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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第六話 高田馬場駅 「おじさん、冒険者なのに銃器と戦う」
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3 【第六話 完】~ 挿絵追加





 ひたすら荷物を運ぶだけの一生を送る荷馬の気持ちを考えたことがあるか?


 ユホは今まさにその荷馬の気持ちを感じていた。


 百キロちかい荷物を背中に縛られて、それをトボトボと運ばされる一生。後ろを歩く強奪犯の男三人は、それぞれ四丁くらいしか小銃を持っていない。しかもそのうちの一丁は装填されいつでも撃てる状態でこちらを向いている。その銃の威力は同行していた派遣冒険者のおじさんが撃たれたことで証明済みだ。


 両手を縛られ、口はガムテープで塞がれ、紐とテープで背中に荷物を背負わされた自分は、まさに駄馬、荷物運びの奴隷だ。重さに耐えかね歩みが遅くなるたびに、銃口で押され、「おい」とか「コラ」と言われるたびに足を早くするという行為も、ユホの心を削っていった。


 この荷物をダンジョン出口まで運んでいったら、無事帰してもらえるだろうか?もちろんそんなことはないだろう。容赦なく背中から撃たれた尾地のように、自分も役目を終えた駄馬のごとく処分されるだろう。


 そういった切実な生死の恐怖に脅かされながらも、ユホの目には公務員として、この銃器を凶悪な犯罪者たちに渡してはならない、という使命感の光がわずかに残っていた。




 「ねぇ、ちょっと、ナニしてんの?」


 ダンジョン通路の向こうから、若者たちがこちらに向かってきながら話しかけてきた。


 別の冒険者パーティーが偶然通りかかったのだ。ダンジョン内で別パーティーと遭遇することは稀だが、ないことではない。


 「ちょっと、それどういうこと?」


 パーティー内の白魔道士の少女がユホのあまりに異常な姿に戸惑い聞いてきた。


 「それ、どう見てもまともじゃないよな~」


 剣士の男が正義感から前に進む。剣の柄に手をかけている


 一瞬、助けが来たと思ったユホだが、彼女の背後にいる男たちが、彼らの問いかけに一切答えていないことに気づいた。若者たちはどんどん近づいてくる。


 「ウーーー!ウッウーーッ!」


 ユホはガムテで封じられた口で必死に叫んだ。 「こっちに来るな、逃げろ!」と。




 三人の男たちは一言も発さずに少年少女の冒険者パーティーに向かって銃を乱射した。


 「ブッウウーーッ!」


 ユホは背後からの耳をつんざく発射音と、前方で血まみれになって斃れていく若者たちの間で叫ぶしかなかった。




 強奪犯追跡を続けていた尾地は、ダンジョン内にこだまするかすかな音を聞いた。


 しばらく静止し音が続くかどうか確認したが、それ以降はなにも聞こえてこなかった。


 「二十発以上か…」


 ダンジョン内での戦闘音やモンスターの咆哮とは違う、銃撃の特徴的な発砲音。どの音よりも発砲音は遠くまで響くようだ。複雑な構造のダンジョン内で、音の方向と距離を探るのは難しいが、強奪犯が来た道筋をそのまま戻っていることは確認できた。


 尾地は脳内でこのあたりの地図を思い出す。今日の仕事のために、このあたりの地形は頭に入っている。


 「追いついてはダメだ、追い越して待ち構えなければ」


 犯人の後ろから追いついたとしても、ただ返り討ちあうだけだ。なんとかして自分に有利な状況を作り出すために、どこかで追い越して待ち構えなければいけない。ショートカットをいくつも入れた暫定的な追跡ルート設定を脳内で完了した。


 尾地は懐からメモリーの小瓶を取り出す。万一のための予備のメモリーだが、ここで使うほかない。エグゾスケイルアーマーの腰部分にある、メモリータンクに全部注入した。


 右拳を突く。普通に動く。


 メモリーをわずかに消費してもう一度動かす。メモリー使用時のかすかな発光と音。


 拳が先程の三倍以上のスピードで飛び出し、空気を殴る音が響く。


 その動きに満足した尾地は、追跡を再開した。




 ユホは歩みを進めながら、自分の足についた血を跡を見ていた。


 先程の罪なき冒険者パーティーは銃撃を受け血まみれで横たわり蠢き続けていた。彼らはその場に捨て置かれた。


 泣き叫んだユホであったが、自分がその場に居続ければ、さらに被害が拡大する可能性がある。無関係なパーティーがまた現れるかもしれない。一刻も早くダンジョンを抜けなければならないと自分を叱咤し歩みを進めた。


 慈悲なき男たちにとって、荷馬の仕事を積極的にこなそうとする女を、わざわざ咎める理由はなかった。悪事に酔いニヤつきながら彼女についてダンジョンの中を進んでいった。




 片足をやや引き釣りながら、尾地は銃撃地点に到着した。先行する強奪犯との時間差は五分ほどだ。


 ダンジョンの床に血が広がり、六人の男女がその中で血まみれで伏せている。


 惨事を目の当たりにした尾地の顔は険しくなり、怒りが眉の形を変えた。


 「…う、っ」


 いちばん近くに倒れていた男がうめき声を上げる。尾地はそのそばに駆け寄り呼吸を確認した。まだ息がある。よく見ればそこらに横たわっている男女はそれぞれにかすかな動きで、生存のサインを発していた。


 尾地は手早く男の体を探り、銃による傷跡を探る。またついでに彼の荷物からメモリーの収納ケースを抜き出す。


 「悪いな、命を助けるためだ。ほんとの治療は後で受けてくれ。かなり、痛いはずだけど…」


 そう言いながらメモリーを重傷な傷口に塗布すると素人治癒を行った。傷口は塞がるが、適当な生体物質で埋めるだけという、雑な応急処置だ。


 それを六人全員に手早く行った。全員が致命的な状態だったが手当は出来た。しばらくは生きながらえれるはずだ。


 強奪犯たちは全員を殺すに至らなかった。弾がもったいなかったのか、失血で死ぬと確信していたのか。尾地は知らぬことだが、ユホが手早くその場から去ろうとしたのが、原因であったのかもしれない。


 六人に対する最低限の応急処置を済ませた尾地は、彼らの荷物から緊急救命プレートを二枚取り出し、通路の手前と奥に向かって投げた。このプレートは無線の救命信号と光で周囲にいる冒険者へのレスキューを依頼するものだ。もしも運良く別のパーティーが通れば、彼らを任せることができるのだが、その可能性はあまり高くはない。


 「助けなくちゃならない子がいてね…その子を助けられたら、もし生きていられたら戻ってくるから」


 尾地はいまだ動けない少年少女たちに向かって、しずかに謝った。彼らは未だ意識がなく浅い呼吸を繰り返して尾地に視線も向けられなかった。


 そんな血に汚れた子どもたちの顔を見ながら、尾地は静かに立ち上がった。その顔は鋼鉄のように怒りで固まっていた。




 ユホは滑りそうな足をなんとかこらえながら、前に進んでいく。ダンジョンの通路は湿気でぬめり、道はやや登りになっていた。重量物を無理な姿勢で運び続けてきたユホの体力は限界に近づきつつあった。道幅は四メートルほどで高さも三メートルくらい狭くつらい斜面。ユホを先頭に男二人が続き、三人目の眉傷の男が最後尾だ。今までの道行きでこの男がリーダー格であることはユホも気づいていた。


 行きに使った入り口へのルートから外れ、暫く歩くと、濁ったダンジョンの空気に新鮮な空気が混ざる様になってきた。別の出口が近い証だ。


 ユホもこの道筋には覚えがあった。高田馬場入り口の近くで発見された違法な野良ダンジョン入り口だ。誰かが掘ったのか、地面が崩れて露出したのか。正規に認められていないダンジョン入り口の一つで、冒険者ギルドと役所の遺構調査部によって埋めることが決定していた、その違法な地上口へ向かう道だ。


 ユホの足取りが重くなる。実際にかかる重量はすでに耐えかねぬ重さであったが、さらにこの一歩一歩が自分の死に向かう歩数であることが分かっているからだ。


 ここまでの道筋で何度も反抗、逃走の機会をうかがっていたが、この束縛された状態ではいかなる行動も即射殺という状況であった。冒険者パーティーが撃ち殺される様を見ても、何一つ行動を取ることが出来なかった。自分の無力と無才が恨めしかった。


 思わず歩みを止めてしまったユホを小突こうと男が寄ってきた時、緩やかに登るダンジョンの坂道の向こうから、音が聞こえてきた。


 発電機の駆動音だ。


 坂の上にはダンジョンの外、外界の夜空が僅かに見える。違法ダンジョン口の調査と埋め立てのために搬入された工事機械が入り口そばの空間に並べられている。その中の置いてあった発電機を誰かが動かしたのだ。


 ユホの後ろにいた男たちが色めき立ち、銃を構える。彼らの犯行を妨害することを意図した者がいるのか、あるいは単なる工事の作業員か。どちらにしても実力で排除するつもりであるらしい。ダンジョンさえ出ることができれば後はどうにでもなると思っている。


 ユホと三人の男は緩やかに続く坂の上を見る。発電機によって生まれた電力により投光機が輝く。その強い光が四人の目をつく。


 光による目のくらみの中、投光器の前に立つに立つ男の姿を、全員が発見する。


 静かに怒りを溜め込んだ尾地の顔。


 わずかにかいている汗が、強奪犯たちに先行するためにショートカットのルートを強行してきた事を示していた。


 殺したはずの男が目の前に立っていることに驚く強奪犯たち。死んだと思った同行者が生きていたことに驚くユホ。


 しかしユホの顔は驚きから悲観へ、男たちの顔はおののきから余裕の笑みに変わる。


 窮地を脱した男といえど、その体が傷だらけであることは一目瞭然であり、かつその手には武器の一つも持っていない。銃器で完全武装した彼らの敵ではないのは明らかだ。一度で死なないようなら二度殺してやろう。それだけの存在だと尾地を見下した。


 ユホのすぐ後ろに立つ男二人が小銃を構え、尾地に狙いを定める。距離は三〇メートルは離れている。充分に射程距離だが、長い間放置され整備されていない銃だ。撃てることだけ確認済みだが、万全の銃ではない、だが


 近づけば殺す。


 近づいて殺す。


 その二択の違いでしかない。


 後ろに立つリーダー格の眉傷が前進を命じようとした時、


 尾地は万全な右足で地面を蹴った。


 床に置かれていた鉄板が蹴られて立ち上がる。畳よりも二周り以上大きな鉄板。工事現場で機材を搬入する時に、障害となる溝に渡し橋として架けるための鉄板だ。


 立ち上がった鉄板を右手で支える。尾地の半身は鉄板に隠れた状態になる。


 銃を構えたまま男が言う。


 「隠れたつもりか?バカか」


 「なにしに戻ってきたんだ、あの間抜け?」


 銃を構えた男二人が、中年の苦し紛れを笑う。たしかにどう見ても、カッコつけて舞い戻ってきたのに、コソコソと鉄板の裏に隠れているだけの男でしかない。二人はそろりそろりと前に進みだした。ユホの前に出て、ゆっくりとさらに前進する。


 ユホの足がガクガクと震える。すでに限界を超えている上に、尾地が再び殺される場面を見させられる。その恐怖が限界だった足の最後の力を奪った。


 荷の重さに引っ張られ彼女は地面に崩れ落ちる。その瞬間。尾地の鉄板をブチ殴る轟音が響いた。


 鉄板から手を離した尾地は、倍力を発揮できる右腕と右足だけを使い、鉄板の中心部に拳をブチ当てた。まるで中国拳法の寸勁と言われる技のように、そのモーションは限りなく小さかったが、強化され発射された右拳と、それを更に加速させる右足の地面を蹴る働きが、鉄板を真横に吹き飛ばす巨大なエネルギーを生み出した。


 垂直に立ったままの鉄板が飛んできた。


 打撃音と共に迫りくる鉄板に思わずトリガーを引いてしまう男たち。銃弾はいくつか鉄板に当たるが殆どは床と壁と天井をうがった。


 鉄板を殴った尾地は、そのままさらに右足だけで飛び出した。彼の一歩は早くて長い。飛んでいる鉄板の真後ろに向かって飛ぶ。銃弾は鉄板に弾かれ彼の体には当たらない。十メートルほど飛んで鉄板は床に接触して回転して倒れようとする。


 それをさせじと、着地した尾地がさらに殴った。


 再び力を得た鉄板が真横に飛び上がる。 


 距離が縮まり銃弾は容赦なく鉄板に当たるようになったが、空中を揺れながら飛ぶ鉄板を貫通することは出来ない。弾かれ、流され、あらぬ場所を着弾する。尾地は再びジャンプしてその空飛ぶ盾の背後に隠れる


 銃弾は、板の背後から迫りくる男を止められない。


 再び床に接触し勢いが殺される鉄板、それを背後に降り立った男が再度吹き飛ばす。右腕と右足だけで、打ち・飛ばし・跳ねる。それを三度繰り返し、あっという間に距離を詰めてきた。


 この間、三秒に満たない時間。


 強奪犯たちの眼前七メートル先に鉄板が着地し、その板の背後にたしか奴は到達している。


 男二人は冷静に射撃をやめ、左右に別れた。その背後のユホはただ姿勢を低くし、目の前でナニが起こるのか見るしかなかった。


 着地した瞬間に、鉄板を貫く打撃音がまた鳴り板こちらにが飛びこんでくる。


 銃を構えた男二人の考えは冷徹に一致していた。


 飛んできた鉄板を避け、その後ろにいる尾地を撃ち殺す。遮蔽物が無くなった脆い中年の肉体をミンチになるまで撃ち殺す。


 それだけだ。それだけで問題はなくなる。




 立ち上がった状態で飛んできた鉄板が二人の間を通り抜ける。


 その背後にいる無防備な肉体を銃弾でなぶろうと構えている二人。しかし、構えた先には何者もいなかった。


 通過する鉄板の裏側に蜘蛛のように張り付いた男の目が凶暴に光っている。


挿絵(By みてみん)


 尾地は最後の一撃で、拳を打ったのと同時にジャンプして、鉄板の後ろの面にサーフィンのように降り立っていたのだ。


 猟師のように獲物を始末しようとしてした二人のすぐ横に、猟師殺そうと潜んでいた獣がいた。


 二人が反応するよりも遥かに早く。尾地は空中で一回転する。腰から引き抜いた手斧の刃が二人の小銃をほぼ同時に破壊した。


 尾地が回転するために蹴ったエネルギーは乗っていた鉄板に伝わり、回転する鉄板が最後尾に構えていた男に激突して吹き飛ばした。


 三人が同時に吹き飛ばされ、一人尾地だけが横回転しながらキレイに着地した。


 破壊された小銃を捨て、拳銃を抜き出そうとする男に尾地の手斧が下から突き刺さる。指と一緒に切断され拳銃はグリップ部分が粉々になった。そのまま刃を返して、がら空きとなった男腹を下から刺した。


 「カハァッ」


 男が絶命寸前の吐息を吐く。


 尾地の後ろに立つもう一人も拳銃を引き抜こうとするが、尾地の右足に蹴り飛ばされ、壁に衝突して戻ってきたところを一刀に切り倒された。二人はほぼ同時に斃れ、血と銃器が床に散らばった。


 背負わされた荷物の重みで倒れて亀のようになっていたユホは、驚きの眼で死地から帰ってきた中年の姿を見た。


 そのユホの生存と無事を確認した尾地は一瞬だけ優しい目をしてユホを見たが、手斧をブンと振るってついた血を払うと、表情は冷たく戻り、ダンジョン奥に立つ最後の男を睨んだ。


 「動くな」


 眉尻に傷のある男は小銃の銃口を尾地に固定して命じた。


 先程の鉄板が顔に当たり鼻と口から血が出ている。多少ふらついているが、それが小銃の殺傷力を下げるとは思えない。両者の距離は六メートルもない。充分に殺せる条件をクリアーしている。それでも男は撃てなかった。


 「なぜとっと撃たない?引き金を引けば終わる話だぞ?」


 尾地が銃口に心臓が狙われた状態とは思えない冷静な声で尋ねた。


 「あんたはこう考えている。銃で冒険者は倒せないのではないか。その恐れが引き金を引けなくしている。さっきみたいなガキどもではなく、本物の、本当の冒険者には銃なんて通じない、そう恐れているから撃てない」


 尾地は距離を詰めない。男も動かない。


 撃とうとすれば切る。切ろうとすれば撃つ。


 空間に殺意だけが漂い、濃くなっていく。


 「あんたは撃たずに私に動くなと命じた。動けば撃つと、そう脅した。なぜか?撃ってしまったら脅しにならないからだ。脅しであるうちは私を止められるが、実際に撃ってしまえば私に殺される。脅しという状態をキープすることだけが、あんたが命を永らえる唯一の策だからだ」


 ブルブルと震える指。


 手に持った銃の重さ。装弾されていることは確認済みだ。


 尾地の独断場は続いた。


 「知ってるか?”本物の冒険者は銃よりも強い” それをお前で試してやるよ」


 この距離この状況、確実にやれる。




 耐えかねた男が吠える。


 「抜かしてんじゃねーゾ、マヌケがッ!銃に勝てるわけ無いだろうがァァァ!」


 男は引き金を絞ろうとした。


 それよりも先に、女は引き金を引いた。


 通路内に響く発砲音。


 強奪犯リーダーの男の右腕が跳ね上がる。驚く男。尾地は、口の端だけで笑っている。


 続いてもう一発、今度は左肩を撃ち抜かれて、男は戦闘力を完全に失った。小銃を落とし崩れ落ちる男が見たのは、地面に倒れたままで、腹ばいで拳銃をキレイに構えていたユホの姿だ。その銃口からは発射を示す煙が昇っていた。


 腕と肩を撃ち抜かれて倒れ込んだ男のそばから銃器を蹴り飛ばした尾地はユホに向かって言った。


 「お見事。さすが遺物課」


 「銃器の講習は受けてますから…でも、なんで」


 固定されていた手首から拳銃を落とし、口にはられていたガムテを剥がしてユホは、ようやく喋れた。


 「君が散らばった拳銃を拾っていじってる音は聞こえてたからね、信頼して任せて良かったです」


 尾地はガムテでぐるぐる巻きにされていたユホをほどきながら言った。


 ユホはようやく体に張り付いていた重荷から開放され一息つくことができた。


 「あ、ありがとう、あ…あっ…」


 ユホの体がガタガタと震えだす。その震える涙目の女性をほっておいて、尾地は強奪犯三人を拘束して回った。それぞれに生きてはいるが重傷だ。


 一仕事終えた尾地は、まだ震えて涙を浮かべるユホを、しかたなく抱きしめた。


 「大丈夫、大丈夫。もう大丈夫だから」


 慣れぬ手付きで女性を慰め励ます、よくやったと。その男の熱が伝わったのか、ようやく震えは止まった。ユホがさらに熱を求めるように彼を抱きしめ返そうとした瞬間。


 「あっとイカン。すぐ戻らないと」


 と尾地は立ち上がり抱きしめようとしたユホの腕は空を切った。


 「え?どうしたんですか?」


 「途中で若い連中が死にそうになってた。一応応急処置はしたけど、早く運ばないとマズいんです。じゃユホさん、こいつらお願いしますネ」


と、言うやいなやダンジョン内部に走って戻っていった。


 取り残されたユホの周りには大量の銃器が散乱し、重傷で動けない犯罪者が三人も転がっていた。


 「ちょっと!ちょっと!ちょっとぉ!、おじさん、何なんですかアナタはーー!」


 ユホの叫びは尾地にはもう届かなかった。






 立川臨時首都にある都市再生局のビルの一角に遺物課のオフィスがある。そこではダンジョンから様々な貴重なアイテムが集められ、再生利用のために企業に再分配されている。


 そのオフィスの一角に厚木ユホのデスクがあり。そこで彼女は今回の始末書を書いている。ダンジョンに潜るような格好ではなく、普通にスーツ姿だ。その姿は普通に有能な若手社員といった感じだ。


 タブレットに映し出された規定の文章に文言を書き込んでいるが、事件の重要人物、尾地は「冒険者O」という仮名で書かれている。始末書を書く彼女の机には花束と賞状が置かれ、始末書を書かされている身分には相応しくない。実は彼女はつい先程、この事件の解決に多大な功績があったとして局内で表彰を受けていたのだ。


 「犯罪組織による銃器強奪事件の阻止」それが彼女の功績の名前だ。


 彼女は幾度もその功績は自分にないと説明したが、誰かがその功を受け取らなければならないと強引に表彰されたのだ。この本来受け取るべき功績を拒否したのが件の「冒険者O」なのだ。


 彼はそういったことは結構です、の一言を伝え、その後は連絡もつかなくなった。


 今、書いている始末書は、回収のために雇った派遣冒険者が犯罪者であったという失態についての始末書だ。


 これだって彼女に直接の罪があるわけではない。正当なプロセスで要請したら、偽物が送り込まれてしまっただけだ。


 この件も、冒険者ギルド内での犯罪組織の末端員が逮捕されているので、後々に一件が落着するだろう。


 「だはーーー、もうなんでこんなことに」


 始末書はいい。実際この不始末が犯罪者をダンジョン内に連れ込んで銃器を手に持たせてしまう結果になり、多くの怪我人が出てしまったのだ。それは自分の罪として背負うことにまったく文句はない。


 問題はこの事件を解決した功績が、不当に自分に送られたことだ。


 あの男


 あの中年


 名誉が面倒くさいと逃げ出した冒険者O


 椅子に背を預け伸びをする。


 「あ~の~おーとーこー」


 恨み言が口から沸き立つ。


 完成した始末書を送り飛ばした後、荷物を持って退庁する。時間はとっくに夕方六時を超えている。


 遺物課を出て正面エントランスに向かうと、あの男がいた。


 「あ、おじ!尾地サン!」


 ギョッとした顔で振り返る尾地。


 当然、冒険者の姿ではなく、普通にシャツ姿なのだが、実に着られていない、陸に上がった魚の様にヨレヨレの姿だ。会いたくない人に会った顔だというのはひと目で分かった。返す返事も小声で弱気だ。


 「こんなとこでナニしてんですか?人にこんな物押し付けて!」


 ユホは表彰時にもらった小さな花束を強引に尾地に押し付けた。


 「いや、サクラに呼び出し食らってね。強奪事件の方はいいけど、冒険者救助の表彰だけは受けろって煩くて」


 「サクラ?」


 ユホが知っているサクラという名前の人物は都市再生局のトップ、サクラ局長だけだが、おそらく別人の話であろうと無視した。 


 「あ、あの冒険者さんたち、全員無事だったんですよね」


 「あの後の方が大変だったんだよ。重傷者を何人も救急に運んで…」


 尾地がした応急処置と救急搬送が功を奏して、六名全員が命をとりとめた。その功績はユホが受けた犯罪阻止の功績よりも大きな物だろう。


 「じゃ、そういうことで、おツカれっしたー」


 尾地は、ダンジョン内で命を結んだ者同士とはおもえないほど薄情な別れの言葉を言って、この場を手早く去ろうとした。


 その尾地の腕にがしりとユホは腕を絡ませた。


 「フッフッフ、逃しませんよー。私にはこれがあるんですから」


 ユホは表彰された結果の、唯一の成果である金一封を懐から取り出した。


 「どうせ暇なんでしょ?これから飲みに行きましょう!二人っきりの慰労会ですよ!」


 尾地は絡まった腕から逃れようとしたが、無駄な努力だった。


 「さあ行きますよー!何でも私のおごりです!というかこのお金は元々オジサンのものなんだから尾地さんのおごりです!」


 「あーーー…」


 尾地は何か言おうとしたが諦めた。こういう場で、中年男性が若い女性に勝てるわけはないのだ。出会ってしまった時点で負けなのである。


 二人は腕を組みながら、駅前に広がる繁華街に向かっていった。






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