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「ですから、セイカさんのパーティーでもギリギリだと考えてください。みなさんの数値的なレベルでは倒せるとという計算になりますが、あなたは一日中同じ強さですか?といいたいわけです。朝起きた時、昼ごはんを食べている時、夜寝る前、全て同じ強さでいられますか?そうではない、そうでしょ?」
地下世界の巨大駐車場。朝焼けの空気の中、尾地が喋り続けている。
この場でモンスターのポップ待ちを開始して、もう四日目の朝になっている。
夜の見張り番を担当しているセンシンセイカのリーダー、セイカの隣で、眠そうな尾地が眠気を覚ますためか延々と話している。彼自身、すでに疲労がたまり頭がぼやけているせいか、話の内容がどんどん踏み込んだものになっている。半目の彼はそれに気づかずに話し続ける。
「ジャークトパス一体と一パーティーが互角です。それはどちらかの死が均等な状態だという意味です。モンスターにとっては一回の死ですが、パーティーにとっては全滅が同じ確率であるということです。六人同時の死亡です。これに対して冒険者側は白魔法というマジックで対抗しています。全滅手前で無傷の状態に戻せるということです」
「我々がジャークトパスと対等だということは判った、じゃあシンウたちはどうなるんだ?」
セイカも眠気覚ましのために会話に付き合っている。
「シンウさんとこはもっと厳しいです。人数が少ないですからね。ただホリーチェさんがずば抜けていて、さらにスイホウさんも使い手ですしメンバーもまとまっていますので、こちらも…ギリギリですね」
尾地はニヘラと笑う。
セイカは周囲を見渡す、空もないのに朝焼け色に変わっている地下世界、影色の地面の上にぽつりぽつりと見張り番が立っている。両チーム合わせて、八人ほどが四方に散らばりモンスターの出現を待っている。他のメンバーはそれぞれの陣で交代で休息をしている。
「とにかく、若い皆さんは数値に関心を持ちすぎるということです。自分と敵の力量を測るのに、相手ではなく端末の画面を見る。それではいつまでたっても、フワァア」
尾地は大きく欠伸をした。そろそろ交代の時間だ。
「シンウたちが獲物を獲ったら…、もしも彼女が危なくなったら…」
セイカは心配を口にした。
「大丈夫ですよ、ホリーチェさんはやばくなったらすぐ撤退するし、救援を乞うのに躊躇をする方ではありません」
それを聞いてセイカも安心する。
「そうだな、そしたらすぐに手を貸してやろう!でもその場合どうなるんだ?討伐結果は?」
「最初っから共闘してたってことにすればいいんですよ。レイドですよレイド。戦術的共闘契約。レイドで倒しましたって報告して両パーティーの手柄にするんですよ。人数割で栄誉は減りますが、パーティー戦歴に記すには問題になりません。そういう例はいくらでもあります」
「しかしそれは…様にならないな」
「命がかかった状態じゃ、そんな理想、吹っ飛びますよ」
「冷たいな」
「冷たいもんなんですよ、基本的に」
セイカと尾地は陣に戻り始める、見張りの交代の時間だ。
「しかしこれは、もう出ないかもしれないな、もしかしたら前回で絶滅したんじゃ?」
歩きながらセイカが聞く。
「モンスターに絶滅があったら、とっくに人類が勝利してすよ。まあ、ここのは狩り尽くした、ということもなくはないでしょうが…。モンスターに関する知識なんて、その程度もないのが実情ですから」
「どっちが倒すのでもいいから、早く帰ってシンウと食事がしたい…な~んて」
キリカが冗談を言ってみたが、隣に尾地はいなかった。すぐ後ろで止まっていた。顔に浮かんでいた眠気は消え失せ、獣のように流れる空気を嗅ぎ、匂いを探している。
「オジ…?」
突然の豹変にキリカが戸惑う。
鼻を動かし、異変の元を探している。周囲をギョロギョロと見た後に、
「セイカさん!合図を!」
「え?」
「合図、早く!」
気迫に押されてセイカは胸にかかったホイッスルを吹く。
「ピー!ピー!ピー!」
三回鳴らした、準備しろの合図だ。陣から仲間が駆け出し、見張り番をしていたメンバーが立ち上がって周囲を見始めた。
そしてそれは敵方のメンバーにも伝わった。ホリーチェの陣も動き出し。何事かと周囲を見る。
「あそこだ!」
最初に発見したのは、やはり尾地だった。
尾地たちがいる中心から北西に四〇メートルのあたりに、黒い空間の歪みが現れた。
このエリアに居る冒険者たち、全一三名の目線がその一点に集まった。
「近い!」
セイカが叫ぶ。その出現地点の一番近くにいたのは、セイカのパーティーの戦士だった。彼は一直線にその歪みに向かって走っている。ホリーチェ側はシンウが走っているようだが、距離が離れている。
ついに出現した。黒い巨体、全長一五メートル級。空に浮かぶ蛸壺。空飛ぶツボから下に伸びる一〇本の恐るべき触手。
出現したてのモンスターに恐れなく飛び込んだ剣士は一撃を与えた。
「ピシュイイイイイ!」
出現とともに攻撃をくらい、怒りの声を上げるジャークトパス。
「獲った!やった!やった!」
隣でセイカが大喜びだ。
一撃を加えた剣士が笛を鳴らす。
「ピーーピッピッピッピー!」
祭りの音だ。獲物をとった一番槍の悦びの音が響く。
セイカは背負っていた弓を高々と掲げた。
「獲物は、我がセイシンセイカのものだ!全員集結せよ、ヤツを、我が弓の前にもってこい!我が一撃でヤツを倒す!」
リーダーの宣言にメンバーも雄叫びを上げる。占有権は獲った、ここからが本当の勝負だ。
「アハッやったやった!」
セイカは、他のメンバーには見せられない乙女な悦びの姿を尾地には見せてしまう。
しかし、尾地はそんな彼女に目もくれていない。
「どうしたの、オジ?」
不安を感じたセイカ、その時、笛が響いた。
ハッとしてセイカは笛の発生源を見る。中央から東側、距離は三〇メートル。
もう一体のジャークトパスが出現した。
その一体に対しては、ホリーチェ側の戦士ジンクが一撃を浴びせた。彼の目の前に現れたからだ。
「わ、すごい凄い!二体同時出現!やったね。これでシンウも大丈夫だ!」
無邪気に喜ぶセイカ。ホリーチェ側はその敵に集結しつつある。二体目の敵は中央からの距離は二〇メートルほどに移動している。お互いの戦域がやや近いか。
セイカ側のジャークトパスは前衛メンバーが誘導し、戦いやすい中央、陣のそばまで来ていた。
「ちょっと近い感じだけど、大丈夫か。私達、超ラッキーだね。四日も待ってて大正解!二体同時出現だよ!」
シンウの獲物を取るような状況にならなかったのが嬉しいようで、セイカは大漁に大喜びだが、尾地は…
「幸運…?、そうラッキー過ぎる…」
と、今でも獣のような顔で周囲を警戒している。
「ラッキーでしょ?喜びなさいよ」
というセイカの言葉に
「ラッキーなんてないんですよ、ココには」
尾地は冷たく返した。
二体の獲物を二つのパーティーが包囲しようとしていた時、
「ピーーーー!」
笛が響いた。その音はシグナルではなく、笛の音をした悲鳴のようだった。
全員が異常な音に驚きそちらを見る。中央からみて、南。全員の後方だ。そこにいたセイカ側の白魔道士の女の子が笛を吹いたようだ。
中央から南に、距離一五メートル地点の空間が歪みだしている。
そこから現れるのは、長く太く、歯と吸盤がならぶ触手が一本。粘液を垂らしながらうねうねと空間の縁をまたいで現れる。それが次々と続き一〇本が揃うと、ついに本体がこの世界に現れた。
三体目だ。
ジャークトパスが広げた十本の触手は空の半分を掴んでいる。
奴が雄叫びを上げると、他の二体も同じように雄叫びを上げる。愚かな獲物を取り囲んだ喜びの声だ。
「ジャークトパス、三体同時出現…」
尾地にとっても、この事態は初めてのことだった。