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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第三話 西日暮里駅 「おじさん、美女軍団の下働きをする」
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 ビーパイスと尾地たちが西日暮里駅のダンジョン口から侵入して、三時間が経過していた。


 ダンジョン入り口付近では、冒険者がごった返すくらいの状態であったが、深く潜りだすと一気にその人数は減り、彼女たちが選択した「シノバズノイケ・ルート」方面に入ると、他の冒険者はほとんどいなくなった。


 先頭を歩くのは、マッパー兼シールダー兼黒魔法使いという異色のジョブを有するスミレ。才色兼備が揃っているビーパイスの中で「もっとも才能がない女」と自称するのが彼女だ。他のメンバーがそれぞれ突出した才能を伸ばすなかで「じゃあ私は残ったものやるわ」の一言でパーティーの足りないスキルをすべてマスターしたという才女だ。このパーティーがパーティーとして成立しているのは彼女のおかげ、というのが他のメンバーの一致した意見だ。メンバー内で一番歌がうまいのも彼女だ。それを発揮するのは地上のカラオケルームと、ダンジョン奥深くでのキャンプという厳しい場面だ。


 ショートカットのハツラツとした彼女は、ダンジョン内を散歩するように歩く。感覚が鋭敏な彼女は、敵の気配を敏感に察知できるため、ダンジョン内でも普通の道を行くように歩ける。彼女を信頼する他のメンバーも気負うことなく進むことができ、それはパーティー全体の疲労度を大きく軽減することになる。


 そしてパーティーの最後尾に尾地の姿があった。ひときわ大きな荷物を背負っており、どう見ても戦闘要員としては雇われていない。下男さながらに美女たちについていくだけだった。


 尾地の隣にパーティーのリーダーでもあり最後尾の守りを担当していたサヤカが近づき、話しかけてきた。


 「おじさん、さっきの子たちおじさんの知り合いだったの?」


 「ええ、まあ色々ありまして」


 「色々って?」


 「まあ色々ですよ」


 「また白馬の王子様やってたんだ」


 その言葉が聞こえたのか、前を行く他のメンバーからクスクスという笑い声が漏れた。尾地は困ったなという顔で


 「あの子達を助けはしましたが、王子様ってことはありませんでしたね。なんせお金をもらいましたから。派遣の仕事でお助けしただけです。助けて報酬をもらう王子様なんていないでしょ」


 「たしかにね、助けた後で料金請求されたらあの子達もドン引きでしょうね」


 「前払いでしたよ。追加料金も無し。公明正大、料金分の仕事をしたまでです」


 そう言いながらも尾地は自分の行動を思い出す。裸でボス敵に挑んだのは料金より多少オーバーしていたかも知れないなと。そして涙目だった少女にした約束も、あれも料金にに入っていたのだろうか?と


 そんな事を考えていた尾地の横顔を見ていたサヤカは


 「でも若い子だったら勘違いしちゃうかもよ。助けられただけでドッキーンって」


 「なんですかそれ。だいたい王子様ってのは、もっと若い子のやる仕事ですよ。私みたいな中年はお呼びじゃないでしょ」


 「大丈夫、国王が七十歳で現役なら王子様が四十代なんて普通だよ」


 サヤカが例に出したのは現実の王族の話だった。


 「一回助けただけで好意を持たれるなんてこと、ありはしませんよ」


 「そりゃあね、女の子にも選ぶ権利があるからね。でもねオジさん、恋人や旦那さんが特別な相手を示すように、助けてくれた「王子様」だって、その子の一生の特別になるってことでしょ。好きかどうかは別にしても」


 「そうですね、そうすると私は王子ではなく、水戸のご隠居ってところですね」


 「なにそれ」


 若いサヤカがまったく知らないという顔をした。 前を行く他のメンバーも知らないだろう。おそらく今このダンジョンに大量にいるほとんどすべての冒険者も知らない。


 尾地はこの深いダンジョンの中で、真の孤独を味わった。


 


 一行は広い通路を進んでいく。十階建てくらいのビルが柱の様に伸び、天井を支える柱となって並んでいる。ビルが作る巨大な回廊。その薄暗く巨大な空間を進む。六人のライトの光が四方に伸びるが、モンスターの気配はない。無人の広大な空間だけが広がっている。むしろモンスターが出てくれたほうが「賑やか」で良いと思ってしまうほどに、静かだ。


 柱となっているビルは窓から中を覗けるが、床から天井までオフィス用の椅子がギッシリと詰まっていた。




 進むにつれ、天井が下がり始めビルたちも低くなってきた。やけに横長な門にたどり着いた。門には扉はついていないが、門の中には鉄製のゲートがいくつも並んでいた。ゲートは腰までの高さで、人が一人通りぬけられる隙間がいくつも作られていた。門の屋根には大きな看板が付けられているが、その看板に書かれた文字は意味不明な形に変化していて読めない。


 シノバズノイケへ行くためにはここを通らなければいけない。人間には読めなくなっているその字を読んで、尾地が呟いた。


 「上野動物園、表門」


 エリアのボスへと辿り着くための、難関地帯の名前だ。


 


 ビーパイスとお付きの男性を含めた六人は門を進み動物園の内部へと侵入を開始した。


 暗い通路を区切るのは立ち並ぶ空の動物の檻。ガラス板から覗くのは、かつての動物園の姿。コンクリで作られた野生の自然が、主を失った空っぽの状態で並んでいる。


 深い堀に囲まれたエリアに入る。通路の両脇には水が枯れた堀がうがかれ、かつては象や虎が展示されていたであろう広い敷地が広がっている。尾地はそのエリアにわずかな懐かしさを覚える。沈没以前の動物園を知るのはこの中では彼だけだ。が、よく考えたら上野動物園には来たことはなかった。違う動物園の記憶だったが、動物園のフォーマットにそれほど違いがあるわけでもない。


 無人、無獣の動物園を進む。何物も展示されていない檻は冷たい空気だけを展示している。何かがそこに潜んでいるのではないかという疑心だけがこの動物園の展示物だ、


 出現するモンスターは沈没以前の土地の影響を強く受ける。元動物園に出現するモンスターは、通常のモノとは当然違ってくるし、脅威度もかなり高くなる傾向にある。


 動物の姿が一切見えない動物園だが、遠く闇の奥から獣の鳴き声、唸り声だけが聞こえてくる。


 先頭を歩くスミレが歩みを止める。パーティーは彼女の出したわずかな気配だけで戦闘状態に入った。尾地は荷物を抱えたまま後ろに突っ立っている。


 曲がり角から進んでくるものがいる。


 カッポ、カッポ


 大きい。大型のモンスターであることはその音と気配だけ分かる。


 五人の女達は一列に並び武器を手に取る。


 スミレは盾を展開せず小型のマジックワンドを。賢者二人、ユイとイクミは普通のワンド。魔法剣士のサキは魔術装置が組み込まれた特性の剣。リーダーのサヤカは展開式の大型ワンドを広げる。


 カッポ


 闇からキリンが現れた。大型の傷だらけのキリン。だがその傷口はうねうねと動き。形を変え続ける。そしてそのキリンの長い首の先に頭はなかった。長い首の先は溶けたプラスチックの棒の様に急激に細くなり空高くどこまでも伸びていた。その先は暗い空に消えて見えない。すべての傷口が開き咆哮を上げ、こちらに向かって突撃しようとしてきた。


 その瞬間、五つの武器から五つの炎が生み出され発射された。五重の炎に包まれ、キリンの体のいくつもの口が同時に悲鳴を上げて倒れた。


 「えげつなー」


 後方で見ていた尾地が感想をもらした。


 遠距離からの情け容赦のない五重の魔法攻撃。コレを食らっては脅威度三十五のグリードジラッファもひとたまりもなかった。


 ビーパイスがもっとも有名な冒険者パーティーである理由は、その美貌だけではないと証明してみせた。


 後ろで観戦しているだけの尾地に向かってサヤカが命令した。


 「おじさん、ボサっとしないで!予備のメモリータンク出しといて!強行突破するんだから!」


 魔法は強力にするほど多くのメモリーを消費する。尾地は予備のタンクを収納から取り出して両脇に抱え、駆けだした女性たちの後を追いかける。


 何組ものパーティーがすでにシノバズノイケに到達しているため、このルートが最短ルートなのは確定済みである。そこを魔法の輝きを放ちながら突き抜ける。メモリー消費を度外視した最短最速のルート取りだ。


 様々な色を放ちながら駆け抜ける女達、その後を追いかける尾地。闇の動物園に獣たちの悲鳴が広がっていく。





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