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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第二話 新宿駅 「おじさん、パリピな若者たちの尻拭いをする」
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 暗闇の中、閃光魔法の光に照らされモンスターの姿が浮かび上がる。眼球を刺す閃光に怒り、辺り構わず破壊する。


 ギョエン・ドラゴンの突撃で吹き飛ばされた城壁チームの連中は半数以上が自力で脱出できた。もとより頑丈な連中が選抜されていたうえ、複雑なフレーム形状のエグゾスケイルアーマーがあの巨体の突進から彼らの体を守っていた。


 それよりも被害が大きかったのは、櫓付近にいた非戦闘スタッフの方だった。上から降り注いた機材や鉄パイプにより、かなりの重傷者を出していた。


 魔術チームがドラゴンを誘導し、櫓から引き離す事に成功しているうちに救助を完了し、撤退しなければいけない。


 「ホラ!しっかり支えて!一般人に被害者を出すなんて冒険者の恥になりますよ!」


 櫓の残骸を持ち上げる尾地とミシマ。ミシマは半泣きで尾地の救出活動を手伝っている。撤退作業を逃げ出すようでは、今後誰もあなたを認めなくなる、と尾地に脅しをかけられたのだ。その言が効いたようで、ミシマは常時半泣きでスタッフの数と救出者の数をカウントし続けていた。


 「これで全員!全員です!尾地さん!」


 「絶対ですか?」


 「い、命かけて!全員の救出を確認。脱出できます!」


 それを聞いた尾地は、遠くドラゴンを牽制し続けるマキに大声で合図を送った。光る空の下にいたマキは尾地の方を見て、事態が進展したことを知り、うなずいた


 「総員撤退!」


 尾地は叫ぶ。撤退の最終局面だ。


 マキたち魔術チームもしんがりとしての覚悟を決めた。


 負傷が比較的少なかった城壁チームがこの地下空洞唯一の入り口の前に並び最終防衛線を作る。魔術チームは閃光魔法を放ちながら、徐々に出口側ににじり寄っていき、


 「最終弾、撃てェー!」


 マキの号令により最後の閃光弾を撃った後、魔術師全員が入り口に向けて走り出した。他の場所にいた生き残りも、負傷者の救助をしていた連中も残らず走り出す。


 全員が一斉に入り口の最終防衛線に向けて駆け出す。


 光が止み、付近を見回したドラゴンが、逃げていく人間を見て、大きく吠えた後、追いかけだした!




 一番危険なのは最後までドラゴンをひきつけていた魔術チームだ。必死に走るが出口までの距離が遠い。次々とゴールラインを切りトンネル内に退避していく人々。出口は狭いトンネルだ。ドラゴンの大きさでは追いかけることはできない。ここにさえ飛び込めれば安全を確保できる。だが魔術チームはまだ遠く、彼らの到着をまって撤退する予定の最後の城壁チームも神経をすり減らす。


 彼らには正面から迫ってくるドラゴンがはっきり見えているからだ。


 「駄目だ、追いつかれる…」


 尾地と共にトンネル内への退避を成功してミシマが絶望的な顔でつぶやく。この距離から見ても魔術師チームが最後の生贄になるのは明白だ。必死で走る魔術師たちのすぐ後ろに獲物を踏み潰そうとするドラゴンの巨大な顔。


 無言であった尾地が前に進む。戦いの場に戻ろうとする。


 「駄目です尾地サン!諦めてください!」


 今までの尾地の献身的活動を見てきたミシマが叫ぶ。


 「ちょっとだけだから」


 尾地は泥だらけの顔を向けてそれだけ言った後、歩みを早くした。そばで呆然と立っていた男が持っていたランスを手早く奪うと、トンネル内を駆け出した。


 仲間の生と死をただ見ているしかない人たちの間を尾地は走る。それはアーマーとメモリーの力を借りてどんどんと加速する。


 ついにドラゴンの速度は、逃走する者たちを超え、彼らをその眼下に捉えた。全員を一度に殺すことが可能な距離に迫る。


 怪物の影が魔術師たちを覆う、それでも彼らは絶望的な逃走をやめられない。


 加速した尾地が飛び出す、


 一歩、トンネルの外へ


 二歩、最終防衛線の兵士たちを飛び越え、


 三歩、全身をしならせ、加速を最大に、槍を、投げる。


 その投げる運動が完了するわずか数瞬の間に、尾地はその動きを全く同じ形で八回イメージし再生した。槍に送られた運動エネルギーは膨大なものになり、尾地の手を離れた瞬間、槍は飛ぶように加速した。


 完全に水平に飛び出した槍はいっさい減速せず、光線の様に空間を貫き通す。


 そして、今まさに人間を蹴散らそうとしたギョエンドラゴンの左目に突き刺さった。


 その巨大な運動エネルギーを持った槍はドラゴンの強固な頭部を貫通し、その勢いはドラゴンの体を完全に引き起こして、転倒をさせた。


 


 「よッしッ!」


 さすがに尾地も、自分の手際があまりに上手くいったことにガッツポーズをしてしまう。


 危機に際したときの集中力がこの奇跡を成し遂げさせた。後ろで見ていた兵士たちも思わず歓声を爆発させた。


 なんだかわからないうちに背後のドラゴンの追跡がなくなった魔術師チームは、息絶え絶えに最終防衛線を超え、トンネル内に入る。


 倒れていたドラゴンが起き上がり、怒りの咆哮を上げる。槍が頭蓋を貫通したにもかかわらず生きている。恐ろしい生命力だ。


 「じゃあな!また今度!」


 尾地はトンネルの入り口で助かった仲間たちを抱きかかえながら、ギョエンドラゴンに別れの挨拶をしたのち、


 「撤収!」


 全員にこの場からの完全撤収を命じた。






 新宿口ダンジョンエントランス。


 その自動改札から傷だらけ泥だらけの冒険者、派遣冒険者、スタッフが大量に出てくる。ホーリーフーリガンズの巨大な敗軍の姿だ。どれも敗者の暗い顔だが、一部には盛り上がっている連中もいた。


 「アレすごかったなー」「あんなことできるんだ?」「あのおじさん誰なの?」「知らない」という、なにかしらの武勇伝があったようだ。


 時間はすでに夜の一一時を超え、作戦の失敗、敗走は広く世間に知られた状態であった。したがって新宿駅は彼らを待つ人も、歓声もなかった。すべての店舗が店じまいをし、通路以外の明かりは落とされ、エントランスも少数の照明だけで薄暗かった。


 そこに四人の女性たちが待っていた。


 シンウ、ニイ、スイホウ、ホリーチェの四人だ。


 配信が切れて随分時間が立ったが、結果を知らずに去ることは難しかった。彼女たちはつい先日、その男に助けられたばかりなのだ。


 シンウは帰ってくる人たちの顔を一人ひとり確認しながら待ち人がいまだ戻らないことを心配していた。人混みの中に、ホーリーフーリガンズの団長の疲れた顔があったが、哀れさを感じたが話しかけることもなかった。(後日、彼は敗戦の報を知らせる動画を配信し、その際の殊勝な姿によって、多少人気を回復させた)


 いつまで待っても待ち人来たらず。


 「死んだかな?」


 スイホウが無慈悲に言うと


 「生きてて!あんな地下まで助けに行きたくないから!」


 ニイが切なる願望を口にする。そういう連中の横で、ホリーチェはすでに眠気に負けていた。




 自動改札の向こう、ダンジョンの中なら仕事帰りのサラリーマンのような会話が聞こえてきた。


 「いやーさすがっすね、センパイ!あんな神業初めてみました!」


 「もーやめてよ~。私だってあんなに上手くいくなんて思わなかったし、たまたま全部が一直線になってたから当たっただけだって~」


 男同士のイチャつきが響く


 改札を仲良く通過した大人二人。


 「ほんじゃ!センパイ!またの機会がありましたら、ぜひよろしくお願いします!」


 「こっちも、ほんと助かったから、ほんとマキ君いてよかったわー。またお願いします」 仕事上のパートナーと別れを告げて分かれる。次にいつ会うのか、それとも二度と会わないのか、それを知るのは派遣の神のみ…




 いい気分で帰ろうとした尾地の前に四人が現れた。


 「え!なんでいるんですか?」


 「心配してたからに決まってるでしょ!」


 ニイが切り込む。


 「死んだら助けないといけないなーって思って待ってたんだよ」


 スイホウが腕を組む。


 シンウは黙って見ている。ホリーチェは立ちながら寝ている。


 バっと尾地が頭を下げる。


 「心配かけてすみません!只今戻ってまいりました!」


 こうもキレイに頭を下げられては嫌味も言いにくくなる。


 「というか皆さん、妙齢の女性がこんな時間まで、終電終わっちゃいますよ!」


 顔を上げた尾地は急に四人の心配をし始めた。


 「尾地さんは電車じゃないんですか?」


 シンウが尋ねると、今日は駅そばのカプセルホテルで泊まる予定と答え、彼女たちを押し押し、駅のホームまで連れて行き、終電間際の電車に押し込んだ。


 「ほら、新宿だって絶対安全ってわけじゃないんですから」


 親のような心配をする尾地。押し込まれたニイやスイホウは「心配して待ってて損した」と口々に文句を言っていた。


 四人の乗った電車のドアが閉まり発車する。 三人が手を振り、一人が手を振らされている。その光景を見て、お辞儀で終わらせようと思っていた尾地も、思わず手を振り返した。


 電車は加速し、新宿から離れていく。電車は廃墟の新宿区内の中を走る。


 「あー生きてた生きてた。ほんと良かった」


 ニイはそうはしゃいで空いている席にホリーチェと一緒に座った。両手は買い物荷物でいっぱいだ。


 「まあ私たちの予定もめちゃくちゃになっちゃったけどね」


 隣に座ったスイホウは、今日一日が配信を見て終わったことには少し不満だった。


 ホリーチェは二人に挟まれて気持ちよく寝ている。


 扉の前に立ち、窓に手を当てたまま姿のままのシンウ。彼女は先程から自分の目についていた物を指ですくい取った。


 一滴の涙だった。 





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