3 【第五話 完】
「……・・その功績を認め、全ての冒険者を代表し、ここに表彰します。おめでとう!」
「フワッ!」
寝落ちしそうになっていたジンクはビクリと目を覚ました。
表彰状を受け取り握手をするホリーチェ。会場から拍手が起こる。
上野駅復活祭は神楽列車到着前の行事として、ルートを開通させた冒険者の表彰式を行っていた。冒険者ギルド長たちの長い祝辞を聞いているうちにジンクは落ちそうになっていたのだ。
ホリーチェは普段の毒舌少女の姿を隠し、如才なく役割を果たしている。明るく観衆にお辞儀をするその姿は、ピアノ発表会のヒロインのようだ。観衆からもかわいーという声が飛ぶ。賞状と一緒に与えられた金一封が彼女の機嫌をさらに良くしているようだ。
賞状の授与のあと、そのままマスコミ用撮影会に入る。気持ち悪いくらいにこやかなホリーチェの外づらの良さに恐怖する他の面々。マスコミに写真を取られるという行為も初めてで、ホリーチェ以外みな緊張の顔だ。
「こないだ、ここで写真を撮った時は、みんな笑顔だったね」
というシンウの言葉を聞いて、皆、廃墟の上野駅で味わった人生最良の瞬間を思い出し、自然と笑顔になった。
そのシンウは自分の携帯を胸の前に持ち、画面を映るようにして撮影してもらった。
「なにしてたの?」
というみなの質問に、彼女は照れながら携帯の画面を見せる。そこには先日撮った尾地との集合写真の、尾地の部分だけを拡大して表示されていた。
「あーー、そうだよね。こいつが写ってないとな」
スイホウも納得した。
「あいつだけ無関係ではないという、証拠写真だな」
ホリーチェは淑女からいつもの調子に戻っていた。
「そこまで意地の悪いものじゃないけど…」
シンウは来れない彼のためにしたことだが、その画像が発表された際に、
「この可愛い子が持っている中年男性の顔写真はなにか?」
と話題になり、様々な憶測が流れ、
「死んだ彼女の父親の遺影」である、という泣ける話になって、ネットに定着した。
表彰が終わった彼女たちはしばらく役割がなくなり、山の手線の線路再生を見物することとなった。
上野駅の山の手線ホームは、すでに見物人が並んでいた。少数ではあるが熱気にあふれている。このような特別なイベントはなかなかない、見なきゃ損だとばかりに。
駅復興に関わっている作業員たち、マスコミ、ギルドのお偉いさんなど、神楽列車の到着をみなで待っていた。
今この上野駅にいる者は全員、西日暮里から倒壊したレールの上を歩いてここに来ている。物資も人力で運んでいる。
駅のホームの部分のレールはすでに別の路線修復官により補修済みであり、ホーム端まで列車がたどり着けば、上野駅はほんとうの意味で復活する事になる。みなその瞬間を見ようと待ち構えていた。
金色のシャワーを撒きながら進んでくる列車の姿が視界に入ってきた。陽炎の中それはゆっくりだが着実にこちらに向かってくる。
その列車の前にある崩れて朽ちたレールたちは、真なる主人の帰還を迎えるかのように、真っ直ぐなレールへと姿を変えていく。
まるで魔法だ、実際に魔法だ。
進んでいく列車の通すためにレールが生まれていく様は、まさに神話的光景と言っていい。遠くから神楽鈴が聞こえ始め、我々の祭りがクライマックスに近づいていることを伝えてくる。
列車の最前に座る老人の興奮が観衆にも伝わる。彼の強い祈りは我々の祈りだ。
これは私達の社会の再生の祭りだ。
ネジ曲がった最後のレールが正しい姿を取り戻し、ホームのレールと接続する最終の一片に変わる。
ついに神楽列車は上野駅のホームに到着した。列車がホームに滑り込んできた。
汗だくで倒れ込む神主を巫女たちが抱きしめ、喜びの声をあげる。彼女たちは鈴をデタラメに鳴らし続けて観衆に呼びかける。
ホームにいるすべての人が、喜びの声をあげた。バンザイの声も上がる。
ホリーチェたちも喜びの声と拍手を送る。彼女たちはこのイベントの主役の一人でもあり、喜びはひとしおだ。
彼女たちの喜ぶ姿はカメラに捉えられ、寝台で携帯を見ている尾地の元にも届いていた。
神楽列車の到着のあと、西日暮里で待機していた列車が発車する。冒険者を満載した、最初の旅客列車だ。
この列車が到着することで、上野駅の本格運用は始まる。もっともほとんどの施設が建築中で拠点としての機能は、半稼働状態の救命センターしかない。それでも冒険者達は大量にやってくる。新しいダンジョン「上野口ダンジョン」がそこにあるからだ。
続々とホームに降り立つ冒険者たち。彼らは上野駅を観光することもなく、すぐさまダンジョン口の入り口、から遠く遠く離れた冒険者の列の最後尾に並ぶことになる。コンコースを何回も往復する冒険者の待機列。その長さを見てニイが、
「今日参戦しなかったのは正解だね。多分、今日はモンスターよりも冒険者のほうが多いよ」
と感想を述べた。
その待機して並び続ける冒険者たちと違って、彼女たちは係員に誘導されて、その最前列に連れてこられた。そこにはギルド長やらお偉いさんが並らび、ダンジョン口の前には一本のラメのテープが張られ、長蛇の列の行く手を塞いでいた。
「それでは皆さん、お待たせしました」
ギルド長がメガホンで広場全ての冒険者に伝える。
「記念すべき上野ダンジョン入り口の解禁、テープカットを行います。みなさん、順番にゆっくりと入るように!」
ギルド長は冒険者側の人間であるため、式典以外では儀礼的よりも実務的であることを好むようだ。
「じゃあみんな、いいですか?」
ギルド長は左右を見、全員がハサミの刃をテープにかけていることを確認し、
「テープカットです!」
自分で言って自分で切った。ホリーチェたちは生まれて初めてのテープカット。切れたテープを更に切った。
切ったらすぐに横に避ける。
ズッズッズ
避けた彼女たちの目の前を通って冒険者たちが中に入っていく。
ザザッザザッザザ
長大な列が動いているなかなか壮観だ。冒険者が焦りを殺した早足で、ホリーチェたちが命からがら飛び出した道を逆に入っていく。何人かの冒険者がホリーチェたちに挨拶をする。彼らは彼女たちの活躍を知って、彼女たちを認識している。
自分を知って認めてくれている他者がいる。
その実感が彼女らに生まれて、今まで知らなかった感動に体が震えた。
ザッザッザッザ
「走るなっ、つってんだろー!!」
駆け足になっている列の動きにギルド長の怒号が飛んだ。
式典の映像はそのまま、ダンジョンに入っていく冒険者たちへのインタビューに変わる。再びホリーチェたちが映し出されることはなかった。
尾地は映像からでもその祭りの雰囲気を感じ取り、愉快な気持ちになっていた。なんとか寝台から起き上がり、部屋から出る。
彼の寝室は倉庫の二階の一部にあり、ドアから出ると倉庫の一階を見渡せる階段につながっている。そこから彼は自宅の一階、ガレージとして使っている部分を眺める。
彼のガレージには様々な訓練道具がならんでいる。中年が冒険する能力を維持するためには、並々ならぬ努力が必要なのだ。
尾地は二階の窓を開けると、ゆったりとした風が入ってきた。その風ははるか遠くの、上野の祭りの匂いを運んできたような気がした。
その祭日の空気を一呼吸した尾地は
「メモリーは人の希望を形にする」
と満足げであった。