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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第七話 原宿駅 「おじさん、若者たちの初めてを導く」
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6 【第七話 完】


 「先生、これくらいだと幾らになります?」


 白魔法使いのシズカが聞いてきた。彼女の手にはこれまでの戦闘の成果、メモリーが集められた瓶容器がある。透明な瓶の内部には半液体の黄色い光が彼女の動きに沿って揺れている。


 「五~六万ってところだね」


 尾地の返答に、シズカは片手に持った容器を見つめながら計算する。


 「一人、一万ちょっとかぁ…」


 負傷の痛みと敗北の死を覚悟して行った仕事が日当一万程度。自分たちがほとんど素人であることを差し引いてみても、それが正当な額であるかどうか、彼女には判断できなかった。


 ダンジョンに潜り、そろそろ五時間が経過している。途中に休憩を挟んだが、そろそろ帰ることを考える時間だ。


 しかしパーティー全員がもう一戦を望んでいた。若さゆえに気力も体力も残っている。今日このまま地上に戻っても、発散のしようもないないエネルギーだ。なにより今なら頼れる大人のサポートが有る。予備校の卒業後のサポートサービスは一回きり、この機会にもう少しだけ冒険がしたかった。


 「なにか手頃な敵を…」


 メンバー全員の焦りが歩を早め、より深くへと進んでしまう。


 尾地もザンゾオも、散歩で若い子犬のリードに引っ張られる飼い主のように、それに付き合った。




 ズシンと、大きな足音がする。


 少年少女たちが今までの人生で一度も聞いたこともないような足音。象のように大きな生き物にしか出せない足音。地上では存在しない、モンスターという異界の存在にしか出せない足音。


 彼らの目の前に、1つ目の巨人が現れた。


 「う、わ…」


 元気だったカイくんが、ため息のような言葉を吐いた。脅威のサイズが大きすぎて、彼の中の危険度を測るメーターが振り切れてしまったのだ。


 敵との距離は二〇メートル。敵は十字路を横から現れたばかりで、こちらに気付いていない。


 ユウジくんとシンジくんが端末で敵の情報を見る。センサーが取得した情報で即座に体の素性と脅威レベルが分かった。


 「サイクロプス:脅威レベル二〇…』


 相手にならない。捻り潰されるだけだ。サイクロプスの背の高さは六メートルはある。ダンジョンの天井に頭が着きそうな程だ。


 「おい、遺跡調査課、なんであんなのがこんな低層に出てくるんだ」


 尾地が遺跡を調査することが仕事である友人に、遺跡の管理責任を問うクレームを言った。


 「いつだってイレギュラーは起こるものさ。まあ今回のは、ちょっと大きすぎるけどな、それと…」


 尾地も気付いた。後ろ側、今まで来た道にももう一体、同じサイズの気配が現れたことを。


 「みんな、落ち着いて撤退を…」


 安全を最優先としたユウジくんが命令を伝えようとして、後ろを振り向いた時、彼の目にも見えた、後方にもう一体のサイクロプスが、彼らの後退を阻むように立っていることを。


 「ヒ…あぁ!」


 リーダーの恐慌はメンバーにすぐ広がった。 前後を同サイズの脅威、一体でも彼らを余裕で全滅させる敵に、前後を挟まれている。子供たちの目にも自身の明確な死が、全滅が見えてしまった。経験の浅い彼らは恐怖により動けなくなった。


 ただ、彼らの背後に立っていた大人たちはそうではなかった。


 「おいザンゾオ」


 「あ?」


 「授業は終わった」


 「で?」


 「お前をここまで案内して楽しませてきたんだから、少しは貢献しろ」


 「はぁ~~~~」


 ザンゾオ氏は心底面倒くさそうなため息をついた。


 「お前、背広を着た役人に、モンスター相手の肉体労働させる気なの?」


 ザンゾオの見せかけのやる気の無さに付き合うつもりは、尾地にはなかった。


 「お前、後ろな」


 それだけ言って前に進む尾地、ザンゾオはスーツの袖口をいじった後で振り返り、尾地と同じ速度で歩き始めた。


 「先生?」


 パーティーの横を素通りする尾地にユキさんが心配の声をかけた。


 「皆さん、今日の授業はコレで終わりです。帰り支度を開始してください」


 今日イチのニコヤカな笑顔を見せたあとで少年少女の前面に出て、巨人に立ち向かう尾地。


 こちらはややニヒルな笑顔で、後背の巨人に歩を進めるザンゾオ。前と後ろ、それぞれの方向に突き進む大人たちを、交互に見る事しかできない子どもたち。


 前と後ろ、ニ体のサイクロプスが突進を開始し始めた。それに合わせて二人の大人も走り出す。尾地は腰につけた折りたたみ式の手斧を展開し。ザンゾオは武器も持たず着の身着のままで進む。


 「先生ェ!」


 子どもたちの叫び声を背後に聞きつつ、大人たちは巨人と接触する。


 手ぶらで走るザンゾオは巨人の直前でジャンプした。その力は、彼のスーツの下に着込んだ装置により加速されている。冒険者が着込むエグゾスケイルアーマーから防御力をすべて削ぎ落とし、倍力の力だけを生み出す、全身を縛り付けるようなフレームで構成された強化服。要人護衛のSPが着用する特殊な装備が背広の下で輝く。


 一飛びで天井付近にまで飛び上がった。飛んだザンゾオに向かってサイクロプスの巨大な顔が突撃する形となった。勢いよく突撃する巨大な顔面、その顎を強烈な衝撃が襲った。


 強化されたザンゾオの右足の蹴りが顎にヒットし、サイクロプスの頭部を天井深くにまでめり込ませた。サイクロプスの突撃の勢いは全て、顔面が天井を削る力へと変換させられた。


 顎と頭部は潰され、自らの突突進力で首の骨も折れた。


 男の蹴り一撃でサイクロプスはその生命活動を停止した。蹴ったザンゾオは巨人の肩を足場にして、軽々とその背後に着地した。




 尾地は目の前に踏み込まれたサイクロプスの、巨大な樽のような足を切りつけた。アキレス腱を切り、痛みの衝撃に動きを止まったもう一本の足の腱も切った。手早く行動不能にすると、体を捻り、深く深く沈み込んだ後に、飛び上がった。


 強化されたジャンプ力により回転しながら上昇する。当然その手に持った斧は、回転する凶器と化してサイクロプスを下から上へと切り刻み続けた。サイクロプスの上半身は螺旋の傷が刻み込まれ、背丈よりも上に飛び上がった尾地の止めの一撃は、頭頂部の弱点に正確に突き刺さった。




 ほぼ同時に倒れる巨大な敵。それをあまりにも手軽な行為として行った大人たち。その姿を見て、子供たちは様々な感情に震えた。


 大人というものの怖さも感じたが、それ以上に、彼らの人生のはるか先に、極めた先にあるかもしれない自分たちの姿を見たという感動もあった。




 「ま、こういうイレギュラーはダンジョンの中に常にある。あくまでイレギュラー。そう思ってください」


 尾地は、無用な物を見せてしまったと後悔を感じていた。階段は一歩ずつ登るもの、余計なイメージは二段三段と若者を駆け上がらせてしまう。それが怪我につながるのは自明のことだ。


 「理想はつねに何事もなく、普通に戦って普通に帰ることですよ~」


 尾地は念を押したが、若者の目の輝きを消すに至らなかった。


 「あれ?もう一人のおっさんは?」


 尾地はザンゾオの事を言ったのだが、一番うしろにいたシズカさんが


 「用は済んだから帰るって、伝えといてって‥」


 彼は去ったようだ。勝手についてきて勝手に消える。尾地は自分の友人の社会性のなさにため息が出た。


 「まあ、あいつにとっちゃ、ダンジョンの低層階なんてヤクザの事務所よりも安全な場所なんだろうけど…」


 スーツを着てダンジョン内を徘徊しているであろう友人の安全を心配する気にはなれなかった。


 教師の発言を待っている子どもたちの気配に気づいた尾地は彼らの期待に満ちた顔を見た後、ポンポンとカイくんとユキさんの肩を叩き


 「ハイ、君と君は死亡しました。これからこの二人を原宿駅の救命センターまで運ぶ訓練を開始します」


 ええ~という子どもたちの非難の声に


 「一度経験すれば、緊急時にも対処できるようになります。文句言わなーい」


 彼らに教えられることは、コレが最後だなと、明日からは他人になる生徒たちのことを、尾地は思った。


 (余談ではあるが、サイクロプスのメモリーは尾地が回収した。「他人が倒したメモリーに手をつけるな」これは冒険者の鉄則だ、と教えて)






 ダンジョンの内部、尾地たちと別れたザンゾオは小さな部屋を見つけ入っていた。


 そこには黄色く揺らめく湯気の中に眠る、一つの遺体があった。冒険者の忘れられた遺体から黄色いエネルギーが漏れている。


 「やっぱりこれか」 


 ザンゾオは現象の源を発見し確認した。


 彼はそばによると片足を上げ、ズドドドと蹴りを放った。足が見えなくなるほどのスピードで、一瞬で何十発という蹴りが遺体に打ち込まれた。


 遺体は粉々に爆散した。それとともに黄色い光は薄れて消えていった。


 「怨念もまた、再生される」


 ザンゾオは暗くなっていく室内で呟いた。





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