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勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】  作者: 重土 浄
第十五話 立川アドヴェンチャーズスクール
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 「いや、なに言ってるかよくわからなかった…権利とか権利とかって…」


 「え?」


 先日の尾地がクラスメートに語った言葉を、キリカはまったく理解していなかったということを聞いて、尾地は絶句した。


 「この国の義務教育って…」


 「わ、私はなんとなくわかりましたよ」


 イインチョウがフォローを入れたが、もしも彼女がわかってないなら、クラス全体の理解度も壊滅に近いだろう。


 「まーとにかく、仲良くなろうっていったんだよね、ウン!」


 キリカは雑にまとめ、尾地もその解釈に納得するしかなかった。




 尾地のクラスメート宣言以降、何かが変わったかといえば、特に変わっていない。


 尾地はいつもどおり、授業中は真面目で熱心な生徒。休み中と放課後は孤高を気取って一人暮らし。たまにキリカやイインチョウと話すくらい。


 実技では率先して動き、周りのクラスメートもそれに合わせようと着いてくる。


 前と変わっていない。普通だ。


 いや、普通すぎる。周りの尾地に対する扱いが普通になっていた。特に壁を作ることもなく、普通に授業を受け、普通に実技で協力し、普通に休み時間は話しかけない。


 「クラスで孤高を気取って浮いているイタい生徒」として自然にクラスに馴染み始めていた。




 「それじゃあ、みなさん、ご安全に!」


 「ご安全に!」


 体育教師タジマの合図に続けて全員が掛け声を上げる。体育実技は戦闘訓練のフェーズに入り、毎回念入りに安全確認が行われ始めた。


 「なあ、ほんとに今の現場ってコレ言うの普通なの?」


 尾地が自分の知らない現場ルールに疑問を投げかける。


 「これが普通ですって。先輩のころとは時代が違いますから。若い連中にとっては単なる仕事ですから。先輩の現場感古いっすよ」


 「ホントかよ」


 彼らの後ろでは、若い子供たちが「ご安全にー」とお互いを指差し合ってふざけている。




 メモリーによる動きに慣れてきた生徒たちは、今度は回避動作を行いながら剣を振る。複雑な動作の中でメモリーの力を生み出す練習だ。


 着ぐるみのような防具をつけた相手役に対して、剣士役が戦いを挑む。


 実際に行うことの予行訓練。緊張状態でも安定してメモリーが使えなければ、ダンジョンでは使い物にならない。


 着ぐるみ怪獣のように動く相手に対して、剣を振るうが、


 力が入っていない。


 勢いが付きすぎて剣が手から飛んでいく。


 明後日の方向に斬りつける。


 回転するバレリーナになる。


 等々、普通に立った状態でようやくメモリーが使える生徒たちには、いきなりの難題のようだ。下手くそだの、痛いだのと叫び声があがる惨憺たる練習風景だった。


 「タジマ、教えてやれよ」


 壁際のオジサン二人はそんな生徒たちを見ているだけだった。


 教師のタジマは危険な行為が行われない限り動かない。


 「前にも言いましたが、メモリーの扱い、それも戦闘時でのそれはセンスのある無しが大きいんです。見込みがない生徒には、自分で気づいてもらいたいんです」


 「お前、それ…」


 教師としての職務の放棄じゃないかと、注意しようとした尾地であったが、実際タジマの言うとおりだったので言葉を飲んだ。


 「先輩、この子たちをダンジョンに行かせたいですか?」


 タジマの目は冷たく、彼が教師として見てきた違う地獄を感じさせた。


 「いってーんだよ!」生徒たちの声が体育館に響いた。加速された剣が防具に叩きつけられ、中の生徒が不平の声を上げた。だがそれはどこまでも楽しげな声。愉快なお遊戯だ。


 「この子達が向かう先は制御された戦場です。白魔法で傷は直せますが、モンスターに噛み殺される恐怖も、腕を潰される痛みもある世界です。帰ってこれない子だっています。そんなとこに、この子たちを行かせたいんですか?」


 尾地もその思いには共感できた。タジマは子供たちを地下に送り込み、尾地はその子達が泣き叫ぶ現場を見てきた。


 「だったら、ここで辞めさせたっていいじゃないですか。自分にはセンスが無いんだって諦めてくれたっていいんですよ。工場勤務だって悪くないはずです」


 タジマは悔しそうに言った。尾地も半分はそれに同意していた。だがもう半分は…


 未来を掴んだと勘違いして喜んでいたキリカやイインチョウの顔が思い浮かんでいた。


 尾地はゆっくりと立ち上がり。


 「あの子達がやりたいと思ってるなら、少しくらい手伝って、試させてやってもいいんじゃないかな?」


 タジマを置いて生徒たちの方に向かっていった。




 「おーい、モンスター役、私が変わるよ」


 「え?いいんスカ?」


 殴られ損のモンスター役の男子がイソイソと防具を脱ぐ。


 「いいかい、メモリーを使うためには本能を使わなければいけない。戦うことは相手を殺すことだ。その気持ちが全身を自動的にコントロールする」


 尾地は防具を身に着けながらレクチャーを開始した。


 「本能で体を動かせば、頭にはメモリーのためのイメージのキャパが空く。まずは本能で体を動かせ、戦法は後で覚えろ」


 防具をかぶって準備ができた。


 「殺すつもりでかかってこいって、ことですか?ヤバくないですか」


 剣士役をやっていた和栗が挑発的に言う。


 「なにがだい?」


 「ほら、剣で叩いてオジサンをいじめてるようにしか見えないっていうかー」


 「大丈夫、君たちが全員かかってきても、私は倒せないから」


 尾地の言葉とともに彼の装着しているアーマーから光が漏れ始める。


 中年男性のあまりにも不遜な言葉は、若者の血を上昇させ、頭にまで届かせた。


 尾地が準備できた瞬間に、和栗の剣がうなった。今日の訓練で彼はその非凡なセンスを見せつけていた。力の入った一撃が、柔らかいボディーアーマーを狙う。


 バッンと大きな音がした。尾地の右腕が剣筋を防御し、剣が動きを止めた。


 「あれ?」


 打ち込んだと思った剣が急ブレーキがかかって空中で静止している。その剣を持った和栗は奇妙すぎる感覚に驚いている。


 「ハイ、次」


 尾地の言葉に驚いたように剣を引き戻した和栗。再び切りかかった。今度は危険な頭頂部への面打ちだ。


 再び大きな音が体育館に響く。左腕の上段ガードで剣の威力が完全に殺され、空中で停止している。


 「うわぁあ!」


 不思議な違和感に恐怖を感じた和栗は連撃を繰り出す。どの攻撃にもメモリーの力が加わった「実践で使える攻撃」だ。


 しかし全て尾地のガードに空中停止させられている。


 壁際でその攻防を見ていたタジマの元にイインチョウがやってきた


 「あれってどうなってるんですか?」


 教師は生徒の質問には答えなければいけない。


 「せんぱ…尾地は防具をゆるく装着していただろ、キツく締めずに。彼は防御の瞬間、その揺れる防具をメモリーの力で加速させて緩みの分だけ飛ばしているんだ。


 そして防具だけを剣に当てて威力を完全に殺している。体へのダメージはゼロだ」


 説明を聞いても、ほんとうにそんなことができるのかと、イインチョウは驚きの顔だ。


 「さらに尾地は相手の剣筋から威力を予測してほぼ同じ力を作り出してる。だから剣が空中で止まる。運動エネルギーを相殺してる。素人相手とはいえ、めちゃくちゃだよ。真似しようなんて思うなよ。先生でも無理だ」


 驚きの顔から驚愕の顔になっていたイインチョウは


 「思いません」


 と答えるだけで、異様な攻防から目を離せなかった。


 尾地の声が響く。


 「はい、つぎの人~~どんどん来い!」


 すべての攻撃が無効化され、息も絶え絶えで突っ伏してしまった和栗には、


 「良かったぞ、私を叩きのめそうと思っていたから、ちゃんと攻撃にメモリーを乗せられていたぞ」


 と褒めることを忘れなかった。




 一時間後…


 体育館の隅に突っ伏した尾地の姿があった。


 ただし打撲跡は皆無である。


 「調子に乗りすぎた…」


 床に顔を伏せながら尾地は後悔の弁を述べた。


 あの後、次から次へと生徒の相手を買って出た結果、体力の限界を迎えてヘロヘロになったのだ。


 「若者相手に中年がイキるから…」


 タジマの言葉が胸に刺さる。


 尾地はへばっているが生徒たちは、いまだに元気に剣の練習をしている。彼らの動きはさっきまでとは比べ物にならないくらい上達していた。堂に入った形になっていた。


 「みんなに本気の切り合いの姿勢を教えちゃいましたね。切った張った、殺し合いの世界に子供たちを招待しちゃいましたよ」


 タジマの声は嫌味ではなく、仕方ないな、という諦めの声だった。


 「だったらお前が教えてやれよ、生き残る方法をさ」


 「面倒なことですよ、先輩にも手伝ってもらいますからね…大人の責任ですからね」


 「あ、ごめん、私、明日休むから」


 「え?」


 尾地は言ったとおり、その翌日は学校を休んだ。理由は「筋肉痛で動けない」ということだった。



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