尾に弾かれ飛ばされ潰され、引きずり回された。


 一瞬だけ生まれた巨大台風がエントランスホール内の全てを吹き飛ばした後、柱を失った渋谷駅駅ビルの壁は倒壊し、大きな煙を夜空に舞い上げた。



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