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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第四話 西日暮里~上野間 「おじさん、若者たちとレースに参加する」
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 シノバズノイケは昨日と変わらず、霧が立ち込めて水面は波ひとつなく平坦で白い鏡面のようだ。


 その池にかかる一本の橋を渡しながら


 「ここでモンスターが襲ってきたらどうする?」


 「ビーパイスまじですごいね~」


 「ボス見たかった~」


 などという事を言ってはしゃいでいる若者たち。その後ろに続く尾地は、修学旅行ではしゃぐ生徒を監視する先生のような立ち位置であった。彼も昨日来た場所に翌日も来ることになるとは思わなかった。


 ボス敵の消えた池を見ながら、


 「昨日は無茶したなー。いくらなんでも無茶が過ぎた」


 と昨日の戦闘を思い返していた。ちなみに彼はスケートをしたのは小学生以来であり、ちゃんと滑れたことに自分でも驚いていた。実は今でも足首はガタガタであり、本音では家に帰って風呂に入りたかった。


 しかし、ガヤガヤと賑やかに安心して橋を渡っている若者たちを見て、


 「無茶した甲斐があったかな…」


と、この男にしては珍しく、自分のした行為を肯定した。


 ここまでの行程に四時間かかった。昨日に比べても圧倒的に早く到着している。それは前日にビーパイスが根こそぎモンスターを倒して通ったのと、今日早朝から先行していった他のパーティーが残った残敵を倒してくれたおかげである。ここまで一回も戦闘がないという、非常に幸運な道行きであった。




 池にかかる長い橋を渡ると開かれたままの扉が見え、その向こうに広がる新たなダンジョンの姿が見える。先行するパーティーが扉を締めることもなく進んだということだ。


 「行きましょう」


 尾地とシンウが先行し、扉の奥、未踏のダンジョンに踏み込んだ。




 六角形でデザインされた複雑な模様の壁が続く。天井についたライトが遠くまで、規則正しく等間隔で置くまで続いている。


 「なんていうかここ、博物館っぽいね」


 ニイの感想に尾地が答える。


 「そうです、元、博物館です。動物園、池、美術館、博物館。昔の上野がそのままダンジョン化していると思ってください」


 灰色のコンクリの幾何学的模様が続くダンジョン、先程までの自然型ダンジョンとはまるで違う世界だ。


 「気をつけてください。美術館や博物館は、ヤバイですから」


 尾地の警告には理由がある。過去の土地柄にあわせてモンスターは生まれる。あらゆる物が集積された美術館や博物館は、普通ではないモンスターが誕生する想定不能な危険な場所なのだ。


 


 ダンジョンは複雑に入り組んでおり、マッパーのシンウは「NO DATA」と表示されるマップ情報と格闘していた。自分たちの進んできた道はどんどんとマップデータとして書き加えられるが、来た道の情報はあっても進むべき道の情報が一切ない。


 手がかりゼロで地上を目指さないといけないのだ。敵の気配を察知してはルートを変更する。未知の敵と戦う時間的ロスは全員が避けたいと思っているからだ。上野駅へのゴールこそが至上であり、シンウはそのために全神経を注がなければいけなかった。


 敵を避けるために道を曲がり、T字路で曲がり、四辻で曲がる。シンウの端末にはデジタルマップ上にウネウネと迷いに満ちた迷路が描かれ続ける。


 一時間以上進んだが、周囲は入った時と変わらない、幾何学なコンクリの壁。前進しているという感覚に乏しかった。


 「先行してるパーティーがここを通ったようですね」


 尾地がしゃがんで、使い捨てられたメモリーのシリンダを拾った。そして床に付いた血痕を指でなぞって、その経過時間を調べた。


 「二〇分は経ってないと思います」


 「二〇分も…」


 その情報はシンウをさらに焦らせた。自分が選んだルートに、先に進んでいるパーティーがいる。駅間をつなぐルート開拓の栄誉は最初のパーティーにのみ与えられる。一秒でも後れを取れば何も与えられることはない。


 シンウは暗い顔で先を急いだ。


 右へ、左へ、思い出したように真ん中を進む。マップを見続ける目が痛くなる。敵の存在を探るという仕事すら忘れかけ、尾地に静止させられる場面すらあった。


 前を見ず、右手首に付けられた端末の画面を見続けてた。


 その持ち上げていた右手をそっと握られた。


 尾地の大人の男の骨ばった手が、汗に濡れた彼女の手を包む。ハッとして顔を見上げると、少し困った顔の尾地が見えた。


 パーティーの進行が止まった。


 「皆さんの中で、この上野駅を目指すレースで、勝利することは絶対ですか?」


 尾地がパーティー全員に聞いた。


 「いいや、取れればラッキー程度だ。勝利が絶対の条件だなんて、思ってはいないし、言ってもいない。恥ずかしいセリフだけど、挑戦することに意義があるって奴? 今日はそんな気分だよ」


 ホリーチェが少女の姿に似合わぬ、大人のような発言で返した。それを聞いて尾地が、


 「暗くて地図もないダンジョンの中で参加者全員が迷っています。たとえどれだけ急いだって、勝つか負けるかなんて、世界中のだれにもわからないことです。全員が同じ様に迷っているんです」


 そう言って、握った手に力を込める。


 「皆さんの中で、シンウさんにマッパーを任せていることに不安がある人はいますか?」


 「いんや、ねーちゃんにしか出来ない技術だし。それを任せたのは俺達だから、何があっても結果と責任は全員で持つ。それに姉ちゃんの責任の半分は常にオレの責任の半分でもある」


 弟のジンクが姉への信頼と愛情を込めて答える。ニイもスイホウも意見は同じなので、何も言わなかった。


 尾地はゆっくりと彼女の腕を降ろさせ、地図から目を離させる。


 「マッパーは地図を見るだけの仕事ではありませんよ。未踏の地を直感だけでみんなを導くことも仕事です。地図を観ているだけでは直感は生まれません。周囲を見て、自分の経験から生まれる直感を信じて…」


 尾地が手を離すとシンウの腕はゆっくりと下がっていく。地図を見るために上げ続けた腕に疲労が溜まっていた。真下に降りた腕から疲労が抜けていく。


 「その直感を信じた上で、勇気を持って適当に進みましょう」


 尾地は彼女の視界を開き、彼女自身に道行きを任せた。


 彼女は目の前に開けたダンジョンの姿を見る。続いて尾地の顔を見て、振り返りメンバーの顔に写る信頼を見る。そして再び真正面を見据えた。


 地図がないんだから、自分の技量を信じて、メンバーの信頼を信じて、この男の言葉を信じて、ただ突き進めばいいのだ。


 そう割り切って前に進むしか無いんだ。


 シンウの中に諦めと覚悟が半分半分に備わった。




 迷いがなくなった分、パーティーの進行スピードはアップした。迷っているくらいなら適当に道を選択する。しかし、適当といってもそれはプロが行う適当、プロが行う無意識の選択だ。様々なダンジョンの知識を持ち、その構造を足で体感し続けた彼女の直感は、素人のものとは明らかに違う。彼女の直感に含まれている正しさが蓄積し、パーティーはダンジョン内部をドンドンと上昇する方向に進んでいった。


 再度端末で確認する。電波が届かないダンジョン内では今の位置が地上のどの当たりかは正確にはわからないが、進んできたマップデータからおおよその位置は分かる。


 それによると彼女たちは地上の上野駅に、着実に近づいている。


 彼女はマップデータを尾地に見せ、華やかな笑顔でこう言った。


 「もうすぐです!」


 自分たちが今、何番目なのか、だれか先に越されたのではないか、そういった悩みが消え、持っている職能を存分に発揮しているという幸福感がその笑顔にはあった。





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