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「それではみなさん、ご安全にー」
尾地の掛け声に、若者たちはよく分からずに返した。
「ご、ご安全にー」
原宿駅構内にあるダンジョン入り口の無人改札を若者たちが通っていく。改札機のチェック音が軽やかに連弾される。彼らに続いて尾地とザンゾオの大人二人もダンジョン内に入った。
若者たちも実地体験として何度もダンジョン内に入っている。しかしその時は護衛の冒険者が付くツアーガイドだ。予備校は模擬戦や模擬探索といったことを地上の施設でやらせてはいるが、実戦はけっしてやらせない。死者や怪我人を出すと面倒が多いのだ。実際の殺しあいは卒業してからやってね、というのが冒険者予備校のスタンスだ。
今日彼らは初めてお客さんとしてではなく、主役としてダンジョンに入っている。
初めてダンジョンに入ったような新鮮な感じに若者たちが沸き立っているのが、後ろから見ている大人たちにも見て取れた。
「初めてダンジョン入って喜ぶなんてな~、俺たちにはわからないな」
ザンゾオの言葉に心の傷がうずいた尾地が返す。
「みんな、泣いてたからな。女たちも私たちよりも強そうだったアメフト野郎たちも…」
大人たちに命令されて冒険者にさせられた、そんな世代がいることを、この少年少女たちは知らない。
「ハ~イ、ワチャワチャしない。入り口で落ち着かない人達が、ダンジョンの奥で平静でいられますか?」
尾地は教官らしい事を言ってパーティーを静かにさせる。落ち着いた彼らはすぐに習い覚えたとおりに隊列を整え、ルート通りに進み出す。ルート設定は「ハンティング」。ダンジョン内を周回して、手頃なモンスターと戦ってメモリーを回収する。彼らが今後の人生で、生活の糧を得るために行う日常の業務を、実際に行うのだ。
若者五人+大人二人の、一行は前進を始めた。
パーティーの行動はまさに教科書どおり。教えられたことを忠実に守る。それはダンジョンでの危険を最小限にし、確実に成果を上げる事を目的とした動きと考え方だ。
「みんなちゃんと出来ている。今の子はこういうところが真面目でいい」
彼らから少し距離をとって監督している尾地は、若者たちの真剣さを褒めた。
「安全に稼ぎたきゃ東北の農業プラント都市に行けばいい。あっちなら、寒いが死ぬことはない」
ザンゾオはまだ安全な冒険者ということに引っかっているようだ。
「農業よりも冒険者を推奨してるのは、お前ら政府じゃないか。さんざん政府広報で煽って、補助金まで出して。まあ、その補助金のおかげで俺も予備校に行ったんだけどな」
「そう!それだよ、なんで予備校なんて行ったんだお前?若者気分を味わいたかったのか?」
尾地は少しムッとし
「お前ら政府が、ユコカ登録に冒険者免許が必要って改定したせいだよ!なにやってくれんだよ!」
「いや、それって冒険者しかユコカ使わないのが当然だし、ダンジョン警備の面からも当たり前で決まったはずだけど?」
「お前、改定された冒険者免許を持ってるか?」
「いや、持ってるわけないじゃん。免許制度なんてできる、遥か前からダンジョンに潜ってたんだから。俺のユコカは調査課の人間専用のフリーパスだし」
「だーかーら、私はなんにも悪い事をしてないのに、政府の気まぐれのせいで免許を取らなくちゃいけなくなったんだよ!だから予備校に入ったんだよ!」
ザンゾオはそれを聞いて吹き出しそうになっていた。
「俺はその決定に一切関与してないからな。ククク、四〇代で勇者科予備校生か、人生ナニが起こるかわからないな」
大人二人のじゃれ合いを無視して、若者たちのダンジョン探索は進んでいく。
先頭はマッパー兼軽戦士のシンジくん。彼の仕事はモンスターの気配を探るパーティーの目となることだ。自分が全員の安全を担っているというその責任感は、まだ若い彼には重かった。背中に背負ったマッピング用のセンサーも重く感じる。メンバー全員で購入したこの精密な電子機器を守ることも彼の仕事のうちだ。
購入したと言ってもほとんど借金だ。全員の着ているエグゾスケイルアーマーも武器もセンサーも。学生のうちにローンを組んで購入した。これからの冒険者活動で少しずつ返済していく予定だ。その最初の一歩、冒険初日を失敗するわけにはいかない。
センサーに感、アリ。
シンジくんは習い覚えたようにハンドサインでパーティーの進行を止めた。彼がモンスターを感知するよりも前に、後ろにいた大人二人は、続けていた雑談をやめていた。
ダンジョンに入って三〇分以上が経過している。
若者たちの冒険の最初の一ページが始まった。