4
「全部とまっとるやん」
ニイが偽大阪弁で嘆く。
「やっぱり昼から呑気に冒険にいこうとしたからバチが当たったんだな」
スイホウも掲示板を見上げながら言う。
「バチってどの神様のバチなんですか。ダンジョンの神ってたぶん邪神ですけど」
シンウも見上げている。
新宿駅エントランスの吹き抜けの天井から吊り下げられた電光掲示板には山手線の運行状況と山の手ダンジョンの営業状況が表示されているのだが、
全てが赤い。
往復しているはずの山手線は全線停止。
全ての駅のダンジョン入り口は封鎖。
それを見る大量の冒険者たちは全員、干上がった海で跳ねる魚の気持ちになっていた。
「帰って寝るかー」
リーダーのホリーチェが今後の方針と願望を口にした。
新宿駅エントランスには仕事のために出てきた冒険者たちで混雑していた。
彼らを運ぶための山手線は動かず。彼らを迎え入れるはずのダンジョンの出入り口は塞がれている。
自然、行き場をなくした冒険者たちが新宿駅構内に溜まっていく。
情報統制されているためか、渋谷駅での惨状はまだ伝わってきていない。
時間は午前十一時。人混みを避けて壁際に退避したホリーチェ一行は今後の方針を検討していた。
仕事を諦め帰るにしても、唯一通じている中央線は同じ考えの冒険者たちで満員スシ詰め状態。武装した連中と満員電車に詰められるのは避けたいのでしばらく時間を潰さなければならない。彼女たちは昼食のメニュー検討に入っていた。
そんな時、ホリーチェの携帯が鳴った。
「あ、…尾地だ」
シンウの方に意味ありげに目配せしたホリーチェ。ちょっとムっとするシンウ。
「はいはーい。世来ですけど」
ホリーチェ・世来は楽しげに電話に出るが、その声はすぐにシリアスなものに変わった。
「…渋谷で…なるほど、そういうことか。で?」
周辺の騒音がうるさいため、みながホリーチェの携帯の音を聞こうと顔を寄せ合う。
「はあ、ふ~~ん。今?新宿……そう足止め中。…二十分後、三階の会議室?いいけど、みんな連れてくよ?OK、わかった」
ホリーチェは電話を切った。みなが興味深げにホリーチェの顔を見る。
「臨時政府から…というか尾地からの仕事の依頼みたい、私に」
新宿駅駅ビル内の一角は臨時政府の所有となっている。その会議室の中でホリーチェたち一行が待っていると、尾地が現れた。いつも以上にヨレヨレの姿だ。
「いやー電車が混んじゃって遅れちゃって、スミマセン」
ホリーチェたち一行に挨拶する。シンウと目を合わすとお互いに照れあって会話がない。
「で、お話したとおり、渋谷駅を破壊、占拠しているモンスターの討伐が行われます。それにアドバイザーとして参加することになりまして」
電話でホリーチェに伝えられた概要は、すでにメンバーにも伝えられていた。
「で、うちのホリーチェをどうして呼び出したんだ?」
ホリーチェを守るように後ろから覆いかぶさっているスイホウが尋ねた。
「それはですねぇ、ホリーチェさんくらいの白魔法使いのバックアップがあると助かるからというか…」
尾地がそう答えると
「私にそういう現場を見せたいってことなんだろ」
ホリーチェが電話を受けてから導き出していた答えを言った。
尾地は笑みを隠した満足げな顔で
「そういうことですね。敵も強大、迎え撃つパーティーも業界トップクラス。さらに社会的に重要な一戦になります。見ておいて損はないと思います。もちろん、ホリーチェさんの実力が今回の戦闘でたいへん役に立つというのが前提ですが」
正直に答えた。
パーティー一同がリーダーの顔を見る。彼女たちが信頼する少女の顔を。
スイホウがホリーチェの背中を押して前に出す。
「行ってらっしゃい」
みな同じ気持ちのようだ。
それを確認したホリーチェは
「よかろう、同行しよう」
尾地に承諾を伝えた。
それを聞いて尾地は
「ホリーチェさんの事は私が守りますから、無事にお帰しすることを約束します。戦闘ですから傷一つ付けずにってわけにはいきませんが…」
そう言ったが、ホリーチェは
「私に、ではなく別の人物にこそ、お前はなにか言うべきじゃないのか?」
そう言われて尾地は向きを変え、シンウに向かって
「そういうことになりまして、ホリーチェさんをお借りします。それと…明後日のことなんですが、この仕事を無事終わらせて、なんとかうまくいくように善処します」
シンウとの飲み会は、明後日の予定だった。
「はい、うちのリーダーは凄い人ですから、絶対尾地さんを守ってくれますよ」
シンウの一言でパーティー一同に笑顔が戻る。
「明後日、楽しみにしてますから。無事に戻ってきてくださいね」
そう付け加えられ、尾地も姿勢を正して答えるしかなかった
「ハイ」