2
尾地は準備に時間がかかるから、先にダンジョンの中に入って待っていてくれと言ってから駅前のギルドの建物に入っていった。
ホリーチェたちは改札を通ってダンジョンの入口で暫く待つこととなった。
その間も急ぎ足の他のパーティーたちが次々と潜っていく。
十分ほど経過し、荷物と装備を整えた尾地がユコカで改札をパスして現れた。
「お待たせしました、急ぎましょう」
尾地に言われるまでもないことであった。
「シノバズノイケまでは急ぎで行きましょう。始発組が入ってきたら混雑に巻き込まれておわりです」
尾地が言うように、始発では完全武装の冒険者たちが通勤列車さながらの乗車率120%で西日暮里の駅に降り立つだろう。そいつらによってダンジョン入口付近はすし詰めになり、帰省ラッシュのようなノロノロな渋滞ダンジョンになってしまうのは目に見えている。
尾地が入って六人になったパーティーは足早にダンジョンの中を進む。
「シノバズノイケまでのルートは確定してますから、ほんとに徒競走みたいですね」
このパーティーのマッパーのシンウが言うように、ルートは全員同じである。マップ情報は冒険者ギルド全員の共有財産であるため完全に公開されている。その最短ルート行くとなれば、全員が同じルートを通ることになるのが必然。早朝出発組は、焦って走らず、ただ遅れを取るほどには遅くならないように、早歩きでダンジョンを進む。敵が潜むダンジョンを走って進むバカはいない。
「大丈夫ですよ、モンスターの情報はだいたい出揃ってるし、それに昨日の…」
パーティーの先頭、シンウの隣を進んでいた尾地は、そこでハタと気づいた。
(昨日、だいたい倒した…って)
そう思ってすぐにバっと後ろを振り向き、ホリーチェの顔を見る。彼女はその愛らしい顔をわざと大きく崩して。
(あ、バレた?)
と表現した。
尾地は理解した、彼女の考えはこうだ…
昨日ビーパイスと同行していた尾地を発見。
シノバズノイケのボスを倒したのはビーパイスである。
つまり尾地は昨日、このルートを往復しているため、全ての道程とモンスターを知っている。
道案内人として現時点で最高の存在である。
じゃあ、いっちょ仲間にしとくか
という計算であり、そのことに尾地はようやく気付いたのだ。
「利用しやがって!大人の男の純な気持ちを利用しやがって!」
尾地は無言でほぞを噛むしかなかった。
ホリーチェに完全にしてやられた尾地は
「だったらいいいよ、お前らを上野へ連れてってやる!」
尾地は目標を新たにすることで、悔しさを紛らわすしかなかった。
休みなく早歩きで、ダンジョンを下り、彼らはついに上野動物園入り口に到達する。
その到達スピードは昨日の比ではなかった。
「あーーー…」
尾地は昨日来たばかりの場所を無感動に見るが、若者たちは新鮮な驚きや喜びで盛り上がっている。
どんなモンスターが居るのかな、と恐怖と興奮で盛り上がっている若者に対して
「昨日ほとんど殺したから、しばらくポップしないと思うよ」
と水を指すようなことは言えなかった。
尾地の思ったとおり、園内でモンスターと遭遇することはなかった。昨日倒したモンスターの残骸もメモリーへと分解して、空中に消えてしまっていた。
上野動物園とシノバズノイケの間にある安全地帯で休憩に入る。部屋の中には先行していた別のパーティーがいたが、新たな冒険者の姿を見た彼らはすぐさま出立してしまった。
休息に入ったが、みな落ち着かない。この数分が結果を変えてしまうかもと思うと、のんびりなんてしてられないのだ。
ジンクなどは部屋の中をウロウロし始めた。
「落ち着け」
リーダーのホリーチェの言葉で座りはしたが、貧乏ゆすりが止まらない。
「今は、落ち着いたほうが得です」
尾地は持ってきたお茶を飲みながら言う。
「どうしてですか?」
シンウの問いに、
「今日は今まで敵とは遭遇しませんでした。なぜかといえば、昨日あらかた、ルート上のモンスターは倒されていたからです。それに後からポップした敵も先頭を進んでいたパーティーが戦って倒したのでしょう」
尾地の話を貧乏ゆすりを止めてジンクも聞き始めている。
「ここまでは全てクリアー済みのダンジョンを進んでいる状態でした。しかしこれから行く上野までのルートは、完全に手つかずのダンジョンです。一切、冒険者が入ったことのないダンジョンです。この先にある世界は我々の知る世界ではありません」
ここにいる若者たちはその人生で「お手つき」のダンジョンしか経験していない。まったくの未開のダンジョンは初めてだ。
「だから、今は休んでください。私も協力しますから。私の経験と知識で皆さんをサポートしますから。私達なら到達できます。今は焦ることが最大の敵だと思ってください。
それに今ごろ、先行しているパーティーは新たな敵に阻まれて苦戦しているはずですから」
これから先の冒険のイメージを明確にし、達成可能だと大人が宣言する。その言葉に落ち着きをもらった若者たちは、静かに待ち、体の中に眠るエネルギーを高めていった。