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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第7.5話 ホリーチェの休日
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2 【第7.5話 完】

挿絵(By みてみん)



 お昼の日差しが浴室に注がれ、白いタイルがそれを何度も跳ね返す。優しい光が湯気と一緒にたゆたっている。


 四方からの光に照らされ、スイホウとホリーチェの体が輝く。


 椅子に座ったホリーチェの泡まみれの頭をやさしく洗うスイホウ。背中まで伸びる彼女の柔らかで豊かな髪の毛を洗うことよりも、幸福なことがこの世にあろうか。ホリーチェの頭髪に浸かっているスイホウの十本の指が、絶え間なく感動を脳に伝えてくる。


 くすぐったいのか、クスクスと笑って震えるホリーチェの背中が見える。薄く白い肌の下にある骨の動き。背骨の連なりすら美しい。


 頭の上からお湯をかけて泡を一気に流す。


 彼女にまとわりついていた人間的な汚れが全てお湯に流れ、彼女が本来持つ神秘的とも言える美しさがその体に蘇る。


 巨石から芸術品を削り出した彫刻家のような感慨をスイホウは感じた。


 「はい、体は自分で洗いなさい」


 「ええ~めんどくさい~洗ってよ~」


 ホリーチェが珍しく甘えた声を出すが、ほんとに面倒くさいので洗ってほしかったようだ。興味のあることにのめり込むと、一週間風呂に入らないこともある女だ。何度も彼女を洗っているスイホウからしたら、そんなに甘やかす義理もない。さっさと自分の体を洗って湯船に入った。ホリーチェものそのそと自分の体を洗うが、手抜きがバレて何度もスイホウに注意された。


 浴槽に体を預けるスイホウ、その彼女の股の間に座ったホリーチェも体をスイホウに預けている。真昼の入浴を味わっている二人。


 浴室の扉が開いて、全裸のニイがなにも隠さずに入ってきた。


 スイホウほど締まってはいないが、無駄な肉がなく、プロポーションも良い。三人の中でニイが一番女性らしく豊かな体をしている。


 さっとかけ湯をして湯船に入る。スイホウとホリーチェと向き合う形になる。


 広いバスタブとはいえ、成人女性二人が入るとさすが手狭になる。


 スイホウとニイの長い足同士が絡み合い、その足の上にホリーチェが浮かんでいる。 


 三人は何も言わずに一つの湯に浸かっていた。




 「フンフフ~フフー」


 ホリーチェがお風呂でいい気持ちになり鼻歌を奏でる。なんの曲でもない、ただの思いつきの息の連続だ。


 「フーーーフフーーン」


 スイホウはそれに合わせて適当に低音の音を奏でる。


 「ふ~~ふっふ~~」


 ニイも適当な上に適当を重ねてハミングする。


 三人で適当の音を重ねる。ホリーチェがパチャパチャと湯を叩き。機嫌よく頭を揺らす。


 


 適当な三重奏が終わって、三人共にまだ湯の中。


 プカプカと浮かぶホリーチェの足を引っ張り出したニイが彼女の足の裏のツボを押すマッサージを始めた。


 ホリーチェの小さな足を両手で包み、やさしく押して、もみほぐす。揺れるもう一方の足は自分の腕と胸の間に挟んで固定する。


 グイ、グイっと押し、小さな小指から親指までさすっていく。


 「いた、いたいって~~」


 ホリーチェが文句を言うが、冒険者にとって大切な足に、ニイは願うように大切にマッサージを施した。




 湯から上がって、それぞれがお互いを拭きあい、用意されていた下着と服に着替える。


 三人で食事の支度をし、ダイニングテーブルの上に皿を並べる。一品運ぶごとに体を寄せ合いイチャイチャするニイとスイホウに対して、勤勉な丁稚のように食器を運ぶホリーチェ。自分用のジュース、自分用のコップ、自分用のデザートなど、自分の物ばかりを運んでいた。


 ダイニングテーブルの背の高い椅子に座った三人が食事を開始する。


 つけっぱなしのテレビも、ラジオから流れる曲もない。建物の周囲には騒がしい隣人もなく、車の通る音もしない。静かではあったが満ち足りた空気はあった。




 食事が済み、三人一緒の片付けが終わると、ニイとスイホウはホリーチェを猫可愛がりして散々楽しんだ後、それぞれの部屋に戻っていった。今日は完全にオフの日。自分自身の楽しみと向き合う日だ。


 ホリーチェも再び読書に戻る。夕食までの数時間、短いが濃密な時間になるだろう。




 ホリーチェはベッド横の定位置に戻って読書を再開する。


 首都沈没以前の経済誌を読む。


 バブル期に出た社会学の新書を読む。


 少女漫画雑誌を斜め読みし、ベッドの上に移動する。


 寝ながら新興宗教がテーマの小説を読み。


 壁に足を掲げて公衆トイレに関する個人誌を読み。


 うつ伏せになってヤクザの抗争の歴史を読む。


 興味がありそうなものを無差別に読みふけった。


 彼女の興味は個々の題材にはなく、首都沈没以前の世界の有り様全てについてであった。


 彼女はその情報をひたすら集め、消えてしまった世界を脳内で再生しようと努力していた。しかし、それは容易なことではなかった。彼女が生まれる前に消滅した世界。想像することでしか探訪することが出来ない世界。わずか数十年前の過去であるにも関わらず、現在との断絶具合は容易なものではなく、過去の書物をひたすら読み込んでも、その匂いや影に触るのが精一杯だった。




 玄関が開き、ニイとスイホウが帰ってきた。二人共に外行きの格好で、手には買い物袋を持っていた。


 ホリーチェが窓を見ると、すでに日は暮れ始めていた。読書の時間は終わってしまったようだ。


 ニイとスイホウは二人で駅前まで買い物に行っていた。コロッケやら天ぷらやらの惣菜とたいやきなどのおやつを、ゆっくりと物色し、たんまりと買ってきた。


 再び食事の準備を始める。


 ホリーチェは忙しく、自分の食器、自分のコップ、自分のジュース、自分の箸とフォーク、自分のデザートをテーブルに並べた。


 


 食事は出来合いのオカズばかりだが豪勢に、賑やかにすすんだ。


 話題の中心は「シンウとジンクの姉弟の技量が上がってきた」という話だったが、パーティーの戦闘班長であるスイホウは厳し目で、特にジンクには厳しかった。


 それは、彼にかけている期待の大きさの表れでもあった。ジンクが成長すればこのパーティーは一段と強くなれる、というのが全員の一致した意見になった。


 食事が終わり、食器を片付けている最中から、すでにホリーチェはうつらうつらとしていた。


 趣味の読書を早朝から晩まで続けた疲れが出始めていた。


 食事の片付けが終わったニイとスイホウはホリーチェの手をとり、彼女をパジャマに着替えさせると、ベッドに寝かせた。


 もう少し、大人っぽく夜を楽しみたいと思っていたホリーチェだったが、睡魔と布団の誘惑に勝てず、その目はぼんやりとし始めていた。


 その顔を眺め、眠りにつく瞬間まで彼女をやさしく撫でていた二人は、ダイニングの電気を消し。ホリーチェの部屋から出ていった。


 「おやすみ」


 と一言だけ声をかけて。




 眠りというインターバルに入ろうとしている彼女の頭脳は、その日一日の最後の仕事を行っていた。


 今日一日で入手した情報をソートし、彼女の脳の巨大な記憶領域に格納することだ。


 集められたバラバラの情報は、圧縮される際に関連付けされラベリングされ、もっとも密度の高い形へと再構成される。


 それは光と音と重さで作られた。実感という形に変換された知識だ。


 脳内に新たに迎えられた知識が、今まで蓄積された巨大なライブラリーを刺激する。


 


 彼女の脳内にビンディングが立つ。音楽が聞こえる。喧騒と暴力、富の偏重と不均衡。人と物がネットワークで繋がり、人生がネットワークに引き釣り回される時代。夢と希望が持てはやされ使い捨てにされた、今は亡き過去の帝国の姿が彼女の脳内に再生された。


 上空を漂いながら、彼女はその再構成された過去の世界を見ている。前世代人が作り出した超巨大都市東京が彼女の脳内に浮かび上がる。


 巨大な穴の中から復活する。


 世界誕生の一瞬の煌きの後、それは小さく小さく折りたたまれ、彼女の脳の一片に格納されてしまった。


 彼女はまどろみと睡眠の狭間で、過去の世界の姿を覗き見したが、脳はその圧縮再生の仕事を良しとし、本格的にスリープ状態へ移行した。様々な機能がシャットダウンされ、ホリーチェは本物の夢の中に落ちていった。





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