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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十話 目白駅 「おじさん、大量の若者たちと共闘する」
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 赤黒い男がセイカとシンウの前に立って、ぼんやりと二人を見下ろしている。


 「撃てるか?」


 モンスターの返り血と自分の出血で赤黒に全身が染まっている尾地。額も割れ、血が流れ出ている。


 彼は感情のこもってない声でセイカの弓を見て聞いていた。それ対してセイカは、


 「足が」


 セイカの足の負傷具合を一瞥して


 「支えろ」


 尾地はシンウに命じた。


 「はい!」


 セイカは驚いた顔で彼女の隣りにいるシンウの横顔を見た。あまりに信頼のこもった返事だったからだ。


 尾地は振り返るとそばに落ちていた誰のものかも分からない汚れたショートソードを手に取り、自分の手斧も握り、最後の一匹となったジャークトパスに向かって歩いていった。


 思い出したように止まって、セイカたちに目線だけを送ると、


 「俺がいたのに、すまなかった」


 と詫びた。




 セイカとシンウは立ち上がり、巨大な弓に矢をつがえた。セイカの右足の代わりはシンウが務める。


 尾地は斧と剣の二刀流を構え、敵の正面に立った。


 「俺があいつの口を開けるから、そこに最強のを撃ってくれ。簡単な話さ」


 尾地は敵を見ながら作戦を説明した。たしかに話は簡単だが、どう敵の口を開けるのかは検討もつかない。


 セイカは彼女を後ろから支えてくれているシンウの方を見て、目だけで不安を伝えたが


 「大丈夫、尾地さんを信じて」


 シンウは微動だにしていなかった。


 セイカもそれに従おうと、力を込めて弓を引き始めた。彼女の利かなくなった右足の代わりをシンウがしてくれた。




 弓でメモリーを使って運動エネルギーを倍加させるのは簡単だと思われている。たしかに矢を引いた状態をキープしたまま、その状態を何度も再生し続ければいい。それだけで矢は高速で飛び出す。しかし、重い弓を引き絞りながら、その運動エネルギーを一方向一直線にイメージをキープすることの難しさは、剣や斧の場合と比べて楽ということは決してない。剣が一瞬の運動の二回再生であるのなら、弓は同じ姿勢同じイメージを十秒間維持し続ける必要がある。もしも動きに乱れが生じたら、放たれた矢は回転し弓を破壊し射手の顔面を切り刻むことになる。


 だが、今のセイカに迷いはなかった。彼女を支えていてくれるのはシンウだ、彼女が最も求めていた人生の支えが今、ここにあるのだから。彼女のぬくもりと力強さを背中に感じながら


 「私に迷いはない!」


 彼女はそう叫ばずにはいられなかった。




 尾地は無言で最後のジャークトパスに近づき、加速を開始した。走り込み、敵の眼前でジャンプし、


 そのまま触手の中心、敵の口中に飛び込んで姿を消した。


 「オジーーーーー!」


 セイカの心に迷いが爆発した。


 モゴモゴと頬張るジャークトパス。エサの咀嚼に忙しいようで、空中に止まっている。


 動揺したセイカの手をそっとシンウの手が包んだ。


 「大丈夫、尾地さんを信じて」


 彼女の熱が、彼女の体の膨らみから伝わってきて、それがセイカを落ち着かせた。




 ジャークトパス内部。触手の中央の根本部分、ガチガチと鳴る刃の吸引口、モンスターの口の寸前に尾地は止まっていた。


 持っていた手斧を口の前に突き刺し、それをストッパーにして飲み込まれないようにしていた。触手の根本は嚥下しようと蠢き、エサを喉に送り込もうと動き続けているが、尾地はそれに抵抗し続ける。


 十本の触手が集まる根本、そこは円形の犬小屋くらいの広さ。人一人がかがんでいられるギリギリのスペースだ。常に触手の天上と床が飲み込もうと蠢き、凶悪な歯のついた壁が来客の体を削り続けている。


 すでに尾地の脇腹はその歯にやられて傷だらけだった。


 尾地はそこに体を固定し、持っていた最後の武器、ショートソードを天井の触手に突き立てる。ぶすりと差し込み、ぐっと押し込む。切っ先がようやく触手を貫いて外に出たが、それで終いだ。それ以上どうすることも出来ない。


 尾地は不自由な姿勢のまま本腰を入れる。


 突き刺さった剣を握り、力を込める。ほんの少しだけ剣が進んだが、その傷はすぐに再生されふさがった。


 もう一度力を込めて切る。結果は同じだった。


 触手がグネグネと動き、歯にはさまったカスである尾地を飲み込もうと、うねり続ける。


 尾地は洗濯機に飲み込まれたネズミのような状態だ。


 そんな状態、騒音と熱とぬめりと嚥下の死地において、尾地の冷静さは異常だった。しずかに、彼の周りから音も振動も消えていく。自分の体さえも。


 彼が脳内でイメージしているのは、剣に与えた運動エネルギー。回転するように与えたほんの僅かな曲線運動を、脳内で何度も何度も、何度も、何度も、イメージを繰り返す。


 わずかに、一度だけ回転できた剣の動きを、繋げて、繋げて、つなげて、三六〇回繰り返す。


 動いた刃が円になるようにイメージした。


 そしてイメージが完成し、尾地にはそれしか見えなくなった。再び力を込める。それが三六〇倍になる。


 


 ジャークトパスの触手の根本から小さく吹き出すものがあった。


 小さな水鉄砲が発射したかのような液体。


 その吹き出しが、線となってジャークトパスの身体の上を走った。


 触手の根本に円を描くように血が吹き出したのだ。


 ズルリ


 十本が同時にずれる。


 ボロリ


 そしてそれは止まることなく落下していった。十本の触手は本体に別れを告げ、地面に落ちていく。


 その落下する触手の影の中に、同時に落下している尾地の姿もあった。


 ジャークトパスの弱点の口がむき出しになり、守るものは、もう何もなかった。




 最大に溜めていた矢がそこを狙っていた。


 セイカとシンウはこの時を信じて待っていたのだ。狙いは完璧にあっていた。


 放たれた矢は、弓の生み出す加速を越え、音の速度を超え飛び出した。地面を衝撃波が打った。


 矢はジャークトパスの歯を全て吹き飛ばし、それもろとも体内に飛び込んだ、壺内部に嵐が起こった。内部組織は破壊し尽くされ、発揮されたエネルギーにより内部は瞬時に膨張し、その圧力に耐えきれず、壺は破裂した。


 最後のジャークトパスは爆裂四散して果てた。




 ヘタれこんだシンウとセイカの前に、また血まみれの尾地が歩み寄ってきた。触手と一緒に落下して、その束からようやく抜け出してきた。


 「あーー、おつかれさまでした」


 気安い。彼の顔はすっかり派遣冒険者の物に戻っていた。


 その気安さに安心感を覚えた二人だったが、尾地の腕を見て驚いた。


 右腕の肘から下が二回転以上回ってねじれている。手首なんてねじれて取れそうな状態でプラプラ揺れていた。


 「あーこれ?無理な姿勢で回転運動加えたらこうなっちゃった」


 尾地はかがんだ体勢から剣だけに一回転分の回転エネルギーを与えて触手全ての同時切断を試みたのだ。その結果、その運動エネルギーを支えていた手首は回転につきあわされて、この結果になった。


 歩くたびにブラブラと揺れていた。




 セイカはようやく、自分たちの状況を落ち着いて見られるようになった。


 ジャークトパス三体討伐、だがほとんどのメンバーが動けない状態だ。


 まだそれを喜べる状態ではなかったが。


 生きているが、それも祝えない。


 勝利も、今言うことじゃない。


 辛かった、それもまだこぼせる時じゃない。


 何もかもがこみ上げてきたセイカ。


 セイカはシンウの胸に抱きつき、うめいて、いろんな言葉を飲み込んだ。シンウもそれを察してか、彼女の頭をなでた後、それを優しく包み込んだ。


 尾地はそんな二人を見た後、ぶらぶらの手首のまま、負傷者の掘り出しを開始した。




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