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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十二話 渋谷駅 「渋谷駅崩壊 おじさんたち死闘する」
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 ハチ公口から侵入を開始した一行。


 入口付近に被害はなかったが、奥に進むに連れ悲惨な状況が目に入ってきた。駅内部の改装されテナントが並んでいたはずの通りが、全て潰されている。巨大な円柱が這いずり回ったかのように、床と天井と壁に、残らずその痕跡を残していた。半円形のえぐれが通路の端から端まで続いてき、押しつぶされたテナントの内部には赤い血が散乱している。


 「ひでぇな、店員も残らず殺して回ったのか」


 怒竜剣のメンバーが内部を見て回り怒りの感想を漏らす。


 「まるでミミズの巣穴に迷い込んだみたいだな」


 トリヤもゲンナリとした声で言った。たしかにこの惨状は、巨大なミミズが駅ビル内を掘り進んだかのようだ。


 


 「沈没前の渋谷駅は、その複雑さから渋谷ダンジョンなんて呼ばれてましたね」


 尾地が前世代の遺物らしい感想を漏らす。


 「お前、渋谷とか来てたの?」


 ザンゾオが意外という感じで尋ねたので


 「来るわけ無いでしょ。そんな青春送ってたように見えるか」


 と尾地は答える。惨状に耐性のある中年二人以外は、進むにつれドンドン無口になっていった。


 いくつもの潰された死体を乗り越えて進んでいく。若者たちの緊張感と嫌悪感は天井まで高まったが、中年二人はほとんど変化がなかった。


 「止まれ」


 前を進むゴイから無線で命令が入った。


 ダンジョン口のエントランスの手前に到着した。


 通路の向こう側には開けた空間がある。メンバーがゴイ軍曹の乗るゴリラの背後に集まり、中を覗く。


 壁といわず天井といわず、破壊しつくされたエントランスが目に入ってきた。沈没後に人類が苦労して建設したダンジョン口前エントランスは、ダンジョン側からの侵略を受け破壊され、ダンジョン側の新たな領域とされてしまった。


 たった一匹の破壊と暴力によって。


 天井は撃ち抜かれ、柱は折られ、床には瓦礫が堆積している。


 見える死体もあれば、瓦礫の下で見えない死体もあるだろう。安全地帯と思っていた場所で急襲をうけたのだ。抵抗することすら満足にできなかったであろう。


 「いたぞ」


 ゴイが言うまでもなく、その姿は巨大で、見逃すことは不可能だった。


 エントランスの中央に討伐対象、モンスター「スキュミラ」がいた。とぐろを巻き眠っているのか、全く動いていない。 


 大きさは、エントランスに設置された巨大なモニュメントといった感じだ。


その姿を見ていたホリーチェが


 「でっかいうんこだな」


 と子供らしい素直な感想を述べた。


 「残念ながら…」


 メガネを押し上げながら、尾地も同意せざるを得なかった。


 そんな二人を無視するかのように、全員が戦闘準備に入っている。


 すでに準備万端なゴイ軍曹の特殊兵器一機。


 その兵器でも倒せなかった時のための冒険者パーティー六名。


 さらにそれをバックアップするためのアドバイザー四名と通信と回収を担当する予備スタッフ三名。


 ゴリラの起動音が高まる。臨戦態勢に入ったようだ。


 狭い兵器の中でで戦いの決意を固めるゴイに通信が入った。怒竜剣のリーダートリヤからだ。


 「ゴイさん…任せます!」


 続いてゴリラの背中を叩く音が響いた。背後の冒険者がその思いを叩いて伝えてきたのだ。先程までお互いやりあっていた男から託された。ただの生意気な若造ではなく、修羅場をくぐってきた冒険者のプロとして、この場を任せたと言ってきたのだ。


 その言葉を飲み込むのにしばらく時間がかかった後、


 「任せてくれ」


 そう無線に応えてから、アクセルを踏んだ。




 ドカドカと瓦礫を超えるゴリラの踏破性能はたいしたものだった。スキュミラから距離を取りながら良好な射撃ポジションへ移動する。かなりの走行音が鳴っているのにスキュミラは動かない。


 陽は暮れ始め、真横からの赤い太陽光が崩れた壁の隙間からエントランスに光の筋を何本も作っている。


 機体の発する震えに包まれながらゴイは、モニター越しに標的を睨む。


 通路の中でその対峙する姿を見つめる冒険者たち。


 まだスキュミラは動かない。


 狭い車内にゴイの吐く熱い息がこもる。敵が動かないのなら遠慮することはない。今ここが、自らが望んだ戦場。ゴイの目に力がこもる。「難民イジメの防衛隊」「モンスターに壊滅させられた旧自衛隊」そういった悪評を打ち破る。本当の「市民のための戦い」だ。


 「突貫する!」


 叫びとともにトリガーを強く押し込む。


 ゴリラの両肩に装備された二丁の重機関銃が火を吹いた。


 全ての弾が外れることなくスキュミラの体に当たり続ける。


 悲鳴と雄叫びの混ざった声を上げながら、山が形を崩してウネウネと解けていく。上半身は人間、下半身は蛇の巨大な姿が正体を表す。


 待機している怒竜剣の若者たちがその光景に驚嘆する。彼らが初めて見る軍事兵器の戦いだ。一発一発が必殺の銃弾が何十発と撃ち込まれる。巨大なモンスターに対する人間の技術の凄さと意地というものを見せつける。


 「すげぇ」


 トリヤたちも思わず口にする。巨大な敵に単騎で挑み、圧倒するゴイの勇姿だった。


 悲鳴は怒りの声に変わりスキュミラはその長大な尻尾を竜巻のように回転させはじめた。銃弾を防ぐ盾として使い始めたのだ。さらに回転し続けるため尻尾の一箇所に被害が集中することがない。


 ゴイはゴリラを横滑りに走らせて竜巻の隙間を狙い続ける。尻尾を削ることに意味はない。上半身への必殺の一発を狙い続ける。


 瓦礫の平原を射撃しながら走り飛ぶ。ゴイは巧みな操縦で移動と射撃の両方を成立させていた。吹き抜けとなったエントランス広場の隅を回転するように走るゴリラ。トリヤ達の前を通り過ぎる時、メンバーたちは応援の声を上げた。


 「いけー!」「やっちまえ!」


 スキュミラの回転と同期するかのように横走するゴリラ。その弾丸がついに本体の人間部分に当たった。トリガーを握る指にまるで当たった感触が発生したかのように、命中を体感するゴイ。さらなる一撃を求めて撃ち続けた。


 数百発を撃ち尽くし、弾倉が射出され、次の弾倉が自動で装填される。放り出された空の弾倉は勢いのまま転がり壁に衝突する。


 


 「治ってるな…」


 ザンゾオの言葉に


 「ああ…」


 尾地は残念そうに同意した。


 入り口間際まで身を乗り出している怒竜剣の若者たちの背後に立ち、戦況を観察している大人たちとホリーチェ。エントランス内はモンスターの怒号と移動砲台の走行音と射撃音の轟音が鳴り響くコンサート会場で、冒険者の若者たちはまるでそれに声援を送る熱狂的な観客だ。


 彼らから少し離れた大人たちは、事態がそれほど楽観的でないことを感じ初めていた。


 


 機械の駆動音と機関銃の爆音に全身を包まれ、射撃の興奮に取り込まれたゴイも、単騎でモンスターに挑む神話的光景に酔っている若者たちも気づかなかった。


 ただスキュミラとの戦闘経験があり、これまでに何百何千という戦闘を繰り返してきた尾地とザンゾオだけが、冷静に戦力を分析できていた。それと、もう一人。


 「治っちゃってるじゃん、やっぱり銃撃はだめだったか」


 ホリーチェも観察の結果を述べる。


 「昔から謎だったんですよ。冒険者は銃に負ける。銃は冒険者よりも強い。そのはずだったのに、旧自衛隊はダンジョンの奥で散華した。これが謎だった」


 尾地の目は高速で動くスキュミラの尻尾に穿たれた傷口が、どんどんと小さくなっていくのを見逃さなかった。これは通常の冒険者の攻撃では起こり得ない現象だ。


 「モンスターに銃が有効じゃなかったというのは、俺やお前が散々実地で体験したことだからな」


 ザンゾオが過去の記憶を披露する。


 ゴリラの銃火は止むことなく、スキュラの体を削り続けるが、その傷はみるみる小さくなり致命傷に結びつかない。


 「銃は冒険者よりも強い>銃はモンスターに勝てない>冒険者はモンスターに勝てる」


 ホリーチェは手で不等号を作りながら解けない方程式を宙に描いた。


 その手をパクパクさせた後でホリーチェが続ける。


 「この力の不等式を解く解が”メモリー”だと思う」


 「どゆこと?」


 ザンゾオが賢い少女に尋ねた。


 「メモリーは冒険者の力を倍加する時、まったく意図していない物も倍加している、ということ。冒険者は見えず触れず意識もしていない物を、無意識に二倍にしているって事」


 「それは何なんですか?」


 尾地も聞いてみた


 「見えず触れず意識できない物だよ。…まあ、ここは通じやすい俗語をつけておこう”殺意”だ」


 「オカルトすぎない?」


 ザンゾオが眉唾の代わりに肩をすくめた。


 「名称はこのさい何でもいいが。殺意が一番、通りがいい。無意識に強化された殺意のみがモンスターを倒せる。ほら、理解しやすいだろ?」


 「銃弾には殺意がこもっていない?」


 「難しいだろ、それは」


 ホリーチェの回答に尾地は腕を組んで考えてから


 「俗説でそういうのは何度も出ましたが、確認されることは今までありませんでしたね。うまくいっていることをわざわざ検証するほど社会的余裕もありませんでしたし。まあこれからは冒険者の教科書にそう書いておいたほうがいいのかもしれませんね」


 尾地は殺意論に賛成を示した。


 「意識外の無形の物を倍加する。あるいは意識だけで想像物を創造する。メモリーの可能性は人の認識の性能次第ってことだね」


 ホリーチェはそうまとめた。


 「オカルトすぎない?」


 ザンゾオはまだ懐疑的だった。 


 


 「当たった!」


 前方の若者たちが大きな声を上げた。




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