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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第四話 西日暮里~上野間 「おじさん、若者たちとレースに参加する」
23/103

1 【第4話 開始】



 西日暮里駅前、早朝。


 まだ太陽は東の地平線の向こうから昇り始めたばかり、廃墟の街並みを照らしてデコボコのシルエットを浮かび上がらせた。


 駅前のベンチに一人で座り、パンを食べている中年がいる。


 尾地だ。


 先日のシノバズノイケ攻略をした彼とビーパイスの一行は西日暮里へ帰還したのだが、その帰路が地上に近づくにつれ女性たちの挙動が不審になった。深海の小さな気泡が水面に近づくほど水圧の低下で体積を増していくように、彼女らの内面でムクムクとなにかが大きくなっていくのを尾地は感じていた。頬を紅潮させ、目はキョロキョロと忙しなくこちらを見て、やたらと触ってくる。


 「これはヤバイ」


 尾地は無言でそう感じていた。


 今まさに成熟し花盛りの女五人に対して、肉体的下降線真っ只中の中年一人。ダンジョン内で発揮される尾地の鋭敏な危険予知の感覚が今まさに最大の警報を鳴らしていた。


 「とって食われる」


 地上に上がるまで最大警報が鳴り続けていた。


 彼は地上の西日暮里の駅についた瞬間に脱出作戦を開始した。


 残ったメモリーを全て消費し、線路を走り抜け金網を飛び越え、廃墟となっている西日暮里の街の中に飛び込んだのだ。彼女たち五人が上げた文句や非難の叫びにはまったく耳を貸さなかった。


 そうして廃墟の中に身を隠し、一晩明かした末、安全を確認した後に駅前に現れて始発を待っていたのだ。


 「あの子たちへの借りはまた別の機会に返さないとまずいな…」


 


 尾地が食事をしている駅前広場に、急ぎ足の冒険者パーティーが現れた。彼らはコソコソと相談して、ダンジョン行きの準備を忙しそうにしている。そんなパーティーが次々と何組も現れはじめた。


 まだ電車は動いていないので、始発で来た冒険者ではない。尾地が時間を確認したが、あと四〇分は電車は来ないはずだ。彼らは駅周辺にある宿泊施設に泊まっていたラッキーな連中のようだ。


 尾地は手首につけた端末でニュースを確認する。


 「シノバズノイケルート開通!」


 彼のした仕事が大きなニュースになっている。しかしそこに彼の名前はなく、ボスを倒したのはビーパイスの女性たちということになっている。それを見て尾地は、詫びるためなら何でもスべきだったかと、思ったが、やはりダメだと首を振った。


 「俺みたいな中年と、なんかあっちゃダメなんだよ、あの子達は」


 教え子に手を出すわけにはいかない。それも若い頃の自分が未来への希望として育てた子たちなのだから。


 パーティーが続々と増えてくる。たまたまダンジョン攻略のために連泊していたら、上野ルート攻略の最速スタート地点に立っていたというラッキーな連中だ。


 ニュースの速報は今朝、というよりも深夜三時あたりに流れた。昔と違って今はそんな深夜にまでネットにかじりついているのは…冒険者の中にはいない。早朝にそのビッグニュースを西日暮里駅周辺の宿泊施設で確認した連中が集まっている。今すぐにスタートすることで、列車で遅れて来る奴らよりも大きなアドバンテージを得ることができる。今ここにいるというだけで、西日暮里=上野ルートのゴールテープを切るという大きな名誉を得られる可能性があるということだ。


 若者たちのギラついた欲望が早朝の冷たい空気の中で静かに燃えていた。


 その若者たちの名誉欲を、つい昨日ボス討伐の名誉を捨ててきた尾地が眺めている。若者たちの健全な欲望を枯れた中年はただ眺めるだけ。その欲望の純粋さを羨ましいとは思っても、それが沸き立つ肉体でも年齢でもなかった。彼はただ、自宅に帰るための列車を一人で待っているだけだった。


 「あ、尾地さん!」


 知った声が聞こえた。


 昨日も遭遇したシンウ、そして彼女のパーティーのメンバーがぞろぞろと続いている。当然、全員が装備を完了している。


 「若者にこそ幸運は降りかかる、か」


 尾地は心のなかで思った。


 「お泊りでしたか?」


 尾地の質問にシンウが張り切って答える。


 「ハイ、昨日ちょっと良くない感じだったから、今日もう一回稼ごうって泊まりにしたんです。そしたらもー!」


 大きなニュースに、転がり込んだ幸運に、素直に喜んでいる。嬉しさが体の中で弾けているようだ。


 「オっちゃんはどうなの?暇そうだが?」


 ホリーチェが変な呼び名で聞いてきた。昨日された「ちゃん」呼びの仕返しか。


 「ええ、昨日の仕事明けに泊まったから、今日はもう帰ろうかなって感じですね」


 無駄に野宿をしてしまったせいか、実に覇気がない返事だ。


 「ふ~~~ん」


 ホリーチェはその可愛らしい少女の顔で企みの表情を作った。


 「おーじさぁ~ん、何のんき言ってんだよ!こんなビッグチャンス、乗らないでどうするよ!」


 ジンクが覇気のない中年を叱咤する。今こそビッグウェーブに乗る時だと。


 「今日はスピード勝負ですよ。中年の足腰に出番はないですよ」


 尾地は彼らの勝利のためにも一刻も早く出るべきだと静かに忠告した。しかし、


 「尾地、暇なら今日は私達と来い」


 ホリーチェの発言に尾地と他のメンバーは同じ様に驚いた。


 「え?私?派遣依頼ってことですか?」


 「いーや、今日は仲間だ。お前と対等に協力しあって上野駅を目指す」


 この依頼が、仲間としての勧誘なのか、単なる派遣の要請なのか、判断は難しかったが


 「それいーじゃん、一緒に行こうぜ!」


 ジンクは乗り気だ。


 「え、一緒?一緒ですか?」


 シンウはなぜか髪を整え始める。


 「そうだな。今回は人数が多いほうが安心だ」


 正面突破を考えて戦力増強は嬉しいスイホウ。


 「え?ちょっと楽しそー」


 ニイは素直に歓迎の姿勢を示す。


 彼女たち全員、前回のホリーチェ救出時の尾地に対して誠実に行動していなかった事を気にしていたのだ。もし今回一緒に行くのなら、きちんとした仕事で尾地と冒険してみたいと思っていた。


 ホリーチェは彼女の仲間を背後に従え、彼に手を差し出す。


 「どうだ、今日は私達と一緒に楽しいことをしてみないか?」


 尾地の目に、長年消えていた輝きが、一瞬だけ戻った。


 ここ数年、ただ依頼された仕事に答えてきただけだった。年離れた若いパーティーに紛れて誠実に仕事をしてきたつもりだったが、結局、年齢の壁は超えず、年齢の溝は埋まらなかった。一回だけの派遣。その日だけの仲間。若者たちとは仲間になれなかった。それは当然であり、それに憤る歳でもなかった。


 そういう暮らしをしていた尾地に、差し伸べられた小さな手だった。


 思わず顔を伏せ、なにかをこらえた後に、


 「わかりました、上野まで行きましょう」


 このレースへの参加を表明した。若者たちと一緒に行くと。


 いつもどおり、何かを期待しているわけではない。一回限りの仲間と一回限りの冒険をするだけだ。それ以上は何も求めない。尾地はそう思って立ち上がった。




 彼女たちとの冒険は、これが二回目だった。




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