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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第九話 鶯谷駅 「おじさん、ダンジョン奥のラブホにいき、何事もなく帰る」
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1 【第九話 開始】

挿絵(By みてみん)


 「お!おじさぁ~ん」


 背後から女性の陽気な声をかけらた。


 尾地は彼の数少ない若い女性の知り合いの声で検索をかけてみたが、該当が見つからない。しかたなく振り返ってみて、該当者が出てこなかった理由がわかった。


 「キリカさんじゃないですか、お久しぶりです」


 尾地の予備校勇者科のクラスメイト、


 久間キリカだった。


 「まじで久しぶりだよね~。よかったーまだちゃんと生きてたんだね~」


 さらりと酷いことを言うが悪意は全く感じさせない。染めたカラフルな髪がふわふわと揺れる。ピンクのストライプの入った彼女のアーマーは戦闘に不要な飾りが大量についているし、服装も冒険者というよりも学生時代のままだ。いわゆるギャルと呼ばれるスタイル。胸元や太ももの露出も予備校時代と変わらず安心する…訳はなく尾地を多少不安にさせた。


 「若い子はファッションで装備を選ぶから恐ろしい…」


 実用一点張りの男である尾地は、心のなかでそう思ったが、わざわざ口に出して指摘する気はなかった。


 


 新ダンジョン口開設によるゴールドラッシュが続く上野駅。普段は各駅に散っている冒険者達が集まっているので、こういう出会いもあるか、と尾地は思った。まさか予備校時代の同級生に会うとは。


 同級生と言っても、親子ほどに歳は離れているが。


 「おじさん、ガッコウでも浮いてたしね~、卒業した後ちゃんと冒険者できてるか心配シたんだよ~」


 嘘ではあるまい。彼女は予備校時代の尾地に声をけてくれた数少ない人物の一人だ。裏表なく、尾地の浮きっぷりを笑ったが、それは意地の悪さからではなく実際の状況を笑うことで、尾地のことを同級生と認めてくれたからだ。


 そんな彼女が尾地のことを心配していたと言っている。ならばそれがたった一度であっても、尾地のことを一度は本当に心配してくれたのだろう。尾地の知るキリカはそういう「いい子」だった。


 「ええ、なんとかやってますよ。キリカさんも上手くやってますか?」


 「もちろん!もうガンガンダンジョン潜ってるし」


 「予備校でも言ってましたね。絶対冒険者で稼いでビッグになるって」


 「うち貧乏だかんねー。私が頑張らないと。おじさんもどうなの?死にそうになってない」


 先日、銃撃されて死にそうになり、上野駅到達前で死にそうになったり、殺人集団と戦ったりしたが、


 「全然大丈夫ですよ。安全第一に~」


 「「ご安全に!」」


 二人で合わせて笑う。尾地がよく言うこれは予備校で習ったものなので、若い冒険者たちの標準標語と思って今まで使ってきたのだが、通用したことが一度もない。


 「おじさん、一回だけまぐれで試験一位取ったよね?ああいう奇跡ができるんだから、オジサンは大丈夫!」


 キリカが尾地を励ます。なんの裏表もなく、素直に人を褒めれる彼女を羨ましく思う尾地。


 たしかに一度だけ予備校の試験を真面目にやった結果、満点を取ってしまったのだ。それ以降は適度に手を抜いてやり過ごすようにした。生徒からおかしな目で見られるのもあったが、なにより教師からの非難の目を避けたかった。


 「あれで酷いあだ名をいただきましたからね」


 「あ~”トリプル・ダブリの尾地”ね、かっこいいじゃん!」


 「ダブリってついてるじゃないですか!」


 試験に落ちまくった結果、四〇代でも予備校生をやっている男、という不名誉なあだ名。三回ダブった程度では四〇代にはならないはずだが、それぐらいに十代の若者にとって四〇代というのは縁遠い世界なのだ。


 予備校時代のように友達の様に話せる。こういう若い知り合いは尾地にとっても珍しい。




 「キリカ~だれソレ?」


 彼女の後ろからやってきた男がいきなり話しかけてきた。


 染めた髪、冒険者では珍しい日焼けした肌。やけにゴールドのアクセサリーの多い装備。若い冒険者の男だが、その印象は


 「チャラい」


 の一言であった。


 「あ、この人、私の予備校の同級生のおじさん」


 「おじ? ハ? この歳で予備校行ってたの?マジで?」


 と言ったあとで。プッと吹いた。


 「ちょっと失礼じゃない。私の友達なんですけど」


 キリカが抗議すると、


 「ゴメンネ、悪気ないから」


 と男は尾地の肩をポンポンと叩いた。


 「いえ、大丈夫ですよー」


 と尾地は愛想笑いですませたが、それすらも男には面白かったようだ。肩を震わせている。


 「あのキリカさん、こちらの方は?」


 自分の友人の知人と思われる男性。やけに馴れ馴れしく彼女の肩に手を回している男の素性が気になった。


 「この人は、萬谷サダユキさん。とっても有名な冒険者で、今日はなんと一緒にダンジョンに潜るんです!」


 「そ、手取り足取り教えて上げて、キリカちゃんのレベルを上げてあげようって思ってまーす」


 若い男女はキャッキャとふざけあっている。今、下品な冗談のようなことを言っていたが、それはどの程度本気なのかは、中年である尾地には分からなかった。


 「じゃあ、俺、他の連中読んでくるから、待っててネ」


 そう言って、サダユキは人混みに消えていった。その時のキリカを見る、獲物を逃さない猟師のような目に尾地は不安を覚えた。


 「キリカさん、個人的な男女間の話しに首を突っ込む気はありませんが…あの人とはいつ頃からのお付き合いですか?」


 「え?今日だよ。ネットで知り合って、なんか有名な人みたいだから。そしたら向こうから私と一緒にダンジョンに行きたいって」


 人付き合いが良いからって、会って一日でアレかよ!と叫びたくなった尾地だが、彼女とはただの友人という関係性であるために、突っ込むのは避けた。


 「キリカさん、一応年上として、多少なりとも世間を知っている者としての責務として、あなたの同窓生として、一言だけ…お気をつけくださいね。特によく知らない男性に付いていくということには」


 回りくどくしか言えない尾地だった。


 「大丈夫だよー。そんなこと心配してたの?大丈夫だって。あの人有名人だし、一緒にダンジョン潜るだけだよ。もーおじさん、脳みそいやらしすぎー」


 「そ、そうですね。おじさん、いやらしいこと考えすぎですね。ハハハ」


 なんとか頑張って警告はした。きっと彼女ならそんな危ないことはしないだろう、そう自分を納得させようとした。


 「お待たせー」


 サダユキがパーティーメンバーを連れてきた。三人の男、三人共にコピーしたかのように、「チャラい」…


 サダユキの後ろに並ぶ三人がヒソヒソ話をしている。その話の内容がキリコの品定めであることは、読唇術を会得していない尾地にだって分かることであった。


 嫌な予感に震える尾地はサダユキに聞く


 「あ、あの今日はどちらに?」


 「あ~、上野から近いから、鶯谷あたりがいいかな~って」


 おそらく決定事項だったことを今まさに決めたかのように言うサダユキ。


 「そそ、鶯谷」「いいよね~」「近いし便利だしね~」


  後ろの男たちも好色そうな顔をして繰り返す。


 「じゃ、行ってくるね~」


 予備校卒業したての少女は男たちに連れられダンジョンの中に消えていった。


 その少女の背中に手を振りながら、尾地は自分の無力さに押し潰されていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の段落、尾地さんの素の感情が出た初めての場面だと思いました。これまでも同行者達への様々な言動がありましたが、どこかしらダンジョンという枠の中で尾地さんが演じていたものに感じていたので。…
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