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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第三話 西日暮里駅 「おじさん、美女軍団の下働きをする」
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5 【第三話 完】





 地底に広がる巨大な空間、そこはわずかな陸地を残して殆どが湖で占められている。


 「シノバズノイケ」と呼ばれるダンジョンの難所だ。


 池が空間の横幅いっぱいに広がっていて、人間の冒険者が立って戦えるエリアは極端に狭い。池には一本の橋がかかっている。その橋がこのエリアを通り抜けるための唯一の道だ。


 僅かな地面のある場所で、ビーパイスの5人の女性と尾地が戦闘の準備を開始していた。


 薄く霧がかかり、天井から漏れる光源によりシノバズノイケは曇天の湖のようだ。その霧の中、一本の向かい岸まで伸びる木製の橋を指しながらマッパーのスミレが言う。


 「あの橋の上で戦おうとした連中がいたんだって。それで唯一の橋がぶっ壊されそうになったから、慌ててギルドが橋の上での戦闘を禁止したって」


 唯一のルートが破壊されてはボス討伐の意味もなくなるというものだ。


 ボス敵に挑んだパーティーの中で、いくつかのパーティーは戦闘ログ、戦闘の記録映像をそれぞれのサイトで公開していた。いくつかは有料で、いくつかは善意の無料公開で。


 ボス攻略のための情報共有は珍しいことではない。誰もが情報なしの状態でボスとは戦いたくはない。情報共有は攻略難易度は下げて獲物を奪われる可能性を上げてしまうが、結局の所、勝負を決めるのはパーティーの実力しだいだ。情報だけで決まるものではない。


 「どのみち近接戦闘は無理って話だね。相手は水生で池の中から出てこないし、池は広すぎて魔法の射程外にすぐ逃げられるし。アイツからしたら人間を見つけたら水流系の技を遠距離から撃つだけで楽勝ってわけ」


 賢者のイクミがメモリーのタンクを荷から出して並べる。大型の攻撃魔法を連射する構えだ。


 「私も今日は魔法だけだな。剣の出番はなしだ。切るのは、あの人にお任せだ」


 魔法剣士のサキも剣は鞘にしまって、普段は使わないマジックワンドを用意している。


 地面に座っている尾地は靴を履き替えていた。


 「なに先生、その靴?」


 サヤカが興味をもったのは、その謎の靴の底には刃物が付いているからだ


 「今回は足でも戦うんだ!足技で」


 尾地はサヤカのその言葉にどう反応していいか分からなかった。


 「スケート靴です…」


 「スケート?」


 女性たちが全員、首を傾げた。


 「知りませんか?ああ、知らないか…」


 尾地はジェネレーションギャップ、というよりも首都沈没を挟んだ本物の文化の断裂というものを目の当たりにして落ち込んだ。


 「氷の上を滑るための道具です。終わったら教えますよ、スケートがなにかって」


 なんだかよくわからないが、尾地が足の裏に刃物を付けて、よろよろと立ち上がる姿は、女性たちに受けたようだ。


 そして尾地は、今まで運んできた大きなバッグから今回の武器を取り出した。


 魔法剣士のサキが目ざとく見つける。


 「GNUーL1…そんなもの持ってきてたのか」


 伸縮式の大型剣、先日出たばかりの最新のギアだ。尾地が一振りすると、持っている尾地より大きな剣へと変形する。


 「それってこないだ出たばかりで、超レアって奴でしょ。なんで先生がもってるの?」


 前衛として剣を扱うこともあるスミレも興味津々だ。


 「作ってるライゴウさんとは古い仲なんですよ。ちょっと必要かなって思って頼んでおいたんです」


 「頼んだって買えないでしょ普通。うわ、コネだ、中年の汚いコネだ。ずっるー」


 スミレやサキの茶化しを気にする様子もなく尾地は装備の点検を続けた。




 全員の装備が整った。女性たちは横に並び、その前に尾地がいる。


 「それではみなさん、ここまで私のワガママに付き合ってくれてありがとうございました」


 五人は黙って尾地の言葉を聞いている。古くから知っている年上の男と今日はじめて「共闘」をする。彼女たちの内面に高まるものがあった。


 「作戦は事前に話したものと変更はありません。このまま開始します。倒すことが目的ですが、作戦が通じないと判明した場合は早期に撤退もありえます」


 「それはないと思います。だから先生…」


 サヤカは割って入った。彼女の尾地への信頼は厚い。五人は揃って尾地を見つめる。サヤカが代表して言った。


 「存分に挑んでください!」


 女性たちの思いに、尾地は照れくさく頭をかく。今日は自分の願いを、彼女たちに叶えてもらう日だということにやっと気がついた。


 「それじゃあ行きましょう!」


 尾地は雄々しく振り返ると、スケート靴をガチガチとならしながらガニ股で池に向かった。




 シノバズノイケは波一つなく穏やかで、鏡のように平面であった。


 そこに火球が飛び込み、大きな水柱を上げる。


 ボスを呼び起こすための、嫌がらせの一発だ。


 魔術を放った不遜なパーティーは岸辺に展開している。その後ろに大剣を折りたたんだ状態で背に担いた尾地が立つ。


 一発撃ち込んでみて、様子を伺う。相手が出てくるまでいくらでも嫌がらせをするつもりであったが、その必要はなかった。


 先程の水柱の三倍のサイズの水柱が池の中央に立ち昇った。


 「出た…シノバズノイケの主…」


 誰かが呟いたのと同時に水柱が砕けて中から現れる。ノコギリの刃のような円盤を体中に纏った、巨大な蛇。


 「シノバズのリュウ」


 尾地はつぶやきながら、その倒すべき相手を観察し続けた。


 二発、三発、続けて黒魔法の火球が放たれて攻撃が水上に立ち上がったリュウにヒットしているが、リュウの体を覆う無数の円盤が震えて、火球を表面で消してしまう。


 「うわ、とんでもない魔力耐性!こりゃダメだ!」


 賢者のイクミが叫ぶ。本職の魔法使いがたったの一発で勝負なしと判断してしまうほどの敵の異常な魔力耐性の高さ。


 「ありゃりゃー、こりゃどのパーティーも諦めて帰るわけだ。頼みの黒魔法がこの効き方じゃなー」


 もう一人の賢者のユイも、何発当てても怯みもしない敵に驚いている。


 シノバズのリュウは蛇のような長い体の半分を水面上にあげ、こちらを威嚇するようなポーズをしながら、水面下のもう半分の体をくねらせて、こちらにむかって進んでくる。


 「もう少ししたら、奴の射程範囲に入る。その時に作戦を開始します!」


 尾地の命令に女性たちも準備する。彼女たちの服の収納には、マジックワンドに挿入するメモリーの予備弾倉が大量に並んでいる。


 首だけ伸ばしたリュウが快速で水上を進んでくる。その口が開き、莫大な水流を吐き出す攻撃を繰り出そうとした瞬間、


 「全員撃て!」


 リーダーのサヤカの号令!


 五人全員が、氷結魔法を撃ち始めた。


 マジックワンドが内蔵バッテリーで作り出す僅かな冷気をメモリーの力で何百回も再生し、強烈な冷凍弾として発射する。周辺の空気もピキピキと凍るほどの冷凍弾は、池の水面に当たるとその周辺の水を含めて一気に冷却し、氷塊へと変化させる。それをメモリーが尽きるまで、五人は撃ちまくった。


 次々とリュウの周りの水が氷に変えられていく。使い切ったメモリーシリンダーがワンドからイジェクトされると、すぐに次のメモリーが装填され、さらに冷凍弾が撃ち込まれる。氷はリュウを捉えて動かさず、さらに分厚い氷原となって広がっていく。


 リュウを中心に周囲三〇メートルの池の水面が凍りついた。体を氷で動けなくされたリュウが暴れるが氷にひびが入るだけだ。それほどに氷は深く固まっている。


 「先生!」


 サヤカの周囲の空気もすでに冷え切っており、彼女は声は白い息とともにあがった。


 尾地はすでに池に向かっって突進していた。ガチガチとスケート靴を鳴らし、メモリーの力で強化された足で地面を蹴って跳ねる。池の端で大きくジャンプをした。池の端から凍りついた氷原まで一五メートルをひとっ飛びで飛んで、


 着地した瞬間、彼の足についたスケートの刃は、氷の上を滑り始めた。


 シャアアアア


 女性たちは生まれてはじめて、氷の上を滑る人間を見た。足を動かすことなく、勢いが永遠に続くかのように、移動し続ける人間。


 「うわあぁ!」


 驚きの歓声が上がる。


 冷たい氷盤の上を突き進む。リュウを中心としてできた氷のリンクの上を円を書くように進む。背中から武具GNUーL1を抜いた。


 氷を強化した足の力で蹴る、蹴る。どんどんと体を加速させる。


 充分に加速を付けた彼は大きくカーブしながらリュウに向かって、片足を大きく踏み込んで飛んだ!飛び立つために蹴られた氷に大きくヒビが入った。


 それまでの加速は空中で回転運動に変わる。


 両手で構えた武器は回転の勢いで展開し、巨大な大剣に変わる。剣の変形の重心移動でさらに回転は強化される。その巨大な刃を回転させる尾地の、回転する円盤のこぎりとなり、リュウに向かって空を飛ぶ。


 ギヤァン


 回転する刃がリュウの体に衝突し切断する音が響いた。


 回転を解いた尾地が氷面に着地し滑りを再開する。


 「浅かったか!」


 尾地の言葉通り、リュウに出来た切断傷はその本体の太さに対して三分の一にしか到達していなかった。重傷ではあるが致命傷にはなっていない。首から血を吹き出しながらもリュウは怒りの雄叫びを上げていた。


 さらなる追撃を狙って、再加速をしようと氷盤のギリギリのフチを滑る尾地、だが傷を食らったリュウが大きく暴れだした。リュウの怪力に負け、氷がバリバリと砕かれる。


 「先生!」


 女性たちは叫んで氷結魔法を撃ち込むが、崩れた氷盤を再びつなぐことが出来ない。


 崩壊する氷盤を滑る尾地。最後のチャンスを狙ってジャンプに踏み切ろうとするが、彼の足元の大きな氷盤が崩れて坂道のように立ち上がった。勢いだけでは登れない。


 「ドッセェェェイ!」


 ガツガツとスケート靴の刃を立てて氷の坂を駆け上がり、その先端に到達する。氷の高さはリュウの頭の位置だ。そこで体全体のねじり、強引に回転運動を行いながら飛び出した。全身の運動をメモリーの力で何倍にも倍加して、再び回転する刃物となった。


 その刃は狂いなく先ほどつけたリュウの首の傷を捕らえた。すでに切られた傷跡に刃が滑り込み、体幹の芯を切断した。今度こそリュウの命を断った。


 命を失ったリュウは無機物の巨大な柱となって水の中に沈んでいく。


 切断を果たした尾地は、荒れた波に揺れる氷面になんとか着地したが、そのまま波に煽られて水中に落下した。


 岸辺にならぶ女性たちが悲鳴を上げた。


 荒れる氷海をなんとか岸に泳ぎ着いた尾地。鎧で重い彼の体を女性たちが引き上げた。しかし彼のおろしたての新武器は池に沈んで戻ることはなかった。




 「大丈夫、大丈夫だから」


 水に落ちてびしょ濡れの尾地を、みなが心配しながら装備を外していく。濡れた服を脱がそうと何本も腕が伸びてくる。


 「大丈夫だから…脱がすな、コラ!」


 尾地を半裸にした所で女性たちが笑い出す。ようやく安堵したようだ。氷塊が浮かぶ池に沈んだ尾地を見た時は、みな生きた心地がしなかったのだ。




 服を乾かしながら、パンツ一丁の尾地が女性陣の前に立つ。ガニ股で立っているのは、先ほどの戦闘での無理な運動がたたって体中の関節が悲鳴を上げているからだ。中年には酷な戦いであった。


 「というわけで、無事に討伐に成功しました。ありがとうございました」


 頭を下げる尾地に大きな拍手が飛ぶ。


 「つきましては、この討伐はみなさんがやったということで、私の名前は出さないように」


 尾地の言葉に拍手はやみ、穏やかな祝福の空気は消え去り、先程の戦闘よりも冷たい空気が流れた。


 「ハァ?私らが倒したってウソつけってこと?」


 サヤカが先程までの敬意を一切なくした冷たい声で話した。他の四人の目もプロとしての矜持を傷つけられた怒りに燃えている。


 「あたしらがお情けで討伐の名誉をもらって喜ぶと思ってるの」


 彼女らの圧に押されて腰が引ける尾地。その周囲を取り囲む女たち。ちょうど尾地の眼前を彩り豊かな胸が包囲する形となる。


 「これは、契約の時点でお願いしていたことです。どんな条件であっても契約は契約です」


 尾地の返す言葉に女達の勢いが止まる。


 「そりゃ確かに…」


 思い当たるところがあり、困惑するサキ。


 「だけどほんとに、自分がやったことを秘密にするなんて、そんな事をマジで言ってたなんて…冗談としか思ってなかった…」


 スミレの当惑も当然である、ボス討伐の名誉は全ての冒険者が求めるものであり、それが常識である。


 「これは皆さんへのお願いです。無礼なことは承知しています。どうか私への貸しだと思ってください」


 尾地は更に頭を下げる。彼を包囲する輪はさらに狭くなっている。


 「そんなに名前が世間に出るのが嫌なんですか?」


 サヤカの疑問に尾地は


 「有名になると派遣依頼料が上がってしまいます」


 「え?」


 意外な理由に皆、目が丸くなる。


 「私はただでさえ前世代の生き残り、業界でもほとんど存在しなくなった四〇代の冒険者です。これで有名になって依頼料金が上がった日には、いよいよ仕事の場所がなくなります」


 「そ、そういうものなの?」


 「大変なんですよ、この歳で現役ってのはね」


 五人は顔を見合わせる。今の若い彼女たちには想像もできない苦労が尾地にはあるようだ。それを汲み取ってあげられるのは私達だけなのだ。


 「あ~~~~~かっこ悪い!人から勝ちを譲られるなんて!あ~~~~!」


 リーダーが発したその言葉に、他の四人は仕方ない、と諦めた。勝利という不名誉を今は受け取るしかない。


 「じゃあこれは貸しね。過去のことに対する私達からの返済ではなくて、今の先生からの、私達への新しいおっきな貸しってことで」


 「そうですね、私のわがままに付き合ってくれたという大きな貸しです。必ず返しますよ」


 「じゃあ、私達が呼んだら、いつでも来てくれるってことだよね?」


 「火の中水の中、ラスボスのバトルの最中でも?」


 みなが口々にする質問してくる。尾地は心を込めて返すしかなかった。


 「大きな貸しですから、いつでも、どこでも、皆さんの元に駆けつけます」


 強く言い放った。


 「ふ~~ん。じゃあ、帰りますか」


 サヤカがなにか企み顔をしつつ、本ミッションの終了と帰路につくことをリーダーとして宣言した。


 その帰路の準備をする尾地を捕まえて


 「呼んだらいつでも来てくれるんだ?」


 またサヤカが尋ねてきたので尾地は義務感から繰り返す。


 「もちろんです!」


 「でもさー、私達が呼ぶのはダンジョンじゃないんだよねー」


 サヤカの言葉に全員が同意の声を発し、尾地は嫌な予感がして震えた。


 「私達、全員の部屋に来るってことだけどね。一回づつ」


 サヤカはウィンクした後に帰路の準備に入った。


 尾地は無言でその後姿をみていた。楽しげにお尻が揺れていた。尾地の荷物を片付ける手が完全に止まった。女性たち全員が新たなモンスターに見えた。女性たちが彼をチラチラと盗み見している。彼は完全に囲まれた獲物だった。


 彼は脳をフル回転させ、いつ脱出するかを考え始めていた。このハイレベルの冒険者パーティーからの脱出は、尾地の実力を持ってしても最難関のミッションである事は間違いなかった。






 この翌日早朝に全ての冒険者たちに朗報が入った。


 「シノバズノイケのリュウ討伐!」 


 シノバズノイケルート開通による、上野駅を目指すレースが始まる。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [一言] 俺TUEEEけど目立ちたくないから実力を隠す、って作品の教科書を読んでるかのようだ 強いからざまぁしてスカッとさせるんじゃなくて強いから目立たない立ち回りをしてクールに…
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