4 ~挿絵追加
ゴブリンだ。
ダンジョンの廃棄物が重なって小人のような形になっている。全体として小さな獣人のように見えるから「ゴブリン」と名称されたモンスター。それが4体、進行方向の曲がり角から現れた。まるで隊列を組んでダンジョンの警護をしているような動きだ。
「レベル1の初心者パーティー対最弱モンスターパーティー。いい手合わせだな」
ザンゾオが皮肉めいて言うが、レベル1という称号は冒険者として必要とされる最低限の知識と技術を習得したという証だ。一般人とは全く違う。
尾地は無言で、彼が一時預かりしている子どもたちの動きを見守る。
隊列を広げて前衛が前に出る。もっとも大きな盾を持っているのがリーダーを努めているユウジくんだ。
「さ、こーーーい!」
高校球児のような掛け声を上げてモンスターの注意を惹いた。
「おいおい、びびってんのかー!」
丸刈りの格闘家カイくんが、チンピラのケンカの様な挑発をする。
「ハイ!ハイ!ハァーイ!」
マッパーのシンジくんはビビっているのか声を裏返してダンスの拍子のような変な声を出している。
そのあまりの初心者ぶりにザンゾオは口を曲げている。それを横に見て同意を感じつつも、尾地は彼らの行動を真剣に見続けている。
彼らの戦闘態勢は教科書どおりだった。ただモンスターたちはその教科書を知らなかった。おそらく読んだことがないのだろう。
四体のゴブリンのうち三体が、シンジくんに向かって突撃した。
「あ、ちょっとマッテ!」
ユウジくんとカイくんはモンスターの予想外の動きに全く反応できなかった。
カイくんが突進してきたうちの一体をなんとか蹴り飛ばしたが、残りの二体はそのまま突撃を成功させ、シンジくんを押し倒した。
ザンゾオが呆れてため息を付いた。
「おおお!」
雄叫びを上げて、シンジに取り付いた二体にシールドタックルをかましたユウジ。引き剥がした二体と一緒に壁に激突して、今度はユウジが二体のモンスターともみくちゃになる。
いきなり前線が崩れて敵味方が入り乱れている。初戦からぐちゃぐちゃである。
「おい、いいのかよ」
手助けしてやれというザンゾオに対して、尾地は首をふって
「死にはしない」
とだけ答えて見守る姿勢だ。
「おらああああ!」
その間も一人でゴブリンの一体と格闘戦を繰り広げているカイくん。すでに他の戦いが見えていない。残りの三体はユウジくんとシンジくんが構えた盾を殴り続けている。モンスターの純粋な殺意の気迫に押されて、攻撃を繰り出せない。
黒魔法使いのユキさんが炎の魔法を放とうとした時だけ、尾地は動いた。肩に手を置き動きを止めさせ、タイミングを待たせた。
ユウジくんの盾によりゴブリンが押し返された。前衛の誰とも距離が開いた位置にゴブリンが転がる。尾地は肩から手を離しタイミングを教えた。
放たれた火炎がゴブリンの一体を包み込み、行動不能にした。
残りは三体。一体はカイくんと戦闘中。二体はユウジくんとシンジくんが二人で相手をする。
落ち着きを取り戻した二人は。ようやく習い覚えた剣術を振るえるようになった。ゴブリン相手に一対一になり、時には連携を使って二対一という状況も作り出した。教科書どおりのシチュエーションさえ作れれば冒険者側が有利だ。決着はすぐに付いた。
二人が二体を倒したのと同時に、カイくんも一体を倒した。
「オッシャーーーー!」
ひたすらタイマンを繰り広げていたカイくんの絶叫が上がるが、他のメンバーはそれに答える元気もない。
白魔法使いのシズカさんがみんなの治療に当たる。みな軽傷、かすり傷程度だった。
押し倒されたシンジくんも傷は少なく、ゴブリンの体液を浴びたくらいで、ユウジくんも戦闘のダメージよりも自分から壁にぶつかったコブのほうが痛かった。
緊張が途切れたせいか、笑い声を上げながらそれぞれの仕事を褒めあっていた。
パンっと強く手を打つ音が響き、全員の視線を集めた。
「みなさんはここに何をしに来ました?」
それを言われてハッとなったパーティーはすぐさま回収容器を取り出し、ゴブリンの死体に向かう。死体はすでに分解を始めている。パラパラと崩れていく体が、黄色い粒子に変わっていく。それを持ってきた容器の吸引能力を使って回収する。
彼らの生活の糧、生活の原資、社会の基盤「メモリー」だ。
メモリーの回収が終わると、尾地はパーティーを座らせ反省会をさせた。
それぞれがすぐに自分の非を詫びた。上手くいかなかったところをドンドンとあげていく。出尽くした所で尾地が評価を下した。
「皆さんのことを私が評価するなら、どんな形であれ一勝しました、という事ですね。全員無事に戦闘に勝利しました。おめでとうございます」
尾地の言葉に暗くなっていたみなの顔が少し明るさを、若者らしい楽天家の顔を取り戻した。
できる、自分たちにも冒険者がやれた。その実感がさらなるやる気を奮い立たせた。
「泥仕合だったけどな」
ザンゾオが尾地に耳打ちしたが
「私達の初戦はどうだった?」
「…語るも涙ってやつだったな」
尾地の返答に、ザンゾオも陽気なオトナな顔になって若者たちを褒める側に回った。大げさに若者たちを褒め称えた。
尾地が軽く個別指導をした後(特に前衛のライン作りがパーティーの生命線だということ)、探索は再開された。
この一戦は、この子達の冒険者人生で初めての勝利である。
そして冒険者である限り、この勝利を毎日、毎年、何年も何千回も続けていかなければならないのだ。