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ゴリラの放つ銃弾がスキュミラの上半身に当たり、その青い肉を抉った。
「当たったー!」
冒険者の若者たちは大騒ぎだ。我がことのように喜んでいる。
周囲に広がる惨状を引き起こしたモンスターを倒すこと。誰が倒すかはもう問題ではなくなっていた。
「そのままいっけー!」
リーダーのトリヤが叫ぶ。その後ろに並ぶ尾地、ザンゾオ、ホリーチェの顔は若者たちほど明るくはなかった。
「いける」
銃撃が次々とモンスターの体にヒットする。その興奮がゴリラを操縦するゴイを後押しする。横走りしていた機体を止めて、敵正面から火力でジリジリと押し込んでいく。
「いけるぞ!」
自身の正義の勝利が近い。機体を前に進め、更に火力を敵の上半身の人間部分に集中させる。スキュミラの尻尾は力を失い、地面に落ちて防御壁の役目を果たしていない。
スキュミラは両手を上げてガードをするが、その肉も次々と削れていく。
ゴリラの火力はついにスキュミラを壁際に追い詰めた。エントランスホール中央にまで進んだゴリラは、最後のトドメを狙う。応援団と化した冒険者たちもその一撃を願った。
「あ、不味い」
尾地が気づいた時はもう遅かった。
死んだように地面に垂れていた蛇の尻尾は長くうねうねと伸び、スキュミラが追い詰められた壁の反対の壁にまで伸びていた。その尻尾がいきなり飛び出した。
「避けっ…」
尾地が無線で叫ぶよりも早く、その尻尾はゴリラの背中に衝突し、ゴリラは蹴られたボールのようにスキュミラの本体の方へ飛んでいった。
突然の背後からの衝撃に、内部の操縦者は
狭い操縦席内で何度もバウンドさせられた。
ゴイは自分の血しぶきに濡れたモニターに、拡大してくるスキュミラの顔を見た。その顔は笑顔のように見えた。
打ち上げられたゴリラは、スキュミラの腕で地面に叩きつけられた。
ゴリラの前輪である両腕は衝撃で取れ、銃もへし曲がり外れた。叩きつけられた床で跳ね返った本体は、蹴られたおもちゃのように逆側の壁にまで飛び、二階部分に当たって落ちた。
冒険者たちの息を呑んで悲鳴もあがらなかった。
ボールのように跳ねたあの機械の中に乗っていた人間の状態が容易に想像できたからだ。
冒険者たちは先程までの熱狂が高かっただけに、今感じる心の冷たさに体が固まってしまった。
リーダーのトリヤでさえも。
そのトリヤの背中を大きな手がバンと叩いた。
「ゴイ軍曹の救助は私に任せろ。君たちは、仕事をしろ!」
尾地がエントランスホール内に飛び出し、ゴリラの残骸に向かって走る。
新たな獲物の侵入を、スキュミラは治り始めた顔面で見た。
背中を押されたトリヤは、戦場に一歩だけ足が入った。
その瞬間に足元から上がってくる気感情は、闘志だった。幾度も行ってきた仕事、モンスター退治。彼の社会的役割に対するプロフェッショナルな心構えが蘇ってきた。
「全員、戦闘準備!俺たちが奴を倒す!」
今度は、冒険者ランキングにおけるトップランカー、怒竜剣が挑む。
「ヒーー、想像以上にヤバイなこれは」
悲鳴を上げながら尾地は走る。あの回復能力が銃撃に対してだけであって欲しいと願っていた。ホリーチェ言うところの殺意が通じますように、とおまじないのように願う。
敵の眼前を無防備に走ってゴイ軍曹救助に向かっていると、黒魔法が弾ける音が聞こえ、若い冒険者たちが戦闘開始した気配が伝わってきた。救助作業をモンスターに邪魔されずに済みそうだ。
ぐしゃぐしゃになっているゴリラの元に走りこみレスキューのマークを見つけハッチを開く。機械の中身の柔らかい人体が血まみれで転がり落ちるのを支えた。
「おい、大丈夫か」
尾地は反応を確認するが、頭部を血で赤く染めたゴイは、ブツブツという言葉しか返せないでいた。
「ダメだ、ここは危ない…にげ…」
全員打撲と傷だらけ血まみれのゴイを機体から引っ張り出した尾地は、彼を抱えて、スキュミラの方をみた。怒竜剣の前衛四人が飛び回り、敵の注意を分散している。スキュミラは尻尾を波打たせ四人全てを倒そうとするが、それは人間の思うつぼだった。これなら無事に戻れそうだ。尾地はけが人を抱えて、もと来た道を戻る。その途中、こちらに向かって走ってきたホリーチェに戻れとジェスチャーをして戻らせ、一緒に通路に入った。
「危ないですから、無茶しないでください」
ホリーチェに注意するが、彼女はそれを無視してゴイの治療を開始していた。
「頭部のダメージがでかい…これじゃしばらく目を覚まさないぞ」
傷は直るが人体への深いダメージは治せない。痛みや苦痛は神経と脳に残ってしまう。特に脳の治療は慎重に慎重を重ねないといけない。ホリーチェといえど、手足をくっつけるように気楽には治せないのだ。