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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第四話 西日暮里~上野間 「おじさん、若者たちとレースに参加する」
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 「なんだよ岩って!」


 ジンクの攻撃を受けて欠けた岩は、まだ回転を止めなかった。


 手も脚も頭もないただの岩が襲ってくるというのは、普通のモンスターが襲ってくるよりも恐怖を感じた。ゆっくりと回転して迫ってくる人間サイズの岩をスイホウの斬撃が切断する。ようやく、動く岩たちは動きを止めた。


 「なんで岩が…」


 スイホウも動く岩と戦ったのは初めてだった。


 「たぶん、博物館に飾ってあった希少な岩がモンスターになったんだと思いますよ」


 岩が溶けて黄色い粒子に変わる。尾地は解説しながらメモリーの瓶に回収するが、全てを回収するほどゆっくりしていられない。


 博物館を進んで数時間、ついに敵との戦闘を避けることができなくなってきた。敵の密度が上がり迂回ルートがなくなり、やむを得ずに行った戦闘回数はすでに五回を超えた。


 敵のスタイルはあまりに多様。先程の岩や異国の仮面、絵画、ツボと多種多様なモンスターとの戦闘となった。


 あまり強い敵でないのが救いだが、未知の敵との戦闘は精神的消耗が激しい。


 しかも非人間タイプ、非動物タイプだとなおさらである。目も手もない相手の攻撃手段は想像できない。


 シンウは自分のマップをみんなに見せる。その地図には彼女達の足取りが螺旋を描くように上昇しているさまが映し出されている。


 地上はかなり近い。


 「もうすぐだと思います。今までのダンジョンの構造からしても、最後のストレートにもう少しで入れると思います」


 ダンジョンと駅をつなぐストレート。そういう形のダンジョン入り口は多い。上野もそうであるとは誰も断言できないが、今やそれを願って進むしかない。




 「あ~こりゃ折れてる」


 戦闘で負傷したジンクの右腕をブルブルと振るホリーチェ。悲鳴を上げているジンクにはお構いなしだ。


 「時間かかりそうですね、ここらで休息に入りましょう」


そういって尾地は荷物をおろそうとするが、


 「いや、不要だ。この程度」


 そう言うとホリーチェはメモリーを塗った手でジンクの腕をさらりとなでた。


 「お、治った。サンキュー、リーダー」


 ジンクはその治療行為を当たり前と思っているようだが、尾地は開いた口が塞がらなかった。


 「驚いたか~尾地ぃ~」


 「うちらのリーダーの天才性~君にわかるかな~」


 なぜかスイホウとニイがホリーチェの自慢をしに尾地の前に現れる。


 尾地はメガネを上げながら、


 「この年齢でリーダーをやっているので、並ではないと思っていましたが、まさかここまでとは…とんでもない白魔術の才能です」


 「でしょ~~~~」


 ニイもスイホウも鼻高々だ。


 「あの、そんなにすごいんですか? すごいとは思ってましたけど」


 尾地に比べると業界歴の浅いシンウが尋ねた。


 「普通のパーティーだったらここで休憩を取ります。骨折の治療なら十分はかかるし、高レベルの白魔道士でも三分は必要です。それを触るだけで治すレベルとなると…私の知る限りでは一人しかいません」


 ものすごく褒められたせいか、シンウをのぞいた四人は集まってかっこよくポーズを決めている。その中心にいるホリーチェも当然、といった顔つきだ。白魔道士の強さはパーティーの強さそのものだ。戦闘継続能力が段違いに変わるからだ。




 みなの治療と無駄話を終えたホリーチェが、急に真面目になって言った。


 「あと一回、戦闘をして、それでも地上に向かう道が見つからなかったら休息に入る。それで一番は取れなくなるかもしれないが…みんなの命をかけるほどの事ではない」


 リーダーのその宣言に文句を言うメンバーはいなかった。みなそれなりに疲労していた。いくら白魔法で傷は直せても疲労は回復できない。気力もまた同じだ。通常、一度のダンジョン探索では三回くらいの戦闘回数が普通だ。それも見知った、見慣れたモンスターが相手だ。未知のダンジョン、未知のモンスターとの勝負は完全なオーバーワークの状態になっていた。さらに厄介なのが、たとえ上野駅についたとしても、そこには冒険者の命を守るギルドの救命センターはない。ただの駅の廃墟があるだけなのだ。


 現在駅舎と周辺のみが復活している西日暮里の駅から上野までの間は首都沈没時に出来た廃墟が折り重なり、まともな道などない。最悪の状態になった時、助けてくれる物はないのだ。




 腰を降ろして休息しているジンク、隣には尾地が座っている。


 「尾地さん、元気っすね。なんか妙に目がキラキラしてて」


 尾地は今回は戦闘に参加し、そつなくこなしていた。前面に出ることなくサポートに徹し、大量の敵をさばける量に分割して戦い易くしているということを、ジンクも気づいていた。


 「ちょっと…そう、ちょっと楽しいですね。未知の世界で未知の敵と戦うって、ずいぶん久々だなって。こういう…ナカマって…」


 その言葉を言おうとしたら言いよどんでしまった。


 「そう仲間っすよ!一緒に戦ったらダチっすよ!」


 尾地の背中を叩いてジンクがゲラゲラ笑う。尾地としても若者のその言葉に裏はないと知っていても、その言葉はまだ素直に言えなかった。


 シンウが仮想マップデータに一本の線を引いた。


 「こっちです。行きましょう」


 彼女の勝負のルート設定。それはこのパーティーの運命を決める一本の線だ。




 「まあ、最後の敵に出会っても、走って逃げて上野駅にゴールすれば私らの勝ちじゃない?」


 ニイが冗談で言ったプランだったが、みな心のなかで最終プランとして採用するつもりになっていた。逃げ勝ちでも勝ちは勝ちだ。


 シンウがルート上に現れた扉を調べている。


 センサーでも彼女の目で調べてもトラップはなかった。


 鍵を空け、少し開いて覗く。大きな部屋だ。横の壁は遠く暗闇になっていて見えない。そして向かいの壁まで二〇〇メートルはある。巨大な宮殿の広間のような部屋だ。中央の天井に灯りが並び、光の道を作っている。その先に出口が見えた。


 シンウは今見えた部屋の情報を仮の形でマップデータに組み込み、情報を統合し精査する。


 現在位置から上野駅に直進するラインが現れた。そのラインは、マッパーにとってはダンジョンに眠っていた宝だ。探していた一本がついに見つかったのだ。


 「この部屋が最短ラインです」


 プロとして断言した。広すぎる部屋の内部は暗くて分からない。センサーをいくつも放り込んだが動く物の反応はない。


 「いますね」


 シンウを後ろから抱え込むようにして、扉の隙間から内部を見ていた尾地が長年の経験から断定する。


 「向かいの扉の施錠状態は不明。距離が長く走り抜けようとしたらメンバーが捕まる可能性が高い。大型が潜んでいる可能性もあるが、その場合のほうが逃走しやすいでしょう」


 キビキビと不利な条件をピックアップする尾地。


 メンバーの心の中でも、この不確定で不利な状況と勝利へのタイムリミットが天秤にかけられている。それは命と名誉をかけた天秤でもある。どちらにもつかずフラフラと揺れ続ける。冒険者の心にあるのは冒険心と生存本能の二つだ。たやすく出せる答えではない。


 それを決定できるのは、ただ一人。


 全員の視線を集めていたホリーチェが決める。


 「挑むことにこそ価値がある。自分が言ってしまったこの言葉に、従う」


 リーダーが決したら、あとはそれを実行するだけだ。




 尾地とシンウが扉を開く。全員が部屋に入ったら、扉の下に破片を挟み込み閉まらないようにし、逃げ出す道を確保する。


 部屋の内部はまるで、古い博物館のエントランスのようだ。薄汚れた石材とコンクリートの建物。遠くに出口が見える。あそこまで行けば…。一同が警戒しながら慎重に進む。


 部屋の真ん中当たりに近づいた時、尾地は暗がりになっていた左右の壁に何があるのか判った。


 「絵だ…」


 いわゆる名画というスタイルの巨大な絵画が壁の端から端まで並んでいる。全てが油彩画。暗闇の中に生命感あふれる人物たちが大量に描かれれている。パーティーが当たっている中央にだけ灯りが並び、左右の暗がりには絵画が壁一杯に並んでいる。


 「絵?絵が飾ってあるだけ?」


 シンウが安心しかけた瞬間、その大量の絵から、モチーフとなって描かれた人々が次々と抜け出してきた。


 「ヒィ」


 ニイが小さく悲鳴を上げる。絵から人が抜け出てくるだけでも恐怖だが、その人物たちはみな通常の人間よりも一回り大きく、その顔の部分は失敗作を塗りつぶしたようにグチャグチャになっていたり、切り刻まれたり、下手くそだったり、その絵画ニンゲンが百体近く、彼らを取り囲んだ。


 「完全に囲まれた。脅威レベルはおそらく20前後!」


 尾地は冷静に敵の脅威判定をした。強さとしては彼らなら相手ができる程度だ。ただ数が多すぎる。前後の出口も塞がれつつあり、逃げることも困難だ。


 円形陣をとって、ホリーチェとニイを守る体勢。敵はうめき声を上げてゆっくりと迫ってくる。尾地はさっと全員を見て。


 「スイホウ、ジンク、私に続いて出口までの道を作るぞ。ニイとシンウでホリーチェを守れ。扉に付いたら解錠までの時間を、私が稼ぐ」


 そう命令を出したあとで、自分が囮になって彼女たちを逃がすしかないな、と内心の覚悟を決めていた。


 その覚悟が全員に伝わったのか、みなの表情に決意がみなぎる。


 ただ一人を除いて。


 「お~~いオイオイ、なにリーダーぶってんだよオジちゃんさんよー」


 ホリーチェだ。


 「今はだれが指揮するかが問題じゃない。とにかくすまないが私に従ってくれ!」


 尾地はでしゃばっているのは判っているが、みなを救う道はこれしかないと強く言った。


 そんな尾地の気持ちに対してお構いなしにホリーチェは


 「オジちゃん、レイブリッツって知ってる?」


 バカにするように尾地に聞いた。尾地は


 「え?………えぇ?」


 と思わずホリーチェを二度見した。


 「え?白魔法の?最上級魔法の一つ…えぇ?使えるの?」


 尾地は珍しく混乱している。この小さな少女が、白魔法の最上級と言われる高難易度魔法を使えるって?たしかに治療魔法には抜群の才能をみせてはいたが


 「任せて。今日は特別だ。みんなとお前のために使っちゃうよ。私の天才を見せちゃうからネ(たぶんできると思うけど)」


 ホリーチェは尾地の背中に手を当てる。慌てた尾地は隣のスイホウから予備のショートソードを奪い、手斧と合わせて二刀流の姿勢で魔法にかかる準備をする。


 魔法をかける瞬間、パーティーメンバー全員が、周囲を取り囲む敵の存在を忘れた。


 ホリーチェの手が輝き、その輝きが尾地に移っていく。彼女のタンク内のメモリーが蒸発するように消えていく。ものすごい消費量だ。その消費がそのまま尾地の体を包む黄色い光になる。やがて包み終わった光は糸のように解け、尾地の右隣へと漂いだす。漂った光の糸はそれぞれが意思を持ったように絡まり合い形を作り出す、紡ぎだす。


 もうひとりの黄色く光る尾地のシルエットを。


 あっという間に光の糸は尾地の分身を「再生」した。各所でほつれ、形を失っているが、たしかに尾地がもう一人生まれた。


 疲れ切った顔で倒れそうなホリーチェはニイに背中を支えてもらいながら説明する。その声はほんの一瞬前とは違い絶え絶えになっていた。


 「コイツはお前の動きをトレースする。アーマーの倍化したエネルギーもトレースする。お前が二人になったと思って間違いない。ただ、時間は五分ももたないから…あとはお前らで…」


 疲れが限界になったようだ。動けないホリーチェをニイが優しく抱える。その意志を汲み取れと尾地を見る。


 メモリーを使った技術でここまで高難易度なものはそうそうないだろう。長い冒険者生活をしてきた尾地ですらこの魔法を見たのはこれが二回目だ。精神力だけで長時間維持する人間の写しを作り出すなんて技術は、白魔術を超えた白魔法だ。


 二人で並び立つ尾地と魔力分身。


 尾地は右腕を振る。


 ブン!


 二本の右腕が鳴り響く。


 左腕を振る。


 二本の左腕が鳴り響く。


 右手の手斧と左手の剣をかち合わせる。


 光のコピーも同じく武器を鳴らす。


 コピーされた自分の体、それを見ているだけで、気力も闘志も二倍になった。


 二体の尾地が叫ぶ。


 「任せろぉ!」


 尾地の左右でスイホウとジンクが構える。


 三人が敵陣に飛び込む。


 「無双してやる!」


 尾地の四本の腕が、同時に三体の敵を吹き飛ばした。


 


 



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