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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十一話 立川駅 「若者たち、ジムで戦闘訓練をする、おじさんは健康診断です」
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 立川駅から少し離れたところにある古本屋に尾地とホリーチェの姿があった。


 ビルのテナント1階を占めるその店舗には、首都沈没以前の書籍が棚いっぱいに詰め込まれていた。


 「まさかの古本屋デートとは。意外と文系なんですね、ホリーチェさんは」


 その棚から一冊取り出してペラペラとめくりながら尾地が言った。


 「ちょうど帰りに寄ろうと思っていたからな。沈没前の世界を知る中年男性をもてなすにはいい所だろ。いいんだぞ、知識をひけらかして女の子に自慢しても」


 実際、この古書店の沈没前の書籍に関して言えば、臨時首都一であろう。奥まで続く本棚に詰まった古書がそれを証明している。


 「人を化石みたいに…まあ、あなたからしたら私なんて、沈没前から生息している化石魚みたいなもんですけどね」


 「悲観すること無いぞ、今の人口構成ではその化石が多数派だ。二〇代以下なんて人口全体の二割を切っている有様だ。今は化石魚の天下だぞ」


 ホリーチェは棚から抜き出した本をパラパラ見ては元に戻す。


 尾地は写真集らしき物を抜き出して眺めている。それを見たホリーチェが


 「写真集?エロイの?」


 「建物に興奮する趣味はありません。昔の東京の写真集です」


 「今じゃ沈没して地下ダンジョンになってる、かつてのメトロポリス。私達が知っている東京は、怪物がうろつく危険な職場でしかない。でも、お前は違うんだろ?」


 「懐かしくは感じますが…もう三〇年近く前の事ですからね。記憶も朧ですよ。遠くに立ち並ぶビルの姿、電車から見る街並み。僕は学生時代、八王子に住んでましたんでね。東京どっぷりってわけじゃないんですが…」


 眺めていた写真集を棚に戻して続ける。


 「私もたまに来るんですよ、古本屋に。そして昔の東京の写真集を買うんです。消えそうな記憶を補強するためにね」


 「その本はいらないのか?」


 「持ってる本でした。だいたい手に入るものは全て手に入れてますから」


 ドヤ顔して尾地は言った。その写真集コレクションは自慢であるようだ。


 「ほほう、それはぜひ見てみたいものだな、お前のその蔵書とやらを」


 ホリーチェは興味ある~という顔をするが


 「残念ながら、我が家は来客お断り、女人禁制、お子様立ち入るべからずの三禁ハウスですので。ホリーチェさんは三重の規定に引っかかっていますので訪問はできません」


 「そんなだからモテないんだぞ、尾地」


 「モテないことに関しては、遠い昔に諦めきりましたので問題ありません。ところでホリーチェさん、欲しい本があるなら一緒に探しましょう。一応、形式的にはデートということですから」


 「自宅へ連れ込む道を自分から塞いでおいてデートとは、呆れた男だな。まず最終目的をしっかり設定してから作戦を立てろよ。この場合で言う最終目的とは、とうぜん、この私の操だ!」


 ダン!と音がなるほど自分の胸を叩くホリーチェ。


 「最終目標はあなたを無事に家に送り返すことです。それは最初に会った時も、今回も変わらないですよ」


 尾地はホリーチェの背中を軽く押しながら店の奥に入っていった。




 昔の漫画雑誌コーナーの前でホリーチェは動かなくなった。何冊もパラパラとめくっては手早く内容チェックしていく。


 やはり子供か…侮り、意地の悪い尾地の目。


 「尾地はさぁ、漫画とか読む人?」


 「そりゃ読みましたよ、昔はね。今の漫画は知りませんけど」


 「昔の漫画ってさぁ、色々あるよね」


 ホリーチェは国内各地の崩壊した本屋から回収されこの店舗に運ばれてきた、色が薄くなった漫画雑誌の粗末な紙のページをめくりながら尋ねてくる。


 尾地は自分の若かった頃、それは首都沈没前の、文化が華やかかりし頃の記憶を手繰った。


 「ええ、まあ色々ありましたね。いろんななジャンルが」


 「尾地はさぁ、中年だから知らないと思うんだけど、今、マンガなんて殆どないんだよね、みんな冒険者の配信見てる」


 漫画を必死に見ている子供の姿は、なにか哀愁を感じさせるものがあった。


 「今の若い子がどんな文化なのか、さすがに知りませんが、漫画がゼロってこともないんじゃないですか?」


 「うん、あるにはあるんだけどね。それは冒険者が主役なんだ。そんな漫画ばっかがネットで配信されてる」


 「冒険者の漫画ですか…私の世代からしたらフィクションが現実になって、それがまたフィクションに戻ったみたいな物に感じますね」


 「尾地の生きてた頃って、こういうの普通?」


 ホリーチェが持っていた漫画雑誌の一ページを尾地に見せてきた。


 「生きてた頃って…今はなんなんですか。ん?漫画投稿のページですか。投稿者募集のことですか?普通ですね。どの雑誌にも載ってましたよ。みんなこれに投稿して、漫画家になったんですよ」


 「そっか」


 本を元に戻すホリーチェ、先程の立ち読みしていた子供感とは違う、大人が納得した感のある声だった。




 古書店を出ると、外はすでに暗くなり始めていた。結局本は買わず、迷惑な客のままで店を出る事となった。駅から離れた古書店の前の通りは人通りがなく寂しかった。ホリーチェは尾地の前を歩きながら、


 「尾地よ、私達には選択肢がなかった」


 と言った。


 「え?いつの?どこの?」


 突然のことに尾地が聞き返す。


 「全てのだ。お前は中年だから知らないだろうが、私達、この街に住む若者には選択肢はなかった」


 尾地は意味がわからないので黙って聞いた。背中越しでホリーチェは続ける。


 「さっきお前が答えたように、昔の若者には選択肢があった。ミュージシャン?スポーツ選手?漫画家?全て目の前にあった。なれるかどうかはともかく、それはあった。そうだな?」


 「まあ、ありましたね。私みたいな男の前にもありましたよ。全部逃しましたが」


 「だが尾地よ、お前は中年だから知るまい。今の若者にそれはない。全ての道が塞がれている。漫画家もミュージシャンもアイドルも。全て社会的にシャットアウトされている。まずその存在が社会的に認められていない」


 尾地もそう言われてみれば納得するところがあった。いないのだ。この社会にそんな職業の人間は。彼自身、発掘されたCDで昔の音楽を聞いている。最新の楽曲などここ数十年聞いていない。漫画も、過去に読んだという思い出だけで、積極的に探すこともなかった。社会的余裕がないから、とまだ若い頃は思っていたが、いつしかそれらが存在しない社会というのに慣れてしまっていた。


 「今の若者の前に、それらの選択肢は提示されたこと一度もはない。私の人生の中でも、そんなことは一度もなかった。私の見てきたすべての情報の中にもなかった。文化の中から消されている。あるのは過去のライブラリーと、冒険者という巨大なコンテンツだけだ」


 「それは単に、社会的に余裕がないからでは。今はダメでも将来は復活するのかも」


 尾地は若者文化に疎かった。知る必要もないと思って無視していた。そのため知らなかったのだ、その文化の絶滅的な状況を。


 「私は目についた物は手当たりしだいに読む性格でね。若者向け、と言われている情報はあらかた目を通している。そして過去の文化に関してもそれなりに調べてきた。まあ生き字引であるシーラカンスの生の情報には敵わないけどね」


 背中越しに振り返り、尾地をちらりと見るホリーチェ。滅相もない、という態度で肩をすくめる尾地。


 「結果、比較するまでもない。過去の若者文化にはあらゆる可能性、選択肢が提示されていたが、現在の若者に与えられている情報には三つの未来しか提示されていない。


 つまり、


 社会を維持するための、政府組織の人間。


 社会を維持するための、複製工場労働者、


 そして、社会を維持するための、冒険者


 その三つの未来像しかないのだよ。


 尾地、お前は中年だから、知らないだろうが」


 「社会維持のための…、たったそれだけですか?」


 「そう、残念ながらその三択だ。私は見事にその一つに落ちたわけだ」


 ホリーチェはくるりと振り返り尾地を見る。語る言葉とはかけ離れた、愛らしい少女の顔。


しかし夜の闇が少女の顔を隠していく。


 「尾地よ、この社会はメモリーを使って作られた幻みたいな社会なんだ。そして私達はその幻を維持するためだけの歯車にすぎない」


 そう言って尾地をじっと見つめる。すでに薄暗くなっている中で、ホリーチェの瞳だけが輝いて、尾地の目を覗き込んでいる。


 「お前は知らないだろうが」その言葉が彼女の瞳の中にも浮かんでいる。


 なにか、大人として返さなくては、若者の社会に対する信頼を回復させねば、と思っていた尾地に


 「お腹すいた」


 ホリーチェが急に子供のように呟いた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 東京以外、或いは他の国はどんな状況なんだろう。
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