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「スキュミラについて知ってること?」
「ハイ、教えて下さい」
トリヤの素直な言葉を聞いた尾地は、周囲を見回した後、作戦本部となっているテーブルに全員を連れて行った。
テーブルに並ぶ諸々をどかして大型タブレットを置き、撮影されたスキュミラの画像を出す。
「人と体と蛇が合体した、スキュミラの最大の特徴はその太く長い蛇の部分です。最大直径三メートルのシッポが一〇〇メートル近く伸びています」
画像が変わる、蛇のシッポが画面を覆い尽くしている。
「我々冒険者にとって最も厄介になるのは、このシッポの太さと長さ。奴のシッポがただあるだけで高さ三メートルの壁ができるわけです」
「それを飛び越えて本体に向かうってこと。苦労するから覚悟してね」
同じくスキュミラ戦闘経験者のザンゾオがアドバイザーとしての仕事を果たす。
「スキュミラがとぐろを巻くだけで、人間にとっては巨大な迷路が出来上がる。これを何回も飛び越えて本体に迫らなければいけません」
尾地が説明を続ける。若き冒険者たちは熱心に聞いている。ここは年配者の経験知に学ぶ場面だと理解している。
「このシッポの壁を乗り越えたとしても、本体の人間部分への攻撃も難しい?」
真剣な生徒となったトリヤが尾地に尋ねる。
「そうです、本体が寝ているなんてことはなく、立ち上がっています。その結果、奴の頭部は五メートル上の高さにあります」
尾地の説明にザンゾオが付け足す。
「奴の弱点は人間部分に集中している。シッポをいくら切っても倒せないから。無駄撃ちしないように」
魔法使い女子に目配せも忘れない。
いつのまにかゴイも後ろに並び話を聞いていた。彼にとっても貴重な情報だった。
「はっきり言って長期戦になればやつが勝つ。アイツは歩く万里の長城だ。いくらでも防壁が作れる。それを突破して上半身を攻撃しなければいけない。したがって攻撃する機会は少なくなるから、可能な限り人間部分の急所を狙って短期決戦を挑まないといけません」
尾地は伝えられるだけの情報は伝えた。あとは彼らの実力次第だ。
トリヤは顎をつまみながら黙っている。彼の脳内は今の情報を元に戦いのイメージを作り出している。しばらく黙った後で。
「わかりました、参考にします」
と尾地たちに頭を下げた。仲間たちもそれに習った。
ゴイは何も言わずにその場を去っていた。
待機の時間は続き、すでに昼の三時を過ぎていた。みな一様に苛立ち、うろついたり装備の確認を何度も繰り返していた。
怒竜剣の白魔法使いミツマは空中を漂うシャボン玉を見つけた。
それは線路の真ん中に置いた折りたたみ椅子に座った少女の元から流れてきた。
何個も何個も。
その少女のそばに寄った彼女は
「シャボン玉?持ってきたの?」
と尋ねた。大人に連れてこられた少女が退屈と寂しさからシャボン玉で遊んでいると思ったからだ。
少女…ホリーチェはシャボン玉を作り出す道具を口に加えても、手にも持ってもいなかった。
話しかけてきたミツマを無言で眺めたまま、
手に持った小瓶を見せる。それはミツマもよく知るメモリーの容器で、中にメモリーの黄色い光も見えた。
ホリーチェはその手に持った小瓶の口を親指で押さえた。
ちらりとミツマの目を見てから、小瓶の口から親指を放す。
くぱ
という音と共にシャボン玉が一つ飛び出し漂って去っていく。
ミツマはそれを眺めていて、理解が追いつかなかった。
「白魔法使いこそがもっともメモリーの真髄に近づいている。あなたもそう感じたことはない?」
少女はまるで絵本の中の悪い魔女のように尋ねてきた。ミツマが白魔法使いであることも知っているようだ。
もう一度小さな親指で瓶を蓋し、放す。
シャボン玉がまた生まれて漂う。
また蓋し放す、シャボン玉をいくつも生み出す。
「自分の記憶だけでシャボン玉を作ってるの?…なにも参考にせずに…そんな事って」
ミツマのその声は怯えていた。彼女が知る白魔法とはまったく違う行為を、この少女は事も無げに行っている。メモリーはなにかを再生するものだ。物を触ってそれを再生して増やす。傷口そばの細胞に触って、細胞を再生して傷口を塞ぐ。それがメモリーの力であるのに…
「メモリーには最初からその力があるが、人間の認識能力がそこまで届かないんだ」
ホリーチェはミツマから顔をそらし、蓋した親指をしばらく見つめた後、離した。
黒いシャボン玉が生まれたが、それは飛び立つことなく地面に落下し、パリッとひびが入り割れた。
ホリーチェは飽きたかのように椅子から立ち上がると、尾地のもとに駆けて行ってしまった。
ミツマは卵の殻よりも遥かに薄いその破片を拾い上げる。その黒い破片の光沢は見た覚えがあった。
あのゴリラという兵器の装甲と、そっくりな素材で作られたシャボン玉の薄く硬い破片だった。
ミツマは、白昼に幽霊をみたかのような恐怖を背筋に感じた。




