1 【第10話 開始】
大力セイカの声はよく響く。
「オジ!それはこちらに置きなさい。その予備のタンクはいつでも出せるように前に…もう少し…もっと前に!」
「ハハっ」
尾地は女性の命令のままに装備を運ぶ。
待機するための食料。予備の武器、何十本もある矢、メモリータンク。
立てた大型テントの前にどんどんと荷物を並べる。彼女はその美意識が命じるままに、それを前に出したり後ろに戻したりを命じ、尾地はその指示に迅速に従う。
尾地はその作業をしながら、美人に命じられて作業をする喜びというものを感じ始めていた。
「まさかこの歳にして新しい悦びに目覚めるのかもしれないとは」
というような冗談を考えながら、今日も派遣の仕事をしていた。
宣伝映像
ダンジョン内の名所と呼ばれる場所に凛々しく立つ大力セイカ。的確なライティングで映し出される彼女の美貌。特注の戦闘スーツのテカリ具合も計算された見事な撮影技術。彼女の体の美しいラインを強調するスーツの反射。
彼女の活躍する姿。わざわざ撮影スタッフを引き連れて行ったであろう戦闘場面。引き絞られた体が飛び、跳ね、舞う。その艶姿の上に今までの華麗な戦績が合成で表示される。
髪を大きくかきあげ、キメ顔をするセイカで映像は終わる。
今話題の「お嬢様冒険者」大力セイカと彼女が率いるパーティーのプロモーション映像だ。
現在の冒険者において、実力も必要だが、時には自己プロデュース力が実力を凌駕することもある。
そして彼女は、実力とプロデュース力の両方を兼ね備えた貴重な人種であった。
パーティーのリーダーであるセイカが次々と指示を出し、派遣の尾地以外のパーティーメンバーもモンスター討伐の準備をしている。
場所はダンジョン奥深く、半日の行程の末にたどり着いた大きく開けた地下空洞。しかし地下空洞といいつつ、そこはかつての東京の街の記憶から生まれた特殊なエリア。
巨大な駐車場。
元々巨大な駐車場だった場所が首都沈没で沈み、ダンジョンと化したのだ。先が霞むほどの広さと天井の高さ。駐車場だが本来ならありえない大きなうねりがあり、コンクリートで出来た平原のようだ。駐車のための車の枠線が平原の果てまで引かれている。所々に潰れた車が点在している。その車には灰が被さり、砂漠化した駐車場のようだ。
空間は曇り空の下のような明るさがあり、ライトなしでも端まで見渡すことができた。
セイカのパーティー「戦神清華」は本日、ジャークトパス討伐のため、ここに陣を張っている。
定期的にポップする強敵を討ち取り、さらに名を上げるためだ。
「ジャークトパスのポップ間隔は五〇日前後で確定しています。前回のタイミングから今日で四九日。近日の討伐報告はありません」
セイカのパーティーメンバーの女性が報告を上げる。メガネで可愛らしい女性だが、セイカの過剰な美人さの横に立つと全てが霞む。
ゴージャスな金髪を惜しげもなく広げた髪型。体のラインが際だつスーツを、撫でるように包み込むピンクのアーマー。美人であることは言うまでもないが、その容姿よりもまず圧の強さに男たちはたじろぐ。
しかし尾地が気になるのは背中に背負った巨大な弓だ。人の背丈程もありそうな弓。まさに剛弓というべき存在感。
この美しい女性がこの不釣り合いまでに巨大な弓を撃つ姿を、尾地は見てみたいと思っていた。
セイカはエリアの中心に陣を作り、メンバー全員を四方に散らしてモンスターの突然のポップに備えている。
普通ならば、ポップしてからゆうゆうと戦えばいいのだが、そうもいかない事情があった。
「あいつら、結局あそこに居座るつもりなのか…」
セイカが忌々しそうに見る。その視線の先、駐車場の片隅に六人ほどの別のパーティーがいて、そのパーティーもジャークトパスを狙って陣を作っているのだ。
一匹のポップモンスターを巡る二つのパーティーの争奪戦。
それが起きようとしている。
尾地は遠くにあるその小さな陣を見て、嫌な気配を感じていた。