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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十一話 立川駅 「若者たち、ジムで戦闘訓練をする、おじさんは健康診断です」
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3 ~ 挿絵追加


挿絵(By みてみん)


 「大変残念です、尾地さん。これはもう現代医療でも、現代白魔術でも、私の才能でもどうにもなりません…本当に申し訳ありません」


 辛く悲しいホリーチェの宣告が続いた。彼女の残念という気持ちはかけらも伝わってこなかった。なぜなら尾地の頭部の薄くなった部分を携帯で撮影しながら言っているからだ。


 「残念だわー。私がもっと天才だったら、なんとかできたかもしれないのに~、ほんとにざんねんだわ~~」


 「うっさいな~、とっとと他の患者を診に行ってくださいよ」


 「あいにく、一番危篤なのが尾地さんなんですよ~。これはやばい、頭皮が!見えちゃって!危険過ぎる~!」


 子供のようにはしゃぐナース姿のホリーチェ。実際に子供なので本気で仕事を忘れてはしゃいでいるのかもしれない。義務的にやらされていた看護師仕事に飽き飽きしていたようだ。




 「あの、届かないのでかがんでください」


 尾地の顔の前に背を伸ばしたホリーチェの手が揺れている。


 身長測定をしたいらしいのだが、尾地の頭の上まで手が届かない。仕方ないので測定台の上にしゃがみ込む尾地。ゆっくりと下げられた測定バーがしゃがんだ尾地の頭部に当てられる。尾地の眼前に揺れるホリーチェのナース服。


 「は~い、百センチです、低いですね~」


 しゃがんだままで身長を計られた尾地が下からホリーチェを睨む。


 ホリーチェは悪い顔で見下ろす。


 ズズズっと尾地の背が伸び、ホリーチェの目上に到達する。立ち上がったのだ。


 「一七五センチですね~修正シマ~す」


 目盛りを見てホリーチェは診断書に書き込んだ。




 「なあ、この電極、乳首に付けたら怒る?」


 心電図検査のために上半身裸で寝ている尾地の横に立ち、検査用の電極を両手に持ったホリーチェが真剣に尋ねてきた。


 「真面目に仕事しろ」


 患者の抵抗により、仕方なく真面目に仕事をするホリーチェ。胸と両手両足に検査用の電極を付け、心電図を取る。


 そのあいだ暇なのか、ベッド横にしゃがんで観察している。


 尾地の乳首を。


 「あの、まじめに乳首見るの、やめてもらえます?」


 「中年男性の乳首を観察する機会なんて、麗しい美少女にはなかなか無いことなんだから、我慢しろ」


 「見たくないでしょう普通、そんなもの」


 「見たい見たくないじゃない、観察だ。これもまた重要な知見というやつだ。今まで役に立たなかったお前の乳首が、今はじめて世界の役に立ってるんだから…ねぇ、これって勃ってるの?」


 「電極が冷たかったからですよ。ああ、もう見るな!」




 立川冒険者訓練場の射撃訓練施設にジンクが入ってきた。彼の姉の姿を探してブースを巡ってくる。弓を扱うのは女性が多いため、どのブースもスポーツウェアの薄着な女子ばかりで目移りを起こし、なかなか前に進まなかった。


 「あ、ねーちゃん…」


 ようやく発見した姉、シンウに声をかけようとした時、一緒にいた女性を見て声が止まる。


 「あ、ジンク。どしたの?」


 「おー、ジンク君、久しぶりだな」


 姉と一緒にいた人物、セイカの姿を見て止まってしまった。


 「お嬢様冒険者」というキャラ立ちのための普段の姿でも充分に女としての魅力をバラ撒いているセイカだが、今の汗まみれのシンプルなスポーツウェア姿はあまりに刺激的すぎて、ギリギリ十代であるジンクには、近寄っただけでなにかの体のスイッチが入りそうで、「世間体の危機」が発生しそうな予感があった。


 「あ、あの、セイカさんも、ども…」


 少し離れた位置でそう答えるのがやっとだった。彼にしても前回の戦闘でセイカとは共闘した仲であるし、一晩のキャンプで距離が近づいたはず。さらにいえば姉のシンウの幼馴染で、彼自身も彼女とは幼少時から知っている女性でもある。


 女だらけのパーティーにいて、女性に慣れたはずのジンクであったが、未だに自分のパーティー外の女性に会うとあがってしまう。身内の女との壁は削れていくのに反して外の壁がどんどん高くなっていく。


 しかも相手は、一流どころの女。


 「どーしたの、ジンクくん。もっと来なよ」


 首を取られ、体を引き寄せられるジンク。女性の腕が脇が胸が、三点で体をホールドしてきた。練習疲れのせいか、セイカはやけにハイテンションで、その体は汗まみれだ。


 「あんなガキだった男の子が、今じゃ冒険者だもんね~、偉いよジンクくん」


 女性の匂いと触感と感触と声音の過剰な情報にめまいがしてきた。


 「う、ウス!セイカさんも、こんなんなって凄いです」


 「ありがと。君もこんなにかっこよくなるんだったら、もっと親しくしておくべきだったかな~」


 目も合わせられないジンクをからかうようにセイカが言う。


 「お、俺もあの頃にセイカさんに告っとけば良かったです!そうすればワンチャンあったかも」


 「アハハ、ありがと、でもゴメンネ、私、今も昔もシンウ狙いだからネ!」


 その告白になぜか真っ赤になって固まるジンクと頭を抱えるシンウ。


 固まった弟を危険な女から引き剥がしたシンウは弟に訪ねてきた要件を聞いた。


 ようやく平静を取り戻した弟は、用事を思い出した。


 「スイホウさんがルーティンやるから、ねーちゃん呼んでこいって」




 「じゃ、今日はほんとにありがとね」


 シンウが一日師匠をやってくれたセイカにお礼を言う。


 「ううん、付き合ってくれてありがとね、シンウ。私が教えられる事ってコレぐらいだし」


 セクハラ三昧した割に殊勝な言葉を言うセイカ。シンウの心に踏み込みたいという攻めの気持ちと、嫌われたくないという守りの気持ちの葛藤が、この女にもあった。同じパーティーにいない二人。こういう機会が常にあるわけではない。命を預け合う関係には、一生なれないかもしれないという不安もあった。


 「何言ってるの、凄いこといっぱい教えてくれたじゃん」


 セイカの両手をとって褒め称えるシンウ。その顔を間近で見ただけでセイカの顔に明るい光と、燃えるような頬の赤さが加わった。


 「あ、うん。もっと教えます。いっぱい」


 出てくる言葉もおかしくなっていた。


 シンウはセイカの肩にかかったタオルの端をもって、彼女の頬を伝わる汗を拭いてあげた。


 セイカに背を向け、自分の荷物を片付け始めたシンウは、思い出したかのように質問した。


 「そういえばさ~~~~、セイカはさ~~~、あのおじさんの連絡先知ってないかな~~」


 なにかを誤魔化しているかのような質問。


 「おじさんって、あの尾地さん?オジのこと?」


 「そ~~~だね~~。尾地って人?その人の連絡先~~」


 さすがに怪しむセイカ。


 「なんであの尾地の連絡先が必要なの?」


 「ほら~~一緒に飲み会するって~、言ってたし~」


 「その件に関しては中止になったでしょ、本人も言ってたし」


 セイカからしたら、シンウとの関係修復がなった今、いまさらあの中年男性と飲みに行く必要もなかった。第一、最後の飲み会を欠席したのはあの男の方だ。


 「まあ~~そうなんだけど~~、やっぱし知っておきたいかな~って」


 背中を向けたシンウが返答を返す。


 「シンウ…まさか…」


 シンウにより顔をこちらに向けさせる。


 シンウの目は泳ぎ、こちらを見れない。


 「あなた、あの中年と連絡取りたいって言うの?」


 詰め寄った。


 「あ、の~~あの人と一緒に飲み会するって約束を~」


 「迫られたの?」


 怒声。


 「いえ、こちらからお願いして…」


 シンウは消え入りそうな声で答えた。


 今度はセイカが頭を抱えた。


 「なんであんな中年と…」


 セイカは思い出す、あの男を。


 ただ一人血まみれで立ち上がり、敵に向かっていった男を。守れなかったことをすまないと詫びた男を。


 セイカは少しだけ赤くなった頬をシンウに見えないように隠してそれを冷ました。


 「あのね…シンウ、あんな中年と二人っきりで飲み会なんてね、趣味がわる…」


 セイカは見る。下を向き暗い顔をしたシンウの表情を。誰に言っても止められることを、自分はしたいと思ってしまっている恥ずかしさ、間違っているのかいないのか分からない、混濁した精神状態。青春時代に訪れるただの幻の感情なのかもしれないということも、判っているという表情だ。


 セイカは大きくため息をつくしかなかった。


 「私も知りません。残念ながら」


 そう事実だけを言うしかなかった。




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