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作戦開始が指示されたのは、夕方4時の直前だった。
朝の七時に起きた事件に対しての作戦が夕方四時に決行される。軍事作戦としては遅いとも言い切れないが、冒険者たちの感覚としては遅くて、鈍い。
山手線の線路上を縦に並んで渋谷へ向かった。
先頭を進むのは守備隊の兵器ゴリラ。車輪で駆動するこの機体が先陣を切る役目だ。まだ戦場でないため、背中のハッチが開けられゴイ軍曹が体を表に出し、機体をゆっくりと進めている。
続いて徒歩の怒竜剣の六名。続いてアドバイザーの四名とサポート要員三名。
計一四名が渋谷駅へと向かっている。
日はまだ暮れ始めていないが、夜までに猶予があるとは言えない。できれば日があるうちに決着を着けたいというのが全員の気持ちだ。
トリヤは線路を歩きながら東を見る。廃墟の向こうに巨大な影の海が広がる。
果てまで見渡せぬ巨大な穴、首都沈没で出来た無の空間だ。無を見続けるのは難しい。反対の西側に顔を向ける。
太陽は落ち始め、陽に夕焼け色が混ざり始めている。廃墟と化した渋谷。そのなかに鬱蒼とした森が広がっている。その森の中から建物の頭が覗いている。
代々木体育館の天井部分だけが森からはみ出している。
代々木公園は首都沈没時には避難所として使われていたが、今ではちょっとした森に変わってしまっている。巨大なテント村だった場所も緑に飲み込まれ、テントのカラフルなシートが木々の中に点々と見える。
冒険者といえど山手線の線路を歩くようなことはない。両サイドを廃墟に囲まれたこの線路は、唯一の人間の世界だ。危険な谷に伸びる、たった一本の細い糸の上を歩いてるような孤独な気持ちを感じながら、トリヤは歩いた。
顔を正面に向ける。
遠くに見える渋谷駅から立ち上る黒煙。
人間の狭い世界の中に飛び込んできて、領土を奪い取ろうとするモンスターを、彼は倒さなければならない。
そういう覚悟を一歩ごとに高めていった。
渋谷駅の建物が見えてきた。
渋谷駅の建物から百メートルほど離れた線路で止まり集合する。ここから先は戦地となる。先行していた偵察部隊が戻り、敵スキュミラの位置と状態を伝える。
奴は駅ビル内で人を探し出しては殺して周り、その結果エントランス広場の上三階までの床と壁をぶち破り巨大な空間を作ってしまった。そのため駅ビルは倒壊寸前であるため注意が必要とのこと。敵の位置はエントランス広場、ほぼ無傷の状態。
作戦は駅前の陸橋の位置で地上に降り、ハチ公前の入り口から駅ビルに侵入。特科小隊のゴリラの火力で一気に殲滅する。
その作戦で決定された。
強力な銃火器で一層できればそれが最良であるのは間違いない。トリヤもそこででしゃばるほど愚かではない。まして火線の中で戦いたいとも思わなかった。自分たちの栄誉を二の次にできるほどの分別もあった。
ゴイは機体に乗り込みハッチを閉めた。
怒竜剣のメンバーもそれぞれのエクゾスケイルアーマーのメモリー残量を確認した。
尾地とホリーチェも装備を互いに確認する。
ザンゾオとメイビはアドバイザーという立場をいいことに、今回もスーツ姿で現場に来ていた。それでも普段はつけないゴツめの戦闘用グローブとブーツを装着している。
渋谷駅の鉄道陸橋の高さは七~八メートルほど、アーマーを装着した冒険者たちは楽々と飛び降りれるが、自走砲台であるゴリラはどうか。
ゴリラは両腕で器用に陸橋の壁を登るとそのまま落ちるように地面に着地した。そのまま何事もなく動き出したが、中に乗っているゴイ軍曹にはかなりの落下衝撃があったと思われるが、ゴイは文句を口に出さず任務に専念した。
「軍人も大変だな」トリヤは愚痴の一つも言えない彼を、多少気の毒に思った。
渋谷駅前ハチ公広場に入った。
本来ならここは、若い冒険者達が集う場所で、冒険前のミーティングや冒険後の休息に使われている。
今そこは無人だった。早朝、ここにいた冒険者たちは駅ビル内の騒ぎを聞き、スキュミラに立ち向かい殆どが返り討ちにあった。
そこで逃げ出すような人間に冒険者は務まらない。それにその時その場には、百人以上の冒険者がいたのだ、どれほどレベルの低い者でも安心して戦闘に参加できる状況だったはずだ。
ただ、敵対したモンスターの力が桁外れだった事と情報不足が彼らの不幸だった。
「地上に現れるモンスターなんて、普通雑魚だと思いますよね」
怒竜剣の黒魔法使いホシナが隣りにいる尾地に小声で話しかける。
「たしかにね、地上に近いほどモンスターは弱い。その考えでいけば地上に上がったモンスターはもっとも弱い。釣り上げられた魚くらいに思っちゃうかもね。まさかボス敵がわざわざやってくるなんて、思わないよ普通」
人のいないハチ公前の広場は、ゴリラの発する起動音しか聞こえない。人類の生存領域から廃墟へと転がり落ちたかのように静かだ。
ゴリラを先頭に駅ビルへの侵入を開始した。