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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十二話 渋谷駅 「渋谷駅崩壊 おじさんたち死闘する」
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挿絵(By みてみん)


 尾地とホリーチェは政府が用意した臨時列車に乗って原宿駅に降り立った。


 すでにザンゾオとメイビも到着しており、メイビはただ目線だけで尾地に挨拶をした。それ以上のことは、口を開くのも面倒といった感じだった。


 時刻は正午。すでに人払いが済んでいるため、原宿駅には少数の作戦関係者以外はいない。若い冒険者が集うこの駅も、普段とは全く違う無人の姿を晒していた。駅ホームから南側を見た二人は、遠く渋谷駅から立ち上る黒煙を確認した。


 地上へのモンスターの侵入。


 彼らも現在の異常な事態を、その光景からようやく実感した。


 駅そばの使われていない線路上に設置された作戦司令部に進むと、異様なものが目に入った。


 鋼鉄のゴリラ。


 黒光りする高さ3メートルほどのゴリラ。


 その周辺に守備隊の人間が集まって整備している様から、それが守備隊の新兵器であることがわかった。


 その兵器の前に列を作って見物している怒龍剣のメンバーの姿を見つけた。


 「なんなんです、あの黒いゴリラは」


 いきなりフランクに話しかけてきた中年に驚きながらもメンバーの一人が答えた。


 「守備隊の対モンスター用新兵器って言ってましたけど…」


 「守備隊の連中、旧自の恨みを晴らすために、こんなもの作ってたのかよ」


 リーダーのトリヤ。自分たちの勝利を奪おうとする兵器に警戒心を隠せない。


 黒光りするゴリラが動き出す。


 右旋回、左旋回、伏せ、立ち


 意外なほど機敏な動き。


 そのボディーは金属ではなく耐弾性能が高い複合素材で見た目よりも軽量なようだ。


 腕の先端に車輪が付いており、腕を伸ばすと上体は伏せの姿勢になり、腕をたたむと上体が起き上がる。


 その体の肩の部分に巨大な機関銃が乗っている。人間では撃てないような大口径、戦闘機につけるような機関銃が二丁、肩に収まっている。このゴリラは、ロボット兵器というよりも、移動する銃座という感じの兵器のようだ


 「あのゴリラでモンスターを蜂の巣にするってわけだ。大したもんだな」


 尾地が感想を述べるとトリヤが


 「機関銃でモンスターが倒せるんなら、旧自は全滅しなかったよ!」


 と反発する。たしかに旧自衛隊が崩壊したのはモンスターとの過酷な戦闘の末のことである。


 「しかし、あの銃で狙われたら、我々もたちどころに木っ端微塵だぞ」


 ホリーチェがそう言うと、突然現れた小さな美少女に一同が驚いた。


 稼働テストが終わったのか、停止したゴリラの背中が開き、ゴイ軍曹が姿を表した。兵器内は蒸し暑いらしく、汗で服が濡れていた。


 彼は外の空気で体を冷やしながら、冒険者たち一行に向かって自慢気に歩いてきた。


 「これが、我が特科小隊の対モンスター実験兵器GORILA、通称ゴリラだ」


 「そのままかい」全員が無言で突っ込んだ。


 「諸君らには申し訳ないが、アレでモンスターを打ち倒す。地下は君たちの領分だが、地上は我々の世界だ。市民を守るのは我々守備隊の仕事だ」


 ゴイ軍曹は、その言葉の中に自身のプライドを織り交ぜていた。彼の究極の目的は市民生活を守る、絶対の守護者だ。


 「難民イジメの守備隊がモンスター相手にどれだけ通用するか見てやるよ」


 トリヤが喧嘩腰で答える。そういいながらも自分たちの獲物が奪われる様が頭に浮かび、不安を拭えない。


 「難民からも、モンスターからも、君たち市民を守ってあげるよ」


 ゴイは侮辱的な言葉を受けながし、上から目線を崩さなかった。




 これが冒険者の仕事だったら、パッと行ってパッと戦えば済む話だが、様々な役所が絡む案件になったため、その行動は鈍重にならざるを得なかった。


 地上駅でのモンスター討伐はどの役所が管理すべきか、事件にもっとも近い位置にいた


冒険者ギルドは、自分たちがもっとも懇意にしている都市再生局に最初の一報を知らせた。再生局のサクラ局長はこれを「都市インフラの重大アクシデント」と位置づけることで主導権を獲ることに成功したが、都市防衛を生業とする守備隊が抗議してきたため、彼らの要求も受け入れて特科小隊の参戦も許可した。


 サクラ局長は守備隊参加で崩れた主導権のバランスを取り戻すため、守備隊と犬猿の中である警察氏族の保安局からザンゾオを呼び出して参加させた。


 さらに彼女の信頼する手駒である尾地も予備戦力として召還して加え、作戦の主導権バランスを取り戻した。


 そのような上空の政治的やり取りのことなど知らずに、若者や中年と少女たちは、作戦開始までの空き時間を待ち続けなければいけなかった。




 前線基地となった原宿駅に、新宿からのピストン輸送で白魔道士と治療設備が運ばれてくる。


 これは渋谷駅奪還後に、モンスター「スキュミラ」にやられた人たちを治すための治療部隊だ。


 原宿以北から白魔道士がかき集められている。駅外周に白いテントが張られ、医療村が作られている。監視映像で確認されただけでも二〇〇名近い死傷者がいる。これだけの数の白魔道士がいても、復活魔法の順番待ちは避けられない。


 すでに渋谷への偵察部隊は出されて、情報収集は始まっている。この部隊は守備隊から出されていた。線路上に直置きされたテーブルの上に渋谷駅の見取り図が敷かれ、上がってきた情報を守備隊と再生局の職員が書き込み整理している。




 そこから離れた線路の隅に怒竜剣リーダーのトリヤがたたずんでいた。


 うつむき線路の砂利を足でいじくっている。落ち込んでいるようなリーダーを心配してか、パーティーメンバーの女黒魔法使い、ホシナが話しかけてきた。


 「なんかショゲてない?」


 「…しょげてる」


 ため息をつき、素直に認める。メンバーに気持ちを隠すことはしない。


 「午前中は超上がったんだけどなー…。ゴメン、俺たち何もせずに帰るかもしれない」


 「あー、守備隊のゴリラ?あんなの反則だよね。たしかに私ら出番ないかもしれないね」


 「もう明日のニュースの見出しまで見えてたのになー、怒竜剣世界を救う!って」


 「世界を救うは言い過ぎ。せいぜい立川。まあ落ち込む気持ちはわかるけどさー…」


 そういうとホシナはリーダーの両頬に両手を当てて、その顔を上に向かせる。


 「私らはこの仕事を引き受けたんだから、やるべき事はやろうよ。出番はないかもしれないけど、後詰めの部隊として戦いに備える。


その準備を怠らないことが、私達の誇りなんじゃないの?リーダー」


 と喝を入れた。


 彼女の言葉と両頬から伝わる熱さからトリヤの目に生気が戻ってくる。


 「そうだな、仕事だもんな。出番なくても戦いに備えなくちゃな」


 トリヤはそう言って、両頬に当てられた彼女の両手を、感謝を込めて握った。




 特科小隊の新兵器ゴリラも、準備を終え、出撃の時をを静かに待ち続けている。


 その操縦士であるゴイ軍曹も渋谷駅構内の情報や数少ない敵の情報に何度も目に通していた。


 そんな彼が待機中のゴリラのそばに一人の少女がいるのを見つけた。


 その少女はまるで野生から都会に連れてこられたゴリラを慰めるかのように、その腕を撫でていた。


 「キミ、一般人がそれに触ってはいけないよ」


 注意しながら側によるゴイ。触っている少女はアドバイザーが連れてきた子供だった。


 「う、」


 その足が途中で止まる。撫でている美しい少女の顔が、慈しみに富む優しい顔という想像と違い、ニヘラニヘラとしたよだれを垂らさんばかりの笑顔だったからだ。


 「これは凄い肌触り…この装甲板、セラミックかなにかなのか?軽くて強靭で…初めて見たぞこんな素材」


 少女は何度も撫でながらその肌触りだけで素材を言い当てようとしているのか。


 「ああ、セラミックとケブラーの新種の複合装甲だそうだ。カリフォルニアで研究開発された物を我々が製造し複製した」


 ここに来て初めてゴリラを褒めてくれる人物が現れた。せっかくの秘密兵器を持ってきたのに、冒険者たちはひたすら敵視し、一言も褒めてくれなかった事が気になっていたのだ。そんな時に美しい少女が彼の兵器に興味を持ってくれた。思わず自慢げに話してしまうゴイであった。


 「それは…複製も大変だったろうな」


 少女はゴリラの全身を撫で回しながら質問する。見た感じはゴリラと戯れる美しい少女だが、少女の目はギラついている。


 「熟練工でもなかなかこれはメモリー複製できない。何度も失敗してようやく完成したんだ」


 「文明の都、カリフォルニア産の装甲…。行ってみたいものだな、カリフォルニア」


 じっくりと手のひらに装甲を味あわせながら少女が呟いた。その横顔に、海外になど行くことは叶わないという諦めの色が見えたためゴイは


 「いつか行けるよ。何年かかるかわからないが、君が大人になるころには行ける世の中にしてみせる」


 と言った。それは彼の素直な気持ちであり、人生の目標でもあった。


 「そうだな、願っていればいつか行けるかもな…」


 少女は名残惜しそうに装甲から手のひらを剥がすと、一礼してその場から去っていった。


 「そうだ、俺は守ってみせる。あの子も、みんなも」


 ゴイにはその美しい少女が、彼の願望を承認するために現れた天使のように見えた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ゼネバス帝国の秘密兵器、アイアンコング……!!
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