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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十一話 立川駅 「若者たち、ジムで戦闘訓練をする、おじさんは健康診断です」
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9 【第11話 完】



 寿司屋を出たホリーチェは上機嫌だった。軽やかに夜道をスキップする彼女は妖精めいて見えた。しかしその後ろに連れて歩く男との会話の内容は、軽い内容ではなかった。


 「つまり、この都市は現状維持のみを目的としている。かつてあった世界の、かつてあった最低限の文化的生活の夢を見続けるための装置だ」


 空中で綺麗に横回転して着地したホリーチェは、橋の欄干に背中を預け、遅れてくる尾地を待った。


 「衣食住は満ち足りているが、未来への投資など一切行っていない。全てはメモリーの埋蔵量次第。そしてその終わりがいつなのか、誰も知らない。当然だ、ダンジョンの底にまでまだ誰も到達していないのだから」


 追いついた尾地の足が、その言葉で止まった。


 「…ホリーチェさんは、いつくらいで終わりが来ると思いますか…?」


 「三〇から四〇年」


 ホリーチェはためらいなく答えた。尾地はその答えを聞き、その顔に納得の表情を浮かべた。


 「といってもこれは予測というよりも予感だ。あまり根拠はないよ」


 「だとしたら、私は死ぬまで文化的生活を送れますが、ホリーチェさんたちは残念ながら人生の途上で文化的生活から放り出され、他の世界と同じく荒廃を迎えることとなる」


 「嬉しそうに言うな。そういう、自分だけは逃げおおせるから大丈夫って奴らが作ったのが、この街なんだ」


 ホリーチェは欄干の向こうの街並みを見る。首都沈没前と変わらないように見える街。


 「若者の中で才能があるものは冒険者になりメモリーを掘り出す危険な炭鉱労働者としての人生。才能がなくても訓練すれば複製は出来るようになるから、残った連中は工場で砂糖を複製し続ける人生だ」


 「泣ける話ですね」


 寿司屋を出て以降、尾地の態度は少し冷たくなっていた。彼はもうこの少女が普通の少女ではないと分かっている。そのうえで測っているのだ。彼女の考えの社会的逸脱がどこまでなのか。


 「そうだろう。中年より上の世代にとっては他人事、泣ける話さ。自分たちが生きている間の現状維持。それだけが重要なんだからな」


 トンっと欄干から離れ、尾地の正面に立つ。


 真上にある街頭の光が彼女を真上から照らし、その頭に天使の輪を輝かせる。


 「だが尾地よ、お前は中年だから、もう覚えていないだろうが」


 彼女の微笑みは、天使がたたえる悪魔の笑み。


 「若者は現状打破するために生まれてくる。現状維持を望むのなら、若者など産まないことだ」


 ホリーチェは尾地を通して、彼らの世代に対してそう告げたあとで


 「お前はちゅうねんだから、もう覚えてないだろうけどな」


 尾地に対してだけ、そう繰り返した。


 挿絵(By みてみん)




 立川駅に向かう道をニイとスイホウが腕を組みながら歩いていた。手にはウェアの入ったバッグと買い物袋を持っている。


 「あ、ホリーチェに電話してなかった。お土産かぶっちゃうかも」


 ニイは慌てて電話をかける。


 「あ、ホリーチェ?うん、今、帰るとこ。お土産…え?まだ立川いるの。なんだ、連絡してよ…。え?オジ?オジってあの尾地?


 ナニ?寿司?寿司を食った?」


 今どこにいるかを問いただしたニイは携帯をしまい


 「ホリーチェが尾地とデートしてるって…」


 震える声でスイホウに告げた。


 「ハァ?あの中年!うちらの娘になにしてくれてるの!」


 「ああ!シンウにホリーチェ!我がパーティーがあの毒男に侵されていく!」


 「急ぐぞ、ニイ!」


 「がってん!」


 二人は駆け出した。




 「ん~~~~」


 困り顔で携帯をしまうホリーチェ。


 「どうしたんですか?」


 尾地が聞くと


 「なんか怒ってる感じだった」


 「そりゃこんな時間にこんな男と一緒にいたら怒られますよ」


 「寿司がまずかったのかな~」


 「寿司のせいじゃないと思いますよ」


 ホリーチェは駅前ベンチに座って足をブラブラさせている。隣に立つ尾地は時計を見る。時間はもう八時を過ぎていた。尾地としてももう帰りたい時刻だったが、ホリーチェの保護者たちが来るまでは待っていなければいけなかった。


 保護者たちはすぐにやって来て


 「どりゃあああ!」


 尾地にキックをかましてきた。ニイの方だった。


 スイホウはホリーチェに駆け寄るとその体を抱きしめ。娘のようなリーダーを労った。


 「良かった~無事だったね~」


 スイホウがその胸の中にホリーチェを埋めさせる。


 「なにしてくれとんじゃぁ!尾地ぃ~」


 ニイのキックを受けながら尾地は


 「じゃあ、私はこのへんで」


 別れの挨拶をしようとしていた。


 「ま、ま、ま、まてい。まだ話があるから」


 スイホウは引き止めたが、ニイの蹴りは続いていた。


 


 「ちょっと尾地さ~ん、ホリーチェに手を出したら不味いでしょう。ちょっと警察よってこっか~?」


 ベンチで隣に座ったニイがからむ。


 「向こうから誘ってきたんですよ」


 「ハイ、証言不採用~やっぱ寄ってこうか、警察?」


 尾地を挟み込むように逆サイドに座るスイホウ。空想の手錠を指先でくるくる回している。彼女の懐の内にはホリーチェがいる。


 「古本屋いって寿司くっただけ、いたって健全。後ろ暗いとこなしですよ。私には」


 「寿司!寿司食ったのか」


 ニイが驚きの顔を作る。


 「寿司食べたよ。まさにオトナのデートだった!」


 ホリーチェの報告にスイホウの顔がほころぶ。


 「デートしてきたんだ~どうだった?相手はこんなんだったけど」


 スイホウは尾地を指差して尋ねた。


 「まあまあだね。女を喜ばすことを知らない男だけどね。話し相手としては面白かった」


 スイホウとニイがヒューヒューと囃し立てる。尾地はしかめっ面だ。


 「あ、尾地さん、これあげます」


 ニイは手に持っていた紙袋を尾地に手渡した。


 「さっき買ってきたケーキ。後で食べようと思ってきた奴ですけど、今までちゃんとお礼してなかったからコレで。ありがとうございました、色々と」


 急に普通の大人の対応をし始めた。


 「尾地、サンキュー」


 ホリーチェは子供のように尾地の太ももをパンパン叩く。


 「あ、ありがとう。お前がいて助かった」


 スイホウはまともに礼を言うことに照れていた。


 美女三人に囲まれ密着されてケーキを渡され、礼も言われる。なかなか悪くない状況に尾地は喜びを感じながらも、ニイがさっきの蹴りを連発していた時、手に持ったケーキの袋をぶん振り回していたことを思い出した。


 袋の口を開けて中を覗き込む。箱の中身は確認できないが惨状は想像できた。




 「あ、そうだ。シンウが連絡先知りたいって言ってたから、教えてくれる?」


 ニイが尾地に用件を伝えた。


 「え、なんで?いらんでしょ、私のアドレスなんて」


 「まあ人類の殆どはいらないと思うだろうけど、あの子は欲しいんだって。飲み会の約束したって言ってたよ」


 「あ~‥良くないでしょ、やっぱり」


 「なにが?」


 スイホウの膝上のホリーチェが尋ねる。


 「私みたいな歳の男と、前途ある若い女性が、二人っきりで飲み会だなんて」


 「この際、尾地さんの気持ちには興味がないので、あの子の気持ちだけを重視していますので」


 ニイが冷たいことを言う。


 「あの子にとっては一時の気の迷いでも、飛び出してみる事が大切なんです。あの子、奥手なんでこんな事は珍しいです。相手が奇妙な形の生き物って所が心配ですが…。それでまあ結果的に、男性に幻滅する可能性が高いですが、そういう敗北の体験も必要だと思うんです。今後の彼女の人生のためにも」


 ニイの説明に不服顔の尾地。


 「酷い言われようですが、成功する可能性というのは考えていないのですか?」


 ニイは心底不思議な顔で、


 スイホウは空いた口が塞がらないままで、


 ホリーチェはつまらない芸をする犬を見る表情で、


 尾地の顔を見たので


 「すいません。身の程を知らない発言をいたしました」


 丁寧に詫びた。




 「尾地のアドレスげっとー!」


 ホリーチェが自分の携帯を掲げて跳ねる。


 「あ、そうだ。一緒に写真撮ってシンウに送ってやろう」


 スイホウが提案し、ニイが乗った。


 ベンチに座る尾地の両サイドから詰め寄り顔を近づける。尾地は撮影だから笑顔を作るべきかを悩んだ。


 スイホウが腕を伸ばして携帯を掲げて三人の顔が写る位置を探る。


 「よーし、撮るぞ~、三、二、イチ…」


 ニイと目配せしたスイホウは、シャッターが降りる寸前に、尾地の頬にキスをする。


 逆サイドからニイもキスをし。尾地をキスのサンドイッチにする。


 突然の事に顔がひょうたん型に歪んだ尾地の顔が携帯に撮影された。


 「ちょっと!」


 両頬を抑えながら尾地が抗議するが、まったく関さずに


 「…送信っと」


 スイホウは携帯を操作して画像をシンウに送った。


 その後でスイホウは、尾地に撮った写真を見せた。両サイドから美女にキスされて飛び上がっているバカが写っていて気落ちした。




 しばらくしてシンウから折返しの電話があった。勢いよく電話に出たスイホウであったが、携帯から聞こえるシンウの低い声と二言三言、言葉をかわすと


「あ…ハイ…あの、調子乗ってました


 すみません…あ、はい、偶然です。偶然会って。ハイ、違います。たまたまですので…あ、ハイ…変わります」


 と、へこんだ声で


 「シンウさんです」


 と尾地に携帯を両手で差し出した。


 その携帯から発する電波の強さに後ずさるが、意を決して受け取り耳に当てる


 「あ…お電話変わりましたー、尾地です。‥ハイ…あのたまたま出会いまして、


 ハイ…いえ、違います。ハイ」


 事態を知らないホリーチェにニイが耳打ちする。


 「はぁ?シンウとデートだぁ?このロリコンが!」


 先程まで中年男性とデートしたとうそぶいていた少女とは思えない罵声を浴びせた。尾地はそれに関わらず


 「ハイ、もちろんです。いかせていただきます。もちろん、嬉しいです。こちらこそ


ハイ…ハイ…来週土曜ですね。時刻は決まり次第こちらから連絡いたしますので、大丈夫です。あ、どこに行くかはまだチョット……」


 そう言うと周囲を見渡し、ホリーチェの姿を見つけた。ひらめいた彼は電話に戻り


 「お寿司…なんていかがでしょうか?


 なかなかいい感じの店を知ってますので…」


 と伝えた。それを聞いたホリーチェが


 「うわ、こいつ私が教えた店を即デートに使う気だ!」


 「か…甲斐性なし!」


 「いい歳してなんと甲斐性のない男じゃ」


 ニイとスイホウも同じ意見で騒ぎ立てた。


 シーっと指を口に当てる尾地。携帯に聞こえるから口をふさげと。


 「あ、ハイ。もちろん私も楽しみにしております。


 はい、それでは、来週…失礼いたします」


 仕事先への電話を切るように、ヘコヘコとお辞儀をしながら電話を切る尾地。


 切った携帯をみて大きくため息をついた。


 スイホウに携帯を返し、


 「来週の土曜に決まりました…」


 手術日が決定した患者のように言った。


 「ハハハ行って来い!そして死んでこい!」


 自分で油を注いで尾地に大やけどをさせたスイホウが、なぜか大笑いしている。


 「なんなんですか、あなた達。心配じゃないんですかシンウさんの事が?」


 「もちろん心配ですよ。尾地さん信用してないし」


 ニイが辛辣なことを言ったので尾地は驚く。


 「え?信用なかったの?わたし?」


 「あったりまえ!仕事は信用してるよ。ダンジョンの中では信頼に足るオトナの男だと思っている」


 スイホウが答え。


 「でもダンジョンの外、普通の尾地さんはまったく知らない人です。その男ぶりも人間性もわかりません…。だからシンウと会ってみてください。そうすれば互いが分かって、仕事だけの関係か、男と女の関係か、どちらかに進めますから」


 ニイが繋げた。


 「…いまさら、仕事だけの関係ってのもつまらないですね」


 尾地は頭をかく。いささか、このパーティーと深く繋がりすぎた。ただ人生で通り過ぎる人たちと切り捨てるのが難しくなっていた。


 「でも…何も起きませんよ。歳が離れすぎた女の子とデートしたって」


 尾地がぼやくと


 「したじゃん、年の離れた女の子とのデート」


 ホリーチェが意地悪い笑顔で言った。


 「私と今日デートした。お前は否定できないぞ。最初に宣言したからな。私は今日色々あった。面白いことも、失敗したなってことも。そして私はお前を知って、お前も私を知った。


 お前は今日、なにもなかった日か?」


 そう言われて尾地も、今日一日の疲労の原因と心の揺れ動きの激しさを思い出した。


 「…なにもなかったとは、とても言えませんね…」


 「ほーらな。やってみろ尾地、中年はすぐに自分が何でもかんでもやってきたような気になる。お前はまだまだ、なんにもやってないんだよ。ホリャッ!」


 ホリーチェは尾地のお腹に拳を当てる。それは軽く、みぞおちに当たったわけでもないの、尾地の体の深くに刺さった。


 


 気を取り直した尾地は、メガネを指で押し上げながら、


 「それでは来週見せてあげましょうか。私が本気になった時の凄さと言うものを」


 と三人に強く宣言した。


 ニイは冷蔵庫の中に腐った物があるのを発見した時の顔で、


 スイホウはダンジョンの中でしか見せない殺意のこもった目で、


 ホリーチェはつまらない芸を繰り返す犬を見る表情で、


 尾地を見つめた。


 「只今の発言を撤回してお詫びいたします」


 尾地は深く頭を下げた。



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[良い点] 年寄り達には選択肢が無くて文化再興に尽くす、若者達には選択肢こそあるが範囲が狭く再興する文化も若者達が望んだものではない。 再興後、年寄りが死に職人に若者が職を失い年寄りになった後、この世…
[一言] >「だが尾地よ、お前は中年だから、もう覚えていないだろうが」  彼女の微笑みは、天使がたたえる悪魔の笑み。  「若者は現状打破するために生まれてくる。現状維持を望むのなら、若者など産まな…
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