3 【第八話 完】 ~挿絵追加
獲物を追う殺人鬼。
それを追う追跡者。
獲物を狙って追跡する者を追うことは簡単である。なぜなら追跡者は自分こそが追跡する者であると思い込み、背後を気にすることはないからだ。
ただし、殺人鬼は犯行を成功させるために周囲を警戒するものなので、まったくの無策で追いかけるわけにもいかない。
そのため尾地とメイビは明かりをつけず、尾地は着ているアーマーの小さな発光も全て消して追っている。一ブロック以上離れて追跡しているが、殺人鬼が追っているパーティーの明かりが見えるため、見失うことなく尾行はできる。
彼の隣にいるメイビは、アーマーは着ていない。ただの細身のスーツで、下半身はとくにピッタリとしたものだ。ただ、彼女はその下にSP用のハーネス型スーツを着ている。体に沿って走るそのハーネスだけでメモリーの倍力能力は獲得できる。防御力は一切ないが、格闘能力を数倍にする。
ダンジョン内でもスーツ、それは彼女の師匠からの教えなのだろうか。
「いつ仕掛ける?」
尾地は確認のために聞いた。
「最低一人は殺してくれないと確認が取れませんが…」
メイビは無感情に言ったのち、尾地の無言の圧に気づいたのか言い直した。
「襲ったところを後ろから襲いましょう」
二人は自然、早足になった。
「ザンゾオはなんと言っていた?」
「できれば殺せ。それが不可能なら確保しろと」
「普通は逆だろ。まず確保だ。それができなければ…それができない時だ。ケースバイケース、わかりますか? CASE BY CASE」
「わかる。郷に入りては郷に従えですね」
メイビはいたって真面目に返答しているのでフザケているわけではないようだ。
「我々には多くの選択肢があるってことですよ。殺す以外のね。わかりますか?」
「わかる。殺すにも色々ある。瞬殺、惨殺、撲殺、轢殺。それ以外にもプランがあるということですね」
追跡しながらの会話では、この子とこれ以上の意思疎通は難しいようだ。
容疑者との距離が詰まる。
そこで尾地は気づいた。容疑者の歩みが遅くなっていて、先行するパーティー、つまり犠牲者になる予定だった連中はすでに遠くに行き過ぎてる。戦闘のパーティーは曲がり角を曲がって姿が消えていた。
歩みを止めるべきか、そう迷った瞬間に容疑者が振り返った。容疑者と目があい、ギクリとなる。
さすがに尾地たちも止まらざるを得なかった。
尾行が気づかれていたのか?
尾地は自分たち以外の気配を背後に感じてキッと振り返った。尾地たちを後ろから奇襲しようと近づいていた男たちが動きを止めた。
前方に一人、後方に四人。
「これは我ながら失敗したな…狙われてたのは私達ということか。追跡者は追跡者に気づかない、思い込みは怖いってことだ」
五人の悪漢はそれぞれが獲物を見せびらかし、無言で近づいてくる。彼らの目には尾地とメイビは罠にかかった小動物にしか見えていないようだ。中年の尾地には興味はなく、ほとんどの視線はメイビの身体に注がれている。
「そのうえ、私もバカだった。殺人鬼が一人、などという考えに固執してしまうとは。私が思っていたよりも、世間には荒れた青少年というのが多いみたいだ」
五対二という数的な不利。さらに逃げ場のない直線通路で前後に挟まれている。殺人を趣味としているらしい若者たちの目には、常軌を逸した者だけがもつ光が宿っていた。
「いや、荒れてるなんてもんじゃないな。集団で相手を惨殺する、プレイヤーキラーなんて連中がほんとにいるなんてな!」
ようやく、前方に一人で立ち塞がっていた、最初の容疑者だった男が話しだした。
「お前らが張ってたのはすぐに分かった。俺たちを探っている連中を放っておいたら、やりたいこともやれなくなっちまう。
追跡者を追跡する。ついでに殺して楽しむ。一石二鳥だ」
尾地はメイビの顔を見ると、彼女もうなずく。どうやら今、流行の四字熟語のようだ。
いや、確認したのはそれだけではない。尾地もメイビもこの状況の最適解を見つけた、お互いがそれを確認するための頷きだ。
尾地はお互いが出した答えが同じだと思った。選択肢は限りなく少ないはずだから、二人は同じ選択を選んだ。そうだと信じるほかない。
状況が切迫しているので同じことを考えたと信じるしかなかった。正直言って殺人鬼の連中よりも何を考えているのかわからない人間が自分のパートナーとして隣に立っていた。
メイビがもう少し表情のある人間だったら、こんな苦労はしなくていいのに!
メイビの冥い目からはイエスもノーも読み取れなかった。
ピカッ
悪漢たちを襲う光。
カシャカシャと続くシャッター音。
メイビが無言のまま携帯で、男たちの写真を撮りまくり、なぜか最後に尾地の顔も撮った。
悪漢達はその奇っ怪な行動に完全に虚を突かれた。
その瞬間、尾地とメイビは走り出し、前方に一人で立ち、道を塞ぎそこねていた男の横をすり抜けた。
「え?」
一人で道を塞いでいた気になっていた男は両横を走り抜ける二人に反応できなかった。
後方に立って道を塞いでいた四人も、まさかこんなにあっさりと逃げられるとは思っていなかった。
「写真だけは撮らせてもらったから、またなー!」
尾地はそう言い残しメイビと共に逃げ出した。
呆気にとられた男たちは
「追え!追え!、写真は不味いぞ!」と、自分たちの危うくなった状況を察して、追跡を開始した。
「ハッハッハ。馬鹿め。真面目に戦ってられるか。即通報即逮捕だ、マヌケどもめ!」
走りながら尾地が言う。
「まさかほんとに逃走するとは思いませんでした」
同じ様に走りながらもメイビの発言はいつもどおりに一本調子で冥い。
「よく気づいてくれたメイビ。師匠の教えが良かったんだな、ハヒィ。勝てそうもない時は逃げる。あいつとは、ハァ、それで生き残ってきたんだ」
「師匠のご友人なら、五人位倒せるものと思っていましたが」
「こんな仕事で怪我したくないし、ハァハァ、余計な暴力は、、、、俺のシュミじゃなハァハァ」
六分後
「ハァハァハァ、ちょっと待って、お願い待って、死ぬ。心臓が…」
バテバテになって歩く尾地。メイビは軽いランニングについて来れない中年ランナーを見るインストラクターのような、冷たい目をして見下ろす。
「なんで、もう息が上がってるんですか?」
「ちゅ、中年に全力疾走は、ダメ。死んじゃうから」
「ここで止まったら、後ろからくる連中に殺されますよ? あ、もう来ます」
「だめ、ハァハァ、これ以上走ったら死ぬ。だったら戦った方が…マシ…」
息も絶え絶えの尾地は後ろを向いてファイティングポーズを取るが、息が上がってふらついてる。
メイビも同じく構えを取るが、横に並ぶ尾地との距離が近いことに気づく。
道幅が狭いのだ。先程は四人が並んでいても戦えるほどの広さだったのが、今逃げ込んだ道は、二人がようやく戦える狭さしかない。
「わざと?偶然?」
メイビにはわからない。
追ってきた男たちも二人が並んで迫り、残りは後ろにいて手が出せない状態になっている。
「来な、相手してやるゼェ」
カッコつける尾地だが、息が上がっている。
悪漢の一人が槍を持ち出す。狭さは関係ない、遠距離から突き殺すつもりだ。槍は展開し更に長くなった。
男が槍を、ためらいもなく尾地の心臓に突き刺す。
「フン!」
尾地の呼気。槍の穂先をギリギリで避け、その槍を脇の下で挟んで抑え込んだ。
二人の男が一本の槍の両端を持って、力比べを開始する。お互いがメモリーの力を使い、力が力を打ち消し合って。槍はその空間にたわんで静止する。槍使いの男の横から出てきた別の男が、剣を持って尾地を襲わんとする。
「しっかり持っててください」
メイビは槍を持つ二人の男にお願いしてジャンプする。彼女は静止した槍の中間に両手を置き、体操競技のあん馬の動きのように回転する。手を軸とした回転は彼女の長い足を生かしたダイナミックなもので、槍を挟んで彼女を支える二人の男はその足に、その腰に、その開脚に瞬時に魅了された。
その加速された足の一本が、剣を持った男の顎を砕き、もう一本の足が槍を持った男の側頭部を蹴り飛ばした。
綺麗に回転ながら着地したメイビ。尾地の頭部は幸いなことに無事だったが、悪漢二人は地面に倒れて動けない。
残る三人のうちの一人が、懐から拳銃を抜き出して尾地たちを狙うが、尾地は手に持った槍を一投し、その拳銃ごと相手の胸を突き倒した。メイビはもう一人を脚の連撃で軽くいなした。強化された蹴りは相手の骨を何本砕いたのか、ものすごい音とともに吹き飛んだ。
最後に残ったのは、最初に囮を努めていた男だ。へたり込み、涙目でこちらを見上げている。
「どうする?」
メイビに聞いてみた。
「師匠からは殺せと言われています」
「たしかにこんなゲス中のゲスは殺したほうがみんなのためだな」
拳を握り込み、わざとらしく指を鳴らす尾地。男は恐怖で縮み上がっている。彼らが今までしてきたこと、罪もない冒険者達を背後から遅い惨殺してきた行為を考えれば、情けをかける余地は一ミリもなかった。
「でも師匠はこうも言っていました。尾地を見て学んでこいと。ですからそうします」 メイビは一歩下がってこちらを見る。
その顔には他意がなく、本当にただ観察するつもりのようだ。
若者が自分を参考にすると言っている。
そんな時、中年が行う行動は一つである。
「自分自身の行動ではなく、自分が理想とする行動をして、若者に見せる」
そうしてみせた。
五人は警察に引き渡された。
余罪も多くかなりの重罪。生きて戻ってくることはないだろう。処刑も粛清も尾地達の仕事ではなかった。
上野駅の外、すでに日は暮れているが周辺施設の建設が活発に続いている。ここが東京駅の攻略拠点になることが決まっているからだ。
街灯の下でメイビが携帯で彼女の師匠とやらに事件終了の報告をしている。尾地は買ってきたコーヒーを両手に持って、その通話が終わるのを待った。
「ご苦労さまでした」
通話が終わった彼女に渡す。渡された彼女は、まずそのコーヒーの写真を撮った。
「師匠はなんと言ってましたか?」
雇われ仕事が長い尾地はクライアントの反応が気になった。
「よくやった、よくやった。よくやったを三回言われましたので、満足していると思います。お前にしては上出来。殺さなかったのか。五人組だったのか、等の言葉もあったので、七〇から八〇点という評価だと思われます」
この子の師匠をやるというのも大変だな、と尾地は思った。
「メイビさんはどうでしたか?今回の仕事は」
クライアントも気になるが、一緒に仕事した女性の感想も気になる。
彼女は両手で握ったコーヒーを見る。まるでこちらの話を聞かずに、手に伝わる温度を観察しているかのように。目線はコーヒーに向けたまま
「楽しかったです」
「楽しかった?ほんとに?」
尾地は思わず聞き返した。楽しかった要素、あったか?と思ったからだ。
「はい、楽しかったです。普段やらないことばかりでしたから。二日間なにもしませんでしたし、三日目は逃走し、顎を破壊し、側頭部を打ち抜きました。色々しました。それに多くの人を見ました」
箇条書きで感想を言うメイビに尾地は困惑したが、メイビの冥い顔にわずかながらの緩みがあることが見て取れた。
この数日付き合ってみて、彼女はそういう人物なのだとようやく納得できた。こういう人もいる。話しづらいが悪い人ではないのだろう。
「私も、メイビさんのことが少しわかって、面白かったですよ」
メイビはこちらを見て、心底驚いたように聞いた。
「写真も撮ってないのに?」
「撮らなくても分かることもありますよ。多少はね」
尾地は自分の持つカップの中身が空で、飲み干してしまった事に気づく。
もう終わりだな。これがこの仕事の終了時間だ。
「それでは、また機会がありましたら。お疲れさまでした。メイビさん」
尾地は別れと派遣としての社交辞令を告げて去っていった。駅に向かって歩く、振り返ることもなかった。
「写真に撮らなくても分かることがある?」
メイビはかざした携帯を尾地の後ろ姿に向けている。
それはシャッター音もなく、無音で尾地の歩く姿を連写し、その全てを記録している。
「そんなものは、私は信じない」
彼女の携帯には、無音で盗撮された尾地の姿、戦う姿が詰まっていた。
彼女はそれを見ながら、表情のない冥い顔に戻った。